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学園祭、ざわめく放課後 1

 



 迎えた学園祭の初日。

 空は雲ひとつなく晴れ渡り、昨日までの雨予報がまるで嘘だったかのような澄んだ青空が広がっていた。


 校舎の窓辺には色とりどりのリボンや花飾りが揺れ、廊下には準備を終えた生徒たちの弾む声が響き渡る。

 校内からは楽器の音色や歌声が漏れ、屋外からは活気に満ちた呼び込みの声。

 普段の学園とは少し違う、非日常の空気が全身を包み込み、胸の奥をソワソワと揺らしていく。


「……いよいよ、始まっちゃった」


 私はカフェのためにクラスメイトが用意してくれたメイド服のスカートをそっと整え、深呼吸を一つ。

 鏡に映る自分は、可愛らしい衣装に身を包み、巻かれた髪がふわりと揺れて、普段より少し甘めな雰囲気になっている。

 それだけで、ほんの少し気分が上がるような気がした。


(……アレン様たちのことが気にならないわけじゃない。でも――)


 私は教室の扉を見つめ、ぎゅっと心を落ち着ける。

 今は、目の前の学園祭を全力で楽しむことに集中しよう。


(それが――あの時、アレン様が望んでくれたことだったから)


 自分に言い聞かせるように小さく息を整えた、その瞬間。


「フィオラ、おはよう! 似合ってるな、それ!」


 扉を開けようとした瞬間、元気いっぱいのレオンが教室から飛び出してきた。

 私の姿を見て、目を輝かせながらにっこりと笑う。


 その後ろからは、シリウスが静かに歩いてきて短く、一言。


「……可愛い」


「へっ……!?」


 思いがけない言葉に、心臓が跳ね上がる。

 慌てて誤魔化すように視線を逸らし、私は教室の中へと足早に入った。

 それでも頬の熱は簡単には冷めなくて、胸の奥までじんわり広がっていく。


 ──こうして幕を開ける、学園祭。


 これから何が起こるのか、私にも予想できない。

 けれど、ゲームで見たイベントとは違う。

 “私だけの学園祭”が、今、始まろうとしていた。



 * * *


 私たちのクラスのカフェは、メイド服や給仕服の効果もあってか、予想以上の人気を集めていた。

 廊下には小さな行列ができ、笑顔や歓声で賑わう。


 そして、昼過ぎ。

 忙しさがひと段落し、教室に少しだけ穏やかな空気が流れはじめた、その時――


「へえ。なかなかやるじゃないか……お前たちのクラス」


 不意に聞こえてきた声に、私は思わず振り向いた。

 そこに立っていたのは、この学園で最も目を引く存在――アレン様だった。


「おい、そんな顔するなよ。俺が来たくらいで、そんなに驚かれるとは心外だな」


 扉の前でくいっと口の端を上げるアレン様。

 隣には、いつものように穏やかな微笑みを浮かべるオリバーさんの姿もあった。


(……二人が来てくれるなんて、聞いてない……!)


 胸の鼓動が一気に早まる中、穏やかな声が耳に届いた。


「こんにちは、フィオラちゃん。すごく素敵なカフェだね」


「オリバーさんも……来てくださったんですね」


 戸惑いを誤魔化すようにお礼を口にする。

 するとアレン様は、ちらりと教室の中を見渡してから、肩をすくめて言った。


「生徒会の巡回も兼ねて、な。……まあ正直、疲れてたから休憩もしたいと思って。あ、それと――噂のメイド服姿が気になって」


「……っ」


 揶揄うような口調なのに、真紅の瞳は妙に真っ直ぐで。

 胸の奥が、無駄に早く騒ぎ始める。


「それにしても、その姿……想像以上に似合ってるな」


 さらりと告げられた言葉。

 けれど、その一言に触れた途端、心臓は跳ね、耳まで熱くなる。


「っ……あ、ありがとうございます! お席にご案内しますね!」


 慌てて身を翻しながらも、頬の熱はどうしても隠せなかった。


 背を向け、二人を席まで案内していると、オリバーさんの柔らかな笑い声が耳に届いた。


「フィオラちゃん、もしかして……照れてる?」


「オリバー、揶揄うな。……それは俺の役目だろ」


「はいはい」


 軽口を交わす二人の声を聞き流しながら、私は窓際の席へと案内した。

 教室の外から見えない位置を選んだのは、人気者の二人への配慮でもある。

 もし彼らの姿が見つかれば、あっという間にカフェには大行列ができてしまうだろうから。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 ぎこちなく笑顔を作って尋ねると、アレン様は口元に手を当て、少し考える素振りを見せた。


「おすすめってあるのか?」


「“メイドのおまかせセット”です。一応、私がメニューを選ぶことになるんですけど……」


「じゃあ、それにする。お前が選ぶなら文句はない」


「俺も同じで。フィオラちゃんのおまかせ、楽しみにしてる」


 それは、まるで乙女ゲームのワンシーンのような展開に、胸が小さく高鳴った。

 その鼓動に気づかれたくなくて、私は素早く頷き、深くお辞儀をする。


「すぐにお持ちします。少々お待ちください」


 背を向けた瞬間、張りつめていた息がどっと漏れる。

 けれど、その安堵はほんの一拍で途切れた。


「……お前、さっきから顔が強張ってるぞ。俺たち相手にそんな顔するなよ。……せっかく可愛いんだから、台無しだぞ?」


「っ……!」


 低く落ち着いた声が背後から響き、心臓が大きく跳ねる。

 振り返る勇気なんて、とてもじゃないけど持てなかった。

 この時ばかりは、二人に背を向けていて本当によかったと心から思った。


(やっぱり……学園祭はゲームの大きなイベントだから、攻略対象の発言がやたら甘い気がする……!!)


 言葉は冗談めいているのに、背中にじりじりと注がれる熱を確かに感じる。

 胸の鼓動は落ち着くどころか、ますます速くなっていった。


 それから無事、アレン様たちにメイドのおまかせセットを提供した。

 ほっと息をつき、厨房へ戻ろうとした――その時だった。


「よかった! フィオラ先輩いる!」


 勢いよく扉が開き、弾けるような声が教室中に響きわたる。


 振り返ると、ストロベリーブロンドの髪をふわふわ揺らしながら、ルカくんが両手を大きく広げて飛び込んできた。


「今日の先輩も、ほんっっっとに可愛い~! もう、ほんとに大好き!」


「ル、ルカくん、ちょ、ちょっと待って……!」


 周囲の目を気にする間もなく、小柄な身体が思い切り抱きついてくる。

 ふわりと甘い香りが鼻先をかすめるけれど、それ以上に――教室中の視線が一斉に突き刺さり、心臓がぎゅっと縮んだ。


「ルカ。あまり姉さんを困らせないであげて」


 背後から静かに落ちた声に、ルカくんの動きがぴたりと止まる。


「はーい、カロンには敵いませーん」


 肩をすくめるように笑いながら一歩下がったルカくん。

 そのすぐ後ろには、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべるカロンの姿があった。


 彼が現れた瞬間、教室の空気ががらりと変わる。

 ざわめきが広がり、たちまち周囲の視線が一斉に集まった。


「えっ、なんかうちのカフェ豪華じゃない?」

「……目の保養過ぎる」

「私は断然、余裕のあるアレン様派」


 クラスメイトもお客さんも、視線を奪われて話題は彼ら一色。

 その存在感は、まるで舞台の中心に立つ役者のようだった。


(さすが……攻略対象キャラ……)


 呆気に取られていると、カロンが静かに近づき、私の顔を覗き込む。


「姉さん。このカフェ、すごく人気で忙しそうだけど……大丈夫? 疲れてない?」


「大丈夫。ありがとう」


 嘘ではない。けれど、少しずつ疲れが溜まり始めているのを自覚していた。

 それでも、カロンの優しい声がその疲労を柔らかく和らげてくれる。


 そんなやりとりを見ていたのか、アレン様が少し離れた席から笑い声を上げた。


「おいおい……今日は“全員集合”ってわけか?」


「こんな可愛い姿の先輩に会わないなんて損ですから……アレン様もそう思うでしょ?」


 ルカくんは負けん気の強い瞳でアレン様に言い返すと、くるりとこちらを振り返り、まっすぐに微笑んでくる。


「ねえ、先輩。まだ“メイドのおまかせセット”頼める?」


「もちろん!すぐ準備できるよ」


「やった! じゃあ……カロンも一緒でいいよね?」


「うん。僕もお願い。姉さんの“おまかせ”なら間違いないから」


 二人分の注文を受け取り、私は彼らをアレン様とオリバーさんの近くの席へと案内する。

 ルカくんは最初、ほんの少し不満そうに眉を寄せていたけれど、カロンに軽く肩を叩かれて渋々腰を下ろした。


「それでは、少々お待ちくださいませ」


 そう伝えて席を離れた瞬間、胸の奥がほんのり温かくなる。

 ふと振り返れば、四人が並んで言葉を交わし、笑い合っている。

 その穏やかな光景に、私の心も自然と和らいでいった。


(……こうして見てると、何だかんだ仲良しなんだよね)


 ふっと、そんな風に思ったその時。


 ――ゾクリ。


 背筋を撫でるような視線を、不意に感じた。

 思わず振り返るけれど、そこには賑やかに行き交う生徒たちの姿しかない。

 誰がこちらを見ていたのか、確かめることはできなかった。


(……気のせい、だよね?)


 小さく胸に疑問を残しながらも、私は再び厨房へと歩を進めた。




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