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夏色ストロベリーデート 1

 



「二人だけに任せるんじゃなくて、私も一緒に向き合わなきゃ……とは思ったけど、具体的に何をすればいいんだろう」


 王宮の温室を訪ねてから、もう数日が経っていた。

 その間、私はずっと考えていた。


 どうすれば、自分の能力を狙っている人間に近づけるのか――。


 けれど、答えは簡単には見つからない。

 アレン様やオリバーさんに尋ねても、きっと簡単には教えてくれないだろう。


(……よく考えたら、前世のゲームの記憶が役に立ったのって、初めの頃だけだったな……)


 思わずため息をこぼしながら、私は夏の高い空を仰いだ。

 青の中で白い雲がゆっくり流れていく。

 その空はどこまでも広く、けれど胸の奥の迷いは、行き場をなくしたままだった。


(……何も思いつかない)


 思考の糸が途切れたまま、私は椅子から立ち上がった。

 胸の奥が少しだけ重くて、それでも何かを変えたくて――。


「……今日は、気分転換しよう」


 自分に言い聞かせるように小さく呟く。

 窓の外では、真夏の陽射しが庭の草花を照らしていた。

 熱を帯びた空気が流れ込んできて、いつもより世界が少しだけ眩しく見えた。


 淡い水色のワンピースに、夏らしいストローハット。

 鞄には、最低限の荷物と――なにも考えずに過ごすための、ちいさな決意を詰めこんで。


 身支度を整え、屋敷の扉を開ける。

 その瞬間、ふわりと夏の風が頬を撫で、胸の奥のざわめきを少しだけ遠くへ運んでいった。


 馬車に揺られながら窓の外を眺めれば、夏らしい色彩が溢れていた。

 蝉の声、どこまでも広がる青空、咲き誇る花々。

 そして遠くから聞こえてくる街のざわめきが、今日はひときわ楽しげに響いている。



 街に到着して馬車を降りた瞬間、鮮やかな景色が視界に飛び込んできた。


 木陰で笑い合う子どもたち。

 果物の屋台から漂う甘い香り。

 リボンやアクセサリーが並ぶ露店。


 通りを行き交う人々の足取りも、どこか軽やかで――。


(……夏ってだけで、みんな楽しそうに見える)


 ほんの少し肩の力を抜いて歩き出そうとした、その時。


「フィオラ先輩?」


 耳に届いた声に、思わず足が止まる。

 どこか甘えるようで、けれど悪戯っぽさも含んだ声。

 振り返れば、そこにいたのは――見間違えるはずもない少年の姿だった。


 柔らかな陽の光を受けてさらさらと揺れる、ストロベリーブロンドの髪。

 私の髪色よりもずっと明るく、まるで苺を溶かした砂糖菓子のように煌めいている。

 そして、その下で輝く瞳がまっすぐに私を捉えていた。


「ほんとに先輩だ!……うわ、なんか、運命みたいだね?」


「ルカ……くん?!」


 彼の姿を認識した瞬間、驚きに声が震え、思わず名前を呼んでいた。


 彼の笑顔を目にしただけで、さっきまで頭の中を占めていた思考が一瞬で霧散してしまう。


「一人でお出かけ? 珍しいね、フィオラ先輩が」


 ルカくんは人懐っこい笑みを浮かべながら、自然と私のすぐ横へ歩み寄る。

 それはまるで、初めから一緒に出かける約束をしていたかのようで――心臓が妙に落ち着かない。


「うん……ちょっと、気分転換がしたくて」


 声を整えながら答えると、ルカくんは「そっか」と頷き、軽やかに笑った。


「えらいえらい! 気分転換、大事だよね」


 そう言いながら、ちらりとこちらを見上げてくる。

 その瞳がきらきらと光を映し、何気ない一言がまるで褒め言葉以上の意味を持つように感じられて、胸の奥がくすぐったくなる。


「でも、せっかくなら一人より、二人の方が楽しいと思わない?」


 不意に向けられたルカくんの言葉に、私は驚いて目を瞬かせた。


(……これって、もしかして誘ってくれてる?)


 そんなふうに自分に都合のいい解釈をしてしまう。

 気分転換のはずが、一人だとつい色々考えてしまいそうだったから――その提案が、素直に嬉しかった。


「……いいの?」


「もちろん! だって偶然会えたんだし、これってもう運命だもん!」


 ルカくんはにっこり笑って、いつもの明るい声を響かせる。

 そして、少し得意げに続けた。


「それに、馬術大会のご褒美もまだ貰ってなかったしね」


 冗談めかした口調なのに、どこか優しい。

 どこまでが本気で、どこまでが戯れなのか――わからないほど自然な笑顔に、心の奥がふわっと温かくなる。

 けれどその瞳の奥に、一瞬だけ真剣な色が宿った気がした。


「……じゃあ、よろしくね」


「やった!」


 弾けるような笑顔とともに、ルカくんが軽く拳を握る。

 その姿に、思わずこちらも微笑み返してしまった。


(……やっぱり、ルカくんと一緒にいる方が楽しそう……)


「で、先輩は気分転換にどこに行こうとしてたの? 欲しいものとか、行きたいお店とかある?」


「とくに決めてなくて……今は、なんとなく歩いてたの」


 通りを抜ける風が、ルカくんの髪をふわりと揺らす。

 陽の光を受けたストロベリーブロンドが淡く透けて、まるで溶けかけたイチゴキャンディーのように煌めいた。


「それなら、僕が案内していい? おすすめのお店、いっぱいあるから!」


 胸を張ってそう言うルカくんの姿に、思わず笑みがこぼれる。

 自信満々なのにどこか可愛らしくて――彼のこういうところは、本当に変わらない。


「じゃあ、お願いしようかな」


「任せて!」


 ルカくんは嬉しそうに笑い、軽やかに歩き出した。

 その後ろ姿を追いながら、私も一歩を踏み出す。


 通りには人の波があふれ、果物や花の香りが風に乗って流れていく。

 手の届きそうなほど近くにいるのに、私たちの間には、ほんの少しだけ距離のあった。


 ――それでも、その距離が今は心地よかった。


 そうして、“二人きりの夏の時間”が静かに始まった。



 * * *



「この通り、最近できたばっかりなんだ! 結構、可愛いお店多くてさ」


 ルカくんの足取りは軽くて、まるでここが自分の庭みたいだった。

 けれど、その歩幅はちゃんと私に合わせられていて、そんな小さな気遣いがくすぐったく感じる。


「……ルカくん、こういう場所に結構詳しいんだね」


「ふふん、女の子をエスコートするの得意だからね!」


「ルカくん、モテるもんね。そのセリフ、もしかして色んな子に言ってる?」


「え、フィオラ先輩が初めて言わせたんだよ? 今の絶対、誘導したでしょ!」


 頬をぷくっと膨らませて、拗ねたように見上げてくる。

 そんな仕草があまりにも可愛くて、つい笑ってしまった。


 そうして軽口を交わしながら、ふたりで街の中を歩いていく。

 夏の日差しの下、通りの喧騒がどこか遠くに感じられた。


 ふと、視線の先に可愛らしい髪飾りが並ぶ露店が見える。

 花やリボン、小さなパール付きのクリップ――どれもきらきらと光を受けて、見ているだけで心が弾んだ。

 思わず、足を止めて見入ってしまう。



「フィオラ先輩、こういうの好きなの?」


「うん。昔はよく付けてたんだけど、最近はあんまり」


「へぇ。でも、今もこういうの、すごく似合いそうだけどな〜」


 ルカくんが淡いピンクの花が付いた髪飾りを手に取り、私の横顔をじっと見つめた。

 その視線に気づいて、胸の奥がほんの少しだけ高鳴る。


「……ねぇ、気づいてた?」


「なにを?」


「これ。髪の色だよ。僕と先輩、けっこう似てるんだ。ストロベリーブロンド――ほら、お揃い」


 そう言って、ルカくんは自分の髪を指でつまみ、陽の光にかざして笑った。

 夏の日差しがふたりの髪に反射して、淡い桃色のきらめきが揺れる。


「あ……たしかに。明るさは少し違うけど、同じ系統だよね」


「でしょ? 並んで歩いてたら、“双子みたい”って言われたりしないかな?」


 真剣な顔でそんなことを言うものだから、思わず笑みがこぼれる。


「どうだろうね?」


「じゃあ、僕が一番最初に言っておくね」


 そう言ってルカくんは、少し照れくさそうに笑った。

 その笑顔があまりにもやさしくて、胸の奥がぽわんと温かくなる。

 まるで、陽の光そのものが心の中に入り込んだみたいだった。


「せっかくだし、これ付けてこうよ。ストロベリーお揃い記念に!」


 なんとも言えないネーミングセンスに、思わず苦笑が漏れる。


「……揶揄わないで」


「本気だよ?」


 その一言に、反射的にルカくんの顔を見上げた。

 彼はいつものようにニコニコしているのに――その瞳だけは、冗談を言っているときのものじゃなかった。

 真っ直ぐで、少しだけ熱を帯びた光。


「……ルカくん?」


「ん、なに?」


 何も聞けずに、視線を逸らしてしまう。

 なのに、胸の奥がふわりと熱を帯びるのを感じた。

 夏の陽射しのせいにしてしまいたいくらい、心臓が小さく跳ねていた。



 

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