あなたと迎える、この物語の結末
オリバーさんは、私の小さな頷きを確認すると、ほんの少しだけ息を吐いた。
まるで胸の奥にしまっていた想いを、一つずつ取り出すように。
「……正直に言うとね」
ゆっくりとした声音だった。
言葉にするたびに、彼の心が震えているのが分かるくらい、真剣で、優しい。
「君の声を聞くたびに、目を覚ましたいって思ってた。……でも同時に、怖くもあったんだ」
「怖い……?」
思わず問い返すと、オリバーさんは小さく笑った。
悲しさでもなく、弱さでもなく――ただ、真実を見つめるような笑み。
「だって……今まで隠してきた気持ちを、もう隠せなくなるって分かってたから」
胸の奥が、きゅっと締まる。
オリバーさんはそっと視線を外し、けれどすぐにまた私に戻す。
その目は、決意と揺らぎが入り混じったような色をしていた。
「フィオラちゃんのそばにいる時、本当に幸せを感じるんだ。君が俺の隣にいるだけで、少しでも安心してくれてるって分かって……どんどん欲張りになっていった」
彼はふと、少しだけ視線を落とした。
「アレンの護衛騎士としてじゃなくて……気づけば、一人の男として、もっと君に近づきたいって思うようになったんだ」
その声は、いつものより少しだけ小さいのに、不思議と胸のずっと奥に響いた。
オリバーさんは、視線を落としたまま、続ける。
「でも、俺は君に何も望んじゃいけない立場だって、自分に言い聞かせた。フィオラちゃんは、王妃になるかもしれない存在だって……分かってたから」
静かな温室に流れるのは、彼の言葉だけ。
春の匂いも陽射しも、全部その想いを聞いているみたいだった。
「……でも、それでも。もし、許されるなら」
ふと、オリバーさんが顔を上げる。
その金色の瞳に宿る真っ直ぐな光に、私は息を呑んだ。
「ずっと、フィオラちゃんの隣にいさせてほしい。一人の男として、君の未来を一緒に見ていたい。……それが、俺の本当の気持ち」
胸の奥がぎゅっと熱くなって、言葉が上手くまとまらない。
でも、今だけは飾りはいらなかった。
ただ、ちゃんと伝えたい。それだけだった。
「……オリバーさん」
「ん?」
優しい返事に、私は大きく息を吸って、心のままに口を開く。
「私も、オリバーさんが好きです」
声は少し震えたけれど、迷いは一切なかった。
胸の奥に閉じ込めていた想いが、ようやく溢れ出すように。
「ずっと……オリバーさんの声も、温もりも、全部……恋しいと思ってました」
言葉を吐き出した瞬間、胸がふっと軽くなった。
重ねてきた季節も、不安も、全部溶けるみたいに。
オリバーさんの瞳がゆっくりと揺れる。
その揺れが静かに落ち着いたとき、彼の目はやわらかく細められ、優しい笑みがふっと広がった。
「ありがとう、フィオラちゃん」
穏やかな声とともに、オリバーさんは流れるような動きで私の手を取った。
指先から腕へ、じんわりと温もりが伝わってくる。
「……こうやって、真っ直ぐ気持ちを伝えてくれる君が……何より愛おしいって思う」
その言葉は、そっと胸の奥をくすぐるように響く。
オリバーさんは私の手を両手で包み込み、大切に扱うみたいに、ゆっくりと顔を近づけ――そして、私の指先へ柔らかな唇を落とした。
「……へっ、?!」
触れられた瞬間、思わず心臓が跳ねる。
くすぐったくて、温かくて、息をするのも忘れそうになった。
たった一度のキスなのに、胸の奥までじんわりと染み込んでいく。
どこか、言葉よりも深く、確かで――
まるで二人だけの“誓い”みたいに思えた。
――その直後。
空気を振るわせるように、学園の鐘が高らかに鳴り響く。
温室に来た目的を、唐突に思い出した。
「……あっ!そうだ……!」
胸の奥で何かが弾け、私は慌ててオリバーさんの方へ向き直る。
「私、花を選びに来たんでした……!」
目的をすっかり忘れていた自分に気づいて、勢いよくベンチから立ち上がった。
その動きに合わせるように、オリバーさんも静かに立ち上がろうとする。
「……それなら、俺も」
その言葉が紡がれようとした瞬間。
「ーーその必要はない」
温室の入り口にひりつくほど静かな声が落ちた。
振り返ると、淡い陽光を背負ったアレン様が立っていた。
どこか気まずそうにしながらも、その真紅の瞳には安堵と嬉しさが混ざっている。
「俺用の花束が足りないなんてのは、嘘だ。……すまない」
そう言って、軽く頭を下げる。
「全部、演出ってやつだ。……お前へのサプライズだって言っただろ」
「そ、そういうことだったんですね……」
「上手くいったみたいでよかったな」
ふっと微笑むアレン様の顔は、どこまでも穏やかだった。
まるで、心から私たちの未来を祝福してくれているような――そんな光を宿して。
その時、温室の外からパタパタと複数の足音が近づいてきた。
「おーい!フィオラ、花束できたかー?!」
レオンのいつも通りの元気いっぱいな声が温室の外に響き渡る。
あまりに普段通りすぎて、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「……ったく。もう少しで雰囲気ぶち壊すところだったよ。レオン、少しは静かに歩けないの?」
すぐ後ろから届いたのは、シリウスの落ち着き払った声。
きっと眉間に皺を寄せながらレオンの腕を引いているに違いない。
その光景が浮かんで、さらに笑みが深まる。
そして次の瞬間、勢いよく温室の扉が開いた。
「わっ……ほんとにいた!……ていうか、なにこの空気!甘すぎて胸焼けしそうなんだけど!?」
真っ先に顔を出したルカくんが、両手で頬を押さえながら大げさに目を細める。
そのすぐ後ろから、カロンが顔を覗かせた。
「姉さん、見つけた。……その、オリバーさん。ルカが失礼なことを言ってすみません」
口ではそう言っているのに、カロンの頬もほんのり赤い。
照れくさそうで、でもどこか安心したような表情だった。
そして、レオンとシリウスも遅れて入ってきて、温室に“いつものメンバー”が勢揃いする。
みんなが揃っただけで、空気が一気に賑やかになって。
胸の奥にじんわりと広がる。
まるで“あの頃”に帰ってきたみたいな、柔らかい温度だった。
ふと、オリバーさんの視線がずっとある方向に向いているのに気づく。
その先にいるのは――ルカくん。
じっと見つめられ、耐えられなくなったルカくんが、渋々口を開いた。
「なんですか〜?その、珍しい生き物見るみたいな視線は……」
その特徴的な口調と声に、オリバーさんは目を丸くさせた。
「……え、今の声……って、ルカ……?」
「ふふーん、びっくりしました〜??僕、もうすっかり“成長した男”なんですよ?ほら、オリバーさんと身長もほぼ同じですし!」
得意げに胸を張って、オリバーさんの隣に並ぶルカくん。
確かに、ほんの少し低いくらいで、このままなら数ヶ月後には抜かしそうだ。
(……本気で成長期の暴力だ……)
そんなルカくんの元へカロンが肩をすくめながら近づき、小声で付け加える。
「……食堂で三回おかわりしていた理由がようやく理解できました」
「ちょ、ちょっと!?なんでそれ言うの!? 恥ずかしいからやめて!!」
顔を真っ赤にしながら抗議するルカくん。
その様子が可愛くて、みんな自然と笑顔になる。
「でも、成長したのは見た目だけじゃないと思ってるよ」
シリウスがふっと穏やかに言った。
「副会長としての責任も、ちゃんと背負ってる。……それが一番、立派だと思う」
「シリウス先輩……!」
頬を赤くして、今度は嬉しさ全開で抱きつくルカくん。
しかし、以前より力強い抱きつきにシリウスはよろけ、慌てたレオンとカロンが支える。
「お、おい!重いって!あと、その腕力はどこで手に入れたんだよ!?」
「レオン先輩、勝手に成長したんです!!」
賑やかすぎるやり取りに、オリバーさんがふわりと笑った。
「……なんだか、俺が寝てる間にみんなすごく進んでたんだね。少しだけ、取り残された気分だよ」
「オリバーさんも、ですよ」
そう返すと、オリバーさんはほんの少し驚いた顔をして――照れたように目を細めて笑った。
「……そうだね。俺もようやく、前に進めた」
その穏やかな空気を破るように、パンッと明るい音が響く。
「よし。サプライズも大成功したし……そろそろ行くぞ。俺たちの晴れ舞台、ちゃんと見届けろよ?」
アレン様の声に、みんなが頷いて動き出す。
温室の扉に向かって、それぞれが足を進める。
その時だった。
オリバーさんがふっと立ち止まり、振り返って私に手を差し出した。
「フィオラちゃん。行こう」
その声に、自然と笑みが溢れて、私はそっとその手を取る。
歩き出そうとした、その瞬間。
オリバーさんが不意に少しだけ身を寄せてきた。
「……最後にひとつだけ」
優しく触れるくらいの距離で、耳元に落ちる声。
「フィオラちゃん。――好きだよ」
心臓が跳ねて、鼓動が熱くなる。
驚いて顔を上げると、金色の瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。
「もう気持ちは伝えたつもりだけど……これからは、何度でも言わせて?」
柔らかく笑うけれど、どこか照れた仕草。
「だって……何回でも言いたくなるくらい、君が大切だから」
その言葉が胸に触れた瞬間、世界が少しだけ鮮やかになった気がした。
私はぎゅっと彼の手を握り返して、小さく、でも確かに想いを込めて口を開いた。
「……私は、大好きです」
その瞬間、胸の奥でそっと何かが解ける。
――ああ、きっとこれが。
私の、この物語の、“ハッピーエンド”。
そう思ってふと空を見上げると、ガラス越しの春の光がまぶしく揺れた。
花々の間をすり抜ける風が、まるで二人を祝福するようにそっと吹き抜けていく。
新しい季節の匂いの中、私はオリバーさんと手をつないだまま、ゆっくりと歩き出した。
【完】
これにて本編は完結になります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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また、番外編とか書けたらいいな〜!




