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義理だと分かったら、妹がガチの恋愛脳になった。〜妹が妹じゃなくなれば、最強ヒロインができあがる  作者: 白井 緒望


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第6話 尊い妹、ベビーカーに釘付け。

 ——3つのお約束。

 

 手を繋ぐのは簡単だ。難しいのは『可愛い』を口にすること。素直になれなくて、軽口をたたいてしまう。


 両親のいない夕方、鈴音はやけに近い。礼を言いたいらしくて、目は合うのに言葉が続かない。俺たちは晩飯の買い出しへ。手の温度が、いつもより少しだけ温かかった。



 ********



 最近の鈴音は、前より気軽に話しかけてくれる。


 今日は両親がいないせいだろうか。さっきからチラチラと鈴音の視線を感じる。気にせずにリビングでゲームをしていると、鈴音が横に座った。


 「ねっ。アンタ、暇?」


 「なんだよ。いきなり」


 「いや。この前はありがとう」

 鈴音は俯くと、後ろ髪を束にしていじった。


 「えっ?」


 「だから。山瀬さんの件」


 先日の買い物の時に、俺が鈴音を庇ったことで、恩義を感じているらしい。


 「あぁ。別に」


 「何かお礼したいんだけど」


 鈴音は律儀だ。

  

 鈴音は一度決めたことは変えない。

 だから勉強もスポーツもできるのだろう。


 「自分がしたくてしたことだし」

 

 ま、夏休み明けに山瀬さんと会うのは、胃が痛くなるほど憂鬱だがな。


 「だから、そうやって妹を口説かないでよ」

 鈴音はそう言うと、膝に手を置いて俯いた。指先を合わせて、せわしなく動かしている。


 一度も口説いたつもりなんてないのだが。


 「別に本当に気にしてねーし」

 すると、鈴音はむくれた。


 「あのね。いま、一緒に買った下着を着てるんだけど……見たい?」

 鈴音はスカートをめくる真似をした。


 ごくり。

 俺は唾を飲み込んだ。


 (ま、妹だが)


 艶やかな頬に鈴音の睫毛の影が落ちる。膝の内側の日差しが当たらない肌の色。吸い込まれるように、視線を向けてしまう。


 興味がない訳がない。だが、見てしまったら自分がコントロール不能になりそう。


 俺は兄だから。

 お互いのために、こういう他にないのだ。


 「別に」


 鈴音が口元に力を入れた。


 「ふーん、そうなんだ。わたしは所詮、ただの妹か」


 鈴音が口を尖らせているのが見える。

 俯いていても、口元は見えるし。ほんと、世話のやける妹だぜ。


 「じゃあさ、何か晩飯作ってくれよ」

 鈴音に何か役目を与えよう。


 「うんっ。がんばるっ」

 鈴音は笑顔になって、元気に部屋に戻って行った。


 鈴音は同い年でも、やっぱり妹だ。


 


 俺がゲームをしていると、鈴音がパタパタと走ってきた。部屋で料理の予習をしていたらしい。

 

 肩には大きなトートバッグを掛けている。

 何をそんなに大量に買うつもりなのだろう。


 「ほら、バッグを貸せよ。俺も行くから」

 俺が鈴音からトートバッグを奪うと、鈴音は笑顔になった。


 2人でスーパーに向かって歩く。

 途中、ベビーカーを押した夫婦とすれ違った。

 

 ベビーパウダーのような香りで振り返ると、鈴音も目で赤ちゃんを追いかけていた。


 夫婦が見えなくなると、鈴音は俺の顔を覗き込んで手を前に出した。


 「手繋ぎは……お約束だし」


 触れた指がプニと沈んだ。その柔らかさに、俺は鼻をかいた。 


 「別に、お約束だから仕方なく繋いであげるだけだし」


 鈴音はそう言うと顔を背けた。


 鈴音の爪は小さくてツルツルしている。

 今日はネイルはしていないらしい。


 こうしていると、小さかった時のことを思い出す。俺の手はあの頃よりも大きくなったけれど、鈴音の手はまだ小さい。昔はいつもこうやって手を繋いでいたのに、いつの間にかバラバラになってしまった。


 俺は繋いだ手に引かれるように、顔を近づけた。


 「んっ?」

 鈴音が聞いてきた。


 「いや、別に。ただ、鈴音と仲直りできて嬉しいなって」


 「そっか」

 鈴音は笑った。


 この際だから聞いてしまおうか。


 「あのさ。鈴音、中学に入ったくらいから、俺に冷たくなったじゃん? 何か理由とかあるの?」


 自分で聞いたのに、返事が怖くて少しだけ息が荒くなった。


 「え。どうして?」


 「いや、なんか俺にダメなとこがあったら、気をつけたいから」


 鈴音に、また嫌われたくないし。


 すると、鈴音は足を止めて俺の顔を見た。そして、両手のひらで、俺の両頬をムギュっとつまんで引っ張った。


 「アンタにダメなところなんてない。わたしがアンタを……好き……になっちゃったから。理由は妹じゃ彼女になれないし。悲しくて八つ当たりしてた。あのね、色々。ごめんね」


 ということは、鈴音は中学の頃から俺を好きだったってことになるのだが。まじ? やばい、想定外の答えにドキドキする。

 

 俺は頭を横に振った。

 ダメだ。俺がしっかりしないと。


 こいつは家族だし。ようやく仲直りできたんだ。今はそういうのを大切にしたい。


 ……兄だから。


 「ううん。鈴音が謝ることじゃない。あのな、俺、うまく言えないんだけど、鈴音のことすっげー大切だから」  


 鈴音は肩にかかる髪の毛をなでた。


 「うん。それが妹としてでも……。すごい嬉しい」

 鈴音は手を繋ぎ直してきた。俺の手の甲を包み込むように、深く繋いでくる。


 じんわりと鈴音の体温が伝わってくる。


 「あ、言いそびれてたけど、その服、この前買ったのだろ? 着てくれてサンキュー」


 鈴音は、はにかんだ。


 「気づいてくれてたんだ。わたし、この服、可愛いから気に入ってるだけだし」

 

 鈴音は、この前買った服を着てくれている。俺の好みの服を着てくれるとは言っていたけれど、本当にそうしてくれた。


 ただスーパーに行くだけなのに。メイクして着替えてくれて。こんな兄貴想いの妹とか。


 「そういうの尊すぎだろ」

 やばい、つい言ってしまった。


 すると、鈴音はスマホで何か調べ出した。


 「AIクンが、『尊い』は死語だって。同い年なのに、ホントは年ごまかしてる?」

 鈴音はケラケラと笑った。


 「いや、正しい用法だから。もともと存在する言葉を、勝手に死語の国に放り込まないで欲しいんだけど!」


 ……はぁ。

 16年間も一緒にいる男のために、こんなに服とか頑張って可愛くしてくれる女の子なんて、他にいないよ。


 鈴音に本気の彼氏ができたら、どんだけ尽くすのかな。そういうのを想像しただけで、胸の中がザワついてしまう。


 俺は鈴音の手を握り直した。


 鈴音は、俺の顔を覗き込むと、顔にかかる前髪をかき上げた。


 「アンタのためにしか、オシャレしないもん。……好きな人に可愛いって思われたいって、女の子なら普通のことでしょ?」


 うちの妹は、本当に尊い。



 ——このあと小さな日本酒チョコ一粒が、2人の距離を溶かすなんて、俺たちはまだ知らなかった。



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