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未来を変える、その手で




 ラフィン先生の部屋を出てから、私たちはしばらく言葉を失って歩いていた。

 夕暮れの光が校舎の白い壁を淡く染め、窓の外では風がゆるやかに木々を揺らしている。


 けれど、隣を歩くアレン様の足取りは、どこか不安定だった。

 姿勢はいつも通り凛としているのに、歩くたびに肩がわずかに揺れる。


「アレン様」


 呼びかけた声が、自分でも驚くほど小さく響いた。

 その瞬間。


「……っ」


 アレン様の身体が、ふらりと傾ぐ。

 反射的に、私は両手を伸ばしてその体を支えた。


「アレン様! だ、だいじょう……ぶですか?!」


 腕の中に伝わる体温に、息を呑む。

 さっきまで冷たかった指先とは裏腹に、彼の身体は驚くほど熱を帯びていた。

 まるで無理をして、燃え尽きそうな炎を抱えているみたいに。


 肩に預けられる重みが、どれほど彼が限界を超えていたかを物語っていた。

 胸の奥が、思いっきり締めつけられる。


 するとアレン様は、私の肩に預けていた体を少し起こし、ゆっくりと息を吐いた。


「……悪い。ちょっと、足がふらついただけだ」


 驚くほど掠れた声。

 それでも笑おうとする仕草に、胸の奥がきゅっと痛む。


「……そんなっ! ごめんなさい……わたしのせいで、無理させちゃって、わたし……」


「馬鹿」


 短く、けれどどこまでも優しく響いたその言葉に、私は思わず顔を上げた。


「お前のせいじゃない。全部――俺が、フィオラを助けたくて選んで、動いた結果だ」


 その声は弱々しいのに、不思議と確信に満ちていて。

 無理をしていると分かるのに、どこか安心してしまう。


 どうしてこの人は、こんな時まで私を気遣うんだろう。

 そう思うと、胸の奥が再びぎゅっと締めつけられた。

 そんな時だった。


「アレン!」


 遠くから駆け寄ってくる足音。

 振り向くと、オリバーさんが焦った表情でこちらへ走ってくるのが見えた。

 その姿を見た瞬間、緊張の糸が切れたように息が漏れる。


「……それに、フィオラちゃんも。二人とも、何があったんだ……?」


「アレン様が、ラフィン先生の部屋に来て、私を助けてくれたんです。……やっぱり、あの人がアレン様に【干渉】を使ってたみたいで……!」


「っ……やっぱり、そうだったのか……」


 オリバーさんはすぐにアレン様の肩を支え直し、私の言葉に強く頷いた。

 私の喉は熱く、息が詰まりそうで、言葉が上手く出てこない。


「あの人、まだ……能力(ギフト)を……アレン様に……っ」


 震える声が途切れそうになったその瞬間、隣から落ち着いた声が降りる。


「落ち着いて、フィオラちゃん」


 オリバーさんの空いている手が、そっと私の肩に触れた。

 その一瞬の温もりで、張り詰めた心がわずかに和らぐ。

 私は小さく息を吐き、胸の奥のざわめきを押さえ込むように頷いた。


 ふと顔を上げれば、オリバーさんの表情は驚くほど冷静だった。


「もしアレンに、まだラフィン先生が【干渉】を使っているなら、すぐにカロンを呼ぼう。彼の能力(ギフト)なら、今の状態を元に戻せるかもしれない」


「……っ、はい……!」


 私は震える声でそう返す。


 オリバーさんは周囲に素早く視線を走らせ、軽く顎で合図を送った。

 すると、少し離れた柱の陰から、騎士服を着た人物が一人、静かに姿を現す。


「カロンを探してくれ。同じ学園内にいるはずだ。……急いでほしい」


 その声は静かだったが、確かな緊張を帯びていた。


「了解しました」


 騎士は短く答え、すぐに駆け出していく。

 去っていく足音が遠ざかるのを見届けたあと、オリバーさんは私に向かって小さく頷いた。


「すぐに来てくれるはずだ。それまで、俺たちで支えよう」


 そう言って、オリバーさんがアレン様の肩をしっかりと支える。

 私は反対側に回り、そっと背中へ手を添えた。


 それからカロンを待つ時間は、ほんの数分のはずなのに、ひどく長く感じられた。

 その間にも、アレン様の呼吸はどんどん浅く、熱を帯びた吐息がかすかに震える。


(……どうか、早く来て)


 胸の奥で祈るように願った、その瞬間だった。


「アレン様っ!」


 廊下の向こうから、風を切るような足音。

 カロンが、焦りと決意を混ぜた表情でこちらへ駆け寄ってくる。


「姉さん……?!」


 私の姿を見た瞬間、カロンの目が大きく見開かれた。

 けれど、状況を理解するのに時間はかからなかった。


「詳しい話は後でいい。……すぐに、アレンに能力(ギフト)を使ってくれないか?」


 オリバーさんの声は低く、しかし的確だった。

 カロンは一瞬も迷わず頷く。


「……分かりました。少しだけ、失礼します」


 そう言って、彼は静かに手を差し出し、アレン様の額に触れる。

 指先から淡い光が広がり、やがてその光は優しく彼の全身を包み込んだ。


 光はあたたかく、どこか懐かしい安らぎを帯びていて――見ているだけで、張り詰めていた胸の奥が少しずつ溶けていくようだった。


 やがて、光がゆっくりと消える。

 その頃には、アレン様の呼吸は穏やかになり、青ざめていた顔にも少しだけ血の気が戻っていた。


「……アレン様……よかった……」


 思わずこぼれた声は、安堵と涙が入り混じったものだった。


「……もう、大丈夫だ。悪いな、不安にさせた」


 いつの間にか目を開けていたアレン様が、静かにそう呟く。

 掠れた声の中にも、先ほどの苦しげな響きはもうなかった。


 私はその場にへたり込むように膝をつき、胸を押さえる。

 張り詰めていた糸が、一気にほどけていく。


 その隣で、カロンが小さく肩を落とす。


「……さっきの状態……元に戻せるか、本当にギリギリでしたよ」


 優しく責めるような言葉に、私はただ俯くことしかできなかった。

 唇を噛みしめる私に、カロンは小さくため息をつく。


「もう少しで、能力(ギフト)が完全に干渉されるところでした。……無理しすぎです」


 静かな叱責。けれど、その声には確かな安堵も混じっていた。



 それから、アレン様は医務室へと連れられ、長椅子に腰を下ろした。

 しばらくして、落ち着きを取り戻した彼が、ゆっくりとこちらを見上げる。


「……まったく、お前にこんな顔をさせるために、俺は助けたわけじゃないんだけどな」


 掠れた笑い声とともに、伸ばされた指先が私の頬に触れる。

 その温もりが優しすぎて、涙がまた滲んだ。


 冗談めかした口調なのに、少しだけ困ったように歪む唇。

 その笑みが、あまりにも優しくて、胸の奥がきゅっと痛んだ。


 私が何か言おうとして、でも何も言えなくて唇を噛んだその時――

 そばに立っていたオリバーさんが、静かな声で口を開いた。


「アレン。……フィオラちゃんに、教えてあげて」


「……なんの話だ」


「お前の【未来予知】で視たことだよ。フィオラちゃんには、知る権利があるだろ」


 その言葉に、アレン様は一瞬だけ視線を伏せた。

 短い沈黙のあと、観念したように息を吐く。


 そしてまっすぐに、私を見た。


「……最初に視えたのは、訓練の時だった。あれは……学園が、崩れていく光景だった」


 喉の奥がひゅっと狭まる。

 呼吸が止まったように、胸が痛む。


「生徒たちが逃げ惑う中、中心には……“お前”がいた」


 その言葉に、全身が凍りついた。


(……それって、まさか――)


 脳裏に浮かんだのは、前に見た悪夢。

 瓦礫の中に一人取り残された自分の姿。

 燃え上がる空。砕けた大地。黒く濁った光。


「そして、その中で建物が崩れていくのを、俺は止められずに……ただ、見ていた」


 アレン様の声は低く、どこか掠れていた。

 その光景を、何度も、何度も繰り返し見せられてきたのだと思うと、胸が締めつけられる。


(……それは、きっと“アレン様ルート”のメリーバッドエンド……)


 手が震えた。

 一度見るだけでも辛い未来を、彼は何度も見続けていたのだ。

 その原因が、自分にあると思うと、息が苦しくなる。


「……ごめんなさい……私の、せいで……っ」


 掠れた声が、震えと一緒にこぼれ落ちる。

 ずっと避けてきたはずの未来へ、自分が無意識に歩いている気がして、怖かった。

 信じたくなかった。


 けれど――


 その時、アレン様が私の手を取り、そっと包み込んだ。

 冷たかったはずのその掌が、じんわりと温かい。

 力強く、けれど優しく。


「お前がそんなこと、するわけないだろ」


 アレン様の声は低く、優しく、そして真っ直ぐだった。

 その声音には、揺るぎない確信があった。


「たとえ“未来”にそうなる可能性があるとしても……俺が絶対に、そんな未来にはさせない。約束する」


 その言葉が胸の奥に染みていく。

 涙が滲みそうになったけれど、今は堪えた。

 それを本当に叶えられた時、泣こうと思えたから。


 沈黙が落ちた後、静かにオリバーさんの声が響く。


「……それで、ラフィン先生とは。何があったか、ちゃんと俺にも話してくれるよね?」


 穏やかな言い方なのに、声の奥にかすかな緊張が混じっていた。


 アレン様は少し視線を落とし、隣にいる私を一度見てから、静かに言葉を紡ぐ。


「ラフィンは……【干渉】をもう俺たちに使わない代わりに、こいつの能力(ギフト)を公表し、第二王子の婚約者になるように――そう取引を持ちかけてきた」


「――っ」


 オリバーさんの目が一瞬で鋭く光る。

 部屋の空気が、張り詰めた弦のように震えた。


 私は何も言えず、アレン様の横でじっと息を潜める。


「……冗談だろ?」


 静かに問う声が、かえって重く響いた。


「いや、あれは本気だったと思うぞ」


 アレン様の答えに、オリバーさんの顔から柔らかな色がスッと消える。

 その沈黙が、言葉より雄弁に怒りを伝えていた。


 やがて、誰もが息を詰めたその瞬間。

 最初に声を上げたのは、意外にもカロンだった。


 拳を固く握りしめ、低く、震えるような声で呟く。


「……ふざけるな。姉さんを、そんなふうに利用しようとするなんて、絶対に許さない」


 その言葉に、私は思わずカロンを見つめた。

 いつも冷静な弟の瞳が、今は怒りで静かに燃えている。


 私の能力(ギフト)が、利用されようとしている。

 それによって、また誰かを巻き込んでしまっている。

 その事実に胸の奥がざわつき、不安と罪悪感がじわりと広がっていく。


 重たい沈黙の中、オリバーさんが静かに口を開いた。


「……まさか、本当に“そこ”が繋がってるなんてね。第二王子派とラフィン先生の繋がりは、ほぼ確定ってことか」


「俺もそう思ってる」


 アレン様が短く応じる。

 その声には、感情を抑え込んだ静かな怒気が滲んでいた。


 私の頭の中では、さっきまでの会話が何度も反芻される。

 ラフィン先生、第二王子、【破壊】の能力(ギフト)

 すべての糸が、ゆっくりと一つに結びついていくのが怖かった。


「……これから第二王子派がどう動くか分からない。警戒を強めよう」


 オリバーさんの低い声に、私は無意識に小さく頷いた。


 誰もが言葉を失い、沈黙だけが室内を満たす。

 張り詰めた空気の中で、アレン様はゆっくりと椅子から立ち上がった。


 その視線はまっすぐ前だけを見据えていて、先ほどまでの疲れは、もうそこにはなかった。

 ただ静かで揺るぎない決意だけが、残っているようだった。


「……もう、これ以上、見過ごすつもりはない」


 ぽつりと、アレン様が呟いた。

 低く、静かに――けれど、その声は確かに響いた。

 誰に向けたわけでもないのに、そこにいた全員の胸へと届くような、そんな声音だった。


「“第一王子”としてだけじゃなく、“俺自身”として、第二王子派と向き合いたい」


 その背中には、迷いがなかった。

 その決意の色が、ゆっくりと部屋の空気を変えていく。


 (……私も同じだ)


 今の私にも、大切な友人がいる。

 守りたい人がいる。

 失いたくない未来がある。


 自分の中に小さな決意が芽生えた時だった。

 ふと、アレン様と視線が交わる。

 その一瞬だけ、彼の目元がやわらかく緩んだ気がした。

 けれどすぐに、それはいつもの凛とした光に戻る。


「……未来は、俺が変える」


 静かに、けれど確かに告げられたその言葉。

 まるで、未来そのものに宣言するような響きだった。


 アレン様はそれ以上何も言わず、ゆっくりと医務室を後にする。

 その背中は揺るぎなく、自信に満ちていて――もう、振り返ることはなかった。


 その姿を見送る私の胸に残ったのは、ただひとつ。

 彼の決意が灯した、静かな光。


 誰よりも真っ直ぐで、どこまでも――誇り高い人だった。




推しの熱愛報道で死にかけてました。

また頑張ります(´°‐°`)

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