表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/51

攻略対象、全員集合? 2

 

 

 声に反応して振り返ると、そこにはラフィン先生の姿があった。


 黒のロングコートに身を包み、銀灰の髪が夕陽を受けて淡く揺れる。

 距離はあるはずなのに、教室で見た時より“近い”。

 その視線が真っ直ぐに私だけを射抜いているせいか、胸の奥がざわりと揺れた。


「フィオラ君。君の笑い声が聞こえた気がしてね。……つい、足が向いてしまったんだ」


「そ、そんな……大きな声じゃなかったと思うんですけど……」


「じゃあ、私の耳は、君の声にだけ敏感なのかもね?」


 さらりと返される言葉。

 優しく、包み込むような口調なのに、その奥底にほんの一雫、得体の知れないものが潜んでいるような気がした。

 背筋にヒヤリと冷たいものが走り、私は小さく息を呑んだ。


「先生、他に御用がありますか?」


 私の異変を察したのか。

 隣にいたカロンがスっと腰を上げ、私と先生の間に立つようにして問いかけた。


 先生は、その姿を見てゆっくりと首を傾げる。

 口元には、どこか意味ありげな笑み。


「用、というほどのものじゃないよ。ただ……フィオラ君のまわりに、ちゃんと“守ってくれる人たち”がいる。それを見て、少し安心しただけさ」


 その言葉と同時に、視線がふわりと私へ落ちる。

 どこまでも優しげなのに、深い井戸の底を覗き込んだような冷たさが混ざっていた。


「……でも、もし誰にも言えない不安や迷いがあったら、遠慮せずに相談に来てね。私は教師として、君の力になりたい」


 静かに響く声。

 優しいはずの言葉なのに、胸の奥がざわついて、落ち着かない。


(……言ってることは優しい。なのに、どうしてこんなに、不安になるんだろう)


 先程まで笑い声に包まれていた空気が、一瞬で凍りついた。

 まるで、時間だけが止まったみたいだった。

 誰もが先生に注目し、動けない。

 アレン様でさえ、じっと目を細めたまま言葉を発さなかった。


 その静寂を破ったのは、レオンの明るい声だった。


「よかったら、先生も一緒にお茶しません? フィオラが用意してくれた紅茶、めっちゃ美味しいんですよ!」


 その無邪気な笑顔に、ぴんと張りつめていた空気がほんの少し和らぐ。

 けれど、先生は僅かに目を細め、緩やかに首を振った。


「それは魅力的なお誘いだけれど……今日は、見ているだけで十分だよ」


 そう言って、私へと一歩、また一歩と近づいてくる。

 距離を詰められるごとに、胸の奥が少しずつ冷えていく。

 そして、目の前に立つと誰にも聞こえない低い声で囁かれた。


「君は、誰よりも“中心にいる人”だから。……気をつけてね。時に、好意は牙になる」


「……え?」


 思わず聞き返そうとした瞬間、彼はふっと表情を和らげる。


「肩に小さな埃が着いてるよ。じゃあ、また授業で」


 まるで何事もなかったかのように、優雅に振り返り、風のように去っていった。

 その背中は、孤独と影を纏っていて――私の胸に重たい余韻を残した。


「……姉さん、大丈夫?」


 立ったまま動けなくなっていた私に、カロンがそっと声をかけてきた。

 私は静かに頷きながら答える。


「うん……でも、なんか、変な感じ」


 その“変”がどういう意味なのか。

 自分でも、はっきりと言葉にできなかった。


「……あの人、なんか掴めないよなあ」


 アレン様が、空になったティーカップをくるくると指先で回しながら、ふっと呟いた。


「アレン様も、そう思うんですか?」


「ああ。柔らかい口調で話してるのに……どこか怖くて、目が離せなくなる。……何を考えてるのか分からない人間って、一番厄介だ」


 軽口のように聞こえるその言葉。

 けれどそこには、確かな“警戒”の色が滲んでいた。


(……もしかして。アレン様の能力(ギフト)が、何かを感じ取ってる……?)


 そんな考えが胸をよぎった、そのとき。

 アレン様の隣で、オリバーさんが静かに紅茶を口にする。

 普段と変わらぬ穏やかな仕草。けれど、ふと上げられた金の瞳が、一瞬だけ鋭さを帯びた。


「……俺も、少し気になってる。フィオラちゃんを見てる時間が、他の生徒を見てるよりずっと長い気がした」


「……え?」


「“ただ見ている”とも思えたけど、きっとそれだけじゃない。フィオラちゃんの……何かを“見極めよう”としてたような気がする」


 温和なオリバーさんが、そんな風にはっきりと言い切るのはとても珍しい。

 胸の奥で、小さな不安が水滴のように広がっていく。


 そして、


「……他人の心を覗いてみたいと、初めて思った」


 ぼそりと、シリウスが呟いた。


「シリウス……」


 彼の能力(ギフト)は【読心】。

 他者の心を読むことができる。

 しかもシリウス自身の力が強いため、わざわざ能力(ギフト)を発動させなくても、ある程度なら相手の心の“揺れ”を感じ取れる。


 それなのにラフィン先生の心だけは、掴めなかった。

 だからこそ、シリウスは本気で"覗いてみたい"と思ったのだろう。


 その言葉の余韻が落ち着くより先に、オリバーさんが口を開いた。


「色々と気になるよね、フィオラちゃん。もし何か変わった事があったら、一人でどうにかしようって思わず、すぐ誰かに言ってね」


 そう言って彼はそっと身を寄せ、穏やかな微笑みを浮かべる。

 その声音はいつもと変わらず柔らかいのに、言葉の奥には揺るがない強さがあった。


「もちろん、俺もフィオラちゃんのこと守りたいって思ってるからね」


 オリバーさんはいつも優しいけれど、こうして真剣な眼差しを向けられると、不思議と息が詰まりそうになる。


「そうそう。お前は一人で放っとくと、すぐ面倒事に巻き込まれるからな」


 今度はアレン様が茶化すように笑いながら、私の頭にぽんと手を置いた。

 けれどその掌から伝わる温もりは、冗談の中にも確かな“庇護”の気持ちが宿っているように感じた。


「べ、別に巻き込まれたいわけじゃ……!」


「分かってるよ。でも、“お前だから巻き込まれる”ってこともあるんだ」


 軽口のように聞こえるけれど、その瞳は真剣だった。

 その言葉に、ラフィン先生の"君は中心にいる人だから"という声が、頭の中で重なる。


(……私、本当に、そんなに“巻き込まれ体質”なのかな……? 乙女ゲームの“ヒロイン”だから……?)


 ふと視線を落とすと、カップの中の紅茶は、気づかないうちに少しだけ冷めていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ