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揺れた心が予感を呼んだ日 2




 オリバーさんがペンダントを手にし、静かに部屋を出ていった後――

 扉が閉まる音だけが、静かに室内へと響いた。


 残された空気は、張り詰めているのに、不思議と落ち着いている。

 そんな中、アレン様がゆっくりとこちらへ向き直った。


「……それから、フィオラ」


 その声は、先ほどまでとは違っていた。

 冷静で、穏やかでーーそれでも、どこか“決意”を帯びた低さがあった。


 真紅の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。

 その視線に、思わず喉が詰まり、呼吸を忘れそうになる。


「俺から、もう一つ提案がある」


 一拍の静寂。

 そのあと、重みのある言葉が落とされた。


「――お前の能力(ギフト)を、覚醒させないか」


「……え……?」


 静寂が、一瞬で張り詰める。

 まるで空気そのものが、息を潜めたように感じた。


「もちろん、無理にとは言わない」


 アレン様は、私の動揺を受け止めるように柔らかく続ける。


「だが、【破壊】の力を“意識的に”扱えるようになれば、もし干渉されたとしても、自分の意思で抵抗できるかもしれない」


 淡々としていながらも、その言葉の一つひとつが胸の奥に深く沈んでいく。

 ただ“怖いもの”だった自分の力が、少しずつ“向き合うべきもの”に変わっていくような気がした。


(……怖い。でも、もう逃げたくない)


 胸の奥で、確かな鼓動がひとつ鳴る。


「僕は反対です。……リスクがあり過ぎて危険だ」


 私が口を開くよりも早く、カロンの声が空気を震わせた。

 その声音には明確な拒絶と、焦りにも似た強さがあった。


「姉さんにそんな危険なことをさせる必要はありません。【破壊】を覚醒させるなんて、もし制御できなかったら――」


 言葉の途中で、カロンはぎゅっと拳を握りしめる。

 その横顔を見た瞬間、胸の奥が痛んだ。

 しかし、アレン様は静かにその言葉を受け止め、ゆっくりと目を細めた。


「……それを選ぶのはお前じゃない」


 短く、けれど確かな響きを持つ言葉。

 真紅の瞳が、真っ直ぐに私へと向けられる。


「選ぶのは、こいつ自身だ」


 その声には、断ち切るような強さと、信じるような温かさが同時にあった。

 そして、ほんの一瞬だけ、彼の表情が和らぐ。


「それに、フィオラには“奇跡”を起こす何かを持っていると、俺は思ってる」


 その一言が、胸の奥に深く沈んだ。

 アレン様の唇が静かに弧を描き、確信のような光が瞳に宿る。

 その姿を見ていると、不思議と恐怖が薄れていく気がした。


(……本気で信じてくれている)


 私は小さく息を吸って、胸の奥で決意を固める。


「……私、やってみます」


 口に出した瞬間、自分の声がわずかに震えた。

 でも、その震えの中に、確かな覚悟があった。


(――怖い。でも、もう逃げない)


 アレン様が目を細め、静かに、それでいてどこか誇らしげに頷いた。

 その仕草が、不思議と温かく見える。


能力ギフトの覚醒には、媒介が必要になる。だから……今回は、これを使う」


 そう言ってアレン様がポケットから取り出したのは、一輪の白い花。

 光を受けて淡く透けるその花弁が、静かな光を宿している。


「……“ユスティア・フロス”」


 彼がその名を口にした瞬間、胸の奥がきゅっと鳴った。

 純白の花弁はまるで祈りのようで、触れれば消えてしまいそうなほど儚い。


(……この花を、使うんだ)


 かつて何度も目にしたその花。

 王宮でそれを見ると、ガーデンパーティーを思い出す。

 不穏な記憶が頭をかすめるけれど、今、アレン様の手の中で咲くその花は、ただ静かに息づいていた。


 その時、コン、コン、と扉を叩く音が響く。

 アレン様が短く「入れ」と告げると、扉が静かに開いた。


 入ってきたのは、一人の老人。

 淡い灰の外套をまとい、白髪を後ろで束ねた姿には、年齢を感じさせない鋭さがある。

 その動き一つひとつが研ぎ澄まされていて、空気がわずかに張りつめた。


「お初にお目にかかります。フィオラ様」


 低く澄んだ声。

 言葉の端々に、知性と静謐な威圧が混じっていた。


(……この人が、研究員……?)


 視線が合った瞬間、背筋が自然と伸びる。

 その眼差しは冷静で、誠実さを感じた。


「……よろしくお願いします」


 私は一礼し、少し緊張したまま彼の方へ歩み寄る。

 石畳に落ちた自分の影が、微かに揺れていた。


 老人はゆっくりとアレン様の方へと歩み寄り、恭しく一礼すると、両手で“ユスティア・フロス”を受け取った。

 その動作には一切の無駄がなく、まるで長年この瞬間のために磨かれた所作のようだった。


 淡い光の中、白い花を手にした老人がこちらへ向き直る。

 そして、柔らかな笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。


「これに触れれば、以前のように【破壊】の能力(ギフト)を“感じる”ことが可能です。ですが、簡単には覚醒しません。安心して……どうか、気軽に試してみてください」


 優しい声音。

 その言葉に、胸の奥の緊張がほんの少しだけ和らぐ。

 けれど、その背後で見つめるカロンの視線には、隠しきれない不安が滲んでいた。


 彼は無言のまま、私の動きを追うようにじっと見つめている。

 眉間にかすかな皺が寄っていて、その表情が胸を締めつけた。


(……大丈夫。大丈夫……大丈夫)


 自分に言い聞かせるように、私は小さく息を整えた。

 老人の差し出す花へ、そっと手を伸ばす。


「――……!」


 花に指先が触れた瞬間、全身がびくりと震えた。

 冷たい感触。けれどその奥に、何か脈打つような微かな熱があった。


「大丈夫。そのまま、意識を集中させてください」


 老人の穏やかな声が、背中を押すように響く。

 私は小さく息を整え、彼の言葉に従ってゆっくりと目を閉じた。


 深呼吸を一つ。

 心の奥へ、静かに意識を沈めていく。


 ……けれど。


(……何も、感じない)


 胸の奥に広がるのは、ただの静寂。

 波紋も、光も、何も生まれない。

 ただ、自分の鼓動だけが小さく響いていた。


 再び息を整え、もう一度試みる。

 一度、二度……そして、三度目。


 それでも、何も起こらなかった。


(焦っちゃだめ……落ち着いて……)


 心の中でそう言い聞かせる。

 けれど、額には知らぬ間にうっすらと汗が滲んでいた。


 その様子を見ていた老人が、静かに一歩前へ出る。


「……もしかすると、まだ時期が早いのかもしれませんな。少し休憩を取りましょう」


 低く落ち着いた声。

 その言葉に、張り詰めていた空気がふっとほどける。


 私は軽く息を吐き、握っていた手をそっと離した。

 その瞬間、アレン様が口を開いた。


「フィオラ、お前の能力(ギフト)が発動したのは一度だけか?」


 アレン様の問いに、私は姿勢を正して答えた。


「……はい。ガーデンパーティーの時だけです」


「学園祭では?」


「花びらに触れましたけど……何も起こりませんでした」


 あの時の光景が頭をよぎる。

 確かに、あのときもユスティア・フロスに触れた。

 けれど、【破壊】の力が発動した感覚はなかった。

 ただ、胸の奥が微かに痛んだだけだった気がする。


 アレン様は腕を組み、静かに考え込む。

 彼の瞳が一瞬、白い花に向けられる。


 その時、後方で控えていたカロンが低く呟いた。


「……何か、根本的に間違ってる、とか?」


 その声は、まるで自分に問いかけるようでーーけれど、その場の空気を確かに揺らした。



「え……?」

「どういう、意味だ?」


 私とアレン様の声が、ほとんど同時に重なった。

 カロンは一瞬だけ目を伏せ、それから自分の中で答えを探すように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「“強い負の感情”が……【破壊】の引き金になってる、とか?」


 その低い声が、静まり返った部屋の空気に染みこんでいく。


「例えば――不安、焦り、恐怖。そういう感情が一気に高まったときに、能力(ギフト)が覚醒する。ガーデンパーティーの時は、姉さんがラフィン先生に接触して、極度の恐怖を感じていた。でも学園祭のときは……少なくとも、“そこまでの恐怖”はなかった」


 その分析に、アレン様と老人が同時に視線を向ける。

 わずかな沈黙のあと、アレン様が目を細めた。


「……理にかなっているな」


 老人も腕を組み、ゆっくりと頷く。


「【破壊】は普通の能力(ギフト)ではない。それなら、生命力による覚醒とは異なる条件でも不思議ではありませんな。貴方にとって花は媒介ではなく……“感情”を揺さぶるための触媒、という可能性もあるでしょう」


「……そんな……」


 その言葉に、胸の奥がひやりとする。

 ――“極度の負の感情を覚えた時に、発動する能力”。

 もしそれが本当なら、自分の中にある【破壊】という力が、ますます“危険な存在”に思えてしまった。


「でも、これは悪いことじゃないよ」


 カロンの声が、ふっと空気を和らげた。

 それは理屈だけでなく、優しい確信を含んだ声だった。


「姉さんの能力(ギフト)が、花では媒介されないとわかった。逆に言えば――“強い感情”さえ制御できれば、ラフィン先生が干渉することはできない」


 その言葉に、胸の奥の重さがほんの少しだけ軽くなる。

 不安の中にも、確かな希望のような光が差した気がした。


 アレン様が、静かに続ける。


「“自分で自分の能力(ギフト)を理解する”。……それが今、最も必要なことなのかもしれないな」


 短く頷くその横顔は、まるで迷いのない光を宿していた。


 私はその言葉を、胸の奥でゆっくりと噛みしめる。

 そして、無意識のうちにそっと指先に力を込めた。


(――もう、逃げない)


 その小さな決意が、確かに心の中で芽吹いた気がした。




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