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異世界×オジさん×  作者: 五日 叶


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7/15

☀07文字

 過去、これほどまでに意欲を見せたことがあっただろうか。いやない。ゆっくりでいいとは言われていても、この世界の知識を得ようとする私にイレイラさんは子供が読むような初歩的な本を渡してくれた。どうしてそんな本が?と思いながら受け取れば、ディケイラ領の学校で使用している教科書をヘドウィンさんが一つ一つ確認をしているらしく、それであったのだという。領主はそんなことまでするのか、と思っていればイレイラさんは少しだけ冷たい顔をして「自分で仕事を増やしているだけです」と告げたあたり、きっと普通はしないのだろう。

(これだけ教育が行き届いていることを思えば、よくある異世界で無双!みたいなことにはならないんだろうなぁ。チート、とかスキルだとかの類もなさそうだし、本当にただ迷いこんだだけの一般人なんだろうな私は……)

 そもそも大した知識を持っているわけではないけれど、持っている知識を役立てるまでもなくこの世界は発展している。都合よく料理が壊滅的にまずくてハーブや料理知識が役に立つこともないし、衛生管理があまりにもひどくてたまたま石鹸はバスボムの知識を持っているわけでもない。世の中、そんなに都合良く進むものではないものだと改めて感じる。

(ごはんもおいしいし、清潔的。衣服の質も良くて、教育も行き届いている、と)

 細部を見れば貧困層と富裕層の格差もきっとあるのだろうが、私の見える限りではそう言ったものも感じない。他の場所がここまで行き届いているのかは私には分からないけれど、間違いなくこのディケイラ領は過ごしやすい場所だ。この世界で生きていくのなら、今のところディケイラ領が安心感がある。他の領地を知らない、ということもあるけれど。

(……正直ルディミアは気になるところではあるけど、話を聞く限り私が生きていける環境ではない気がする。死んだっていい、なんて思いながら生きていたのに……いざ死の危険のある場所に飛び込んでいく勇気が、私にはないな……)

 この世界で生を深く実感する。元の、あの場所での生活に不満があったわけではない。生活費を出してくれた両親への感謝の気持ちも勿論ある。けれど同時に抱いていた不出来な自分という負担をかけ続けてしまったことへの罪悪感が強すぎた。昔からこうだったわけではない。少なくとも子供の頃は人付き合いは苦手だったけれど、それでも友達もいたし外で遊ぶことだってよくあった。比較的器用な子供だった。だからこそ、なんでもできる器用さのせいで私は無駄な完璧主義者に育ち、小さなミスにさえ怯え、周囲の人を落胆させることに恐怖するような情けなく、そして無責任な人間になってしまった。

(親は何も悪くない。ただ……私が子供のままでい過ぎたせい、なんだよな…)

 自分の情けなさ、こんな自分が育ってしまったことを両親に申し訳ない、と罪悪感を抱き続ける日々は苦しかった。まっとうな人間になれず、人並になれず、ただ人の足を引っ張る。自分を、殺してしまいたかった。けれどそんな勇気もなく、苦しい最中に会った友人を支えにしつつも私は――その友人に依存して結局迷惑をかけ、まさしく捨てられた。

(ごめんって伝えたけど……あのメッセージは見たのかな)

 そこまで考えて、もう会うことはないだろう人のことを考えたって仕方がない、と思い直す。向こうは私のことなどとうに忘れているだろう、ならこれ以上考えたってきっと無駄だ。

「そう言えば、なのですが文字は読めますか?」

 控えていてくれたイレイラさんは教科書をそっと指さした。

「はい。どういう訳か……読めますし、書けますね」

 教科書を手に取り、数ページめくる。『アスタラン帝国の建国』『王家』『三大公』と、この国の常識だろうことが書かれている。不思議なことに書かれていることが日本語を読むように読めるのと同時に、先ほどまで書き込んでいた紙に書かれた日本語ではない文字になんとも言えない気持ちになる。

「――逆に日本語…母国語が、書けなくなっています」

「母国語が、ですか?」

「…はい。変な話ですが、それに今気づきました…。日本語、という存在は分かっているはずなのに……どう書いていたのか、どんな文字だったか、それすらも何故か思い出せません」

 何故習ったわけでもない文字を書けているのか、そもそも何故日本語ではない文字を書いていることに違和感を抱かなかったのか。疑問は尽きず、そして自分自身にいつの間にか異変が起きていることへの不気味さも感じる。

「突然、母国語が思い出せなくなったのですか?」

「どう、なんでしょう。いつと言われると分からないのですが…いつの間にか、というのが正しいかもしれません。……ちなみになんですが、異世界の来訪者にこういったことはよく起こるんでしょうか?」

 イレイラさんにそう尋ねれば、彼女は眉間に皺を寄せて顔を横に振った。

「正直に申し上げますと…分かりません。異世界の来訪者について私が知りえていることはそう多くはありませんが……少なくとも、聞いたことはありませんね」

「そう、ですか。ヘドウィンさんに、相談した方がいいですよね」

「そうですね。私に分からなくとも、ヘドウィン様なら知っていることもあるかと思われますし、共有して損はないはずですから」

「報連相は大事ですからね」

「ほうれんそう、ですか」

 不思議そうにのぞき込む美しい若草の瞳に少しだけドキッとしつつ、そうか、報連相はないのかと少し寂しい気持ちになる。

「報告、連絡、相談、の頭文字を取って報連相、ですね」

「なるほど、業務において重要なことですね。報告、連絡、相談、そのいずれも重要だと教えられてはおりますが…報連相、と省略した言い方は聞いたことがなかったので一つ知見が深まりました」

「……多分、使うことのない知識ですよ」

 いつもとそんなに表情は変わらないけれど、イレイラさんのどこか満足そうな顔にそれ以上は言えなくなってしまったのであった。


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