☀15火災の跡
いつ呼ばれるのだろう、と緊張した気持ちでい続けたけれど今日は呼ばれないかもしれない、なんて考えに落ち着きつつあった。
(今日、とは言ってなかったし……魔術師の方は仕事で来ているんだから暇なわけないんだから)
とはいえ、いつ呼ばれるのか分からない。何かをして時間を潰すにしても、呼び出されたタイミングで手が離せなくて待たせるのも申し訳ないし、中途半端になってしまうのも気分が悪い。
どうしたものか、と思案する。ここ最近忙しくしていたことを考えれば、寝てしまおうか、なんて考えも浮かんでくる。
(……やめておこう。寝起き一発で会う訳にもいかない)
身内相手であれば気にもしないが、話を乞う立場であることを考えれば失礼でしかないだろう。それにこの状況ではうまく眠れないだろう。
調査にどれほどの時間がかかるのだろうか。調査とは、何をするのだろう。疑問が頭に浮かんでは消え、これでは落ち着きのない子供だ、なんてため息が出る。
(……子供のようなものか)
お得意の自虐で人に会う前に気分をどん底に導きそうになる。人に会う態度を保てなくなるかもしれない、そう思いながら何とか思考を踏みとどめる。
(……質問すること、確認しておこう)
うまく聞けるかどうかは分からない。それでもできるだけうまく聞けるように、失礼のないように話ができるようにと紙を確認する。
うまく話せるだろうか、という不安を抱えながら。
―――☀――――☀―――☀―――
魔力は通常、目には見えない。けれど長年魔術に触れあってきた者であれば“感じる”ことはできる。水気を帯びた空気を肌で感じ、雨の訪れを察するように。
特にエルフの様な魔術の研究に没頭する一族においては、魔力を感じることは基本中の基本であった。人に比べ体に宿す魔力が多いエルフにとって、自分がどれほどの魔力を秘めているのかを知るのは、他人も自分をも守るために必要なことだ。
ユシンはディケイラの土地に近づくにつれ、その豊富な魔力を肌に感じていた。瘴気ほど濃くはなく、しかし作物に豊かさを与えるには十分すぎるほどの濃さ。ディケイラの地の作物の品質が良質であり、そして実りが早い所以はまさにこの地を潤す魔力にあると納得ができるほどだ。
しかし、その魔力がぽっかりと枯れている土地があった。焼け焦げた建物の残骸と、鼻につく焦げた臭い。黒々として一部は灰にさえ変わってしまった、火災の現場だ。
「先生」
「ええ。……酷い様子ですね」
これまでに酷い現場をいくつも見てきたユシンではあるが、これほどまでに魔力がぽっかりと枯れ果てている様子は滅多になかった。例え戦場であってもここまで魔力が枯れることはない。
「――一度、魔力が使い果たされてしまった土地を見たことがありましたが……それに近いものを感じます。幸いにもこの規模であれば、周囲の魔力が癒してくれるでしょう」
「それでも……かなりの時間がかかってしまうのでしょうね」
「そうですね。元の状態に戻るまでにそれなりに時間を必要とするのと同時に、癒されるまでに作物の収穫量や品質にも影響があるでしょう」
師の言葉にシーナは表情を曇らせた。書物では黄金に輝く麦畑や、青々とした植物たち、そして美しく咲き誇る花々が多く描かれていた。ディケイラの動植物は国内のみならず、国外にも流通しており、ユシンやシーナが暮らす魔術師の塔でも食事に使われていた。あれだけおいしいものを作るのにどれほどの手間暇がかかったのだろう、と考えるとシーナの気分も自然と落ち込んでいく。
「そこまで酷くはなりませんよ。少なくともここは納屋の周辺が酷く焼け焦げていますが、畑は無事ですから」
「そう、ですね。……先生、焼け跡にムラはあまりありませんね」
しゃがみ込み焼けた葉にシーナは手を伸ばした。指先が触れただけで崩れていく葉にほんの少しの罪悪感を抱きながら、円状に焦げている辺りを見渡す。
「ムラがなく、きれいな円状ですね。……時間差はなく、ほぼ同時に燃えた」
魔力の痕跡だけでもこの火災が魔法によるものであることはユシン、そしてシーナにも理解できた。
「魔法や魔術には魔力が必要。そして、発動させれば魔力は消費される。……ここの状況だけ見れば、魔法使いが関わっているのは明白ですね」
シーナの言葉にユシンが頷く。
「今日はもう一か所見ておきましょう。ここだけでは、異世界の来訪者との関係性は分かりませんから」
「はい」
もう一か所の地点に向かうべく、そちらに足を向けようとしてユシンは立ち止まる。
(大規模な魔術であればいざ知らず、この規模であれば魔力が枯れ果てることはない。けれどここの魔力は枯れてしまった。それは何故か)
「……先生?」
「いえ。行きましょう」
不思議だ、とユシンは思った。だがそれも他の地点を見れば分かるだろう、そんな考えが歩みを後押しするのであった。




