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運命の女神様の正体とは 2

 



 “運命の女神様”――その言葉が、耳の奥で何度も反響していた。

 聞き間違いじゃない。確かに、アレン様はそう言った。


(でも、どうして……それが“私”なの?)


 頭の中で、誰かが何度も問いを繰り返す。

 けれど、答えはすぐには出てこない。

 胸の奥がざわめき、息をするたびに心臓の鼓動が強く響いた。


(――私が、“運命の女神様”?)


 信じられない。けれど、完全に否定もできなかった。

 あの学園祭で――倒れた女子生徒が、確かに“私”に向けてそう言ったから。


 喉の奥が乾く。思考は混乱して、うまく言葉にできない。

 それでも、アレン様の瞳だけはまっすぐに私を見つめていた。

 逃げ場なんてない。

 けれど、その眼差しに宿っていたのは、責めでも疑いでもなく――ただ、静かな“決意”だった。


「ど、どうして……私なん、ですか……?」


 何とか出た声は、わずかに震えていた。

 自分でも、思っていた以上に動揺しているのがわかる。


「私の能力(ギフト)が……何か、関係あるんですか?」


 そこまで言ったところで、喉がひゅっと詰まった。

 それ以上の言葉が続かず、自然と視線が伏せられる。


 けれど――その隣で静かに座っていたカロンが、不意に顔を上げた。


「……仮に、姉さんがそうだったとして――」


 低く、落ち着いた声。

 けれど、その奥には明確な意志と怒りの熱が潜んでいた。


「それと、第二王子派に何か関係があるんですか?」


 オパールの瞳が、鋭くアレン様を射抜く。

 まるで、どんな答えでも受け止める覚悟があると言わんばかりの視線だった。


 一方で、アレン様は静かに目を細めた。

 その隣で、オリバーさんが小さく息を吐く。


「……本当は、今の段階でこの話をするつもりはなかったんだが」


 アレン様の声は低く、慎重に言葉を選ぶような響きを帯びていた。

 その声音に、部屋の空気がわずかに張りつめる。


「――倒れた生徒たちが、口を揃えて言っていた“運命の女神様”という言葉」


 そこで一度言葉を切り、アレン様はゆっくりと息を吐いた。


「それが、どうやら第二王子派の間でも使われているらしい」


 私とカロンが息を呑む。

 アレン様は、その反応を見届けてから、さらに静かに続けた。


「……そして、“心を視る”能力(ギフト)ーー【心視】を持つ者に確認してもらった。その“運命の女神様”が誰を指しているのかを」


「思考を……視る?」


 反射的に声が漏れた。

 “読む”ではなく、“視る”。

 その違いが、私にはすぐ理解できなかった。


「……思考を視るって、どういう意味ですか?」


 隣のカロンも同じ疑問を抱いたようで、口元に手を添えながら尋ねる。

 すると、今度はオリバーさんがゆったりとした口調で答えた。


「簡単に言えば、シリウスのように“音として本心を聞く”【読心】とは違うんだ。【心視】は、目で“感情や記憶の像”が見える。――つまり、言葉じゃなくて、心の中の映像としてね」


 思わず息を呑む。

 “心の中の映像が見える”――そんな能力(ギフト)があることを私は知らなかった。


 すると今度はアレン様が、その言葉に重ねるように口を開いた。


「それで、第二王子派の人間に近づき、“運命の女神様”について質問した。誰も名前は口にしなかったが……その能力(ギフト)によって、“誰を思い浮かべているか”がわかったんだ」


 そこで、アレン様は一拍置いてから言った。


「――その能力(ギフト)を持つのが、ノイアー公爵だ」


「……お父様が?」


 思わず問い返した私に、アレン様は静かに頷く。


「公爵は、何人もの心を慎重に視たらしい。

 そして、全員が“お前の姿”を心に思い描いていたそうだ」


 隣にいるカロンが、わずかに表情を硬くするのがわかった。

 けれど、アレン様は言葉を止めず、淡々と続ける。


「とはいえ、公爵が嘘を報告していないか、俺たちでは判断できなかった。だから、それを確かめるために――シリウスにも協力を頼んだんだ」


「……シリウスに?」


 信じられないという思いが、思わず声に滲んだ。


「公爵が“運命の女神様はフィオラのことだ”と俺たちに伝えた、その瞬間の心を――シリウスに読んでもらった」


 静まり返る室内で、アレン様の言葉だけが、真っ直ぐに落ちていく。

 わずかに風がカーテンを揺らした気がしたけれど、それすら遠く感じた。


「つまり……その証言は、公爵自身の言葉と、心の両方から得たものだ。嘘や思い込みの余地は、限りなく低い」


「……そんな……私が……」


 思わず膝の上で握った手に、力が籠る。

 冷たくなった指先を意識しながら、私はどうにか息を整えようとした。


 けれど、胸の奥でざわめくものは、簡単には静まらなかった。

 ――もし本当に、自分が“その存在”だとしたら。


 沈黙が重く落ちる中、オリバーさんがゆっくりと口を開いた。


「“運命の女神様”……どうしてフィオラちゃんがそう呼ばれてるのか、知りたい?」


 どこか迷いのあるその問いに、私はハッと顔を上げた。

 胸の奥が熱くなる。けれど、怖さよりも、知りたい気持ちが勝っていた。


「……教えてください」


 私の答えを聞いたオリバーさんは、わずかに視線を落としてから、アレン様の方を見た。

 その眼差しには“話してあげて”という静かな促しがこもっていた。


 アレン様は小さく息を吐き、重たげに言葉を紡ぐ。


「――第二王子派にとって、お前は俺を王太子の座から引きずり下ろすための“切り札”になっているらしい」


 その声は低く、苛立ちを隠しきれないものだった。

 テーブルの上で、彼の指先がわずかに動き、金の装飾を叩くように小さく音を立てる。


「……そういうこと、ですか」


 カロンが静かに呟いた。

 表情は冷静なままだったが、声の奥には怒りの熱が滲んでいた。

 アレン様はその視線を受け止めながら、淡々と続ける。


「俺の母親が王妃ではなく、側妃なのは知ってるか?」


 突然の問いに、私は一瞬だけ言葉を失う。

 カロンと目を見合わせ、小さく頷いた。


 側妃様は他国から嫁いできた平民の出身。

 今の国王陛下は本来なら彼女を王妃に迎えたかったが、先代の王がそれを許さず、代わりに公爵家の娘を王妃として迎え入れた。

 その結果、王妃から第二王子が、側妃から第一王子――アレン様が生まれたのだ。


 この国で王位継承に最も重んじられるのは、【未来予知】の能力(ギフト)持つこと。

 しかし、実際にその力を継いできたのは、代々“王妃”から生まれた王だけだった。

 だからこそ、誰もが次にその能力(ギフト)を得るのは第二王子だと信じて疑わなかった。

 けれど、実際に“未来”を見たのは、側妃の子であるアレン様だった。


 その瞬間から、継承の均衡は崩れた。

 ゲームの中でも、彼は“覚醒”と同時に命を狙われ続けていた。


「本来なら、俺の血筋では国王になることなど許されない。……けれど、この力を持ってしまった以上、王位を拒むこともできない」


「……アレン様……」


 その声に、私の胸がきゅっと締めつけられる。

 アレン様はわずかに視線を落とし、苦い笑みを浮かべた。


「だから、第二王子派はこう考えている。【未来予知】が絶対ではないと証明できれば、俺を王から降ろせる、と。そのために利用されようとしているのがお前の能力(ギフト)、【破壊】だ」


「……どういう、ことですか……?」


「俺が【未来予知】でお前の力を見抜きながら、それを止められず、結果的に国を滅ぼす――そういう筋書きだ。それが現実になれば、【未来予知】は王の資格にならない。……国を導く力ではなく、ただの幻想になる」


 衝撃に言葉を失った私の肩を、隣にいたカロンがそっと支えてくれた。

 その手のひらは温かくて、心臓の鼓動を落ち着かせるようだった。


 ふとアレン様を見ると、彼の瞳には深い痛みが宿っていた。

 その表情を見た瞬間、胸の奥が締めつけられる。


「だから、提案なんだ」


 その時、オリバーさんの声が静かに場の空気を和らげた。

 けれど、その瞳の奥には確かな光が宿っている。


「一度、フィオラちゃん自身の能力(ギフト)を、正式に調べてみない?」


「……調べる、ですか?」


 反射的に問い返した私に、オリバーさんは軽く頷き、言葉を重ねる。


「うん。信頼できる研究者だけに限定して、【破壊】の特性を少しずつ明らかにしていこうと思う。覚醒したら制御できるように訓練もしたい。もちろん無理はさせない。俺たちが責任を持って、その場を整えるから」


 その声は、いつもの柔らかさを保ちながらも、迷う余地を残してくれていた。


(……私には、前世の記憶があって、ほとんどのことがわかるはずだったのに)


 そう思った瞬間、胸の奥がずしりと重くなる。

 ゲームで描かれていなかった“国を滅ぼすくらいの能力(ギフト)”。

 バッドエンドのラストに、私が国を壊してしまうシーンなんてなかった。


 どんなきっかけで発動するのか、どういう仕組みなのか、何ひとつ描かれていない。


(……私は、何も知らない)


 分かっているのは、ただひとつ。


(“この手で国が滅ぶ”可能性があるということだけ)


 その思いだけで、胸の奥が苦しくて、今にも全てを投げ出したくなる。

 落ち着くために、私はそっと息を吐いた。

 けれど、胸の奥の重さは簡単には消えてくれなかった。


「……怖い、です」


 自分でも驚くほど、声が震えていた。

 その瞬間、視界の端でアレン様とオリバーさん、そしてカロンが同時にこちらを見る。


「自分の力が、どんなものなのかも分からないのに……それを確かめるなんて。もし、本当に“国を滅ぼす”力だったら……どうすればいいのか、わからなくて……」


 最後の言葉が掠れた。

 喉の奥が熱くなり、視界の端がじんわりと滲む。


 そんな私の手の上に、カロンの指先がそっと触れた。

 言葉はなかった。けれど、その温もりが確かに伝えてくる――“ここにいるよ”と。


「――大丈夫だ」


 静かな低音が空気を震わせた。

 アレン様の瞳は真紅に光り、その声には揺るぎない確信が宿っていた。


「お前の力がどんなものであっても、俺たちはそれを“脅威”じゃなく、“希望”に変える。……だから、怖がる必要はない」


 その言葉が、まるで灯をともすように胸の奥に落ちていく。


 オリバーさんも、柔らかく微笑んで頷いた。


「ね、フィオラちゃん。ひとりじゃないよ」


 その言葉は優しくて、温かくて――気づけば、肩の力がふっと抜けていた。

 怖さはまだ残っている。けれど、不思議と息がしやすくなった気がした。




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