学園祭の準備に向けて
学園祭の企画提出日を数日後に控えたある日。
私たちのクラスでは、学園祭に向けたホームルームが開かれていた。
窓から差し込む夕陽が、放課後の教室を優しくオレンジ色に染めている。
いつもより少し浮き立った空気に、胸の奥が自然と高鳴った。
「それじゃあ、今日は学園祭の出し物を決めようか」
ラフィン先生が、担任らしく手元の資料を軽く掲げながら言う。
その穏やかな声を合図に、教室内が一気に華やいだ。
椅子を引き寄せる音。
わくわくした囁き。
誰かの弾んだ笑い声。
期待に満ちたざわめきが、夕暮れの光と混ざり合い、教室を包み込んでいく。
そんな浮き立つ空気の中、ふと隣を見ると、レオンが勢いよく手を挙げた。
「絶対、屋台! 食べ物の屋台やろうぜ!!」
元気いっぱいの声に、教室がさらに明るく弾ける。
「いいねー!」
「食べ物系って盛り上がるよな!」
「でも屋台って準備大変そうだし……」
「料理できる人、クラスにいるのかな?」
(……たしかに。みんな貴族の家の子だし、料理に慣れてる人は少なそう)
そんな会話が飛び交ううちに、教室全体はどんどん盛り上がり、笑いと熱気で包まれていった。
その中心にいるレオンは、まるで太陽みたいに眩しくて、見ているだけで、こっちまで楽しくなる。
すると、彼がさらに声を張り上げた。
「後は……お化け屋敷とかどうだ!? めっちゃくちゃ怖いやつ!」
その一言に、女子たちからも「やりたい!」という明るい声が次々と上がった。
(……クラスの出し物)
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
(ゲームの中では、出し物の種類によってイベントが変わったはず……)
【屋台】、【演劇】、【展示】、【迷路】、【お化け屋敷】――いくつもの選択肢。
けれど、そのどれもがバッドエンドへ繋がっていた記憶がある。
攻略できたのはレオンとアレン様だけ。
けれど、その時でさえ、私は何度もセーブしてやり直さなければならなかった。
(前世では、きっとどこかで取り返しのつかない選択をしていた……)
思い出せば思い出すほど、クラスメイトの楽しげな声が遠く霞んでいく。
手のひらにじっとりと汗が滲むのを感じながら、私は小さく膝の上で拳を握りしめた。
――その時だった。
「フィオラさんは、どう思う?」
突然、クラスメイトから投げられた問いかけ。
次の瞬間、教室中の視線が一斉に私に集まる。
「えっ……あ、あの……」
焦りで声が震えた。
何か言わなきゃと分かっているのに、どの答えを選べばいいのか分からない。
胸の鼓動が耳の奥でやけに大きく響き、頭の中は真っ白になっていく。
「……カフェとか、いいんじゃない?」
手を差し伸べるように、差し込まれた静かで落ち着いた声。
机に肘をついたままのシリウスが、何気ない調子でそう言った。
軽い提案のように聞こえるけれど、それが私を救うためだったことは分かる。
ふと目が合い、ちらりと視線を交わした瞬間、胸がかすかに高鳴った。
「カフェ、いいね!」
「オシャレな内装にしたい!」
「制服とか、みんなでお揃いにしたら楽しそう!」
シリウスの何気ない提案に、次々と賛成の声が重なっていく。
気づけば教室中が華やいだ笑顔でいっぱいになり、夕陽に照らされたその表情がきらきらと輝いて見えた。
「じゃあ、カフェに決定でいいかな」
ラフィン先生がパンッと手を叩き、にっこりと微笑む。
その声を合図に、わっと拍手と歓声が沸き起こった。
こうして、私たちのクラスの出し物は【カフェ】に決まった。
(……カフェなんて、ゲームの選択肢にはなかったのに)
予想外の展開に、戸惑いと希望が胸の中で交差する。
この選択が凶となるのか、それとも吉となるのか――今の私には、正直まだ分からない。
「それじゃあ、今日はこれで解散にしよう」
ラフィン先生の柔らかな声が響き、合図とともにクラスメイトたちは笑い合いながら帰り支度を始める。
椅子の音、ざわめき、軽やかな足音。
夕陽に染まる教室の空気が、少しずつ日常の色に戻っていく。
その光景を、私はなんとなくぼんやりと眺めていた。
すると、不意に隣から静かな声が落ちてくる。
「……フィオラ、大丈夫?」
シリウスが、私の顔を覗き込むようにしてじっと見ていたことに、遅れて気づく。
「わっ……うん! 大丈夫だよ!」
慌ててそう答えると、彼は特に何も言わず、ただ無言で私を見続ける。
その真剣な視線に、先に耐えきれなくなったのは私の方だった。
「……ごめんなさい」
観念したように、恐る恐る口を開く。
「イベントって、何か起きるイメージがあって……ちょっとセンチメンタルになってました」
正直にそう打ち明けると、シリウスはようやく視線を外した。
「……よく言えました。不安なことは、不安だってちゃんと口にした方がいい」
小さく息を吐き、淡々とした口調で続ける。
「俺以外で、本心がわかる人間はいないんだから」
その一言に、胸がじんわりと熱くなる。
いつも通りの小さなお説教なのに、彼が本気で心配してくれているのだと思うと、不思議と心地よく響いた。
シリウスに「ありがとう」とお礼を言おうとした、その時だった。
「おーい、二人とも! 置いてくぞ!」
先に帰り支度を終えたレオンが、教室の扉のところで振り返って声をかけてくる。
元気いっぱいのその声に、張り詰めていた空気が一瞬で和らいだ。
「フィオラ! 大丈夫か? 元気ないときは、俺が全力で笑わせてやるからな!」
ニカッと笑いながら、ぐっと拳を突き上げてみせるレオン。
その単純で真っ直ぐな言葉に、肩の力がふっと抜けて、思わず笑みが溢れた。
「……ありがとう」
素直にそう返すと、彼は満足そうに胸を張る。
一方で、隣のシリウスは小さくため息をつきながらも、どこか安心したように目を伏せていた。
「よし、それじゃ一緒に帰ろうぜ!」
レオンが大げさに腕を振ってみせる。
私は思わず笑いながら頷き、シリウスと視線を交わした。
彼も小さく頷き返す。
そうして私たちは三人並んで、夕暮れの廊下へと歩き出した。
校舎の窓から差し込む光が、ゆるやかに三人の影を伸ばしていく。
胸の奥にまだ残る不安は消えない。けれど、こうして並んで歩けば、少しだけ強くなれる気がした。
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