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異世界×オジさん×  作者: 五日 叶


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9/15

☀09いざ夕食時

 ヘドウィンさんとの夕食までの時間、できる限り自分の異常を確認した。

(今のところ言語以外の異常は、なし。多分記憶障害の類もないし……精神状態も、変化はない。――はず)

 日本語への認識能力がおかしくなっている以外、特に自分で感じられる変化はなかった。私自身に感じられないだけで何かしらの変化が起きている可能性は勿論あるけれど――誰かに知られる前にまず自分で確認しておきたかった。

(詳しい人に確認してもらうのが早いのは分かっている。けど……これはただの、見栄っ張りだな……)

 誰かに自分の弱いところを見せることに苦痛を感じてしまう。弱点を隠しきれるほどの賢さも心の強さも持ち合わせていないから、結局無様に晒してしまうけれど。

 変に見栄を張ろうとしているあたり、やはり以前の自分の代わりがないと感じ安心すると同時に情けなくも思う。それでも今は、悪い方向に変化していないだけ良しとしよう。


「あの、イレイラさん。夕食もここで、ですか?」

 夕食の時間に近づいてきたころ、部屋に戻って来たイレイラさんにそう声をかければ、彼女は静かに頷いた。

「はい。部屋にお食事を運ばせていただき、ヘドウィン様をお呼びいたします」

「……それが私に対する配慮、であれば必要ありませんよ。その……散歩ができるぐらいには体力もありますし、元気もあります。正直テーブルマナーの類はほぼできないと言って過言じゃありませんけど……」

「なるほど、かしこまりました。……ですが、夕食はエナ様のお部屋でもよろしいでしょうか?」

「それは勿論、大丈夫ですけど……」

 結局食事を運ぶのなら、私の部屋も食堂もそう大差はない。けれどそれでも食堂よりも遠いこの部屋に食事を運ぶのは手間なはずだ。何故?という気持ちでイレイラさんを振り返れば彼女は少しだけ悪戯っぽく笑った。

「エナ様の部屋なら、人目が少ないですからね。そのおかげでリラックスできる方がおられますから」

 イレイラさんの言葉に、人前できっちりかっちりとしているヘドウィンさんの想像をする。見ず知らずの私を保護してくれるぐらいに責任感の強いヘドウィンさんのことだ、人前ではあまり気が抜けないのだろう。それを思えば確かに、ここで息を抜きながら食事をするのがきっといい。納得しつつ「なるほど……」と溢せばイレイラさんはまた小さく笑った。


 ―――☀―――☀―――☀―――


「エナ様、驚かれるかもしれませんがヘドウィン様の火傷が治っております」

 ヘドウィンさんが来た時にすぐ食事が取れるように、と先んじて並べられたおいしそうな食事の数々を前にイレイラさんは静かにそう伝えてきた。

「もう、ですか?かなり酷い火傷だったはずじゃあ――」

 と言ってからはたと気づく。ここは私の知っている世界ではなく、異世界だ。癒しだの、治癒術だのと言った魔法がきっとあるのだろう。

(……でも、治癒術があるのなら私もそれで治してもらえたらよかったのでは?魔力がないから魔法が使えないのは分かるけれど……魔力がなければ、治癒術も効果がない、ってことなのかな)

 少しだけ不思議も思いつつ、イレイラさんの方を見たとき――数度、扉がノックされる音が聞こえる。

「俺だ、ヘドウィンだ。入っても?」

 低い落ち着いた声が聞こえる。とたんに少し緊張感を覚え、心臓がせわしなくなる。

「ど、どうぞ」

 私がそう声をかければイレイラさんが恭しく頭を下げ、静かに扉を開く。

「邪魔する」

 そう言いながら少し疲れた様子のヘドウィンさんが笑って部屋に入ってくる。その顔に包帯も火傷の跡もなく、少し無精ひげの生えた整った顔立ちとまっすぐ目が合う。

「お疲れ様です、その……どうぞ」

 客の立場で先に座っていたのは不味かっただろうか……と少し不安に思いながら、慌てて立ち上がってヘドウィンさんに席を促す。これも客の立場の私がすることでないような気がするけれど。

「ありがとう」

 けれどヘドウィンさんは特に何かを言う訳でもなく、ただ感謝の言葉をくれた。初めて会った時から合うのは一つの目だった、ということもあり、包帯がなくなったことでしっかりと合うその緑色に輝くヘドウィンさんの両目にどうにも落ち着けない。

「その…、火傷が治ってよかったです」

 月並みではあるけれど、素直にそう言葉を溢せばニカっという音が聞こえそうなほど明るい笑顔を浮かべて「ありがとう」というまっすぐな言葉が帰って来た。

「本当はエナの火傷も治せればいいんだが……」

 と言葉を切り上げ、少しだけ困った顔をしてヘドウィンさんはイレイラさんと目を合わせる。

「多分、魔力がないから……という理由なんですよね?こればっかりは私の体質のせいだと思うので……」

 ヘドウィンさんは申し訳なさそうにしているけれど、ヘドウィンさんに責任はない。言葉通り、これは私の体質のせいなのだ。――正しく言えば、異世界の来訪者の体質によるものではあるけれど。

「イレイラから聞いていたか?」

「魔力については。治癒術とかは……私の元の世界に、この世界みたいな……物語があったりするので」

 なんとなく理解はできている、と言葉尻がどんどんと小さくなっていく。正直ゲームなり漫画なりが好きだったので、異世界に関する知識はそこそこあるつもりだ。けれど考えてみればこの世界とは違う『似た世界』であったとしても、面白可笑しく描かれているというヘドウィンさんやイレイラさんだけでなく、そもこの世界に住んでいる人にとって不快である可能性は十分にある。好奇心が旺盛な人ならどんな描かれ方をするのかと興味を示してくれるかもしれないが……。

(どこに地雷が潜んでいるか分からないし……)

 オタク歴が長い私にとっては、誰かの『触れてはいけない事情』を踏み抜くというのは体が震えるほど恐怖を感じる行為だ。尤も、それはオタクではなくともそうだろうが。

「どういった物語……というのは今は置いておこう。なんとなく理解をしてくれているのなら話は早いな」

 そう言って触れずにおいてくれたヘドウィンさんに感謝する。同時に、齟齬がないようにと改めて治癒術についての説明を受ける。知識はあるに越したことはない。大人になってこそ、その言葉が深く突き刺さり染みわたる。


 ヘドウィンさんに教わった治癒術は、私の想像するものと相違はなかった。傷を癒し、病さえ治してしまうほどの万能な魔法。けれど万能という訳でもなく、そもそも光の属性に当てはまる治癒術を使うためには『光属性』への適正がなくてはならないそうだ。その上で術者の魔力を扱う繊細な技術力に加え、使われる側はその怪我に応じた魔力を持ち合わせていないと充分に効果が出ないのだそう。

(つまるところ私――基、異世界の来訪者は魔力を持たないため、治癒術を使ったところで意味がない、と)

「まぁそもそも治癒術を扱えるほどの魔術師も少ないし、怪我をしたから治癒術を使う、というのもそこまで一般的ではない。……中には魔力を持たない相手にさえ、自身が持つ魔力を操って怪我や病を治癒してしまう魔術師もいるが……数えられるほどしかいないな」

 危険かつ高度だ、とヘドウィンさんは付け加えた。

「自分の魔力を分け与えて……みたいな感じなんですか?」

「どうもそうらしい。怪我や病の具合にもよるが治癒術を使う側にも、そして使われる側にも相応の負担がかかる。それを魔術師本人が一手に担って……なんて相当な負担だ。それでいて魔力を分け与えるという技術力を治癒術を扱う技術力の両方を同時に行うんだ」

「……神業、ってやつですね」

 私がそう言えば、ヘドウィンさんは「ははっ」と大きく口を開けて笑った。

「まさに、その通りだな」

 私の言葉を肯定しつつも、彼の眉はどこか困ったように下がっていて寂しげな印象を受けた。

「――と、まぁ……治癒術について説明はしたが、結局のところその使い手が希少だというのもあって滅多に使われることはない。薬を塗って体が持つ本来の治癒力に任せるのが一般的だし、治癒術を使ったとしても完治まではさせないことの方が多い」

 治癒術というのはそれほどまでに体に負担がかかるものだ、とヘドウィンさんは語った。それでも火傷の跡はすっかり消えるほどの治癒術が使われた彼は――きっとその立場故、なのだろう。

「治癒術を受けすぎれば、本来体が持っている自己治癒の力というものが損なわれていく。エナとしては早く治してしまいたかったかもしれないが、こればっかりは悪い」

「あ、いえ……。その、正直治癒術というものに興味はありましたが、火傷を早く治したい、とかはなかったです。……早く治したほうがいいのは分かっていますが」

 のんびりでも治っていければいい、それが正直な感想ではあったけれどそれを保護してくれているヘドウィンさんの前で言ってしまうのは不味かったか?と背筋に嫌な汗が噴き出る。彼の厚意に甘え居座っているけれど、いつまで居座る気だ、と言われたって仕方はない。

「治癒術は便利だとは思っているが……俺は正直扱うことに抵抗感がある。便利なものに頼りすぎれば、いざというときに困るのは自分たちだと考えればわかることだからな」

 はは、と少しだけ乾いた笑いを浮かべ、けれどヘドウィンさんはまっすぐと私を見て柔らかく目を細めた。

「だからエナが治癒術を使わないこと、使えないことに理解を示してくれることにとても感謝している。不便をかけてしまっているだろうが……ありがとう」

 果たしてお礼を言われるほどのことだろうか、と戸惑いつつも、まっすぐに向けられる感謝の言葉がどうにも落ち着かない。

(……どうしてこうも、顔立ちがいい人ばかりなんだろう)

 柔らかい笑みを浮かべてくる目の前の男前に少し胸をときめかせつつ、目の前に並ぶおいしそうな料理の数々に聞こえないほど小さく、腹の虫が鳴くのであった。

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