第4話 手繋ぎの練習。
AM10:00ちょうどの玄関。遅刻は死刑、言い訳も不可。昨日言えなかった「ごめん」の続きを、いちばん最初に——そう決めて靴ひもを結び直す。
カチャ、とドアが動いて、外から甘い香りが流れ込む。
「早く出てきなさいよ。アンタの好みの服、これで合ってる?」
答え合わせのデートが始まる。
——まずは謝る。それから、今日のルールを決めよう。
だから。
「昨日はごめん」
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AM8:00
父さんも母さんも、昨日の鈴音のことをすごく心配していたが、あの後、鈴音は大丈夫だと話したら、安心してくれた。
篠宮家では、忙しくてもみんなで朝食をとる。
これがルールだ。
って、早速、父さんがいない。
「母さん、父さんは?」
「クライアントの四半期決算が近いらしくて、先に家を出たわよ」
前言撤回する。
篠宮家では、『できるだけ』朝食を一緒にとるのだ。
(ま、なんとなく顔を合わせたくなかったしな。むしろ助かる)
俺の隣は鈴音の席だ。
親のことについては、鈴音よりも俺の方が気持ちを整理できていないと思う。鈴音の方は、昨日、たくさん泣いて俺を蹴飛ばして、スッキリしたみたいだ。
昨日まで実妹だと信じていた可愛い女の子。
現実だけど現実味がなくて、ちょっと不思議だ。
鈴音の横顔を見ていると、目が合った。
「……こっち見んな」
鈴音はそう言うと、プイッと反対に向いた。
(昨日ので嫌われたかな)
俺は少し不安になってしまって。
だから確認したくなった。
「ずっといてくれるって証明して」
俺は鈴音の耳元で甘く囁いた。
すると、鈴音は分かりやすく真っ赤になった。
イテッ。
こいつ、テーブルの下で俺を蹴ったよ。
「いじめっ子すぎ!」
鈴音はそう言うと、あっかんべーをした。
凶暴すぎだろ。
でも、少しだけ安心した。
よかった。いつもの鈴音のままだ。
反撃したかったが、母さんがニコニコして俺たちを見ているのでやめた。
「本当に仲良しね」
母さんは、俺たちが仲直りできたと思って喜んでいるらしい。ガッカリさせられないし、俺は兄貴だ。
引く時は引く。
「ところで、今日は2人でどこに行くの?」
母さんは鈴音の動向に興味津々だ。
「買い物」
俺がそう答えると、鈴音が言葉を被せてきた。
「デート」
こいつ、マジか。
あの時、キスをしていたら本当にみんなに言いふらしていたかも知れないぞ。
母さんは、ますます嬉しそうな顔になった。
それは俺が鈴音にガチで告白されたって知らないからだよね。なんだか申し訳ない。
「あらまあ。デートは買い物? 何を買うの?」
「え、うん。わたしのパンツ……むぐっ」
俺は咄嗟に鈴音の口をふさいだ。
いま、この人。
パンツって言おうとしたよね?
服にはパンツ(下着)も含まれるのか?
イテテテ。
鈴音に指を噛まれた。
「お前。変なこというなよ!」
クレームを入れると、鈴音は俺の手を払ってあっかんべーをした。
「バッカじゃないの? 家族なんだから、パンツ買いに行く話くらい普通でしょ。あ、下着だと思ったの? 意識しちゃって変態すぎ。ばーか、ばーか」
……そうなのか?
そう言われれば、そんな気もする。
変態は俺の方なのか?
さてはここは、貞操逆転世界か?
いや、でも。
さっきの鈴音のアクセントは、下着の方だったっぽいのだが。
「鈴音、ついてるぞ」
俺は鈴音のほっぺのご飯粒を取った。
鈴音はなぜか俯いて赤くなった。
なんだろう、変なヤツ。
母さんに見送られて、俺は家を出た。
目的地は、近くのショッピングモールだ。
俺はいま、鈴音を待っている。
腕時計を見るとAM10:30だった。
「あいつ、遅いな」
さっきは、鈴音が許してくれてよかった。
玄関先で昨日のことを謝ったのだが、鈴音は笑顔で「お詫びは、かたちのあるもので」と、許してくれた。
(いや、これはまだ許されていないのか?)
待ち合わせ場所で待っていると、鈴音が走ってきた。本当は一緒に家を出たのだが、忘れ物をしたとかで、鈴音だけ家に戻ったのだ。
「お待たせ」
鈴音は手を後ろで組んで、身をかがめた。
いや、俺は貴女の『STAY』命令で待たされているだけなんですけれど。
「あれ、お前、着替えたの?」
鈴音の服が変わっている。
いつもの着慣れた服じゃなくて、見たことのない服だ。
茶色のニットなのだが、胸元が絞られていてボートネックから鎖骨が見えている。下はグレーのショートスカートだ。
控えめなスリットから真っ白な太ももが見えて、少しだけ大人っぽい。いつもの派手なギャルファッションじゃなくて、女子大生のお姉さんみたいだ。
可愛すぎる。
さっきのも良かったけど、さらにいい。
鈴音は俺の前に立つと、身体を左右に振った。
そのたびに、太めの三つ編みが揺れて、柑橘系のシャンプーの香りがする。
左耳には青い星形のピアスをしている。
「んで、どうかな?」
鈴音は聞いてきた。
「何が?」
「バカッ!」
鈴音は俺の脛を蹴って、スタスタと先に行ってしまった。
だが、すぐUターンして、戻ってきた。
「手」
鈴音は頬を膨らませて、手を開いてみせた。
「え?」
「手を繋ぐの」
やっぱり、前と違う。
前だったら、怒って先に行って終わりだったのに。ちゃんと戻ってきたぞ。妙に素直でやりづらい。
鈴音は俺の手を握ると、グイグイ引っ張って歩き出した。
「服の感想、教えてくれないの?」
鈴音は振り返って聞いてきた。
鈴音は服の感想が欲しかったのか。
「いや、似合ってるよ。マジで」
鈴音は俯いた。
「もうっ。妹を口説くなっての」
文句を言ったが、鈴音の口の端は少し上がっていた。
へんな鈴音。
意味わからないし、猫みたい。
しばらく歩いていると、鈴音が手に汗をかいた。
「お前、なんか手汗すごくない?」
すると、鈴音は口を尖らせた。
「仕方ないじゃん。男の子と手なんて繋いだことないし。恥ずいんだから」
そうなの?
子供の頃に俺と何回も繋いだことあるんだけど。ノーカンらしい。
鈴音は手を離した。
「アンタは? 女の子とこういうのしたことある?」
鈴音は俺に背を向けたまま聞いてきた。
「まぁ、俺も手なんて繋いだことないけれど」
(こっちは恋愛若葉マークなんだぞ? 無菌培養をなめるな)
すると、鈴音は小さくガッツポーズをした。背中しか見えないけれど、すごく嬉しそうだ。
鈴音が並んで歩く距離を、半歩だけ詰めてくる。
「……ね、手。お互い初心者だし、ちゃんと練習しとこ?」
鈴音は俯いた。
「勘違いしないでよねっ! さっき決めたルールを守るだけなんだから」
「あぁ、そうだな」
さっき、決めたルール。
手を繋ぐ練習をすること。
指先が触れた瞬間、心拍だけが駆け足で俺たちを追い抜いて行った。




