第100話 鈴音の飴玉。
食事を終えて部屋に戻ろうとすると、悠真がいなかった。
わたしは彼を探した。
「悠真だ」
彼は、暗い夜の空の中で、月を見ていた。
その背中は、いつもより小さくて。
空から黒い絵の具が溶け出して、今にも彼を飲み込んでしまいそうだった。
わたしは、駆け寄って悠真の手を握った。
悠真の前髪が揺れる。
「あっ、鈴音」
振り返る彼の頬。
青い月光に照らされて、一筋の光が伝った。
「ムーンリバーみたい」
わたしの言葉に、彼は微笑んだ。
「だろ? 水面が輝いて綺麗だよ」
——わたしは、貴方の涙を言ったのだけれど。
わたしは、言葉を飲み込んだ。
「なぁ、澪母さんのところまで、光は届いてるかな?」
「きっと届いているよ」
わたしは、澪さんのことを覚えていない。
いや、覚えていないのではない。
その頃、わたしのママは違う人……実の父、あの人といた。
わたしは、そもそも澪さんを知らない。
でも、肉親に心が揺れる気持ちは分かる。
よく、『大人は子供と過ごした時間で親になる』と言うけれど、子供からすれば『親は生まれた瞬間から親』なのだ。
実父……あの人から『会いたい』って連絡が来た時、ママから酷い人だと聞いていたのに、本当は心の奥底が揺れた。
だから、分かる。
ママがすごく悠真を大切にしていても、澪さんの話をする瞬間、悠真の中のママは澪さんなのだ。
仕方ないことだけれど。
少し寂しくて、少しだけモヤモヤする。
もちろん、澪さんのことは嫌いじゃない。
みんなの話を聞いていると、むしろ、わたしと似たタイプだとすら感じる。
それに悠真が大切に思っている人だ。
わたしのハンバーグを喜んでくれるのも、澪さんのおかげ。
陸から風が吹き抜ける。
浴衣の胸元から冷たい風が入り込んで、わたしの心の奥をチクリと刺す。
これは、わたしだけの本音の話。
本当の気持ちは、きっと舌の上で飴玉を転がすように。じんわりと味がなくなって消えるまで、口に含んでおくべきものなのだ。
わたしは悠真の手を握る指に、ギュッと力を入れた。
第100話ですので、鈴音目線の話にしてみました。皆様のおかげでここまで書くことができました。ありがとうございます。
以前、夜凪に浮かびあがるムーンリバーを見て、綺麗すぎて怖いと思ったことがあります。書きながら、そんなことを思い出しました。




