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義理だと分かったら、妹がガチの恋愛脳になった。〜妹が妹じゃなくなれば、最強ヒロインができあがる  作者: 白井 緒望


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第5話 3つのミッション。

 ——今日のミッションは3つ。


 ①鈴音の全身コーデを俺が選ぶ、②移動中は手を離さない、③似合う理由をちゃんと言葉にする。


 俺はこの3つのミッションの遂行を、鈴音と約束した。


 試着室のカーテン越しに、甘いシャンプーの匂いがふわっと漏れる。


 「ね、まだ?……出てもいい?」

 心拍だけが、理性より先に飛び出した。


 ********



 ショッピングモールでは、鈴音はご機嫌だった。


 一緒にアイスを食べて、クレープを食べても、鈴音のお腹は余裕そうだった。鈴音がこんなに甘いものを好きだとは知らなかった。


 それに、アイスもクレープもひとつしかいらないと言われた。だから半分こして食べることになったのだが、半分あげると、なんだか嬉しそうで。


 ……鈴音は意外と倹約家らしい。


 長年一緒に暮らしているのに、知らないことばかりだ。



 服屋に入ると、鈴音が手を離した。


 「あのさ。アンタの服の好みを教えてほしいんだけど」


 「いや、女の子の服とか分からないし」


 鈴音は俺を睨んだ。


 「約束は?」


 そうか。

 俺が選ぶ約束だった。


 でも、どうしよう。

 俺は女の子の服なんて選んだことがない。


 正直、パーツの組み合わせはよく分からないから、とりあえず、単体で好きなものを選ぶか。


 えと、あのゴスロリのドレスっぽいの良くないか? あと、あのカチューシャ。それと、あの目の粗い網タイツ。


 なんだか楽しくなってきた。


 「これ」


 何点か選んで試着室の方に持っていくと、鈴音は舌打ちした。


 (なんでさ。鈴音が選べって言ったんじゃないか)


 「ほんと使えない。こんなの外じゃ着れないでしょ! ……わたしが試着するから、それで選んで」


 そう言うと、鈴音は売り場の方に戻って行った。


 だけれど、すぐに戻ってきた。

 何やらほっぺを赤くしている。


 「別にアンタの好みを否定してるわけじゃないから。なんていうか、こういうのはもっと親密になってから、2人だけの時なら着てあげるっていうか」


 それだけ言うと、鈴音はパタパタと小走りで売り場のほうに戻った。


 鈴音は、よさげなのを見繕うと、何度も試着して見せてくれた。


 「どう?」

 スカート両端を上げて、貴族の令嬢のようにしてクルリと回ってくれる。


 「わかんない」

 俺の曖昧な返事に、鈴音はムッとした。

 

 「わたしに興味なさすぎ。やっぱこの前、チュウしてやればよかった」

 鈴音は何やら文句を言っている。


 「ホントに分からないんだよ。どれも似合いすぎていて」


 (あっ、やべっ。本音が口から出てた)


 もしかしたら、引かれただろうか。

 鈴音の方を見ると、試着室のカーテンを握りしめて、俯いていた。


 「ふ、ふんっ。そんなに褒めたって何も出ないし!」


 鈴音はそう言うと、カーテンを閉めた。


 どうやら、怒らせたみたいだ。

 後でフォローしないと。


 店員さんが話しかけてきた。

 「彼女さん、ほんとに彼氏さんのこと大好きなんですね!」


 「えっ。なんでですか?」


 「男の子には分からないかもしれないけれど、女の子が上から下まで着替えるのって、結構大変なんですよ? 気をつけないと髪も乱れちゃうし」


 「そうなんですか」


 「しかも、こんなに何度も着替えてくれて。少しでも彼氏さんに可愛いって思ってほしいんですよ。ほら、周りを見てください」


 周りでは、何人もの男性客がチラチラとこちらを見ていた。


 「あの人たち、何してるんですか?」

 俺が鈴音と不釣り合いだからかな。


 「可愛い彼女さんがいて、羨ましいんですよ」

 店員さんはそう言うとニコニコした。


 ……そういうことか。

 

 陰キャ恋愛ド初心者の俺が可愛い女の子(ただし妹)を連れている。それは下剋上みたいで、なんだか爽快だった。


 店員さんが首を傾げた。


 「あれっ。ごめんなさい。もしかして、彼氏さんじゃなかったですか?」


 いつもなら即否定するのだが。

  

 (鈴音もいないし、ちょっとくらい見栄を張ってもいいか)


 「……彼女です」

 気づくと、そう答えていた。


 って、俺は何を言ってるんだ。

 相手は妹だぞ。あり得ないだろ。


 あー、反省しろ。反省っ。



 シャッ!

 試着室のカーテンが閉まる音だった。

 

 (あれっ、カーテンの隙間に人影が動いたような。気のせいかな)


 その後は、鈴音は服の好みを聞いてこなかった。でも、それはそれで、なんだか気になってしまう。服を買い終わってから、歩きながら聞いてみた。


 「なぁ。服の好みとかアドバイスしなくてよかったのか?」


 「別に。恋愛偏差値0のアンタの好みなんて、すぐ把握できるし」


 (は? どんなにアホでも偏差値は0にならないんだが)


 ちょっとムカつく言い方だ。自分だって隠れ恋愛初心者のくせに。さっきから口数少ないし、機嫌が悪いのだろうか。


 「体調とか悪いなら、帰るか?」

 すると、鈴音は俺を睨みつけた。


 「別に悪くないし、まだ予定終わってないし、まだ、お約束も終わってないし、次に行くのっ」


 引っ張られていった先は、ランジェリーショップだった。さっきのショップは辛うじてメンズもあったけれど、ここにはメンズのラインナップは皆無。完全なる男子禁制の聖域だ。


 「つか、これ服に入らないでしょ?」


 鈴音は眉を吊り上げた。


 「はぁ? あんたバカなの? 下着はアンダーウェアよ。ウェアなんだから服に入るのは当然じゃない」


 そう言われれば、そんな気もする。


 まぁ、いいか。

 今日は贖罪の日なのだ。  

 姫が満足してくれるまで、ひたすら奉仕。



 「んじゃ、俺は外にいるから」


 「おい。待てよ」

 俺が退避しようとすると、鈴音に手首を掴まれた。うう……。力が強い。


 「いや、ここに居ちゃダメでしょ」


 俺、イヤだよ。

 不審人物で通報されたりとか。


 「はぁ? 一緒にいないと選べないでしょ。アンタ、選んでくれるって言ったじゃん」

 鈴音は、露骨に不機嫌になった。


 すると、見かねて店員さんが話しかけてくれた。

  

 「お客さま。ここは男の子には恥ずかしいし、男性は外で待っている方も多いですよ」


 ナイスアシストだ。

 美人の店員さんっ。


 俺と店員さんの顔を交互に見ると、鈴音はプーっと頬を膨らませた。


 そして宣言したのだ。

 「コイツ、彼氏だからいいんですっ!」


 兄貴→アンタ→コイツ。

 時間の経過と共に、なにやら俺を指す代名詞がランクダウンしていってる気がするのだが……。


 「は? お前なに言ってんのよ」

 俺が言い返すと、鈴音は牙を剥いてガルルーっとなった。美人の怒った顔って怖い。


 「は? アンタだって、さっき言ってたじゃん。嬉しそうにいやらしそうに恋人宣言してたじゃんっ!」

 

 どうやら、さっきの店で見栄を張ったのが聞かれていたらしい。


 (確かに嬉しそうにはしたけれど、いやらしそうにはしてないぞ!?……たぶん)


 「は、はいっ」

 もはや、俺には反論する権利はなかった。


 そして、俺は男子禁制エリアに強制連行された。


 鈴音が下着を見繕っている間、俺は1人で待つことになった。すると、見知らぬ女子たちがジロジロと見て、ヒソヒソと何かを話して去っていくのだ。


 しばらくして、俺は気づいた。

 俺の視界内では、誰も商品を手に取らない。


 (肩身が狭い)


 なるほど。

 俺はようやく、さっきの店員さんが店外待機を勧めてくれた理由を理解した。


 要は売り場に男がいると、売れないのだ。


 (あー、まじでこの場所から消えたい)

 

 待たされているうちに胃が痛くなってきて、俺はだんだんとムカついてきた。


 「アンタも、何か選んでくれた?」

 鈴音は既にいくつか下着を選んだらしく、かごを持っていた。


 (これって、俺がいる必要なくない? それに、俺がこんなに肩身狭くて辛かったのに呑気な顔しやがって)


 なんとか鈴音に仕返しをしたい。

 際どい下着を選んで、ビビらせてやるぜ。


 俺は指差した。


 黒くて下の方まで総レースの過剰に大人っぽいやつ。なんのために履いているのか分からん超ハードモードなパンツを指定してやった。


 鈴音はそれを手に取って広げた。


 「なにこれ、すごっ……」

 どうやら、声にならないようだ。


 フフッ。ビビってる。

 妹よ。早く敗北宣言するがよい。


 案の定、鈴音は胸元まで真っ赤にして俯いた。


 (あれ、いじめすぎたか?)


 鈴音は右手を軽く握って口元に当てた。体を左右に振って、なにやら頷いている。


 「そ、そ、そんなにこれがいいなら、いいよ?」

 鈴音は恥ずかしそうに言った。


 「え、まじでそれ買うの?」

 なんだか、思わぬ方向に話が進んでいるような。


 「選んでもらったら、例のお約束もあるし、家で着て見てもらおうかと思ってたんだけれど。……これはちょっと恥ずかしいから」


 もしかして鈴音とのお約束『③似合う理由をちゃんと言葉にする』は、下着にも適用されるのか!?


 そんなの着て見せられたら、兄は鼻血出しちゃう。だから、やめて?   


 ビビって棚に戻してくれれば、俺は満足だからね。


 「いや、だから。冗談っていうか」

 そう言った時には、時すでに遅し。


 俺の言葉は、もはや耳に入っていないらしい。鈴音は話を続けた。

 

 「あの。ごめんね。あのね。わたし蛍とかと違って、ちゃんと準備してないから。そのままとか、恥ずかしくて死んじゃう。勇気がいるからすぐには無理かも」    


 鈴音は少し迷った様子だったが、下着を買い物かごに入れた。

 「でも、決めたことだし頑張る。どうしてもこれが良いっていうなら、おにいちゃんの言うとおりにする……よ?」


 (なぜここでおにいちゃん呼びが復活する? そして、無駄に律儀)


 鈴音に悪気はない。それは分かっているのだ。鈴音は一度決めたことは、滅多に変えない。こいつを分かっていなかったのは俺の方だった。


 そして、おにいちゃん呼びが思わぬ事態を招くことになる。


 「おにいちゃん? ご兄妹? 妹さんにこれを履かせるのは、お姉さん感心できないな」

 美人店員さんは、ゴミを見るような視線を俺に向けると、そう言い残して鈴音と一緒にレジの方に去っていった。


 周りの女性客たちも明らかにドン引きしている。鈴音よ、頼むから俺を1人にしないで。悪ふざけをした兄が悪かった。


 「しんどすぎる。外で待っていようかな」



 女性客の中の1人が話しかけてきた。


 「あ、あの。篠宮くん?」 

 声の主は、クラスメイトの山瀬さんだった。


 「えっ。あ、山瀬さん?」

 彼女は派手じゃないけど実は可愛い隠れ美少女で、俺は密かに山瀬さんに憧れていた。


 どこから見られていた?


 全部見られていたら、俺だけじゃなくて鈴音もマズイことになる。兄貴と下着を選んでたとか、再起不能ものでしょ。


 「うん。篠宮くん、女装の趣味とかあったんだ?」

 よかった。勝手に変な誤解をしてくれた。いや、全然よくないが、とりあえず鈴音のことは見られていないみたいだ。


 「いや、ちが……」

 俺は否定しようとして言葉を止めた。ここで否定すれば、鈴音のことがバレてしまう。妹が傷つく。だから、否定はできない。


 妹を守るのは兄貴の役目なのだ。


 俺の様子をみて、山瀬さんは頷いた。

 「大丈夫。みんなには内緒にしておくから。でも、篠宮くん優しそうだし、実は結構いいかなって思ってたけれど」


 山瀬さんは俺の方をチラッと見た。


 「……ちょっと無理かな」

 そう言うと、山瀬さんは引きつった笑顔で店から出て行った。 


 どうやら俺は、告白することもなくフラれたらしい。


 こんな陰キャDTが好みの子に好かれるとか、もう2度とない奇跡なのに。なんで今のタイミングで来るかなぁ。


 さらば、俺の青春。


  

 (はぁ、学校でどういう顔をして会えばいいんだよ)



 山瀬さんが帰ったのと入れ違いで、鈴音が戻ってきた。


 「どうしたの? 何かあった?」

 鈴音は心配そうにしている。


 「いや、別に」


 「ふーん、そっか」


 俺は鈴音の荷物を持った。

 肩がけの大きな紙袋が6つある。


 結構重い。


 「え。全部持ってくれるの? 重くない?」


 「いや、別に」


 俺は鼻をかいた。


 (重い物は全部、俺が持ってやる)



 「そろそろ帰るか?」


 「うんっ。一緒に家に帰るのっ」

 鈴音は腕に抱きつくと、言葉を続けた。

 

 「あっ、そういえばさ」


 「なに?」


 コホンと咳払いをしてから、鈴音は俺のことを見上げた。


 「今日のお約束……ひとつも果たせてないね」


 「いや、少なくとも②の手繋ぎはできただろ?」


 鈴音はほっぺを膨らませた。


 「今、繋いでないし」


 「そりゃあ、今は腕を組んでるからだよ」


 鈴音はニヤリとして言葉を続けた。


 「だから、お約束を果たせてないし、また一緒に買い物に行くのっ!」


 なんだかすごく幸せそうな顔をしている。

 やれやれ。まぁ、いいか。


 俺が頭をポンポンとすると、鈴音は目を細めて指を絡ませてきた。


 やり残しのミッション3つ。

 ——だが、宿題はきっと一生分あるのだろう。


 


 

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