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運命の静寂に灯るもの

 



 そして迎えた放課後。


 私はレオンとシリウスに「また明日」と告げ、足早に生徒会室へ向かった。

 夕陽が差し込む廊下は、長く伸びた影と光が交じり合い、まるで一日の境界線のようだった。


 制服のポケットに入れたメモを指先でそっとなぞる。

 小さな紙一枚なのに、その重さが不思議と手のひらに残っている気がする。


(……必要以上にセシル様にも、ラフィン先生にも会わずに済んでよかった)


 心の中でそう呟いて、ほんの少しだけ安堵の息を吐く。

 けれど、背中を掠めるような視線の気配は、やっぱり消えていなかった。

 誰もいないはずの廊下で、靴音だけが静かに響く。


 やがて、生徒会室の前にたどり着いた。

 一度立ち止まり、深く息を吸い込む。


 ――トン、トン、トン。


 ノックの音が木製の扉に吸い込まれ、すぐに落ち着いた声が返ってくる。


「どうぞ」


 オリバーさんの声。

 私は小さく頷き、ゆっくりと扉を開けた。


 部屋の中は、夕陽に照らされて淡い橙色に染まっていた。

 その中央に、アレン様とオリバーさんが並んで立ち、私の姿を見ると、ふたりの表情がわずかに柔らぐ。


「来てくれてありがとう。フィオラちゃん」


 オリバーさんが優しい笑みを浮かべながら、椅子を示した。

 私は軽く会釈して、そのまま静かに腰を下ろす。


 それからアレン様とオリバーさんも向かいの席に座った。

 机の上に置かれた書類がわずかに揺れる。

 窓の外では、夕暮れの光がゆっくりと傾き、室内を淡く染めていた。


 少しの間、誰も言葉を発しない。

 沈黙の中に、壁掛け時計の針の音が小さく響く。


 やがて、その静けさを破ったのはアレン様だった。


「……今朝、セシルと話したって言ってたよな?」


「はい。ほんの少しだけ」


 自分でもわかるほど、声がわずかに張りつめていた。

 すると、アレン様は、机の上に組んだ指を軽く叩きながら、低く呟く。


「……やっぱり、最初からお前に会うのが目的だったのかもな」


 それは、独り言のような口調だった。

 けれど、彼の横顔に一瞬浮かんだ影が、胸の奥をざわつかせる。


 やがて、アレン様は視線を伏せ、短く息を吐いた。


「……セシルが急に帰国して学園に入ったのは、偶然じゃないって話しただろ?」


 その言葉に、私は小さく頷く。

 すると「実は――」と、今度はオリバーさんが静かに声を引き継いだ。


「昨日、第二王子派を探っているノイアー公爵から手紙が届いたんだ。“ある人物と接触するため”に、セシル殿下が留学を辞めて帰国するらしい、ってね」


「……ある、人物……?」


 息が詰まるような感覚の中で問い返すと、

 オリバーさんは真っ直ぐに私を見つめて言った。


「俺とアレン、それからノイアー公爵も――君のことだと思ったんだ。フィオラちゃん」


 心臓が小さく跳ねる。

 でも、視線だけは逸らしたくなくて、まっすぐ前を見つめた。


 そんな私を見て、アレン様が小さく息を吸う。


「それで、俺はセシルに対して【未来予知】を使った。……そしたら、気になる光景が見えた」


 そう言って、彼はゆっくりと椅子の背に体を預ける。

 その横顔には、疲労でも焦燥でもなく“覚悟”のようなものが宿っていた。


「……王宮の一室で、セシルが誰かと話していた。白い花――“ユスティア・フロス”のことと……“お前の能力(ギフト)”について、だ」


「……!」


 息が止まる。

 あの花の名を、アレン様の口から聞くとは思わなかった。


「ただ、セシル以外の姿も声も、霧がかかったみたいにぼやけてた。誰と話していたのかは、まだはっきりしない。けど――」


 アレン様の紅い瞳が、ゆっくりと細められる。


「“能力(ギフト)を明かせば、いくらでも脅して未来を選べる”……そう言っていたな」


 その言葉が胸の奥に突き刺さる。

 指先が、膝の上でかすかに震えた。

 けれど、その震えを見せないように、私は両手をそっと重ねた。


「……私は、どうすればいいんでしょうか」


 気づけば、声が震えていた。

 それでも、アレン様はすぐに答えなかった。

 少しだけ息を整え、そして、確かに言い切る。


「お前は、何もしなくていい。……今は、な」


 静かな声だった。

 けれど、その響きの中に“絶対に守る”という意志が宿っている気がした。


「これから、危険が今までより格段に増えるはずだ。だったら――」


 アレン様は、真っ直ぐに私を見据えた。


「今度は、こっちが“仕掛ける側”に回る」


 その言葉の意味をすぐには理解できなかった。

 けれど、オリバーさんが隣で小さく頷くのを見たとき、胸の奥の不安が、少しだけ形を変えていった。


 ――恐れではなく、“信頼”に。



「……例えば、どんな形で……?」


 二人の様子から、すでに何か考えがあるのだと感じた。

 気づけば、自然と声が出ていた。


 アレン様はわずかに目を見開き、驚いたように私を見る。

 けれどすぐに、その紅い瞳が真っ直ぐに私を捉えた。


 しばらく沈黙が落ちた。

 部屋の外で風がカーテンを揺らす音だけが聞こえる。

 そして、ようやく彼が静かに言葉を落とした。


「そのことなんだけどな。――実は今日、学園長から“ある提案”があった」


「……提案、ですか?」


 思わず問い返すと、今度はオリバーさんが口を開いた。


「うん。近々、“第二王子の帰国と編入を祝う親睦会”を開きたい、って話でね。場所は迎賓ホール。生徒だけじゃなく、主要な貴族たちも招かれる正式な場になるみたいなんだ」


 オリバーさんの穏やかな声が、逆に重たく響いた。


「俺は生徒会長としてではなく――“王族”として出席するように、と伝えられた」


 アレン様の言葉に、胸の奥がひやりと冷える。

 脳裏に浮かぶのは、あの穏やかな微笑を浮かべたセシル殿下の姿。


「……セシル殿下は、そこで何か仕掛けてくると思うんだ」


 オリバーさんが、息をひとつ整えて続けた。


「人前で笑顔を保ちながら、“偶然の再会”や“自然な会話”を演出するには……こういう華やかな場が一番都合がいいからね」


 その言葉に、私は制服のスカートの上で両手をぎゅっと握りしめた。

 胸の奥がざわつく。

 あのとき感じた“冷たい視線”の感覚が、再び背中を撫でていく。


「だから――」


 アレン様が口を開いた瞬間、空気がわずかに変わった。


「親睦会で、こっちから“仕掛ける”」


 その一言で、心臓が大きく跳ねた。

 私は思わず顔を上げ、アレン様を見つめた。


 彼の瞳には、恐れも迷いもなかった。

 ただ、まっすぐに未来を見据えるような確かな意志が映っていた。


「親睦会でセシルに妙な動きが見えたら――お前を守りながら、“誘導”する」


「……誘導、ですか?」


「ああ。俺たちが用意した状況で、あえて“近づかせる”。そうすれば、セシルの狙いも少しは見えてくるはずだ」


 言葉の響きは穏やかだった。

 けれど、その声の奥に潜むのは、燃えるような決意だった。


「お前がこれ以上、巻き込まれることだけは――俺が絶対に許さない」


 その低く静かなアレン様の声が、胸の奥にゆっくりと染み込んでいく。

 怖さよりも先に、熱いものが広がった。


「……わかりました。私にも、協力させてください」


 自分でも驚くほど、迷いのない声が出た。

 まだ不安は残っている。

 けれど、それ以上に今は――この人たちと共に歩きたいと思った。


 アレン様が小さく息を吐き、オリバーさんが穏やかに微笑む。

 その空気の中に、確かに希望の輪郭が生まれた気がした。


(もう、みんなに守られるだけじゃなくて、自分で選びたい。……ゲームのフィオラとしてじゃなく、“私自身”の未来を)


 すると、アレン様がふっと視線を横に流し、低く呟いた。


「もちろん、俺とオリバーだけじゃ目が届かない場所もある。だから、あいつらにも協力してもらうつもりだ」


「……あいつら?」


「レオン、シリウス、ルカ、それからカロン。……お前のそばにいる“仲間”たちだ」


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。

 驚いて顔を上げた私に、オリバーさんが優しく微笑んだ。


「彼らの力は、俺たち以上に大きいからね。今度の親睦会では、それぞれの能力(ギフト)によって立ち位置を考えて動くつもりだよ」


 胸の奥に、ぽっと灯がともるような感覚が広がる。

 その言葉は、“ひとりではない”という確信をそっと胸に置いていった。


 ――きっと、みんなで立ち向かう道もある。


 夕日が差し込む生徒会室の中、光がゆっくりと机の上を滑っていく。

 その金色の輝きが、まるでこれからの道を照らしてくれるように見えた。


 私はそっと目を閉じる。

 今度の“親睦会”が、ただの社交の場で終わらないことはもうわかっている。


 だから私は――この先の未来を、自分の手で選びたいと思った。





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