白の導きと囁き 2
胸の奥で様々な疑問が渦巻く中、再び口を開いたのはシリウスだった。
「……【天候操作】を、どうやって使ったんでしょう」
小さな呟きに、アレン様の真紅の瞳が鋭く光る。
「……どういう意味だ?」
問われて言葉に詰まるシリウス。
けれど、代わりにオリバーさんが助け舟を出すように口を開いた。
「……花を媒介にして【天候操作】を使えるなんて、ごく限られた能力だよ。レオンの【精神操作】みたいに心に干渉する系統ならまだしも……自分の能力で“他人の能力そのもの”を操るなんて、簡単なことじゃない」
オリバーさんの言葉に、シリウスは静かに頷いた。
それだけで、室内の空気はさらに沈み込み、重苦しい沈黙が広がっていく。
――その緊張を破るように、扉が勢いよく開かれた。
「大変です!」
飛び込んできたのはカロンとルカくんだった。
「今すぐ来てくださいっ……!」
「中庭が、大変なことになってるんだ!」
二人は息を荒げ、顔には普段の余裕も笑顔もまったくない。
そのただならぬ様子に、私の胸がざわりと音を立てた。
「……なにがあった?」
アレン様が低く問いかける。
カロンは一瞬言葉を選ぶように息を整えてから、重く告げた。
「複数の生徒が倒れていて……おそらく、あれは能力の暴走だと思います」
「しかも……!みんな一斉に、バタバタって……!」
ルカくんの声は震えていて、今にも泣き出しそうなほどだった。
その切迫感に、生徒会室の空気が一瞬で張りつめる。
凍りついた沈黙を破ったのは、アレン様の低く鋭い声だった。
「……行くぞ」
その一言で、場の緊張が一気に行動へと変わる。
アレン様、オリバーさん、シリウス、カロン、ルカくん、そして私――。
全員が同時に動き出すと、重なる足音を響かせて中庭へ駆け出した。
階段を一気に駆け下り、廊下の角を曲がろうとしたその時――
「……っ!」
唐突に足音が乱れた。
「……シリウス?」
振り返ると、シリウスがこめかみに手を当てて立ち止まっていた。
表情は冷静を装っていたけれど、顔色は明らかに悪い。
「……ごめん。大丈夫……。でも、少し……」
低く押し出すような声。額には薄く汗が滲んでいる。
「どうしたの?」
思わず問いかけると、シリウスは息を整えながら答えた。
「この辺りから……心の揺れを強く感じる。今までにないくらい……複数の強い感情が、一気に押し寄せてて……」
その声には、戸惑いと苦しさが滲んでいた。
「こんなの……初めてかもしれない」
シリウスの能力がこれほどまでに反応してしまう。
それは、やはり"事故"なんかじゃないというヒントのように感じた。
(……やっぱり、これもただの偶然じゃない)
私は小さく頷き、支えるようにそっと彼の腕に触れる。
このまま彼を中庭に連れて行くのは危険だと、胸の奥で強く感じた。
「無理しないで。シリウスは……影響を受けない場所に避難しても――」
「……いや、行くよ」
シリウスは短くそう告げ、大きく息を吐くと、迷いなく再び足を踏み出した。
きっぱりと私の言葉を遮るその声には、一片の迷いもない。
まるで「行かない」という選択肢など、最初から存在していないかのようだった。
彼の背中には、静かで揺るぎない決意がはっきりと滲んでいた。
その気迫に押されるように、私も力をもらって一緒に駆け出す。
緊張と不安が胸を締めつけるなか、重なる足音だけが中庭へと私たちを急かしていた。
――そして、辿り着いた瞬間。
目に飛び込んできた光景に、私は息を呑んだ。
それは私だけじゃない。アレン様も、オリバーさんも、シリウスも……誰もが足を止め、驚愕に目を見開いていた。
そこに広がっていたのは、信じがたい光景。
芝の上には数人の生徒たちが倒れ込み、意識を失ったまま動かない。
駆け寄った教師や生徒が必死に声を掛けていたが、誰も状況を理解できていないようで、混乱の渦だけが広がっていた。
そんな混乱の中心に立っていたのは――ラフィン先生だった。
「……大丈夫か? しっかりしろ」
倒れた生徒の肩を揺すり、脈を取るような仕草をしている。
その横顔に浮かんでいたのは、飄々とした笑みではなく、本気で心配しているような、困惑に染まった表情だった。
「ラフィン先生……」
思わずその名を呼ぶと、先生はこちらに顔を上げた。
私たちの姿を確認した瞬間、わずかに肩を落とし、安堵の色を滲ませる。
「……来てくれたか。良かった」
その声はかすかに掠れていて、いつもの余裕など微塵も感じられなかった。
だからこそ、アレン様の問いかけは鋭さを増す。
「何が起きたんだ?」
低く押し込むような声に、ラフィン先生は一瞬だけ視線を逸らした。
それは普段の飄々とした態度からは想像もできない仕草だった。
けれど、その直後すぐに短い答えが返ってきた。
「……私にも、正直よくわからない」
「は?」
短く返したアレン様の声には、疑念が滲む。
だが先生は淡々と続けた。
「居合わせた生徒の証言によれば……ほんの一瞬の出来事だったらしい。空から――いや、どこからともなく、大量の白い花びらが舞い落ちてきたそうだ」
「白い……花びら?」
その言葉に胸の奥で、心臓が大きく跳ねる。
(やっぱり……また、あの花……?)
「気づいたときには、何人もの生徒が静かに崩れ落ちていた。悲鳴もなく、苦しむ声もなく……操り人形の糸が切れたように」
淡々とした口調なのに、その情景が鮮やかに突き刺さってくる。
先生は短く息をつき、視線を倒れた生徒たちへ向けた。
「今の段階では何も断定できない。だが共通点はある――」
その先を告げる声が、わずかに重くなる。
「倒れたのは全員、感情に大きく左右されやすいタイプの能力を持っているということだ」
その言葉が落ちた瞬間、空気が張り詰める。
思い出されるのは、先ほど聞いたばかりの【天候操作】。
まるでーー感情と能力が結びついた者たちを、狙い撃つかのように。
「……っ!」
その瞬間、隣にいたシリウスが不意に顔を顰め、こめかみに手を当ててしゃがみ込んだ。
「えっ、シリウス先輩……?!」
咄嗟に駆け寄ったルカくんが、ぐらりと傾いた身体を支える。
けれど、シリウスの瞳は焦点を失い、どこか遠くを見つめていた。
「……ごめん……大丈夫、だけど……ここは……」
か細い声。苦しげに歪んだ表情。
まるで何かに強引に心を引きずり込まれているようだった。
彼の持つ【読心】――心を読む能力が、この場の混乱や恐怖を一斉に拾ってしまっているのか。
それとも、舞い落ちる“白い花びら”が直接干渉しているのか。
どちらにせよ、このままでは危険だった。
アレン様はすぐに状況を見極め、低く鋭い声を放つ。
「シリウス、ルカ。すぐにここを離れろ」
「えっ……!」
「お前たちの能力は“心”に関わる。この場に留まれば、確実に悪影響を受ける。……命令だ。今すぐだ」
張り詰めた声音に、ルカが小さく唇を噛む。
それでも諦めきれない瞳でシリウスを支えながら頷いた。
「……わかりました。行こう、シリウス先輩」
「ああ……ありがとう。ルカ」
弱々しい声でそう返し、二人は互いに支え合いながら、その場を後にしていく。
背中が見えなくなるまでの短い間でさえ、胸が締めつけられるほど長く感じられた。
残された空気は、なお重いまま。
その静けさを切り裂くように、アレン様の低い声が響いた。
「オリバー」
名を呼ばれた瞬間、オリバーさんはすっと姿勢を正し、アレン様の前に跪いた。
それだけで、二人の関係が“幼馴染”から“主従”へと切り替わる。
「レオンの様子を見てこい。あいつも何かしらの影響を受けている可能性がある」
「了解。すぐに確認してくる」
返答は端的で、動作に一切の迷いがない。
オリバーさんは風のように駆け出し、その背中が夕暮れの光に溶けていった。
残された私とカロンに、アレン様の視線が向く。
真紅の瞳に射抜かれ、思わず息が止まる。
「お前たちは俺から離れるな。……フィオラ、お前にはまだ聞かなければならないことがある。勝手に動かれては困る。カロンも同じだ」
「……はい」
「……わかりました」
私とカロンの声が、ほぼ同時に重なる。
その瞬間、アレン様の背に宿る気配が変わった。
冷徹で、正確で、迷いのない声。
そこにあったのは、私が今まで見てきた“アレン様”ではなく、誰よりも強い覚悟を背負った姿だった。




