攻略対象、全員集合? 1
放課後、中庭のティーテラス。
結局ルカくんの誘いを断れず、私は紅茶の甘い香りに包まれながら、小さなお茶会の中心に座っていた。
集まったのは、ルカくん、カロン、レオン、シリウス――そして、私。
同じ制服姿のはずなのに、それぞれが纏う空気はまるで違う。
その並びだけで華やかさが増して、通りすがる生徒たちが思わず足を止め、チラチラとこちらを見ていく。
「先輩の付けてるリボン、とっても可愛いですね〜! 毎日、僕が選んであげれればいいのになあ」
右隣のルカくんが、甘えた声でそう言いながら、肩にもたれかかってくる。
わざとらしいほどのあざとい仕草。……少しは慣れたはずなのに、胸が思わず跳ねた。
(この子ほんと、“あざと可愛い”を体現してる……)
一方私の左隣では、カロンが静かに紅茶を口にしながら、じっとルカを射抜くように見ていた。
「姉さんには、そんな必要ないと思うけど。どんな格好でも似合うし」
「え~? でも、もっともっと可愛くしてあげたくならない? “僕”の先輩なんだから」
ルカがにこにこと笑顔で言い放つ。
その瞬間、カロンの笑みがほんの少しだけ引きつった。
(あ、これ……本気で不機嫌モード入る寸前だ)
「まあまあまあまあ、仲良くしよーよ!」
レオンが空気を和ませるように笑いながら声を上げる。
「カロンの言う通り、たしかにフィオラってどんなリボンでも似合いそうだよな! 今度、俺も選んでいい?」
「……レオン、君も参戦してどうする。それにそれだと“似合う”じゃなくて“自分の趣味”で選びたいだけだろ」
シリウスがレオンを鋭く指摘しながら、優雅な仕草で紅茶に口をつける。
相変わらず感情が読みにくいけれど、ちゃっかり会話に混ざってくるのは、いかにも彼らしい。
「……あれ、バレた?」
「ああ。……それより、君には自分が手に持っているカップの中身が今にも溢れそうなことを気にして欲しいよ」
「うわっ、マジだ! あっぶなっ!」
そう言われ、慌ててカップを持ち直すレオン。その姿に、思わず周囲から小さな笑い声がもれた。
張りつめかけていた空気が少し和らいで、私の肩の力もふっと抜ける。
――その時だった。
「フィオラ?」
聞き慣れた、低く柔らかな声。
顔を上げると、陽の光に透ける銀髪と宝石のような真紅の瞳。
まさに“王子様”の姿が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「アレン様……!」
「おー、本当にフィオラじゃん。……なかなか豪華なメンツでお茶してるな?」
ニヤッと笑うその姿に、周囲の空気が一気にざわめく。
そして、この場にいる全員が立ち上がり、慌てて頭を下げた。
……さすが王子様。存在感が別格だ。
「頭下げるのやめろよ。みんな、大袈裟だな」
そう言って、やれやれと頭を掻く姿はどこまでも気さくだ。
彼は、アレン・ヴェンツェベルク。
この国の第一王子であり、未来の王。
それでいて、王族らしからぬ気取らない性格から、庶民から貴族に至るまで幅広く慕われている。
ゲームの中でもメイン攻略対象であり、堂々たる“王子ルート”の主役。
でも今の私は、一年生から生徒会に入ったことで仲良くなっただけの先輩後輩。
(もちろん! 恋愛フラグは全て回避して、普通の先輩後輩として!)
アレン様は全員が顔を上げたのを確認してから、再びニヤリと口を開いた。
「まさか優等生のフィオラが、クラスメイトだけじゃなくて下級生まではべらせるとは……」
「ち、違います! たまたま、です!」
「ははっ、冗談だって。お前はそんなことしらないもんな」
そう言って、軽く私の頭をくしゃっと撫でる。
その瞬間、周囲でこちらを見ていた女子生徒たちの視線が刺さる。めちゃくちゃ刺さる。
けれど、その視線はすぐに、アレン様の隣に立つ人物へと移っていった。
同じように女子生徒たちの注目をさらっていたのは――。
「やあ、フィオラちゃん」
落ち着いた優しい声色。
片耳に着けられたアイオライトのピアスが、陽光を受けてきらりと光る。
「オリバーさん……」
「そのリボン、よく似合ってるね。落ち着いた色合いが、君の薄い髪色にすごく合ってるよ」
「そ、そんな……褒めすぎですよ? いつも、ありがとうございます」
会うたびに、自然に褒め言葉をくれる――まるでそれが呼吸のように。
オリバーさんは、そういう不思議な人だ。
(この人……無自覚でこういう女性を褒めるところあるから反応にいつも困る……!)
アレン様の専属護衛騎士であり、幼馴染でもある彼。
ゲームでは攻略対象外でありながら、アレン様以上に“王子様っぽい”と評判で、人気を集めていたキャラクターだ。
私にとっても、恋愛フラグを気にせず気楽に話せる、数少ない相手のひとり。
だからだろうか、気づけば何も考えずに、自然と口にしていた。
「お二人は……どうしてここに?」
アレン様とオリバーさんは、普段なら放課後は執務のために生徒会に籠っている。
中庭のティーテラスで見かけるなんて、これまで一度もなかった。
「アレンの用事に同行してたんだけど、フィオラちゃんの姿が見えたから、ついね。……邪魔だった?」
「い、いえ! 全然、そんな……むしろ、嬉しいです」
本当に。
生徒会室以外で二人と会うことなど、今までほとんどなかったから、純粋に胸が弾む。
「もしよかったら、俺たちも紅茶をいただいてもいいかな?」
「もちろんです!」
慌てて差し出したティーカップを、オリバーさんが受け取ろうとした瞬間、指先が触れてしまった。
思わず心臓が、大きく跳ねる。
(こんなベタなシチュエーションで、何でドキッとしてるの?! 私、乙女ゲームのヒロインでしょ!!!!……それに今日のオリバーさん、いつもより少し距離が近くない?)
そんな私の動揺をよそに、空いている椅子へ腰を下ろしたアレン様が、ニヤニヤと揶揄うように笑みを浮かべる。
「フィオラ、お前って人気者だな。……俺、ちょっと妬いちゃうな」
「な、何言ってるんですか!?」
「え? 気になる子が、他の男に囲まれてたら、誰でも気になるだろ?」
「~~~~っ!!」
(それ、ゲームだったら今ここで絶対スチル発生してるセリフですから!!)
揶揄うアレン様の言葉に頭を抱えそうになったそのとき。
オリバーさんが、さらりとトドメを刺すように微笑みながら言葉を重ねた。
「フィオラちゃんは優しいから、人が自然と集まってくるんだろうね。……俺も、そういうところが好きだな」
(え、攻略対象みたいなその見た目で何言ってるんですか!? どういうつもり!?!?)
「……ねぇ先輩」
ぷくっと頬を膨らませ、不機嫌そうにルカが私の腕へぎゅっと抱きついてきた。
その仕草は正直、ヒロインである私より可愛い。
「先輩は、誰が一番好きなんですか? ルカ? カロン? それとも……この王子様たち?」
「えっ、待って。俺、選択肢にすら入ってないの!?」
名前を挙げてもらえなかったレオンが、大げさに肩を落とす。
その横でシリウスは、ふっと口元を緩めた。
「俺も……蚊帳の外ってことかな? ……それは寂しいな。毎日、教室で隣に座ってるのに」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、みんな……!?」
(誰もフラグ立ててくれなんて頼んでないんですけど!?)
笑いと視線が交錯するその中心に――どこからともなく一陣の風が吹き抜けた。
紅茶の香りがふわりと舞い上がる。
そして。
「こんな素敵な時間に、私を呼んでくれないなんて。少し寂しいな、フィオラ君」
背後から低く響いたその声に、空気が一変した。
「……ラフィン先生」