お父様の登場 1
「久しぶりだね。フィオラ、カロン」
父は何でもない挨拶のようにさらりと言い、軽く片手を上げた。
だが、その声に含まれる静けさが、胸の奥をざわつかせる。
誰よりも先に立ち上がったのはアレン様だった。
真紅の瞳を細め、父に歩み寄る。
「ノイアー公爵……どうしてここに?」
その問いには、すでに答えを知っている者だけが持つ緊張がにじんでいた。
父は変わらぬ、何を考えているのかわからない静かな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。
「色々と話したいことがあってね。……ガーデンパーティーの件、ラフィン・クラウスのこと」
そこで一拍置き、言葉に重みを乗せる。
「それから――フィオラの能力について」
その瞬間、父の微笑はすっと消え、瞳が冬の夜を思わせる冷たさに変わった。
その視線がまっすぐ私を射抜く。
(……お父様は、私の能力のことを知っていた……?)
父の雰囲気が一変したことを、全員が敏感に察した。
生徒会室の空気は張りつめ、まるで刃物のようにぴんと張りつめていく。
「……どういうことですか?」
オリバーさんはアレン様を守るように、父とアレン様の間に一歩踏み出して立った。
護衛騎士としての本能がそうさせたのだろう。
けれど、その姿に私はほんの少し、胸の奥に焦りを覚えた。
同じように、私の前に立ったカロンの背中もまた、固く強張っている。
そんな警戒の色を読み取りながら、父は口角をわずかに上げた。
次の瞬間、低く笑みを漏らす。
「ふふ……やっぱり、君たちなら大丈夫だね」
先ほどの冷え切った瞳が嘘のように、いつもの穏やかな父へと戻る。
そのまま、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「大切な娘のために、少しだけ試させてもらったよ」
そう言って、父は悪びれることなく笑った。
「……やっぱり、そんなことだと思いましたよ」
アレン様は深いため息を吐き、呆れたように父へ言葉を投げた。
それに対して、父はますます楽しそうに口角を上げる。
「君は本当に陛下の息子なのに、不思議と全然似ていないね。 もし彼だったら、今ごろ私を怖がって、騎士に泣きついていただろうに」
国王陛下をそんな風に揶揄する父の言葉に、私とカロンは思わず目を見開いた。
けれど、アレン様は特に驚いた様子もなく、むしろ当然のように受け止めている。
(えっ……どういう関係……?)
ぽかんとする私とカロンに気づいたのか、オリバーさんが静かに歩み寄ってきて、小声で囁いた。
「国王陛下とノイアー公爵は親友──いや、大親友なんだよ」
「し、知りませんでした……」
驚きで声が震える。
カロンも同じように目を丸くしていて、その反応にオリバーさんは肩をすくめて小さく笑った。
けれど、そのわずかな緩和を打ち消すように、父が低い声を落とす。
「……談笑はここまでにして、そろそろ本題に入ろうか」
「そうですね」
父とアレン様が向き合うように頷くと、自然と全員がソファへと腰を下ろした。
先ほどまでの軽いやり取りとは一変して、重く張り詰めた空気が生徒会室を包み込む。
その静寂を破ったのは、父の落ち着いた声だった。
「まずはガーデンパーティーの件について。……陛下から報告は受けているが、何も隠してはいないんだよね?アレン殿下」
「もちろんです。すべて、隠さずにお伝えしました」
真紅の瞳を逸らさず、アレン様がきっぱりと答える。そこには、いつもの気さくさは影も形もなかった。
父は軽く頷くと、今度は視線を鋭く細めて言葉を続けた。
「じゃあ、次に──この学園の教師でもある、ラフィン・クラウスについて」
その名が出た瞬間、全員の意識が一点に集中する。
自分の鼓動が耳の奥でやけに大きく響き、空気がさらに重くなったように感じられた。
「彼は特殊な能力を持っていて、王宮でも今なお慎重に管理されている人間だ」
「それって……」
オリバーさんの低い声が、珍しく驚きに揺れた。
普段穏やかな彼の声色が変わったことに、私は思わずその横顔に視線を向ける。
「そう。君と同じだよ、オリバー君」
父は意味深に頷き、しかしすぐに表情を引き締めて続けた。
「だが、彼と君とでは──決定的に違う点がある」
短い沈黙が落ちる。
やがてオリバーさんは唇を引き結び、苦しげに視線を伏せながら、押し出すように呟いた。
「……精神の“安定”、ですか」
その一言に、父の瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「その通りだ」
低く確信に満ちた声が響き、場の空気がさらに張り詰める。
「そして肝心なのは──彼の能力。それは他人の【能力への干渉】」
(……他人の能力に干渉??)
耳にした瞬間、頭が真っ白になった。
チート級とも思えるその力に、思わず固まってしまう。
ここにいる誰よりも、その能力は突出して珍しいものに思えた。
驚きと警戒が入り混じる中で、冷静さを崩さずにアレン様が口を開く。
「そんな能力……今まで聞いたこともない」
「そうだね。能力の希少さで言うなら、この国でも一、二を争うだろう。……何せ、記録に残っている中で能力への干渉を扱えるのは、彼ただ一人だから」
父の言葉は淡々としているのに、ひどく重たく響いた。
そして次の瞬間、父の視線が私に移る。
まるで心臓を掴まれたように、胸の奥がざわめく。
(……まさか)
無意識にその予感を打ち消そうとした。
けれど、願いはあっけなく打ち砕かれる。
「フィオラの能力──【破壊】も、彼と同じくらいに珍しい」
父の静かな声が落とされた瞬間、生徒会室の空気がぴたりと凍りついた。
「……【破壊】」
低く呟いたアレン様の真紅の瞳が、まっすぐに私を射抜く。
その眼差しには驚きと警戒、そして新たな決意の色が混じっていた。
「じゃあ……あの時、花が一瞬で崩れ落ちたのは、ラフィンではなく、本当にフィオラの能力だったってことか」
真剣な声が、胸に突き刺さる。
否定したくても、返す言葉が見つからない。私は思わず視線を逸らし、唇を噛んだ。
一方のオリバーさんは目を細め、深く息を吐く。
その仕草には動揺よりも、冷静に真実を見極めようとする意志が滲んでいた。
「……それじゃあ」
「え……?」
思わず声が漏れる。
オリバーさんがこちらに視線を向け、優しい響きの中に鋭さを含んだ声で告げた。
「花に触れた瞬間……フィオラちゃんの能力に、ラフィン先生が干渉した可能性があるってことじゃないかな」
その言葉に、鼓動が一気に速くなる。
あの日の悪夢のような光景が、鮮やかに蘇る。
(そんな……)
私はただ俯き、自分の能力の重大さを受け入れられずにいた。
その時、そっと私の手に触れる温もりがあった。
「大丈夫だよ、姉さん」
カロンの優しい声。引き寄せられるように顔を上げると、オパールのように澄んだ瞳が私を真っ直ぐに見つめていた。
「姉さんが【破壊】しても、必ず僕の【原状回復】で戻せるんだから。……ね?」
その言葉に胸が熱くなり、泣きそうになるのを必死で堪えながら、小さく頷いた。
すると、アレン様とオリバーさんもそれに続くように声を重ねる。
「俺は、頻繁にお前の安全を【未来予知】で確かめる」
「俺も、もし何かあればすぐに【時間操作】で時間を戻すよ」
力強く告げられる言葉が、胸の奥深くに響いていく。
不安で押し潰されそうだった心が、少しずつ支えられていくようだった。
――けれど、その安堵を打ち消すように、父の声が落ちる。
「……ただ、一つだけ私にも分からないことがある」
父は飄々とした笑みを崩さずに言った。
けれど、その声音には、ほんのわずかな苛立ちが滲んでいる。
「なぜ“あの時”だけ、フィオラの能力が目を覚ましたのか──」
重く落ちたその問いが、胸に刺さったまま、誰も答えを出せずにいた。




