表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/102

揺らぐ世界、揺るがぬ想い 1

 



 王宮でのガーデンパーティーから、数日が経ったある日のこと。


 夕暮れの光が斜めに差し込み、深紅のカーテンと古い木の机を淡く照らす静かな生徒会室。

 呼び出されたのは、私とカロン。


 向かいのソファにはアレン様が座り、その後ろの壁には腕を組んで佇むオリバーさんの姿があった。

 沈黙の中、ただ時計の針の音だけがやけに響いている。


 私はソファに腰を下ろすよう促され、ぎこちなく座った。けれど背筋は強張り、落ち着かない。

 一方のカロンは、涼やかな笑みを浮かべながら自然に私の隣へ腰を下ろし、穏やかな目を保ったままアレン様を見据えていた。


「呼び出して悪いな、カロン。……フィオラも」


 アレン様がゆっくりと視線を上げる。

 その瞳には、いつもの余裕も気軽な笑みもなく、ただ真剣で張り詰めた色だけが宿っていた。

 部屋の空気はさらに重くなり、息をするのさえためらわれるほどだった。


「単刀直入に聞く。“あの時”、何があったのか話してほしい」


 アレン様の低い声が、生徒会室に沈み込む。

 ──“あの時”。それがガーデンパーティーのことを指しているのは明らかだった。


 胸が大きく跳ねる。心臓の音が耳にまで響いて、手のひらがじっとり汗ばんでいく。


 そんな張り詰めた空気の中で、オリバーさんが片手を上げて口を開いた。

 その声音はいつも通り穏やかで、ほんの少し場をほぐしてくれる。


「アレン、ちょっと待って。突然すぎる。二人とも驚いてるだろう? 怖がらせたいわけじゃないはずだ」


 その言葉に、私は少しだけ肩の力を抜いた。

 オリバーさんの優しい声色が、かろうじて緊張を和らげてくれる。


 けれど、アレン様はわずかに首を振り、視線を鋭くする。


「……悪いが、時間が惜しい。俺が”能力(ギフト)”をまったく使えなかったのは、あの瞬間が初めてだった」


 短く告げられた言葉は重く、冷たい石のように胸に落ちてくる。

 【未来予知】すら遮断されたという、その事実の重さに、息が詰まりそうになった。


 オリバーさんは静かに目を伏せ、考え込むように唇を結ぶ。

 私の胸はぎゅっと締めつけられ、不安と恐怖がせめぎ合う。


「原因は──おそらくラフィン。あいつが、何かを仕掛けたとしか思えない」


 アレン様の真紅の瞳が、すっと横へ流れる。

 その視線の先には、隣に座るカロン。


「カロン。お前とラフィン……何度か二人で話してたんだろ?何を話してたんだ?」


 空気がさらに重たくなり、息が止まりそうになる。

 ずっと気になっていた。けれど、同時に聞いてしまうのが怖くて仕方がない。

 心の奥が「知りたい」と「知りたくない」で引き裂かれるようだった。


 そんな私の隣で、カロンはいつもの柔らかな微笑を崩さず、ゆっくりと目を細める。

 そして、唇を噛みしめるようにしてから、まっすぐにアレン様を見返した。


「……姉さんを守るためにも、正直に話します」


 その一言に、胸が大きくざわめく。

 私の鼓動が、どんどん速くなっていく。


「最初は……姉さんがルカと“付き合っている”って噂を耳にしました。同じ頃、“アレン様の婚約者候補”だという話も広まって……頭の中が、真っ白になったんです」


 カロンの声は静かだった。けれど、その響きの奥にはかすかな自嘲が滲んでいた。


「ずっと、姉さんの隣にいるのは自分だと思っていた。家族で、弟だから。

 でも……気づいてしまったんです。僕ではない誰かが、姉さんの“一番”になるかもしれないって」


 生徒会室に、重い沈黙が落ちる。

 オリバーさんが小さく息を吐き、アレン様は続きを促すように視線だけを動かす。


「……そう思ったら、全部がどうでもよくなって、心がぐちゃぐちゃになっていました。……そんな時、ラフィン先生が僕に声をかけてきたんです」


 私は思わず目を伏せ、けれど耳は彼の声を逃すまいと澄ます。

 カロンは一瞬だけこちらを見やり、それから視線を戻して言葉を継いだ。


「先生は言いました。『君、お姉さんのことが大切なんだろう? でも、あの子はいつも誰かに囲まれていて、君の大切さに気付いてない』って」


「……ラフィンが、そう言ったのか」


 アレン様の低い声に、カロンは静かに頷いた。


「それだけじゃありません。“姉さんや僕のことを教えてくれたら、何が起きても守ってあげる”とも。……最初は疑いました。でも……あの時は、それが救いに思えてしまったんです」


 カロンの拳が、ぎゅっと握られる。声はかすかに震えていた。


「だから……僕は話してしまった。姉さんのこと、僕のこと。すべてではないけど……」


 一度言葉を切り、俯いた顔を上げる。


「姉さんに知られたら、軽蔑されると分かっていました。だから黙っていました。……でももう、隠さない。姉さんをこれ以上、傷つけたくない。本当に……信じてもらえる弟になりたいんです」


 その言葉の後、誰も口を開かないまま、重い時が過ぎていく。


 やがてアレン様が立ち上がり、窓辺へと歩み出た。

 夕陽をひと目見てから、低く静かな声で口を開く。


「……これは王家の秘密なんだが……隠したまま、フィオラに何かあったら後悔どころじゃ済まない」


 アレン様の真紅の瞳が、まっすぐこちらに向けられる。

 視線の強さに、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。


「だから、お前たちには知ってほしい。俺の能力は【未来予知】。断片的ではあるが、未来の光景を視ることができる」


 隣に座るカロンが目を見開く。

 知っていたはずの私でさえ、その言葉を聞いた瞬間、空気に呑まれて息を呑んだ。


「だが……あの日、あの瞬間だけは、まったく何も見えなかった。恐らく、ラフィンのせいで能力が封じられたんだろう。……俺は王族として生まれてから初めて、“未来”が完全に分からないと感じた」


 低く吐き出された声には、苛立ちと焦燥が混じっている。

 それは敵への怒りであると同時に、無力だった自分自身への怒りにも思えた。


「この先、俺の能力がまた使えなくなる可能性は高い。……だからこそ、信頼できる者同士での協力が必要なんだ」


 張り詰めた空気の中、壁際に控えていたオリバーさんが静かに一歩を踏み出す。


「じゃあ、俺も言っておこうかな」


 柔らかな声色に似合わぬ真剣な眼差しが、私たちを射抜いた。


「俺の能力は【時間操作】。数秒だけになるけど、自分以外の時間を止めたり、巻き戻したりできる。……アレンと陛下以外には、今まで誰にも話したことがなかった」


「……時間、を……?」


 あまりに突拍子もない秘密に、思わず声が漏れた。

 オリバーさんは小さく苦笑して、けれど真剣に頷いた。


「うん。でも万能じゃないし、自分への負担も大きい。だから、あまり使ってないんだ。……けど、もう手段を選んでる場合じゃないと思って」


 穏やかな声色の中に、確かな決意が滲んでいる。

 彼の言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。


「フィオラちゃんは絶対守る。そのために、俺もこの能力を使う。だから……信じててほしい」


 その眼差しに、冗談も軽さも一切ない。

 胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていき、知らぬ間に息が詰まる。

 彼らの声に、偽りなど微塵もなかった。


「……ラフィンについては、俺とオリバーで動く」 


 アレン様の低い声が空気を引き締める。


「カロンが正直に話してくれたおかげで、奴の狙いが“フィオラ”であることは、ほぼ確かだ。……だからこそ、これ以上は油断できない」


 静かな宣告が、鋭く胸に突き刺さった。

 不安が一気に膨らむのを感じたけれど――その隣で、確かに寄り添ってくれる存在がいるのだと、心のどこかで救われてもいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ