夏色ストロベリーデート 2
その後も、私たちはいくつかの店を巡り、最後に小さな菓子屋で冷たいフルーツタルトを買った。
店先のベンチに並んで腰を下ろし、木漏れ日の下で甘い香りがふんわりと漂う。
「……ん~、やっぱりここのベリータルトは最強だね! 先輩にも一口、はい、あーん?」
「だ、大丈夫だよ! 自分で食べるから!」
「えー、つれないなぁ」
ルカくんは拗ねたように笑う。
けれどその笑顔は太陽みたいに明るくて、見ているだけで気持ちがほぐれていく。
風が頬を撫で、どこからか鐘の音が遠くに響いた。
そんな穏やかな空気の中――
不意に、ルカくんの声のトーンが変わった。
「……ねぇ、フィオラ先輩」
「うん?」
「“魅了”を使わずに、僕が誰かに……本気で好きになってもらえる方法って、あると思う?」
その一言が、胸の奥に静かに落ちた。
夏の光が眩しく揺れて見える。
私はすぐに言葉が出せなかった。
――王宮で、自分の力を“怖い”と口にしたあの日のルカくんが、重なる。
「まだ……怖いの?」
「そう、なのかな? ……いや、ちょっと違うかも」
そう答えたルカくんは膝に肘をつき、指で前髪を掻き上げた。
夏の光が髪を透かして、淡くきらりと揺れる。
その仕草はいつもより大人びて見えて――胸の奥が少しだけざわめいた。
「まだ……他人から言われる“好き”とか“可愛い”って言葉が、どういう気持ちなのか、わからない時があるんだ。
優しくしてくれるのも、見つめてくれるのも、笑ってくれるのも……
やっぱり、“能力ありき”なのかもって、思っちゃってさ」
伏せられた睫毛が、光の中で影を落とす。
その声は、普段の明るさを失って、どこか壊れそうな響きを帯びていた。
「【魅了】とは関係ない“僕”を……好きになってもらえる方法が、あればいいのにね」
小さく笑ったその横顔は、どこか強がっているように見えた。
私は思わず、息をのむ。
ルカくんの本音に胸が熱くなって、言葉にしなければ溢れてしまいそうで――
気づけば、必死に声を絞り出していた。
「……私、今日、ずっと楽しかったよ」
「え?」
ルカくんが顔を上げ、驚いたようにこちらを見つめる。
陽の光を受けた瞳が、ほんの少し揺れた。
「ルカくんが隣にいて、たくさん笑わせてくれて。
それに、意外と歩幅もちゃんと合わせてくれて。
……そういうの、全部、ルカくん自身のおかげで“楽しい”って思えたの」
言葉を紡ぎながら、胸の奥からこみ上げる想いを抑えきれなかった。
どうかこの気持ちが、まっすぐに伝わりますように――そう願いながら。
すると、ルカくんは一瞬だけ目を見開いて、それからクスッと微笑んだ。
「ねえ、先輩。……僕、先輩のこと、信じてみてもいい?」
その声は、夏の風みたいにやわらかく響いた。
「フィオラ先輩が今日、楽しそうに笑ってくれたのも、
優しく僕を見つめてくれるのも……“能力のせい”じゃなくて、
ちゃんと“僕”を見てくれてるから、なんだって」
その言葉に息を呑む。
視線が重なると、ルカくんの瞳の奥に、淡い光が揺れていた。
それは照れでも冗談でもなく――まっすぐな気持ちの色だった。
「ルカ……くん」
「……だめ、かな? 期待しちゃ」
小さく笑って言うその声音が、胸の奥にやわらかく響く。
どう返せばいいのかわからず、唇を開きかけたその時――
ルカくんはふっと表情を緩め、軽く息を吐いて立ち上がった。
「ごめんね。こんなこと言うつもりじゃなかったんだ、本当は。でも、先輩と一緒にいると……つい、気持ちが前に出ちゃうみたい」
その言葉に、胸の鼓動が少しだけ速くなる。
真っ直ぐで、照れくさくて、どこか切ない声だった。
そして、ルカくんは私に手を差し出した。
けれど、そのもう片方の手は――背中に隠されていて。
「……?」
首を傾げる私に、ルカくんが小さく笑う。
「これ、さっき見てたやつ。僕が勝手に買っちゃったんだ。やっぱり、これが今日のフィオラ先輩に一番似合うと思って」
そう言って差し出されたのは、露店で二人が見ていた――
あの淡いピンクの髪飾りだった。
小ぶりで上品なデザインのそれは、柔らかな色合いが光を受けて煌めく。
まるでルカくんの笑顔のように、優しく温かい光を宿していた。
「ありがとう。でも、本当に……いいの?」
「うん。これは、僕が先輩を思って選んだものだから。もらってほしい」
真っ直ぐな声に、胸の奥がふっと熱を帯びる。
私はおそるおそる髪飾りを受け取り、そっと耳元に当ててみた。
淡いピンクの花びらが光を受けてきらめき、少しだけ頬に影を落とす。
その様子を見ていたルカくんの瞳が、ふわりと細められる。
笑っているのに、どこか真剣で――その表情に思わず息を呑んだ。
「……やっぱり、すごく似合う」
柔らかな声が耳に落ちる。
そして、一拍おいてルカくんが少しだけ顔を近づけた。
至近距離で見上げてくる、若葉を透かしたような淡い翠の瞳。
そのまっすぐな光に、心臓がドクンと跳ねた。
「それ、僕がつけてもいい?」
その言葉に、思わず息を呑む。
断る理由なんて浮かばなかった。
ただ頷くと、ルカくんはゆっくりと手を伸ばしてきた。
指先が髪に触れた瞬間――小さく息が漏れる。
夏の風よりも優しい温度が、こめかみをかすめていった。
ルカくんは真剣な顔で、髪をすくうように指を動かす。
その仕草は丁寧で、けれどどこかぎこちなくて。
触れられるたびに、胸の鼓動が早まっていくのが自分でもわかった。
「……よし、できた」
少し離れたルカくんが、満足そうに微笑む。
頬を赤く染めながらも、目はどこか誇らしげで――
「うん。やっぱり、すごく似合うよ。今日の先輩にぴったり」
その言葉が胸に落ちて、静かに波紋のように広がっていく。
夕暮れ前の陽射しが二人の間をやわらかく照らしていて、時間が一瞬、止まったように感じた。
「……ありがとう」
照れながら小さく礼を言うと、ルカくんはふっと目を細めて笑った。
「こちらこそ」
その一言だけで、胸の奥が少し温かくなる。
けれど、その直後――彼は小さく息を吸い、言葉を継いだ。
「本当はさ……」
そう呟くと、ほんの少しだけ視線を逸らす。
その横顔に、普段の無邪気さとは違う静けさが宿っていた。
「もっと、ちゃんと気持ちを伝えたいことがあったんだけど」
風がひとすじ、二人の間を抜けていく。
揺れる前髪の向こうで、ルカくんの瞳が一瞬だけ翳った。
「……今日は、これだけでいいや。ううん、それだけがいいんだと思う」
言葉の最後に浮かんだ笑顔は、どこまでも優しくて。
でもその奥に、言葉にできなかった“何か”が確かにあった。
気づけば、夕暮れが街の屋根を茜に染めている。
光と影が溶け合うような空の下で、彼が静かに問いかけた。
「また、一緒に出かけてくれる?」
その声に、私は迷いながらも頷いた。




