あざと可愛い後輩登場
ラフィン先生の登場で騒がしくはなったものの、それ以降は意外にも平和に授業が進んで、気づけば午前中は何事もなく終わっていた。
(……色々覚悟してたけど、思ったより何も起こらなかったな)
ほっとしたような、でも逆に気が抜けないような気持ちで小さく息を吐く。
とはいえ油断は禁物。
攻略対象とのイベントが毎日のように連発したら、精神的に持つはずがない。
そんな警戒を胸に抱いたまま、昼休みになった私は椅子から立ち上がった。
「ちょっと、カロンの様子見てこようかな……」
「やっぱり、気になってた? じゃ、俺も行く~!」
レオンが軽やかに立ち上がり、当然のように付いてくる。
続いて、シリウスも無言で椅子を引き、立ち上がった。
「俺も行く」
(この流れ……もはや定番になってきたかも)
一年生のカロンの教室は、別の階にある。
私たちは階段を下り、新入生たちで賑わう廊下を進んだ。
その中に混じると、レオンとシリウスの姿はやっぱり少しだけ大人びていて、自然と女子生徒たちの視線を集めていた。
(やっぱり……攻略対象なだけある)
いくつかの教室を覗き込み、やっと見覚えのある後ろ姿を見つける。
「カローン! 元気してるか?」
レオンの明るい声が教室に響いた、その瞬間――ふわり、と何かが飛び出してきた。
「っ?!」
「やっほ、フィオラ先輩~♪ 会いに来てくれたんだね!」
にこっと笑って私に抱きついてきたのは、ストロベリーブロンドのふわふわ髪に、パッチリとした黄緑色の瞳。
まるでぬいぐるみのように可愛らしい少年だった。
(ま、待って……この子、あのルカくん!?)
ゲームで見た、“懐きすぎる小悪魔後輩キャラ”が、今、現実となって目の前にいた。
抱きついていたルカくんの腕が少し緩んだ隙に、私はそっと体を引いて距離をとった。
「えっと……私たちって初めまして……だよね?」
「うん。でもね、ずっと気になってたんだ! “すっごく優しくて可愛いお姉さん”がいるって、カロンから聞いてて~……先輩が教室に入ってきた瞬間、この人だ!って思ったの」
キラキラした目で見つめながら、なぜか私の頭を優しく撫でてくる。
「えっと、あ、ありがと……?」
「えへへ〜、先輩の髪って柔らかいね……いい匂いもする……僕、好きだな〜」
(ちょ、距離感!?)
やっぱり攻略対象。初対面から、距離がバグり散らかしている。
腕にしがみつかれ、周囲の視線が突き刺さる。
「……で、この人は誰?」
ようやく私から視線を外したルカくんが問いかけたのは、横に立つレオンだった。
「えっ、俺!? レオンだけど……」
「ふーん。……まあ、どーでもいいや」
「なっ……!?」
興味なさそうに切り捨てるような視線を投げて、今度はシリウスと目を合わせる。
けれどレオンに対してとは違って、何も言わず、ただ私の腕にすり寄ってきた。
そして、ルカくんは甘えるような口調で話し始めた。
「ねえねえ、明日も会いに来てくれる? 僕、先輩と一緒にお昼食べたいな~」
え、あの、それは……」
「……ダメ? カロンと僕、二人だけで食べてて寂しいんだ」
私より少し背の低いルカくんが、うるうるした瞳で上目遣いに見上げてくる。
(……そんな目で見ないで! 可愛いけど!)
困惑していると、背後から小さな笑い声が聞こえた。
首をかしげながらクスクス笑っているのは、カロンだった。
「……ルカはちょっと変わってるけど、本当にいい子なんだ。わがまま言ってごめんね? 姉さん」
楽しそうに話すカロンの表情に、ようやく安堵が広がり、肩の力がふっと抜ける。
「そっか。じゃあ……今度、一緒にお昼、食べようね」
「ほんと!? やったー! 約束ね!」
ルカくんはぱっと笑顔を咲かせ、くるっと一回転してから、もう一度ぴたっと私の腕にくっついてきた。
すると、レオンがぼそりと呟き、ため息をつく。
「……ほんと、可愛い顔して、計算高っ」
一方のシリウスは、無感情な声で淡々と言葉を落とした。
「魅了の能力持ち……そういうタイプに渡るのか。妙に納得だ」
レオンの皮肉混じりの呟きと、シリウスの冷静すぎる分析。
その両方に、私は心の中で思わず頷いていた。
(まさか……毎日ルカくんに抱きつかれるパターンとかないよね??)
心の中で小さく悲鳴をあげつつも、やがてルカくんの“全力あざとアタック”が一段落。
彼がようやくカロンの隣に戻っていくのを見て、私はそっと安堵の息をついた。
そして、ようやく本来の目的を思い出してカロンに問いかける。
「カロン、午前中はどうだった? クラスには慣れた?」
「うん。教室は静かだし、先生も優しい。それに、ルカが隣の席だから安心してるんだ」
「それならよかった。新しい環境って、すごく緊張するでしょ?」
「ふふっ……姉さんがそんなに心配してくれるなら、ずっと緊張してたいな」
可愛いだけの弟とは少し違う、真っ直ぐで真剣な瞳。
思わず心臓が跳ねて、慌てて視線を逸らしてしまう。
「っもう!! からかわないの!」
「え? からかってないよ?」
そう言うカロンの表情は、どこか少し意地悪で、私の知らない顔をしていた。
胸がドキッとしそうになるのを、慌てて紛らわせるように話題を続ける。
「でも! カロンがルカくんと仲良さそうで安心した。ちょっと意外な組み合わせだけど」
「実はルカも僕と同じで他人と壁を作るタイプなんだよ。……だから、姉さんにはすごく懐くと思うな」
「その壁作られたのが、俺ってこと?」
不意にレオンの自虐っぽい声が割り込んできて、カロンが思わずクスッと笑った。
けれど、その笑みは長く続かなかった。
ふと視線を伏せ、薄紫の前髪が頬にかかる。
さっきまでの軽やかな雰囲気とは違い、ほんの少し口元を引き結んで、静かに呟いた。
「……今朝、一人で教室に入った時、少し寂しかった。姉さんと別れたばかりだったのに、急に“独り”だって感じて」
「……カロン」
不意にこぼれた弱音に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「やっぱり、僕……姉さんがいないとダメみたい」
困ったように浮かべた笑顔。その言葉は、静かに心の奥に響いた。
「大丈夫だよ。いつも見てるから、カロンのこと」
そう答えると、カロンはふわっと笑顔を浮かべた。
そして右手の小指をすっと差し出す。
私も自然と小指を絡める。
――小さい頃から、私とカロンが約束を交わす時は、いつもこうしていた。
「本当に? じゃあ、また来てくれる?」
「うん、もちろん!」
絡めた小指のぬくもりに、心がふっと和らいだ――その時だった。
「なにこれ、甘すぎじゃない? 姉弟って、そんな感じでくっつく?」
するりと割って入った可愛らしい声。
声がする方に視線を向ければ、ルカくんがどこか鋭い視線でこちらを見上げていた。
変な勘違いをされないように、慌てて否定する。
「えっと、そういうわけじゃ……」
「ふーん。でもいいな〜。先輩って、誰にでも優しいんだね?」
そう言いながら、袖をきゅっと引っ張る。
そして、あざと可愛い後輩という武器をこれでもかと振りかざすような表情を見せた。
「だったら、僕にも優しくして? たとえば……今日の放課後、一緒にお茶してほしいな?」
「えっ、今日? 放課後……?」
「ダメ?」
つぶらな瞳で見上げられ、返事が喉に詰まる。
(何その顔、可愛すぎるんだけど……!!)
心の中で感情を爆発させていると、カロンが微笑んで口を開いた。
けれど、その声音には釘を刺すような冷たさが混じっていた。
「……ルカ。姉さんを困らせちゃダメだよ」
「困らせてないよ! ただ、お願いしただけ。……ね、先輩?」
その甘い声に、どう返していいかわからない。
その時、私たちの会話を遮るようにチャイムが鳴った。
「じゃあ、またね先輩! 今日の放課後、楽しみにしてる」
そう言ってひらひらと手を振るルカくんの笑顔は、まるで天使のように眩しい。
(これは……仕方ない……今日だけ……今日だけ……)
諦めて私は、ルカくんとお茶をすることに決めた。
――でも、この時。まさか放課後に“攻略対象たち”が揃って顔を合わせることになるなんて、私はまだ知らなかった。




