表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/102

揺らぐ世界、揺るがぬ想い 2

 



 張り詰めた静寂の中で、再びアレン様の声が低く響いた。


「それで、フィオラ。次はお前に聞きたいことがある」


 真紅の瞳に射抜かれ、思わず息が詰まる。


 ――ここからが本題。

 そう直感するだけで、背筋に冷たいものが走った。


「ガーデンパーティーで、俺たちの“時間”が乱れた一瞬の間……お前に何が起こったのか。正直に話してほしい」


 胸が強く跳ねる。喉が乾き、言葉がすぐには出てこない。

 それでも私は、勇気を振り絞ってあの日のことを語り始めた。


「……ラフィン先生から差し出された白い花に触れた瞬間、全てが止まりました。音も、人の動きも……何もかも。その中では、私とラフィン先生だけが動いていて、『やっぱり君は“壊す力”を持っていたんだね』って……そう、言いました」


 思い出すだけで、背筋がぞわりと粟立つ。

 胸の奥に、あの甲高い音が蘇る。


「それから、空間がひび割れるような音が響いて……周囲の花が、一瞬で枯れていって。全部が壊れていくみたいでした……」


 言葉を繋ぐうちに、指先が震え出した。

 その瞬間、隣のカロンがすっと手を差し出す。


「でも、その時……カロンが、私の手を引いて助けてくれました」


 そう言って、私は無意識にカロンの手をギュッと握り返していた。

 その温かさが、震えを少しずつ鎮めてくれる。


 アレン様とオリバーさんの視線が、同時にカロンへと注がれる。

 そしてアレン様が、問いかけた。


「……カロン。お前、あの時――能力(ギフト)を使ってたのか?」


「……はい。使いました」


 短く、けれど迷いのない声。

 真っ直ぐな眼差しには、強い決意が宿っていた。


「“姉さんが危ない”って思った瞬間、体が勝手に動いていました。気がついたら腕を掴んでいて……」


 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。

 カロンは小さく息を吸い、続けた。


「……何が起こるか分からなかった。でも……どうしても、止めなきゃって。だから、能力(ギフト)を使いました。それだけです」


 淡々と語る声の奥に、必死な思いが滲んでいた。


 その時、口元に手を添えたまま考え込んでいたオリバーさんが、静かに問いを投げかける。


「……けど、何故カロンだけが、止まった時間を打ち消せたんだと思う?」


 問いかけに、カロンは視線を落とす。

 少しの沈黙の後、確信を持つように答えた。


「【原状回復】は……ただ“壊れたものを直す”力じゃありません。本来あるべき形に戻す力なんです。実は、それには“僕自身の思い”も比例するが必要なんです」


 彼はゆっくりと顔を上げ、言葉を続けた。


「――あの時、瞬時に姉さんが“危険”に思えました。このままでは後悔してしまうくらいに。だから、心の底から思ったんです。“元に戻れ”って」


 その声が胸に深く響く。

 部屋に落ちた沈黙は、誰もすぐには破れなかった。

 私の胸の奥だけが、じんわりと熱を帯びていた。


 重苦しい沈黙を破ったのは、深く考え込むように目を細めたアレン様だった。


「……これは、あくまで仮説だが」


 その声が部屋に落ちる。

 私とカロンの鼓動が、その一言に合わせて跳ねた気がした。


「もし本当に、フィオラの能力(ギフト)が【壊す力】なのだとしたら……カロンがあの場で“戻した”のは、止まった時間ではなく、フィオラ自身の能力(ギフト)だったんじゃないか?」


「……え……?」


 思わず声が漏れる。

 アレン様は迷いのない瞳でこちらを見据え、静かに続けた。


「つまり──“壊す力”と“戻す力”。互いに相反する能力が拮抗したからこそ、ラフィンの企みが止まった。……そう考えたほうが、自然な気がする」


 言葉は理路整然としているのに、胸の奥に冷たいものが流れ込む。

 その仮説は、あまりにも恐ろしすぎて。


(本当に……私の能力(ギフト)はラフィン先生が言っていた通り、【壊す力】……?)


 自分の手のひらをじっと見つめても、あの日感じた熱も、あの異様な脈動ももう残っていない。

 そもそも、どうやったら能力を使えるのか、自分でも分からなかった。


(ゲームでは“心で念じれば使える”なんて簡単な仕様だったのに……)


 前世で知っていた乙女ゲームの世界に転生したはずなのに、気づけば全てが違っている。

 知識はあっても、今の私はまるで暗闇の中を手探りしているようだった。


 もし本当に私の能力が壊す力なのだとしたら──。

 それはラフィン先生の隠しルートに足を踏み入れているということになる。

 でも私は彼の好感度を上げていない。……つまり、このままではバッドエンドに直行するしかない。


(あの時はカロンのおかげで助かったけど……次は?)


 あれは奇跡のように助かっただけ。

 何度も救われる保証なんて、どこにもない。

 そう考えた瞬間、胸の奥がざわついて、座っているはずなのに視界がぐらりと揺れた。


「フィオラ?」


 椅子を引く音と共に、アレン様が素早く私の肩を支える。

 近くで見下ろす赤い瞳が、真剣さを増していた。


「……顔色が悪い。無理はするな」


「……すみません……」


 小さな声でそう謝ると、アレン様に軽く促されるようにして、私はソファの背もたれに身を預けた。

 胸のざわつきがなかなか収まらず、ただ目を閉じて、何も考えないように努める。


「フィオラちゃん、お水」


 しばらくして、オリバーさんが静かに差し出してくれたグラスを受け取る。

 ひと口、冷たい水を含むと、喉を伝って落ちていく感覚に、少しずつ心が落ち着きを取り戻していった。


「……大丈夫?」


 カロンが心配そうに身を寄せ、私の顔を覗き込む。

 その瞳の優しさに、胸の奥が少し温かくなる。


「……ごめんね、カロン。……もう大丈夫」


 震える声でそう言いながら、私はゆっくりと姿勢を正した。

 深く息を吐き出すと、ようやく体の力がほんの少し抜けていくのを感じた。


「無理はよくない。今日はここまでにしよう」


 私の様子をもう一度確かめてから、アレン様はわずかに眉を寄せ、心配そうな表情を浮かべた。


「そうだね。今日はここまでにして、帰ろう」


 オリバーさんも同意するように頷く。

 部屋の空気がようやく緩みかけた、その時だった。



「……まだ、いるかな?」


 不意に響いた低い声に、全員が一斉に扉へと振り向く。

 そこには、本来ここにいるはずのない人物――私とカロンの父が立っていた。


 思わぬ登場に、驚きが部屋を満たした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ