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偶然の微笑みは、運命の悪戯

 



 昼休み。

 いつもと変わらぬ中庭の木陰に腰を下ろし、私はそっと空を仰いだ。

 風が枝を揺らし、木漏れ日が制服の袖にちらちらと踊る。


 ――あれから、数日。


 私は放課後の時間を使って、再び能力(ギフト)を覚醒させるための訓練を始めていた。

 【破壊】への恐怖が完全に消えたわけじゃない。

 けれど、自分の力を“制御できるようになりたい”と、今は心から思っている。


 ほんの少しずつではあるけれど、“あの感覚”を掴めるようになってきた。

 それが確かに、自分の中に残っている。


(……まだ不安はある。でも、何もできなかった自分から、一歩だけでも進めている)


 それは、誰かに誇れるような大きな変化じゃないのかもしれない。

 けれど私にとっては、確かな“手応え”だった。



「フィオラー!!!」


 ふと風の向こうから元気な声が響いて、思わず顔を上げる。

 見慣れたオレンジ色の髪が陽の光を反射しながら揺れ、レオンがパンを片手に駆け寄ってきた。


「中庭、空いてたんだな!日当たりもいいし、ここ最高だな!」


 相変わらずの明るさに、つい笑みがこぼれる。

 そのすぐ後ろから、黒髪をなびかせてシリウスが現れた。

 静かな眼差しで私の様子を確かめ、ほっとしたように目を細める。


 レオン、シリウス、そして私。

 こうして三人で並んで過ごす――“何気ない、いつもの時間”。


 だけど、どこかで感じている。

 この穏やかな雰囲気の奥に潜む、張りつめた空気を。


 あれから誰も、セシル様の話を口にしない。

 けれど、私たちはみんなそれぞれに“準備”を始めていた。

 ーー来たる親睦会に向けて。


 レオンは近くの木に背を預けると、パンの袋を開けながら呟く。


「なあ、親睦会って、具体的に何をするんだろうな?」


「さあ。セシル殿下の帰国と編入を祝う会だとは聞いてるけど……詳しい内容は当日までわからないらしい」


 シリウスが淡々と答え、少しだけ目を伏せる。

 その横顔には、微かな緊張が宿っていた。


 風がそっと吹き抜け、木の葉がさらりと揺れる。

 張りつめた空気を包み込むように、静けさが中庭を満たしていく。


(……本当に、何かが動き始めるかもしれないんだ)


 そう思った、その時――


「フィオラせんぱ〜いっ!!!」


 泣きそうな声と一緒に、ルカくんが全力で走ってきた。

 そのすぐ後ろには、呆れたような表情をしたカロンの姿。


「姉さん、先輩方。……遅くなってすみません」


 礼儀正しく一礼してから、カロンはシリウスの隣に腰を下ろした。

 こうして見ると、いつの間にか私たちは自然と“この五人”で集まるようになっていた。


 セシル様が転入してきたあの日から、昼休みを共に過ごすのが当たり前になっている。


「今日、“あの人”が僕たちより先に廊下を歩いててさ!女の子たちが大騒ぎで、教室から出られなかったんだ!!」


 いつもよりも大きな声で文句を言うルカくん。

 その頬は少し膨れていて、思わず笑いそうになる。

 彼はレオンのパンの袋を奪うようにして、そのまま隣に座り込んだ。


「……セシル様の人気、全然落ち着かないね」


 私がそう言うと、カロンが静かに眉を寄せた。


「人気というより……過剰な“崇拝”が広がっている気がする。あれじゃ、まるで“何か”に操られているみたいだ」


 その言葉に、空気が一瞬だけ重くなる。

 シリウスが視線を落とし、淡々と続けた。


「……俺も感じた。あの人の周りだけ、空気の流れが違う。視線も……自然すぎて、逆に不自然なんだ」


 その冷静な言葉に、レオンも無言でパンを噛みながら頷いた。

 そして、私の胸の奥にも小さな緊張が走る。


(……やっぱり、みんな気づいてる。私に気を遣って言葉を選んでるだけで……)


 まだ秋のはずなのに、中庭を抜ける風は、いつもより少し冷たく感じた。


 そんな時だった。

 レオンがパンを食べる手を止め、いつものように明るい声で言う。


「フィオラ!俺たちに頼みたいことがあったら、何でも言ってくれよ!遠慮すんなよ!」


 その勢いに釣られるように、ルカくんも大きく頷いた。


「僕、“あの人”と直接関わるのは無理かもしれないけど……情報収集なら得意だよ!任せて!」


 さらに、シリウスとカロンが静かに言葉を重ねる。


「俺は、何かあった時にすぐ気づけるように……いつもフィオラの側にいる」


「僕は、“万が一”の時に備えて準備をしておく。姉さんが干渉されたら、即座に対応できるようにね」


 その言葉たちはどれも静かで、でも確かな力強さを持っていた。

 そして少しだけ照れくさそうに、レオンがぽつりと呟く。


「……っていうかさ。俺たち、アレン様に頼まれたんだ。“フィオラを一緒に守ってくれ”って。あんな真剣な顔、初めて見たよ」


「オリバーさんにも言われたよ? “フィオラちゃんは頑張りすぎる子だから、見ててあげて”って。もう、あの完璧な微笑みがずるいくらい紳士だったんだから!」


 ルカくんが頬を膨らませて、プイッと横を向く。

 その様子にレオンが笑い、シリウスが小さく息を吐いた。


 ――ああ、そうだ。

 みんながこうして動いてくれているのは、私のためだけじゃない。

 アレン様やオリバーさんの想いも、ちゃんと届いているからだ。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 それを上手く言葉にできなくて、私はただ笑うしかなかった。


「……ありがとう。ほんとに……ありがとう」


 そう言った瞬間、涙が零れそうになって、私は慌てて笑って誤魔化した。

 けれど、その笑顔の奥で確かに――

 “一人じゃない”という想いが、静かに灯っていた。


 すると、風が再び吹き抜けた。

 木々の枝が揺れ、そこからヒラヒラと白い花びらが舞い降りる。

 まるで私たちの会話を、ずっと盗み聞きしていたかのように。


 誰もが、その白い軌跡を目で追った。

 そして、自然と視線が交わる。

 言葉は交わさなくても、全員の胸に同じ予感が走っていた。


 この“何気ない昼休み”の先で、確かに何かが動き出そうとしている、と。

 そんな気配を、花びらが告げているようだった。


 その場に、静かな沈黙が落ちる。

 私はその空気を振り払うように、少し強めの声を出した。


「そ、そろそろ戻ろっか!昼休み、もう終わっちゃうし!」


 シリウスとカロンが頷き、レオンは最後のひと口となっていたパンを口に押し込みながら立ち上がる。

 ふと、視界の端で、怯えたようなルカくんの表情が見えた。


 何かを感じ取ったように、小さな肩が強張る。

 その瞬間だった。


「これは……ずいぶん楽しそうですね」


 穏やかな声が、ふわりと風に乗って届く。

 けれど、その優しさの奥に、冷たい刃のような響きがあった。


 ゆっくりと振り返る。

 陽光を背に立つその姿――セシル様。


 白金に近い髪が光を受けて輝き、真紅の瞳が淡く揺らめく。

 完璧に整った微笑みは、まるで絵画の中の王子そのもので。

 ……けれど、その優雅さが、逆に人間らしさをどこか遠くに押しやっていた。



 一瞬で、その場の空気が張り詰めた。

 鳥の囀りすら、どこか遠のくような静寂。


 その中で最初に動いたのは、ルカくんだった。


「……っ」


 彼は小さく息を呑むと、迷うことなくレオンの後ろへと身を隠す。


「ル、ルカくん……?」


 思わず声をかけると、ルカくんは震える声で呟いた。


「やっぱり……無理。あの目、ほんとダメ……」


 その声には、いつもの冗談めいた軽さがまるでなかった。

 本気で、心の底から怯えている――そう感じた。


 その姿を見たレオンが、眉を顰めて一歩前に出る。

 さりげなく腕を伸ばし、ルカくんを自分の背中の方へ押しやった。


「何か用でもあるのか?セシル殿下」


 少し棘を含んだその言葉。

 だが、セシル殿下はまったく動じなかった。

 ただ、微笑を浮かべたまま、どこか愉しげにレオンを見つめる。


「用というほどのことではありませんよ。……ただ、こうして“偶然”あなた方に会えたことが、嬉しかっただけです」


 その声音は柔らかく、まるで春の陽だまりのようなのに、言葉の奥には薄く冷たい影が潜む。


 そして、淡い真紅の瞳がまっすぐに私を射抜いた。


「……再び巡り会うというのは、不思議なことですね。まるで、"運命の女神様"に導かれているように感じます」


 静かな声。

 けれど、その一言が胸の奥をぞわりと撫でていった。


(……今の言い方。わざと“運命の女神様”って言った?)


 心臓が、静かに、でも確かに高鳴っていく。

 何気ない会話のはずなのに、言葉の一つひとつが心の奥に引っかかって離れない。


 そんな中、沈黙を切り裂くようにカロンの低い声が響いた。


「セシル殿下。こんなところで殿下が立ち話をされるのはご不便かと。……もしお急ぎでしたら、僕たちのことはどうぞお気になさらずに」


 丁寧な言葉遣いの裏に、はっきりとした“警戒”があった。

 オパール色の瞳が淡く光り、カロンの声に見えない壁のような冷たさが混じる。


 セシル殿下はその言葉にわずかに目を細め――そして、再びあの完璧な笑みを浮かべた。


「ご丁寧に。……では、また近いうちにお話できるといいですね」


 その声には、どこまでも穏やかな響きしかなかった。

 けれど、その穏やかさが逆に、何故かゾッとした。


 くるりと背を向けた彼の動作は、まるで舞台の上の役者のように滑らかで隙がない。

 私たちは誰も言葉を発せず、その背中をただ見送るしかなかった。


 ――何事もなかったように去っていく。

 それが余計に、胸の奥をざわつかせる。


(……“近いうち”って、きっと……親睦会のこと)


 確信にも似た予感が、ひっそりと胸の奥に芽を落とす。

 そして、私の中にまた一つ、言葉にできない不安が形を持ち始めていた。



 しばらくすると、 昼休みの終わりを告げるチャイムが、中庭に響き渡った。

 私たちは無言のまま、各々の教室へ戻り、自分の席に腰を下ろす。

 けれど、心は落ち着かないままだった。


(あの目……あの声……やっぱり、“普通”じゃない)


 胸の奥で、ざわざわとした不安が消えずに渦を巻く。

 そんな時――


 ガラリ、と静かに扉が開く音がした。

 顔を上げると、そこに立っていたのは教師ではなく、オリバーさんだった。


 いつもの柔らかな微笑みを浮かべながら、扉越しに私を見つめている。


「フィオラちゃん、少し時間いいかな?」


「は、はい」


 周囲がざわめくのを感じながらも、私は立ち上がる。

 教室を出ると、廊下には心地よい午後の光が差し込んでいた。

 そんな穏やかな空気の中で、オリバーさんはいつもと変わらぬ優しい声で告げた。


「急にごめんね。放課後、生徒会室まで来てくれる? アレンが話したいことがあるって」


「はい、わかりました」


 それだけ答えて、教室へ戻ろうとしたその時。

 背中越しに、オリバーさんの柔らかな声がもう一度届いた。


「……それと、俺も今度、少し時間をもらっていいかな?」


 思わず振り返ると、彼は穏やかに微笑んでいた。

 けれど、その笑みの奥に――ほんの少し、何かを隠すような影が見えた気がした。


 私はただ、小さく頷いた。


 窓の外では、淡い陽光が校舎の屋根を静かに照らしていた。

 その瞬間だけ、まるで何も起きていないかのように、世界は穏やかに見えた。




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