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眠る太陽のそばに、白い花

 



 その後、私とシリウスは湖のほとりでしばらく話し続けた。

 最近あった嬉しいこと、悲しいこと、面白かったこと、辛かったこと、そして興味を持ったことまで。


(……シリウスが、こんなふうに沢山話してくれるなんて)


 最初は無口で、近寄りがたい雰囲気を纏っていた彼。

 けれど今では、自分から言葉を紡いでくれる。

 その変化が、心の奥でじんわりと温かく広がっていく。


 ゲームの中のシリウスは、ルートに入らなければほとんど口を開かなかった。

 そして、ルートに入ってからも彼の心を開こうと必死にならなければならなかった。


 ……けれど今、目の前のシリウスは違う。

 ルートに入っていないはずなのに、こうして自然に色々なことを話してくれる。

 そのことが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。


「シリウス、前よりよく話してくれるようになったよね」


 何気なく口にした言葉に、シリウスはわずかに目を見開き、それから気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「そうかな……? 別に、大したことじゃないよ」


「ふふっ。でも私は、すごく嬉しいんだ」


 私が笑みを浮かべると、シリウスは表情を変えぬまま、低く呟いた。


「……フィオラとは、いろいろ話したくなるんだ」


 その一言が、まっすぐ胸に響いて、心臓が大きく跳ねた。


(……そんな顔、ずるいよ)


 堪えきれず、私は視線を伏せる。

 けれど鼓動は、簡単には落ち着いてくれなかった。


「そ、そろそろ戻ろう!」


 これ以上隣にいたら、自分の心が全部読まれてしまいそうで。

 慌てて立ち上がると、シリウスはわずかに口元を緩めて、どこか楽しげに笑った。


「そうだね。レオンのところに戻ろう」


 そう言ってシリウスも立ち上がり、私の前を静かに歩き出す。

 私はまだ残る鼓動の速さを隠すように、彼の背を追いかけた。



 私たちは来た道を、行きよりも少し足早に抜けていく。

 木漏れ日の差す木陰には、レオンがいるはずだった。


(そろそろ起きてるかな……)


 そんな呑気なことを考えながら近づいた、その瞬間――


「……っ! フィオラ!」


 シリウスの低い声が鋭く空気を裂き、私の背筋が強張る。

 彼の視線を追った先から、ぞわりと嫌な気配が肌を撫でた。


 木陰。そこにはレオンの寝転んでいたはずの場所。

 その傍らに、見慣れた影が立っていた。

 人影は静かに、寝ているレオンを見下ろしている。


(……ラフィン先生……!?)


 心臓が跳ね、息が詰まる。

 穏やかな笑みを浮かべながらも、その目だけが一切笑っていなかった。

 むしろ冷たく、底の知れない光を宿していた。



「先生……? 何をしているんですか……?」


 気付かれないように、慎重に歩を進めながら声をかける。

 するとラフィン先生は、驚いた様子ひとつ見せず、ふわりと振り返った。


「ん? ああ、これは失礼。起こすつもりはなかったんだ。ただ……寝顔があまりに幼くて、可愛らしいと思ってね」


 穏やかな声色のはずなのに、背筋に冷たいものが走る。

 笑っているのに、どこか薄ら寒い。

 私とシリウスの間で、一瞬にして緊張が張り詰めた。


 シリウスがわずかに前へ出て、私を庇うように立ちはだかる。

 その気配に気づいたラフィン先生は、相変わらず柔らかな微笑を浮かべていた。


「フィオラ、レオンを」


「えっ? あ、うん!」


 シリウスの低い声に反射的に頷き、私は駆け寄ってレオンの肩に手を置く。

 強張る指先でそっと揺さぶった。


「レオン! 起きて!」


「……んぁ……フィオラ? あれ、もう出発の時間か? ……ふあ〜、なんか良い夢見た気がするけど……よく覚えてないな」


 レオンは眠そうに目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす。

 その顔はいつものように屈託なく、無邪気な笑みを浮かべていた。


「ううん、まだ時間じゃないよ。でも……体調は? どこか、変なところとか……」


「いや、特に? むしろよく眠れた! ほら、元気そのもの!」


 そう言って、レオンはおどけるように両腕をぐっと伸ばしてみせる。

 その姿に、私はホッと胸を撫でおろした。


 けれど――その安心感が、逆に小さな棘のように胸に残る。


(……何もなかった? 本当に……?)


 ふと、父の言葉が脳裏をよぎる。


『特殊な能力(ギフト)を持つ者は皆、彼に狙われる可能性がある』


(レオンの能力(ギフト)は珍しいわけじゃない……でも、力の強さは“異質”なくらい特殊……)


 ラフィン先生は「ただ見ていただけ」と言った。

 けれど、その言葉をそのまま信じられるほど、先生の視線は優しくなかった。

 あれは、獲物を値踏みするような眼差し。


(レオンの能力(ギフト)は、強力な【精神操作】……下手をすれば洗脳さえ可能な力。もし、ラフィン先生がそれを利用しようとしていたなら……)


 誰かに相談したい。でも、レオン自身がその能力を公にしていない以上、私の口から話すことはできない。

 それでも……もし、それに先生が既に気づいているとしたら? そして、本当に“利用”しようとしているのだとしたら?


 そう考えるとぞくり、と背筋が冷える。

 言葉にできない恐怖が、じわじわと胸の奥に広がっていった。


「ん? あ、ラフィン先生もいたんですか?」


 レオンがぽりぽりと頭を掻きながら、気軽に声をかける。

 彼は特に警戒する様子もなく、いつもの無邪気な笑顔を浮かべていた。


「……一人きりは危ないからね。次からは気をつけるんだよ」


 何気ない忠告のはずなのに、その声音の奥に妙な含みを感じてしまう。

 まるで“何かを見透かされている”ようで、私は思わず息を詰めた。


 ラフィン先生はそんなこちらの反応を愉しむかのように、口元だけで微笑む。


「それじゃあ、私は元の場所に戻るとしよう。……三人とも、集合時間には遅れないようにね」


 穏やかな声と共に、背を向ける。

 その姿が木々の間に消えていくまで、胸のざわめきは止まらなかった。


(ラフィン先生は、やっぱり……何か企んでる)


 そんな嫌な予感ばかりが、頭の中をぐるぐると巡っていた時だった。


「おい、どうした?」


 突然かけられたレオンの声に、私ははっとして顔を上げる。

 そこには、いつもと変わらぬ無邪気な笑顔があった。

 けれど今の私には、その笑顔さえ無防備すぎて危うく見えてしまう。


「……なんでもないよ。ちょっと、風が冷たかっただけ」


「そうなのか? たしかに今日は風が強いもんな! でもまあ、まだ遠足はこれからだし、楽しもうぜ!」


 レオンは何事もなかったかのように、屈託なく笑う。

 その笑顔が愛おしいほど眩しくて、同時に胸の奥で小さな焦りが膨らむ。


(……彼はまだ気づいてない。ラフィン先生に、自分が狙われているかもしれないってことに)


 唇を強く噛みしめ、心の中で決意を固める。


(私が……レオンを守らなきゃ)


 その瞬間、隣にいたシリウスが、そっと私の袖を引いた。

 視線を向けると、彼は無言で、けれど確かな意思を宿した瞳で頷く。


(……シリウスも同じ気持ちでいてくれる。私も気を抜かない。絶対に、見逃さない)


 木々の間を渡る風が、枝を揺らし、心地よい音を響かせる。

 遠足の穏やかな空の下、私はもう一度、自分の胸に“役割”を深く刻み込んだ。


 ――その時、私はそっと視線を落とした。


 レオンが眠っていた地面のすぐそばに、見覚えのある白い花がひっそりと横たわっていた。


(……ガーデンパーティーで、ラフィン先生が私に手渡した、あの花……!)


 胸がきゅっと縮む。指先で触れることさえ躊躇いながら、それでも私は震える手で花を拾い上げた。

 手のひらにのせた瞬間、微かに甘い香りが広がり、心の奥をざわつかせる。


「……シリウス、この花って……」


 私の呟きに応えるように、シリウスもしゃがみ込み、花をじっと見つめる。


「……間違いない。ガーデンパーティーで使われた花と同じだ。他にここに咲いている気配はないし……偶然じゃない」


 その低い声には、静かな怒りと張り詰めた緊張が滲んでいた。


(やっぱり……レオンの能力に、干渉するため……)


 背筋がぞわりと震え、冷たい水を流し込まれたみたいに胸が冷え込む。

 私は花を強く見つめながら、唇をきゅっと噛んだ。


「シリウス……この花、アレン様たちに見せた方がいいと思う」


「……ああ。持ち帰って渡そう。きっと何か分かるはずだ」


 シリウスはハンカチを取り出し、花をまるで爆発物のように慎重に、丁寧に包み込んだ。

 その光景を見て、私の中で不安と――そして確かな怒りが芽吹いていく。


(レオンの能力(ギフト)を、勝手に利用するなんて……絶対に許さない)


 怒りが胸の中で膨れあがり、やがて強い決意へと変わっていった。

 甘い香りを放つ白い花は、まるで不吉な兆しのように、私の掌で静かに息を潜めていた。




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