お父様の登場 2
場に一瞬の静寂が落ちたあと、父の低い声が空気を震わせた。
「見る限り、フィオラはまだ能力を完全に覚醒していない」
「……能力に干渉されたから、覚醒したってことではないんですか?」
カロンが首を傾げ、不思議そうに尋ねる。
だが、それに答えたのは父ではなく、オリバーさんだった。
「干渉系の能力っていうのはね、基本的に“既に起こっている事象”にしか作用できないはずなんだ。 ゼロの状態から“潜在している能力を芽生えさせる”なんて、本来は不可能なはずだよ」
その言葉に、重苦しい沈黙が落ちる。
やがてアレン様が眉間に皺を寄せ、考え込むように口を開いた。
「……もしかすると、何か“媒介”を使って一時的に能力を引き出したんじゃないか?」
「……媒介、か」
アレン様の言葉を受けて、父が小さく頷いた。
その瞳は鋭く光り、私たちを一人ひとり見回す。
「その可能性はあるかもしれないね。……あの時フィオラが手に取ったのは“花”だったね?」
「はい」
私が小さく頷くと、父は椅子の背に身を預け、静かに言葉を続ける。
「能力というのは、本来“本人の意思”又は“極限状態”で発現する。だが稀に未覚醒の者に力を顕現させるには、媒介が必要になることがある。 特に植物には、生命力を多く含む。……花はその最たるものだ」
その説明に、オリバーさんが腕を組み、低く呟いた。
「じゃあ、ラフィン先生は……花を利用して、フィオラちゃんの能力を強制的に呼び出すことに成功したってことか」
胸の奥がひどくざわついた。
私はあの日の、花びらが粉々に崩れ落ちていく光景を思い出す。
(……花の生命力を使って、私の力を引き出した……?)
想像もできないその状況に、私はただ見えない不安を抱くしかなかった。
そんな私の胸をさらに締めつけるように、父は淡々と告げる。
「だとしたら、ラフィンはまた“花”を使ってフィオラの能力に干渉してくるだろう。……いや、それどころか、特殊な能力を持つ者は皆、彼に狙われる可能性がある」
その言葉に、全員が緊張した面持ちで小さく頷いた。
すると、父は不意に緊張を和らげるように口元を綻ばせた。
「……今日はこれ以上話すと遅くなってしまうから帰ろうか。続きはまたにしてもいい。何かあれば、その都度報告するよ」
穏やかだが、揺るぎない声音。
けれどその態度は、私たちの反応に気を遣ってどこか話を意図的に打ち切ろうとしているようにも見えた。
しかし、その空気を切り裂くように、アレン様が真っ直ぐに父へと問いを投げかける。
「ノイアー公爵。……なぜ、まだ覚醒していないはずのフィオラの能力が分かるんですか?」
それは私自身も、父に聞きたかったことだった。
父は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに懐かしむように目を細めた。
「……ああ、もしかして殿下は覚えていないのか。小さすぎたからな」
「どういう意味ですか?」
アレン様が眉を寄せる。
父はゆっくりと頷き、まるで秘密を打ち明けるように言葉を紡ぐ。
「殿下が能力に目覚めた時……最初に“未来予知”で見たのは、フィオラの能力だったんだ」
「っ!」
意外な理由に胸が大きく跳ねる。
アレン様も目を見開き、言葉を失っていた。
そんな空気の中で、父だけは楽しげに微笑み、はしゃぐような声で続けた。
「それで、陛下と“これはきっと運命だ!将来は婚約させよう”なんて口約束までしてしまってね。……あの時は、妻にひどく叱られたものだよ」
「……それで、婚約者候補の一人って……そういうこと、なのか」
分かりやすく動揺したアレン様が、大きく息を吐き出した。
そのまま視線を横へ流すと、自然にカロンと目が合う。
一方のカロンは、涼しい顔で真っ直ぐにアレン様を見返し、形の整った唇の端をゆるりと上げた。
「何だ……ただの勢い任せの口約束でしたか」
小さく嘲るような声音。
初めて見る弟のそんな表情に、私は少しだけ胸の奥がざわつき、そして妙な嬉しさも込み上げる。
(……でも、親子揃ってそんなに挑発して大丈夫なの? 不敬とか、心配になるんだけど)
ふとオリバーさんに目を向ける。
彼は――私が見たこともない表情をしていた。
悲しさと、寂しさと、苦しさが入り混じったような顔。
笑顔の仮面を被ることが多い彼から零れたその表情は、胸に強く焼き付いた。
* * *
生徒会室を後にし、外へ出ると、夜風が肌をかすめた。
先ほどまでの会話で膨らんだ不安を振り払うかのように、冷たく澄んだ空気が頬を撫でていく。
私とカロン、そして父は無言のまま学園の門を抜け、待っていた馬車へと歩を進めた。
乗り込んで扉が閉じられると、車内には深い静寂が満ちる。
窓越しに見える夜空には、淡い月が浮かんでいた。
その冷たい光に包まれながら、しばらくの間、誰一人として口を開かなかった。
――やがて、沈黙を破ったのは父だった。
「今更だけど、久しぶりに二人の顔が見られて、嬉しいよ。……元気にしていたかい?」
「はい、父様。姉さんも僕も、元気です」
控えめに答えたカロンに合わせて、私も小さく頷いた。
すると父は、心から安堵したようににっこりと笑う。
「そうか。……ガーデンパーティーの件、だが」
その言葉に、一瞬だけ身が固くなる。
けれど父はすぐに穏やかな笑みを浮かべ、私の頭に大きな手を置いた。
「怖かっただろう? ……よく頑張ったな、フィオラ」
「……いえ。でも、私は全然平気です。カロンが助けてくれましたから」
「そうか。なら、カロンにはしっかり感謝しないとな」
父はカロンに視線を移し、柔らかい声音で告げる。
「カロン、ありがとう。お前がフィオラを守ってくれたこと……父として、とても誇らしいよ」
次の瞬間、父の手がカロンの頭を撫でる。
一瞬、驚いたように目を見開いたカロンは、すぐに視線を落とし、頬を赤らめた。
「と、父様……?! 僕は、もう子供じゃないですよ。……それに、当然のことをしただけです。でも……父様に褒めてもらえて、とても嬉しいです」
「それは、とても頼もしくなったな。……君たちがいてくれると、私は安心して仕事に打ち込めるよ」
その声音は口先だけのものではなく、深い信頼が込められていた。
父の穏やかな笑みに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
改めて、自分の中にある想いの大きさを自覚し、胸の奥で強く刻みつけた。
(──絶対に守り抜きたい。家族も、友達も、全てを)
そんな私の気持ちを見透かしたように、父はわずかに表情を引き締める。
「さて、これは君たちに覚えておいてほしいことなんだが」
その瞬間、父の穏やかな微笑みがすっと消える。
冷えた空気が馬車の中に広がり、思わず背筋が伸びた。
「二人の能力は、どちらも干渉されれば厄介なものになりかねない。だからこそ、誰が、どんな目的で近づいてくるのか。今後は必ず見極めなさい」
声音自体は柔らかい。けれどその奥には、鋭い警告の刃が潜んでいた。
父は、私たちの能力がどれほど危険なものになり得るか、しっかり理解しているのだ。
本来なら「誰とも必要以上に仲良くするな」と命じられてもおかしくない。
それでも父は、優しく見守ろうとしてくれている。……そのことが、嬉しかった。けれど同時に、"もしも"の時を想像してしまい、怖くもあった。
(……弱気になんて、ダメ。だって、カロンも一緒にいるのに……!)
隣へ視線を移すと、カロンは真剣な顔で父を見据えていた。
一言一句を胸に刻み込むように、揺らぎなく。
その姿に胸が熱くなる。けれど同時に、自分の弱さが悔しくて──私はそっと唇を噛んだ。
ゲームなら、バッドエンドに進んだとしても、セーブした場所から、あるいは最初からやり直すことができる。
けれど、今は違う。
記憶の中では存在しなかった“ラフィン先生”。
そして、何より自分の能力が【破壊】なんて恐ろしいものだなんて。
何もかもが予想外で、私は今、まるで別のゲームの物語を生きているようだった。
(……私、本当に、乗り越えられるのかな)
迷いが胸を覆いかけた、その時。
父の視線が、静かに、けれど確かに私を包み込む。
「大丈夫だ、フィオラ。君ならきっと大丈夫だ。……それだけのものを、持っている」
その言葉に背を押されるように、私は小さく頷いた。
震える気持ちを押し込めながら、それでも前を向こうと、心に決めた。




