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どうやら転生したようです

 



 十一歳の誕生日。

 広間は花とリボンで華やかに飾られ、香ばしい甘い匂いが漂っていた。大きなケーキに、温かく見守るような父の眼差し。今日は私のためだけの日、そのはずだった。


「誕生日おめでとう。……フィオラ、何か欲しいものはあるかい? やりたいことでもいいよ」


 穏やかな声。けれどその瞬間、胸の奥がざわつき、視界がぐらりと揺れた。

 頭の中で、何かが弾けるように記憶が溢れ出す。


 ――見知らぬホールの煌めき。

 ――美青年たちの隣で笑う少女。

 ――画面の前で夢中に眺めている黒髪の自分。


 洪水のように押し寄せる映像に、呼吸が乱れた。


(っ……なにこれ……! 私……これが何か知ってる。知ってるけど……!)


 胸が締めつけられ、椅子の肘掛けを掴む手が震える。鼓動が耳の奥で暴れ、全身に冷たい汗が滲む。


(そうだ……乙女ゲーム……私が前世で遊んでいた……前世?どうして……どうして私はそれが分かるの……?)


「フィオラ?」


 父の声が遠くで揺れるように聞こえた。心配そうに見つめる瞳に応えたくても、唇は震えて言葉にならない。

 必死に笑みを作ろうとしながら、かすれた声を絞り出す。


「……すみません、少し……部屋に戻っても、いいですか?」


 視界の端で、父と使用人たちが驚いたように顔を見合わせているのが見えた。

 けれど返事を待っている余裕もなく、私は椅子を押しのけて立ち上がり、ふらつく足取りのまま部屋へ向かう。


 扉を閉めた途端、全身から力が抜けて床に崩れ落ちた。

 息が苦しい。心臓はまだ早鐘のように鳴っている。視界はぐらつき、冷たい汗が首筋を伝った。


(落ち着け……落ち着かなきゃ……!)


 何度も深呼吸を繰り返すうちに、少しずつ頭が整理されていく。

 脳裏に浮かぶのは、前世の私が夢中になっていた乙女ゲーム。

 タイトル画面、キャラクター紹介、選択肢。

 あの時はただ楽しくて、誰を攻略するか悩んでいた


 ――アレン、ルカ、それからカロン、シリウス、レオン……。

 攻略対象たちの姿が、記憶と重なるように鮮明に思い出されていく。


(じゃあ……この世界は……ゲームの舞台?)


 そう考えた瞬間、背筋が冷たくなった。

 私の名前はフィオラ。ノイアー公爵家の令嬢。

 そして、ゲームでの“主人公”の名前も……フィオラだった。


(まさか……私が、その……ヒロイン……?)


 震える足で、部屋の片隅に置かれた鏡へと近づく。

 映り込んだのは、見覚えのあるストロベリーブロンドの髪に淡いヘーゼルの瞳を持つ少女。

 透き通るような白い肌に、幼さを残した可憐な顔立ち。


 その姿は私が前世で夢中になって追いかけた、ゲームのヒロインそのものだった。


「……っ」


 喉の奥が震え、言葉にならない。

 似ているなんて曖昧なものではない。これは紛れもなく“同じ”だった。


 目を逸らしたくても、鏡の中の少女は私を映し返す。

 逃げ道は、もうどこにもなかった。


 ――私は、この物語のヒロイン。

 ゲームの中心に立つ存在なのだと。


 その事実を認めた瞬間、さらに鮮明な記憶が頭を駆け巡った。

 場面が切り替わるように、次々と蘇るイベントの数々。


 その事実を認めた瞬間、さらに鮮明な記憶が頭を駆け巡った。


 この乙女ゲームは前世で“鬼畜ゲー”と呼ばれていた。

 どのルートを選んでも、バッドエンド率は九十七パーセント。

 むしろハッピーエンドに辿り着く方が奇跡で、ほとんどのプレイヤーは途中でヒロインが死ぬ結末を見ることになる。


 前世の私も、何度も何度も挑戦した。

 選択肢を変えて、ルートを変えて、もう執念のようにプレイした。

 けれど結局、ハッピーエンドを迎えられたのはたった二人だけ。


 ひとりは、ゲームのメインヒーローであり、この国の王太子――アレン・ヴェンツェベルク。

 そしてもうひとりは、私の“推し”であり学園のクラスメイト――レオン・ヴァオラ。


(あの時の私、嬉しくてどれだけ二人のエンディングを繰り返し見たんだろう……)


 けれど、それ以外のキャラクターは皆、何度挑んでも悲しい結末にしかならなかった。

 乙女ゲームによくある、全員攻略後に開かれる隠しルート?

 そんなもの、私には到底たどり着けなかった。


 現実的に考えるなら、ゲームの記憶を持った今の私が選ぶ道は限られる。


 ある程度、選択肢を覚えているアレンルート、又はレオンルート。

 このどちらかを選んで、丁寧に好感度を稼ぎ、慎重にバッドエンドを避け、ハッピーエンドを迎える。


 頭では理解している。

 けれど、心は素直に従ってはくれなかった。


 アレンとの未来は、王妃という自分には重すぎる肩書きに直結していくる。

 国を背負うなんて、前世の記憶を思い出した今の私には荷が勝ちすぎる。

 そして、レオンは――。


(……ヒロインとの恋愛を第三者として、遠くから見てるが尊かったんだよね……私にとって“推し”は、眺めているだけで幸せな存在……)


 自分がヒロインになって推しと恋愛するのは解釈違いだ。

 画面越しで見ていた推しが目の前にいるのに、ヒロインは自分。

 その現実が、嬉しいようで、恐ろしくもあった。


 けれど、だからといって他のキャラのルートに進むのは正直、怖すぎる。

 前世の記憶があるからこそわかる。アレンやレオン以外のルートは、選択肢が難しくてバッドエンドの可能性が高すぎる。

 どれだけ注意して選択肢を選んでも、ほんのわずかな油断で“死”に直結してしまう。


 ルートキャラの好きな食べ物を間違えただけで、バッドエンドを迎えることもあった。


(どうしたらいいの……?)


 胸がぎゅっと締めつけられる。

 だけど一つだけ、答えははっきりしていた。


 ――私は、生き延びなきゃならない。


 恋だの運命だのよりも、まずは「生きること」が最優先だ。

 そのためにできることを、選んでいくしかない。


 前世の私の記憶には、ノーマルエンドの存在なんてない。

 けれど、もし誰とも恋愛をせずに、目立たず平穏に過ごせたなら。

 もしかしたら、その先に“平和な未来”が待っているのかもしれない。


(うん……それが一番、何とかなる方法かもしれない……)


 それならば、攻略対象たちと関わらないのが一番いい――。

 けれど実際には、それは不可能に近い。


 義弟のカロンと、クラスメイトのレオン、シリウス。

 この三人とは日常的に顔を合わせることになる以上、完全に避けるなんて無理だ。


(……そうなると、いっそ全員と平等に関わって、好感度を均等にするしかない……)


 そう決めて、私は深く息を吐いた。

 ゲームでの物語は、義弟カロンが学園に入学する十六歳の春から始まる。

 一般的な乙女ゲームのように、学園生活を通して攻略対象たちと出会い、イベントをこなしながら好感度を上げていく――それが表向きのストーリー。


 けれど、本当の始まりはもっと前から。


 それがヒロインの十一歳の誕生日。

 そう、まさに“今日”。


 先ほど、父に尋ねられた――【欲しいもの】【やりたいこと】――あれこそが、ゲームで最初に登場する選択肢だった。


 そして思い出した。

 あの時、ゲームの最初に出てきた選択肢を。


 選べるのは三つ。


【新しいドレスが欲しい】

【お父様と街に出掛けたい】

【特にない】


 たったこれだけの選択で、十一歳の時に誰と出会うかが変わる。

 その後の物語の進行、メインストーリーの始まりにまで影響を及ぼす“超重要イベント”だった。


 前世で全ルートを攻略できたわけじゃない。

 けれど、この選択肢が鍵だということだけは、しっかり覚えている。

 ――どれを選べば、誰と出会えるか。

 それだけは把握していた。


【新しいドレスが欲しい】

 王都で流行りのお店に出かける。

 そこで偶然、王妃に付き添っていた王子と出会い、会話を交わすことになる。

 ――その結果、メインストーリー冒頭ではいきなり王子からプロポーズされるという、急展開のスタート。


【お父様と街に出掛けたい】

 けれど、途中ではぐれて迷子になってしまう。

 そこで二人の少年に助けられ、後に学園でクラスメイトとして再会することに。

 メインストーリーが始まる頃には、いつも一緒にいる幼なじみのような存在になる。


【特にない】

 一見すると地味な選択。けれどこれに対して父は「それはダメだよ」と言って、ヒロインをお気に入りの洋菓子店に連れ出す。

 ーーそして、ここだけはさらに細かい分岐が存在するのだ。


 洋菓子店で購入する商品の選択。

 【マドレーヌ】か【フィナンシェ】。

 ただそれだけで、出会えるキャラが変わり、その後の好感度にまで影響を及ぼす。


 マドレーヌを選べば、義弟の友人となる後輩キャラ。

 フィナンシェを選べば――この世界で私の義弟となるカロンと出会うことになる。


 しかも、カロンだけは特別仕様。

 十一歳の時に出会っておかないと、学園に入学してから何をしても好感度が一切上がらないという、謎すぎる設定だった。


 ノーマルエンドを目指すなら、迷う余地はない。


 私が選ぶべきは【特にない】。

 そして洋菓子店で、必ず【フィナンシェ】を選ぶ。


 今後のためにも、このタイミングでカロンと出会っておかなければならない。

 彼だけは、幼少期からの“接触イベント”を踏んでおかないと、後からでは何をしても心を開いてくれないのだから。


(……よし、決めた!)


 小さく拳を握りしめ、私は椅子から勢いよく立ち上がった。

 胸の奥でまだざわめく不安を押し殺しながら、自室を飛び出す。


 ――こうして私の物語は、本当に始まったのだ。




はじめまして!

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