第59話 お嬢様はお金がない。
俺と鈴音は駅前のロータリーにいる。
「朱音のやつ、自分でここにいるって言ったのに。いないじゃん」
俺がそう言うと、鈴音はキョロキョロと辺りを見渡した。
「結構、待たせちゃったしね。トイレにでも行ってるんじゃない? 朱音ちゃん、ほんと可愛くなったよね」
俺は目を瞑った。
「まぁ、たしかに。美少女の分類なんだろうな。中身のことを度外視すれば」
「でもさ。いい子だよ? 敵に塩を送るようなことはしたくないけど」
「どのへんが? あいつアホだぞ?」
「うーん、たとえば」
すると、急に背後からカバンを引っ張られた。バランスが崩れて、転びそうになる。
「ちょ」
文句を言おうとすると朱音だった。
胸元の朱色のスカーフが揺れている。
「びっくりした? わたしを待たせるからだっ」
「いや、『ずっと待ってる』とか言ってたのに、堪え性なさすぎだろ?」
朱音は腕を組んだ。
日焼けした革の通学鞄に羽根のシールが貼ってある。
(全然汚れてないシール。さっき教室で見た時は、あんなの貼ってあったっけ?)
「んで、悪い事したら言うことがあるでしょ?」
朱音は不満そうに、そう言った。
「あぁ。待たせて、ごめん」
謝りはしたが、なんか納得がいかない。
「じゃあさ、朱音。お前が俺に石を投げてきた事実については? 俺、謝罪とかされた記憶ないんだけど」
朱音は視線を逸らした。
「……そんな人、知らない」
鈴音の方を見ると、クスクスと笑っていた。
なんだか、恥ずかしい。
「ま、いいや。更紗さん待たせてるし、とりあえず、行こうぜ」
3人で並んで歩き出す。
鈴音が俺の左に来た。
朱音は右だ。
——この感じ。なんだか懐かしい。
「悠真、子供の頃に、公園で3人で遊んだの覚えてる?」
「あぁ。たしか、俺が近所の子供にオモチャを取り上げられて」
子供の頃の俺は力が弱くて、たまに公園で出くわす男の子に意地悪をされていた。
「そうそう」
鈴音は微笑んだ。
「んで、あの時って結局、どうしたんだっけ?」
「朱音ちゃんが、警察官を呼んできてくれたんだよ」
そういえば、そうだ。
朱音の方を見ると、黙って頷いていた。
俺は鈴音の方を向いた。
「あっ、そうだ。たしか、その後、大変なことになったんじゃなかったっけ?」
鈴音はクスクスと笑い出した。
「そうそう。ひと段落したのに、朱音ちゃんが帰ろうとした相手の子に飛び蹴りしてさ。相手の子、背中を蹴られて転がって、大泣きして。逆に相手の親からクレームきたんだよ」
「あぁ。そうだった。な、朱音?」
朱音の方をみると、視線を逸らされた。
「そんな出来事、知らない……」
朱音はそう言って口を尖らせた。
「イジメっ子より、お前のほうが酷いよね」
「だって、ムカついたんだもん。悠真を叩いていいのは、わたしだけなのに」
朱音はそういうと、俺の方を見た。
おいおい、こいつ。
さらりと、とんでもない事を言いやがったよ。
「お前なぁ……」
……ま、いいか。
助けられたのは事実だ。
横断歩道の信号が赤になった。
3人で並んで、信号が変わるのを待つ。
太陽が傾き始めて、歩道の白線がオレンジに染まっている。
けたたましい音をたてて、トラックが行き交う。時計をみると16時だった。
(随分と交通量が多いな)
「お姉ちゃん!」
背後で子供の声がした。
振り返ると、小学生くらいの男の子だった。
肩から募金箱をさげている。
「おお。さっきの男の子。ここは危ないから。次からは、ちゃんと信号を見るんだよ?」
朱音はそう言うと、男の子の頭を撫でた。
男の子は、ニカッと笑った。
「ありがとう、美人のお姉ちゃん。お姉ちゃんが助けてくれなかったら、僕トラックにひかれてたかも。命の恩人だよ。それなのに協力もしてくれて。僕ね、おかげで今日のMVPだよ!」
男の子は、両手で一万円札を広げた。
……まさか。
俺は朱音の方を見た。
「お前、募金したの?」
朱音は視線を逸らす。
「そんなの、存じませんわ」
すると、男の子は朱音の鞄を指差した。
「このシールが良いことをした証拠だよ」
俺は男の子に質問した。
「このお姉ちゃんに、石投げられたりしなかったか?」
男の子は首を横に振る。
「『お金が多すぎます』って返そうと思ったら。お姉ちゃんが、『わたくし、なんとか財閥の次期当主だから、これくらい小銭ですわ』とか言ったよ。なんか、高い声で笑ってた」
男の子は、そう言いながら。お札を募金箱に入れた。箱には『世界中の子どもたちが、お腹いっぱいにご飯を食べられますように』と書いてある。
男の子は、手を振って戻って行った。
目が合うと、朱音はボソボソと言った。
「……そんなこと、知らない。きっと、あの子、どこかの美少女と間違えたんだと思う」
どうやら、目の前の自称美少女は、特定されたくないらしい。
気づけば、信号がまた赤になっていた。
白線のオレンジは、さっきよりもピンクになっていた。
「ね? 言った通りでしょ?」
鈴音はそう言って、俺の左腕に手を回した。
そういえば。
俺も、朱音に助けられて。
恥ずかしくて悔しくて。
それで、空手をはじめたんだっけ。
朱音の方を見た。
すると、俺の右腕にまわしかけていた手をひっこめた。
「でもさ、一万円札は多すぎると思うぞ」
朱音は口を尖らせた。
「……そんなの知らない。小銭持ってないし」
コイツ。
またさらりとマウントとってきたよ。
「ちょっと遅くなっちゃったな。17時に約束してるんだよ。歩いてたら間に合わないかも。一駅、電車に乗ろうか」
俺がそう言うと、朱音は「あっ」と言って鞄から財布を出した。
「あのさ、悠真」
「ん?」
朱音は俯いて、親の袖を引っ張った。
「お金ない。一円もない。悠真、電車賃……かして」
羽根シールの美少女は、どうやら急な支出で金欠らしい。




