またまた王子と騎士
王宮の一角、塔の書斎。
重厚な扉を開けると、窓辺に立つアレンの姿があった。
西の空に沈みかけた夕陽が、薄紅の光となって差し込み、彼の銀髪を静かに揺らめかせている。
背中越しでも、その空気には張り詰めたものがあった。
「……やっと来たか、オリバー。様子はどうだ?」
手元の書類から視線を外さぬまま、低く鋭い声が響く。
オリバーは扉を閉じ、背筋を正して歩み寄ると、短く頷いて答えた。
「……ちゃんと、本人から聞いてきたよ。フィオラちゃんから、直接」
その言葉に、アレンは手にしていた書類を静かに伏せる。
そして、ゆっくりと視線を上げ、真紅の瞳でオリバーをまっすぐに射抜いた。
「……それで?」
短く問うアレンの声に、オリバーはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どうやら怖い夢を見たらしい。“何もかもが壊れていて、それを……まるで自分が壊したみたいだった”って。話している間、ずっと苦しそうだった。ただの夢じゃない、そう感じたよ」
アレンの赤い瞳がわずかに細められる。
「……能力が関係している可能性は高いな」
「俺もそう思う。でも、それだけじゃなかった。ラフィン先生とカロンが話しているのを、偶然聞いたらしい。“能力の確認が必要”とか、“最近不安定”とか……それに、カロンが“姉さんのためなら何でもする”と」
言葉が落ちた瞬間、室内の空気がさらに重く沈む。
アレンはゆっくりと立ち上がり、夕陽を背に受けながら低く呟いた。
「……もう、動き始めている、ということか」
その背に影が伸びる。
オリバーは真剣な面持ちで続けた。
「カロンの様子も変だ。フィオラちゃんも“最近、怖い”って言っていた。感情の揺れが能力に影響しているのかもしれない。……それを、ラフィン先生が利用している可能性もある」
「どちらも危ういな」
落ち着いた声音の奥に、微かな焦燥が滲む。
窓の向こうでは、沈みきった陽が赤を失い、空に夜の気配が濃く満ちていった。
「……能力で断片的には分かっていた。ただ……こんなにも早く仕掛けてくるとは思わなかったな。ラフィンが本気なら、こっちも手を打つ必要がある」
アレンの低い声が、夕暮れの空気を震わせる。
「俺は王宮と学園、両方に顔を出せる立場だから。動きを探ってみるよ。もちろん、慎重にね」
「頼む。……それと」
アレンはゆっくりと振り返り、オリバーの目を真っ直ぐ射抜くように見据える。
「フィオラには、まだ何も知られたくない。できるだけ怖がらせるなよ」
重みのあるその言葉に、オリバーは静かに頷いた。
「……わかってるよ。俺は彼女に“守る”とだけ伝えた。彼女も、それを信じてくれてる」
その言葉に、一瞬だけアレンの表情がわずかに和らぐ。
けれどその奥底にある警戒の色は、決して消えることはなかった。
「……その信頼を、無駄にするなよ。それとカロンは特殊な能力を持っている。追い詰められれば、何をするかわからない」
オリバーは短く息を呑み、静かに頷いた。
その顔には、軽い冗談を挟む余地もなく、ただ真剣な決意が宿っている。
「全部、何とかしてみせるよ。……フィオラちゃんのためにも」
「俺も、そのつもりだ。──だからこそ、ついに“あの約束”を果たす時が来た」
アレンの口元に浮かんだのは、意味深で決意を帯びた笑み。
「次の休みに予定していたガーデンパーティー。この前の約束通り、あいつら五人を王宮に招こう。……フィオラ、そしてカロンも含めて、な」
アレンの声音は柔らかいのに、言葉の芯は鋼のように硬かった。
オリバーはすぐに言葉を返さず、ただ静かに頷いた。
その頷きには、彼なりの覚悟と同意が宿っていた。
ちょうどその時、雲の切れ間から差し込んだ月光が、書斎を斜めに照らす。
冷たい光に照らされたふたりの瞳は、決意を映し出す鏡のように輝き、互いの覚悟を確かめ合うかのようだった。
──忍び寄る嵐の前触れの中で、夜風がそっと花の香りを運んでいく。
それは、穏やかさと不穏さを同時に孕んだ、次なる舞台の幕開けを告げる合図のようだった。




