大好きなオレンジ色
私は、どこで選択を間違えてしまったのだろう。
あんなに気をつけていたはずなのに、気がつけば、前世でプレイした乙女ゲームとは、まるで違う展開ばかり。
やっぱり現実は、ゲームのように上手く“フラグ回避”なんてできない。
出会ってからずっと優しくて大切な存在だったはずのカロンは、今はふとした瞬間に恐ろしさを纏うようになった。
ルカくんと軽い約束をしただけで、学園中に妙な噂が広がってしまう。
更には知らない間に、アレン様の“婚約者候補”の一人になっていた。
注意していたラフィン先生の視線は、ときどきゾクリと背筋を冷たくするほど、底知れないものを感じさせる。
私はただバッドエンドを避けて、平穏なノーマルエンドを迎えたかっただけなのに。
その願いは、指先からこぼれ落ちていく砂のように、少しずつ遠ざかっていく気がしてならなかった。
「……これから、どうしたらいいんだろう……』
ぽつりと呟き、花壇の陰に腰を下ろした。
陽射しはやわらかく温かいのに、頬を撫でる風だけが妙に冷たい。制服の裾を握りしめても、指先の震えは止まらない。
(……いっそ、誰とも関わらずにいられたらよかったのに)
大事な人たちと距離を置いて、静かに目立たず暮らしていたなら、少なくともこんなに心を乱されることは、なかったのかもしれない。
オリバーさんがラフィン先生のことを探ってくれるとは言ってくれた。けれど、それに甘えてばかりではいけない。
このままでは、前世で何度も見てきた“バッドエンド”に流されてしまう。
(……私も、自分で回避する方法を考えないと)
「……フィオラ!」
不意にかけられた声に、胸がびくりと跳ねる。
顔を上げると、鮮やかなオレンジ色の髪が陽光を反射して、煌めくように揺れていた。
駆け寄ってきたレオンが、真剣な眼差しで私を見つめていた。
「レオン、どうしたの……?」
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
その横顔には、いつもの無邪気な笑みも軽口もなかった。
真剣な眼差しを向けられるのは、初めてのことかもしれない。
「うん……?」
私が小さく頷くと、レオンはしばらく黙って花壇の花を見つめていた。
やがて何かを決意したように視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。
「……今まで誰にも言ってなかったけど。実は俺の能力、人より少し特殊なんだ」
レオンは慎重に言葉を選びながら続ける。
「【精神操作】っていう……よくある能力の一つなんだけど。俺の場合はかなり力が強いみたいで……やろうと思えば、洗脳だって簡単にできるレベルらしい」
気まずそうに目を逸らしながら、それでも正直に告げてくれる。
ゲームの中で、レオンはこの能力をストーリー終盤まで隠していた。
誰よりも優しい彼に反する、その強すぎる力が──いつか周りを傷つけてしまうかもしれない。
その恐れを、ずっと胸の奥に一人で抱え続けていた。
なのに彼は、このタイミングでそれを私に打ち明けてくれている。
その事実に、私は驚きと戸惑いを隠せずにいた。
思えば、レオンのルートを何度も繰り返すくらい、前世の私は彼が一番好きだった。
明るくて、前向きで、いつでも笑顔。
でもそれだけじゃない。本当は誰よりも周りをよく見ていて、誰かのために本気で泣いたり、怒ったりできる人。
彼の優しさは、眩しくて、温かくて、何度も前世の私の心を救ってくれた。
だから今度は、私がレオンの心を少しでも癒したい。そう、自然に思った。
「……どうして、そんな大切なことを私に教えてくれるの?」
問いかけると、レオンは迷うことなく答えた。
「──カロンのこと、だよ」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が鷲掴みされたかのようにキュッと締めつけられた。
「最近のカロン、やっぱりちょっとおかしい。お前が言ってた"違和感"も、分かる気がする。……もし、あいつの感情が暴走そうになったら、俺の能力を使えば、抑えられるかもしれない」
「……そんな、簡単に言えることじゃ……」
「分かってる。だから今まで黙ってた。能力のことなんて、家族以外には誰にも言わなかった。でも……俺は、お前に笑っていてほしい。無理して耐えてる顔なんて、もう見たくないんだ」
風が吹き抜けた。冷たいはずの風なのに、レオンの言葉が胸の中を満たし、ほんの少しだけ温かく感じられる。
「フィオラ。……俺にも頼って」
その一言が、心に真っ直ぐ届いた。
──私はもう、“前世で乙女ゲームをプレイしていたヒロイン”なんかじゃない。
この世界で生まれて、みんなと出会って、優しさや温もりに触れて。
そうやって、少しずつ変わってきた。
目の奥が熱くなって、私は小さく息を吸い込み、声を震わせながら返した。
「……うん。ありがとう、レオン」
そう伝えると、レオンはふっと笑って、ほんの少しおどけてみせた。
「おう! 任せろ! 俺は頼れる男だからな!」
大げさなくらい胸を張る姿に、思わず笑いが溢れる。
それはまだぎこちなくて、泣きそうな顔に近かったけれど、確かに、今の私にとって一番強くなれた証だった。
レオンと別れた後、私はしばらく空を仰いでその場にいた。
胸を押しつぶしそうだった重さが、不思議と少しだけ軽くなっている。
(私には、信じられる味方がいる)
たったそれだけのことが、こんなにも心強いなんて。
『……よし』
小さく呟いて立ち上がると、そよ風がスカートの裾を優しく揺らした。
その時、たまに見かける王宮の使いと思しき人物が、こちらに歩み寄ってくる。
「フィオラ様。こちら、殿下よりのお届け物です」
差し出された封筒には、金の王紋と、見慣れた筆跡。
(……アレン様?)
その名を心の中でそっと呼びながら、私はゆっくりと受かった封筒を開けた。
中から現れたのは、優雅な文字で綴られた、王宮への招待状だった。
⸻
《この度、王宮の小さな庭園にてガーデンパーティーの集いを開きます。
あなたとご友人方を、ぜひお招きしたく存じます。
お時間が合えば、次の休日、午後より──》
⸻
「……ガーデンパーティー」
その言葉が、自然と唇からこぼれる。
ゲームの中で、重要な分岐点のひとつだったイベント。
この絶妙すぎるタイミングで現実に発生するなんて……胸の奥がざわつく。
けれど、今の私には意味があった。
カロンとの距離をどうにかしたいと願っていた矢先の出来事。
みんなと一緒にいられるこの場を、私はありがたく思った。
(大丈夫。私は、少しだけ強くなれた)
そう自分に言い聞かせながら、私は封筒をそっと胸元のポケットにしまい込んだ。
夕暮れの風が頬を撫で、心の奥で小さな決意が静かに灯る。
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