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甘く、危ういガーデンパーティー 3

 



 私はどこか落ち着かない気持ちを抱えたまま、レオンとシリウスと一緒に庭園の中心へと戻った。


 煌びやかな音楽、軽やかな笑い声、色鮮やかに飾られた花々。

 一見すれば夢のような華やかさに包まれているのに、その空気の奥底には、目に見えない緊張の糸が張り詰めているような気がしてならなかった。


「……ああ、よかった。無事だったか」


 私の姿を見つけるや否や、アレン様が真っ直ぐに歩み寄ってきた。

 普段の余裕を纏った彼とは違い、その表情にはわずかな焦りが滲んでいる。


「アレン様……?」


「フィオラ。今から帰るまで、俺やオリバーから絶対に離れるな」


 低く、しかし揺るぎない声音。

 その真剣な眼差しに、私は戸惑いながらも自然と頷いていた。


「……俺の“能力(ギフト)”が妙なんだ。何も……見えない」


 耳元に落とされたその囁きは、私にだけ聞こえるほど小さく、それでいて重く心に響いた。


「見えない……?」


「詳しいことは今は言えない。……だが、ひとつだけ約束してくれ。俺たちのそばから絶対に離れるな」


 ちょうどその時だった。


「フィオラ君」


 まるで狙いすましたかのように、ラフィン先生が現れた。

 その手には、一輪の白い花。雪のように白く、けれどどこか禍々しいほどに完璧な花弁を広げている。


「私はもう帰ろうと思ってね。……最後に、どうしてもこれを君に贈りたくて」


 穏やかな微笑みを浮かべながら、白い花を静かに差し出してくる。


「……え?」


 戸惑いながらも、礼儀として受け取ろうと手を伸ばしかけた――


「フィオラ、待って!」


 鋭い声が空気を裂いた。

 シリウスが、切羽詰まった表情で駆け寄ってくる。


「それに、触れちゃダメだ!」


 けれど、その忠告よりもわずかに早く。

 私の指先は、花の花弁に触れてしまった。


 途端に、空気が凍りつく。


 音が消えた。笑い声も、音楽も、風の音すらも。

 時が止まったような感覚の中で、動いているのは――私と、花と、ラフィン先生だけだった。



「……なに、これ……」


 指先に触れた花弁がふわりとほどけ、細かな光の粒となって宙へ舞った。

 一瞬は美しく、祝福のようにさえ見えたそれは――しかし次の瞬間、ざらりと空気を蝕み、粉々に“壊れていく”気配を孕んでいた。


「……やっぱり」


 ラフィン先生の声が低く響く。

 微笑は崩れない。けれど、その瞳は氷のように冷たく、無慈悲に私を射抜いていた。


「君は“それ”を持っていたんだね。……壊す力を」


 ギィィン――!

 耳をつんざくような甲高い音とともに、空間そのものがひび割れるような感覚が走った。

 庭園を彩っていた花々が一斉にしおれ、枯れ落ちていく。香りは消え、色は奪われ、世界が急速に色褪せていった。


(え……? わたし、何を……)


 恐怖と混乱で足がすくむ。息が詰まり、声にならない。


 その刹那――背後から、強く腕を引かれた。


「姉さんっ!!」


 必死の叫び声。

 振り返ると、そこにはカロンの姿。真っ青な顔で私の腕を掴み、暴走する能力の中心から必死に引き離そうとしていた。


「カロン……っ」


「駄目だ、これ以上は……! 姉さんまで壊れてしまう」


 カロンの声は震えていた。それでも彼の手は、私の手をしっかりと包み込む。

 優しく、けれど決して離さないと誓うように。


 その瞬間、私の体を淡い光が覆った。

 柔らかくて、じんわりと胸の奥に染み込んでくる温もり。


(この感じ……懐かしい……)


 それはカロンに出会った日。

 転んで擦りむいてしまった私の膝に、カロンがそっと手をかざして、能力で治してくれた。

 あの時に感じた温かさと、まったく同じだった。


 暴れ狂っていた何かが、光に溶かされるように、少しずつ鎮まっていく。

 軋んでいた心臓の鼓動も、破裂しそうな熱も、カロンの声に引き寄せられるように緩んでいく。



「……ずっと、怖かったんだ」


 ぽつりと、カロンが呟く。


「姉さんに嫌われたくなくて。だから今まで“いい弟”でいた。可愛がられるように、愛されるように振る舞ってきた」


「……カロン……」


「でも、アレン様やルカたちが姉さんに近づいてきて……僕より他の人が姉さんに愛されるかもしれないって思ったら……もう、どうしたらいいかわからなくなった」


 震える声。けれど、その瞳だけはまっすぐに私を射抜いてくる。


「……姉さんは、こんな俺でも、嫌いにならない?」


 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 不安も孤独も、ずっと隠してきたのだ。私に見せないように、押し込めて。


 私は、そっとカロンの手を握り返した。


「嫌いになるわけ、ないよ。だって……カロンは、大切な私のたった一人の弟なんだから」


 言葉を届けた瞬間、カロンの瞳がわずかに揺れる。

 そして口元に浮かんだのは、ほのかな安堵。

 けれど、滲むような寂しさも混じっていた。


 言葉を届けた瞬間、カロンの瞳がわずかに揺れた。

 その奥に安堵の色が差す。けれど同時に、どうしようもない寂しさも滲んでいた。


 次の瞬間、彼の腕がふっと私を包み込む。

 その温もりに触れた途端、荒れ狂っていた空気が静まり、止まっていた世界がゆっくりと動き出していく。


「……元に戻った……?」


 けれど、私の手の中に残る微かな熱。

 それはたしかに、今“何か”が起こった証だった。


「フィオラ!」


 真っ先に駆け寄ってきたのはアレン様だった。

 赤い瞳が鋭くも焦りを帯び、まっすぐに私を射抜く。


「大丈夫か?! 何があった?」


「……わ、わからないです。ただ、ラフィン先生が……」


 そう言いかけた瞬間、背後でオリバーさんが小さく舌打ちした。

 いつも穏やかな彼の、見たことのない険しい表情に思わず息を呑む。


「……やっぱり。おそらく、ラフィン先生が何か仕掛けたんだ」


「え……?」


「フィオラちゃんが花に触れた瞬間、周囲の“時間”が一瞬だけ乱れた。……君とラフィン先生以外は、時が止まっていたんじゃないかな? 違う?」


 オリバーさんのその言葉に、私は小さく頷いた。

 あの悪夢のような出来事は、どうやら本当に私とラフィン先生だけの時間だったようで。


 現実じゃないと思いたいのに、私の手の中で、花は完全に崩れ落ち、黒い灰となって散っていく。

 それが、否応なく事実を突きつけていた。


 「フィオラ。しばらくは、俺たちのそばから離れるな」


 アレン様の声は低く、命令にも似た力を帯びていた。

 その真剣な響きが、胸にずしりと落ちてくる。


「アレン様……?」


「……あの男の近くにいると、俺の“未来”が濁る。こんなことは、今まで一度もなかったのに」


 アレン様の能力(ギフト)は【未来予知】。

 だが、その秘密を知る者は、ゲーム内ですらほんの一握りしかいない。

 だからこそ、彼の焦燥も苛立ちも──この場では、私とオリバーさんにしか伝わってこなかった。


 オリバーさんが、そっと私の肩に手を添えた。

 その温もりが、不安に揺れる心を少し落ち着かせてくれる。


「もう大丈夫。花は枯れてしまったけど、異常は治まった。……ただ、油断はしないで」


 張り詰めた空気が、かろうじて緩んだ──その時だった。


「おや。皆さん、ご無事で何より」


 優雅な声とともに、ラフィン先生が姿を現す。

 口元には穏やかな微笑。けれど、その瞳の奥に宿る光は、やはりどこまでも冷たかった。


「まさか……ここまで反応するとは。やはり、君は“特別”だね、フィオラ君」


 柔らかい声色に、冷たい棘が潜んでいた。

 アレン様とオリバーさん、そしてラフィン先生の間に、目に見えない火花が散る。


「……先生、何を企んでるんですか……?」


「ん? 私はただ、君に美しい花を渡しただけだよ?」


 涼しげな笑みを浮かべるその言葉が、真実でないことくらい、誰の目にも明らかだった。

 おそらく、あれは試されたのだ。

 私の“能力(ギフト)”を引き出せれるかどうか──そのために。


 けれど、証明する術も反論する根拠も、今の私にはない。


 張り詰めた沈黙の中、私は無意識にカロンの袖を握っていた。

 それに気づいたカロンが、すぐにその手を強く握り返してくれる。

 その温もりが、かろうじて私を現実に繋ぎ止めてくれた。


 ――あの時、カロンがいなかったら。私はきっと、あの場でバッドエンドを迎えていた。


 胸の奥で、不安と疑念、そして恐怖が渦を巻く。

 それでも、耳の奥で静かに鳴り続ける声がある。


(……このままじゃ、終われない)




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