揺らぐ世界、揺るがぬ想い 2
張り詰めた静寂の中で、再びアレン様の声が低く響いた。
「それで、フィオラ。次はお前に聞きたいことがある」
真紅の瞳に射抜かれ、思わず息が詰まる。
――ここからが本題。
そう直感するだけで、背筋に冷たいものが走った。
「ガーデンパーティーで、俺たちの“時間”が乱れた一瞬の間……お前に何が起こったのか。正直に話してほしい」
胸が強く跳ねる。喉が乾き、言葉がすぐには出てこない。
それでも私は、勇気を振り絞ってあの日のことを語り始めた。
「……ラフィン先生から差し出された白い花に触れた瞬間、全てが止まりました。音も、人の動きも……何もかも。その中では、私とラフィン先生だけが動いていて、『やっぱり君は“壊す力”を持っていたんだね』って……そう、言いました」
思い出すだけで、背筋がぞわりと粟立つ。
胸の奥に、あの甲高い音が蘇る。
「それから、空間がひび割れるような音が響いて……周囲の花が、一瞬で枯れていって。全部が壊れていくみたいでした……」
言葉を繋ぐうちに、指先が震え出した。
その瞬間、隣のカロンがすっと手を差し出す。
「でも、その時……カロンが、私の手を引いて助けてくれました」
そう言って、私は無意識にカロンの手をギュッと握り返していた。
その温かさが、震えを少しずつ鎮めてくれる。
アレン様とオリバーさんの視線が、同時にカロンへと注がれる。
そしてアレン様が、問いかけた。
「……カロン。お前、あの時――能力を使ってたのか?」
「……はい。使いました」
短く、けれど迷いのない声。
真っ直ぐな眼差しには、強い決意が宿っていた。
「“姉さんが危ない”って思った瞬間、体が勝手に動いていました。気がついたら腕を掴んでいて……」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
カロンは小さく息を吸い、続けた。
「……何が起こるか分からなかった。でも……どうしても、止めなきゃって。だから、能力を使いました。それだけです」
淡々と語る声の奥に、必死な思いが滲んでいた。
その時、口元に手を添えたまま考え込んでいたオリバーさんが、静かに問いを投げかける。
「……けど、何故カロンだけが、止まった時間を打ち消せたんだと思う?」
問いかけに、カロンは視線を落とす。
少しの沈黙の後、確信を持つように答えた。
「【原状回復】は……ただ“壊れたものを直す”力じゃありません。本来あるべき形に戻す力なんです。実は、それには“僕自身の思い”も比例するが必要なんです」
彼はゆっくりと顔を上げ、言葉を続けた。
「――あの時、瞬時に姉さんが“危険”に思えました。このままでは後悔してしまうくらいに。だから、心の底から思ったんです。“元に戻れ”って」
その声が胸に深く響く。
部屋に落ちた沈黙は、誰もすぐには破れなかった。
私の胸の奥だけが、じんわりと熱を帯びていた。
重苦しい沈黙を破ったのは、深く考え込むように目を細めたアレン様だった。
「……これは、あくまで仮説だが」
その声が部屋に落ちる。
私とカロンの鼓動が、その一言に合わせて跳ねた気がした。
「もし本当に、フィオラの能力が【壊す力】なのだとしたら……カロンがあの場で“戻した”のは、止まった時間ではなく、フィオラ自身の能力だったんじゃないか?」
「……え……?」
思わず声が漏れる。
アレン様は迷いのない瞳でこちらを見据え、静かに続けた。
「つまり──“壊す力”と“戻す力”。互いに相反する能力が拮抗したからこそ、ラフィンの企みが止まった。……そう考えたほうが、自然な気がする」
言葉は理路整然としているのに、胸の奥に冷たいものが流れ込む。
その仮説は、あまりにも恐ろしすぎて。
(本当に……私の能力はラフィン先生が言っていた通り、【壊す力】……?)
自分の手のひらをじっと見つめても、あの日感じた熱も、あの異様な脈動ももう残っていない。
そもそも、どうやったら能力を使えるのか、自分でも分からなかった。
(ゲームでは“心で念じれば使える”なんて簡単な仕様だったのに……)
前世で知っていた乙女ゲームの世界に転生したはずなのに、気づけば全てが違っている。
知識はあっても、今の私はまるで暗闇の中を手探りしているようだった。
もし本当に私の能力が壊す力なのだとしたら──。
それはラフィン先生の隠しルートに足を踏み入れているということになる。
でも私は彼の好感度を上げていない。……つまり、このままではバッドエンドに直行するしかない。
(あの時はカロンのおかげで助かったけど……次は?)
あれは奇跡のように助かっただけ。
何度も救われる保証なんて、どこにもない。
そう考えた瞬間、胸の奥がざわついて、座っているはずなのに視界がぐらりと揺れた。
「フィオラ?」
椅子を引く音と共に、アレン様が素早く私の肩を支える。
近くで見下ろす赤い瞳が、真剣さを増していた。
「……顔色が悪い。無理はするな」
「……すみません……」
小さな声でそう謝ると、アレン様に軽く促されるようにして、私はソファの背もたれに身を預けた。
胸のざわつきがなかなか収まらず、ただ目を閉じて、何も考えないように努める。
「フィオラちゃん、お水」
しばらくして、オリバーさんが静かに差し出してくれたグラスを受け取る。
ひと口、冷たい水を含むと、喉を伝って落ちていく感覚に、少しずつ心が落ち着きを取り戻していった。
「……大丈夫?」
カロンが心配そうに身を寄せ、私の顔を覗き込む。
その瞳の優しさに、胸の奥が少し温かくなる。
「……ごめんね、カロン。……もう大丈夫」
震える声でそう言いながら、私はゆっくりと姿勢を正した。
深く息を吐き出すと、ようやく体の力がほんの少し抜けていくのを感じた。
「無理はよくない。今日はここまでにしよう」
私の様子をもう一度確かめてから、アレン様はわずかに眉を寄せ、心配そうな表情を浮かべた。
「そうだね。今日はここまでにして、帰ろう」
オリバーさんも同意するように頷く。
部屋の空気がようやく緩みかけた、その時だった。
「……まだ、いるかな?」
不意に響いた低い声に、全員が一斉に扉へと振り向く。
そこには、本来ここにいるはずのない人物――私とカロンの父が立っていた。
思わぬ登場に、驚きが部屋を満たした。




