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義理だと分かったら、妹がガチの恋愛脳になった。〜妹が妹じゃなくなれば、最強ヒロインができあがる  作者: 白井 緒望


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第99話 ゆうりりん

 「悠真! お前、どこに行ってたんだ?」

 父さんは、俺たちに気づくと手を振った。


 「あぁ。下でお土産見ててさ」


 「そう。わたしがカエルちゃんのこと聞いてたの」


 助けてくれようとする気持ちは嬉しい。

 でも、往々にしてトドメを刺すのは、思いやりのある勘違いだったりする。


 これ以上、この空間にいたら、鈴音の思いやりで溺死しそうだ。


 「俺、先に料理をとってくる」

 きっと、戻る頃には解決しているはず。  


 俺はテーブルに部屋の鍵を置いて、そのまま料理コーナーに向かった。


 「料理自慢というだけのことはあるな」


 レストランの真ん中には、大きな生花が飾ってあって、スポットライトが当たっている。奥には長さ10メートルほどの長台が2本。料理がずらりと並んでいる。


 その多くは、陶器の小皿に取り分けられていて、飾り付けのフィルムがキラキラと輝いていた。


 「やばっ、どれもうまそう」


 和洋中のオールスターズみたいなメニューだ。お目当てのカニですら、ここでは、ただのモブだ。

 

 見ているだけで、口の中に唾液が溢れる。


 「朱音にも食べさせてやりたかったな」

 思わず漏れた自分の言葉に驚いた。


 朱音は実家で贅沢三昧しているに違いない。でも俺は、この場に朱音がいないことが、物足りなかった。


 (あとで料理の写真を送りつけてやろう。ふふっ)


 口の端が上がってしまう。

 入念に料理を選んでいると、背後に人の気配。


 「ニヤニヤしてて、きも……」


 誰だよ、失礼なヤツだな。

 俺は振り返った。


 「こほん。お布団、気に入りましたか?」

 花凛……あの仲居さんだった。


 ベッドがくっつけられてダブルベッド化していたのは、やはりこの人の仕業か。


 「あの。なんか勘違いしてるみたいですけれど、俺ら普通の兄妹ですから」 


 「実の妹さんを性的に愛してるなんて、ますます、すごいです」

 この人、話を全然聞いてないよ。

 むしろ失礼さに拍車がかかってきた。


 しかし、他の客に挨拶されると、仲居さんはうやうやしく頭を下げた。俺と話す時とは、随分と態度が違うのだが。


 もしかして、この人。

 俺たちと友達になりたいのか?


 立場上、仲居さんからは言い出しにくいはず。

 ここはひとつ、俺が大人になってやるか。


 「はぁ……。よければ、妹にも話しかけてあげてくれませんか?」


 仲居さんは目を細めた。


 「どうしてですか? まさか、ただれた関係にわたしも巻き込もうとしてます?」


 ……ムカつく。

 気を遣って損した。


 「下にもう1人妹みたいな子がいるんですが、今日は来てなくて。あ、その子は従姉妹なんですけどね。妹の鈴音が寂しそうで」

 

 ふとした時に、鈴音が寂しそうにしている。

 きっと朱音ロスだ。


 仲居さんは半眼からジト目になった。


 「会話に『妹』が多すぎですよ。どんだけシスコンなんですか。まぁ、いいですけど」


 シスコンなのは否定しない。

 でも、口が悪すぎる。


 『空手に先手なし』


 空手の名言だ。これは、挑発されても争いの火種を自分から作ってはいけないという意味だ。


 俺は深呼吸した。


 「あの、お名前を聞いても良いですか?」


 「わたし、『ゆうり・りん』っていいます。花と書いて『ゆうり』と読むんですよ」


 花凛はフルネームだったのか。

 そして、斜め上に珍しすぎる読み方。


 「『ゆうりりん』さんですね」


 「違います! 『ゆうり』が姓です。この『旅籠 遊里庵ゆうりあん』の看板娘の凛ちゃんです!」


 「『遊里さん』なんじゃないんですね」


 「花旅館じゃ、みんな読めないんですよ。ほら、そうやって。みんなわたしの名前で遊ぶんです。もう、いやぁぁ。ベッドを部屋の端っこと端っこにして、ゴミ箱も隠しちゃうんだからぁぁ」


 そう言うと凛さんは、どこかに行ってしまった。


 「自分で看板娘とか言ってるし」


 まぁ、でも、好き勝手やってもクビにならない理由が分かった。娘だからだ。


 「ん? この旅館ってかなりの老舗だし、実は仲居さんはお嬢様なのか?」


 俺が顎に人差し指を添えたその時。


 ドンッ。

 足に激痛。


 「いつの間にやら仲居さんと”も”仲良くなったのね!?」


 鈴音に足を踏まれた。

 

 鈴音の皿には、和洋折衷のフードが乗せられていて、原色の抽象画みたいになっている。


 「あのさ。さっき言いそびれちゃったんだけど。その浴衣『可愛い』ね」


 ドンッ。


 また足を踏まれた。

 我が家の看板娘は、すこぶる不機嫌だ。


 「あらどうも。今更、遅いけど。悠真、あっちでステーキもらってきて」


 このビュッフェにはライブキッチンがあり、お肉や海産物を目の前で焼いてくれる。


 カウンターには『一回のオーダーはおひとり様一皿までです』と書いてある。


 つまり、鈴音の分しかもらえない。


 刃渡の長い専用の包丁で、いとも簡単に牛肉がカットされていく。仕上げにシェフがワインを垂らすと、炎が上がった。


 うまそうだ。

 俺も食べたいのだが。


 トッピングにニンニクを乗せて席に戻ると、既にみんな食べていた。父さんに何か言われるかと思ったが、既にビールを飲んでご機嫌だった。


 いつ、つっこまれてもおかしくない状況だが、あえて自爆する必要もない。


 俺は鈴音の前に皿を置いて、鈴音の向かいの席に座った。食べ物はどれも美味しくて、すごく満足したのだけれど。


 でも、不思議だ。

 誰も澪母さんの話をすることはなかった。


 食事を終えて、ロビーの横で朱音に写真を送った。土間のような場所に木のサンダルがいくつか並んでいる。


 外に出ると、波の音がした。


 「夜の海って、こんなに寒いのか」


 見上げると、漆黒の空に浮かぶ月は、猫の目のように細かった。海面が月明かりに煌めいて、——沖まで続く月の通り道になっている。


 「ムーンリバーっていうんだっけ。澪母さんのお墓からも見えていると良いな」


 本当は誰も話さなかった理由は分かっている。


 本音の話は、きっと心の中で飴玉を転がすように。じんわりと味わうものなのだ。

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