久々の王子と騎士
フィオラを校門まで送り届け、彼女の乗った馬車が闇に溶けるように見えなくなるのを確認すると、アレンは静かに背を向け、深く息を吐いた。
「……もう出てこい。いつまで黙って見ているつもりだ、オリバー」
張り詰めた声が、夜気を切り裂く。
その呼びかけに応じるように、校門横の柱の影からオリーブ色の髪が揺れた。
月明かりに照らされながら、オリバーがゆっくりと姿を現す。
その口元には、いつもの柔らかな笑み。だが、瞳の奥には深い疲れの色が隠れていた。
「……やっぱり、気づいてたか」
「お前が隠れていることくらい、すぐにわかる」
アレンは肩越しに振り返り、真紅の瞳でオリバーを射抜いた。
その眼差しには、鋭い厳しさと、それでも揺るがぬ信頼とが同居していた。
「……で、何かわかったか?」
アレンが低く問いかける。
その声音には期待と苛立ちが混じり、わずかに夜気を震わせる。
だが、オリバーは視線を逸らし、苦々しい息を吐いた。
「……それが、全然分からないんだ」
「……何?」
アレンの真紅の瞳が、大きく見開かれる。
「お前が調べてて、そんなことあるのか?」
その言葉には驚きと焦燥、そしてわずかな怒気すら滲んでいた。
オリバーは肩をすくめ、薄く笑みを浮かべる。
しかし、それは自嘲の色を含んでいた。
「アレンは、俺を過小評価しすぎだよ」
一瞬の軽口。
だがすぐに口元の笑みは消え、金色の瞳が夜の闇に硬く光る。
「……けど、このまま学園祭を迎えるのは、正直、嫌な予感しかしない」
低く落ちた言葉に、風の音さえ遠のいていく。
二人を包む夜の静寂は、次に訪れる嵐の前触れのように、重く張りつめていた。
やがて、その沈黙を切り裂くように、アレンが口を開いた。
「……オリバー。フィオラも気づいていたぞ」
「……え?」
「女子生徒が倒れたとき、白い花びらが落ちていたこと。……それから、その様子を見たラフィンが動揺していたことにな」
オリバーの瞳が驚きに揺れる。
息を呑み、すぐには言葉が出てこない。やがて低く、絞り出すように呟いた。
「……フィオラちゃんが……」
アレンは静かに続ける。
「馬鹿みたいに真っ直ぐで……そのくせ、危ういところだけ妙に鋭い。放っておけば、自分から火の中に飛び込むかもしれん」
真紅の瞳がわずかに細められる。
それは、誇らしさと同時に、彼女を案じる強い光を宿していた。
「だからこそ……俺たちが先に手を打たなきゃならない」
低く響いた言葉に、夜気がさらに重く沈む。
それは決意と警告の両方を孕んだ声だった。
一方、オリバーはしばらく黙ったまま、静かに夜空を仰いだ。
淡い月光がオリーブ色の髪を照らし、その横顔に静かな影を落とす。
「……本当に、危うい子だよね。フィオラちゃんは」
苦笑のように洩れた声には、諦めにも似た響きがあった。けれど、その奥には確かな慈しみが滲んでいた。
やがて、金色の瞳が真っ直ぐにアレンを射抜く。
「……でも、もう迷わない。絶対にフィオラちゃんを守る。たとえ、それが火の中でもね」
普段の柔らかさを脱ぎ捨てた、硬く鋭い決意の声。
夜の静けさに、その言葉だけが深く、重く刻まれる。
アレンは真紅の瞳で彼を見返し、しばしの沈黙の後、わずかに口元を緩めた。
「……お前がそう言うなら、頼もしいな。――頼むぞ、オリバー」
短い言葉。けれどそこに込められたのは、主と従という枠を超えた信頼と、並び立つ戦友のような確かな絆だった。
それからアレンは低く息を吐き、再び口を開いた。
「……問題は、ラフィン以外の“誰か”の目的が掴めないことだ」
オリバーは眉を顰め、静かに頷く。
「ラフィン先生が花を媒介に能力へ干渉しているのは間違いない。でも……【干渉】の能力を持っているのは彼だけのはず。だとしたら、あの女子生徒に対して何を仕掛けたのか……説明がつかない」
「それに……あの時のラフィンの動揺。まるで、自分以外の存在を知っているような顔だった」
アレンの真紅の瞳が鋭く光る。
「二重の思惑か……それとも、同じ目的に向かっているのか」
「ラフィンと、ラフィン以外の“何者か”。いずれにせよ、奴らが仕掛けるとしたら……人の出入りが最も多い、学園祭だろう」
「……仕掛けられる前に、こっちから動く必要がありそうだね」
オリバーの低い声が、夜風に溶けていく。
真紅と金の視線が交わったその瞬間、張りつめた静寂が二人を包み込んだ。
だが、その静けさは決して安らぎではない。
次に訪れるのは嵐――それを、二人とも確信していた。




