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温室の王子と騎士

 



 フィオラが王宮を後にすると、温室の扉が静かに閉ざされた。

 茜色の光に満たされた空間には、もう二人の影だけが残り、その影は床に長く伸びていた。


「――どうして、話さなかったの。アレン」


 苛立ちを押し隠そうともせず、オリバーは低く問いかける。

 椅子に腰を下ろしたままのアレンを、真っ直ぐに睨みつけながら。


 アレンはオリバーの視線を受けても、特に気にした様子もなく、さらりと口を開いた。


「……なんのことだ?」


 その淡々とした声音と表情からは、何一つ読み取れない。

 まるで壁のように感情を隠されて、オリバーの苛立ちはさらに募る。

 けれど、ここで感情をぶつけても無駄だとオリバーは理解していた。

 彼は自らを落ち着かせるために小さく息を吐き、視線を逸らさぬまま、核心を突く。


「――“運命の女神様”について」


 二人の間に、わずかな沈黙が落ちる。

 その間もアレンは表情を微塵も変えず、茜色の光に照らされた横顔は硬い仮面のようだった。


「確定していないのに、話すべきじゃない」


 冷静で揺らぎのない声音。まるで用意されていた答えのように、淡々と響く。

 その揺らがぬ態度に、オリバーは苛立ちを隠せず、低く吐き捨てた。


「……けど、ほぼ確定してるだろ」


 椅子の背を握る手に力がこもる。感情を押さえ込んだ声は、鋭く空気を裂いた。

 だがアレンは眉一つ動かさず、真紅の瞳を真っ直ぐに向けて言い放つ。


「お前は、あいつを不安にさせたいのか?」


 短い問いかけ。だがその一言は、刃のように鋭く胸に突き刺さる。

 オリバーは返す言葉を失い、喉がひりつく。


 沈黙。温室のガラス越しに射す夕陽が赤く揺れ、二人の影を重ねる。


「……そんなわけ、ないだろ」


 ようやく絞り出した声には、苛立ちよりも苦さが滲んでいた。

 フィオラを不安にさせたいはずがない。むしろその逆だ。けれど――。


「でも……何も教えないっていうのは、やっぱり賛成できない」


 拳を握りしめ、目を伏せたまま呟く。

 胸の奥で「守りたい」という想いと「真実を伝えるべきだ」という想いがせめぎ合い、答えの出ない葛藤が静かに燃えていた。


 一方のアレンはオリバーの言葉を受けても、微動だにせず真紅の瞳を細める。


「……時期を誤れば、余計に傷つけるだけだ」


 低く、揺るぎない声音。

 それは鋭く研がれた刃のようで、温室の空気をピンと張り詰めさせた。


「確定していない以上、口にすべきじゃない。あいつを守りたいなら――なおさらだ」


 淡々と告げられる言葉。けれど、その奥には確固たる決意がにじんでいる。

 オリバーは歯を強く食いしばった。反論したい。だがアレンの理屈に一理あることも、痛いほど理解していた。


「……でも、それじゃあ……フィオラちゃんは、何も知らないままじゃないか」


 悔しげに吐き出した声は、かすかに震えていた。

 その視線を正面から受け止めながら、アレンは一歩も引かずに言い放つ。


「俺は、不安を煽るくらいなら何も伝えない。……必要なのは、真実じゃなく――守れる力と覚悟だ」


 アレンの言葉は、鋭く胸に突き刺さった。

 反論をぶつけたい衝動に駆られながらも、オリバーは深く息を吐き、視線を落とす。


「……わかった。今は、アレンの考えを尊重するよ」


 低く搾り出した声には、まだ熱が宿っていた。

 握りしめた拳を少しずつ緩め、わずかに表情を和らげる。そして、ゆっくりと顔を上げた。


「けど――必要だと思った時は、俺は迷わず伝える。その覚悟だけは、しておいて」


 真剣な眼差しが、夕陽に赤く染まる。

 アレンはしばし沈黙した後、細めた瞳で静かに応じた。


「……いいだろう。その時は俺も否定はしない」


 二人の間に、重くも確かな約束が交わされる。

 温室を満たしていた茜色は、ゆっくりと夜の気配へと溶けていった。




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