☀11花の相談会
ヘドウィンさんに「魔術師と話がしたいか?」と聞かれたあの夕食から2日経った。そろそろ問題ないだろう、とディケイラ城のお医者さんであるリンフェット先生から許可をいただきようやく腕に巻かれた包帯を外すことができた。火傷跡は生々しく、包帯が取れたからと言って無理をしてはいけないと口酸っぱく言われながら塗り薬を渡された。
リンフェット先生とは2度目まして、ではあるのだが、1度目は私が気を失っている時だったので実際のところは初めまして、とのことらしい。城にいたのに会う機会がなかったのは、そもそも私が部屋から出る機会が少なかったのに加えて、リンフェット先生自身、ディケイラ領で起きた火災の怪我人をずっと手当して回っていたらしい。街に他のお医者さんもいらっしゃるそうだが、そのお医者さんたちとリンフェット先生を合わせてもどうにも人手が足りないらしい。
(医者不足って、どこも一緒なんだな……。忙しい中、来てもらってなんか申し訳ない)
自分だって怪我人ではあるけれど、きっと他の人たちに比べればほんのかすり傷程度のはずだ。放っておいてもその内治るだろうし、どうか領民の方々を優先してほしいと心をから思ってしまう。
(そろそろ行くか)
立ち上がって動きやすい服装に着替える。汚れてもいい服装はイレイラさんが用意してくれた。肌の露出が少ない長袖でありながら、丈夫でしっかりとした生地。俗に言う「作業服」というものだが、大貴族の城で出されるとこれも超高級品の類では?と一瞬警戒してしまったが、一般的に作業に適した服装として流通しているもの、と聞いて心の底からほっとした。
―――☀―――☀―――☀―――
「ロデソンさん、今日もよろしくお願いします」
すでに作業をしていたその人―――庭師のロデソンさんに声をかけ園芸用のスコップを手に取る。
「ああ、エナ。今日は日差しが強いからしっかりと帽子を被るんだよ」
大きな体に柔らかそうな髭、温和な笑顔を浮かべたロデソンさんに「はい」と答えて渡された帽子をしっかりと被る。
ロデソンさんの横に並んでこうして土いじりをするようになったのはほんの昨日からの話だ。以前にイレイラさんへ「私にできることはないか」という相談をしていたのがきっかけだった。あの後イレイラさんはヘドウィンさんに相談して、そうしてヘドウィンさんが色々と考えてくれた結果、「適度な気分転換にも勉強にもなるだろう」という理由で庭師であるロデソンさんの手伝いをさせてもらうことになった。土いじりはどうなのか、というイレイラさんとの問答もあったようだけれど、どうにも貴族の女性はガーデニングを嗜みとしつつも土そのものに触れることはほとんどないらしい。勿論、自ら土に触れて花を育てるという貴族の女性もいるそうだが、ごく少数なんだとか。とはいえ私はそもそも貴族という訳ではないし、土に触れることこそなかったが祖父母は農家だったこともあり抵抗感はない。問題点を挙げるとするなら虫が苦手、ということだけだ。そんなこんなで私の意見を交えつつ、最終的には「気分転換も兼ねてディケイラ領の特色に触れよう!」という名目でロデソンさんに弟子入りすることになった。
「昨日と同じように、今日もポリンを植えていくよ。植える前にまずは石と枯れた花を取り除こう。そのあとに肥料と軽石を混ぜ込む。いいね?」
「はい」
そっちをお願いね、ロデソンさんに言われた花壇の前にしゃがみ込む。茶色く変色し、力なく垂れ下がった花々を根ごと引き抜く。そして引き抜いた花々は使い古された布の上に並べておく。枯れたら抜いておしまい、という訳でもなく、もみ殻と焼いたものや牛糞、生ごみと混ぜ合わせて腐葉土にするそうだ。無駄なく資源に変える、というのがディケイラ領の教えらしい。勿論中にはどうやったって資源にしようがないものもあるらしく、そう言ったものは全てすっかりと焼いてしまうのだとか。
時々立ち上がって体を伸ばしながら大きな石も取り除いてしまう。大きい石は手で、小石は土をふるいにかけて分ける。そうして作業を繰り返していくうちにふわふわとした柔らかい土へと変化していく。
(元々ロデソンさんが手入れしていた場所だし、元から柔らかかったけど)
それでもいつの間にか混入してしまう小石を取り除けば、元々柔らかかった土がさらに柔らかさを得る。顔にかかる汗を乱暴に腕で拭き、手袋越しに感じる柔らかさに満足する。元々この土がどれだけの柔らかさをしていたのかは分からないけれど、ロデソンさんやこれまでここで働いていた庭師の努力あってこの柔らかく豊かな土になったのだろうな、と考えるだけで胸がいっぱいになる。
(……土いじりって、楽しいな)
汗をかくのは好きじゃない。それは今だって変わらないけれど、努力した分だけ目に見てわかる柔らかさに変貌する土に感動する。時々顔を飛び出すミミズに心臓が飛び出しそうにはなるけれど。
「うん、良い土だ。よく頑張ったね、エナ」
いつの間にか来ていたらしいロデソンさんが手で土の感触を確かめ、満足した様子で頷く。自分のやったことを肯定してもらえるのは気分が良い。誰かに褒められた経験は勿論あるけれど、褒められた記憶はどうしてだかすっぽりと頭から抜け落ちてしまった。
「ありがとう、ございます」
胸にじんわりと広がる温かい感覚がどうにもくすぐったい。けれど嬉しくてロデソンさんに感謝を伝えれば、彼は目を細めて静かに頷いた。
「これだけ柔らかくなれば植物も喜ぶだろう。肥料を混ぜ込もう」
ロデソンさんが籠に入った肥料を園芸用のスコップですくい上げる。彼に見習い同じように肥料をすくい上げ、土に混ぜ込む。ロデソンさんに教わったことだが、しっかりと分解、発酵した腐葉土は匂いが気にならないんだとか。実際ロデソンさんやディケイラの農民の方々が作ったというこの腐葉土のにおいは気にならない。
「よし、これでいいだろう。それじゃあ、人差し指の第二関節ぐらいまでの穴を作って種を植えよう」
「はい」
言われた通りに穴を作って数個の種を植える。ポリンという花は大きさは元々小さな桃色の花なんだそうだ。それが長年の品種改良の結果、華やかな大輪の花を咲かせるようになったらしい。ディケイラ領の名産品となり、他の領や他国にまで祝いのために贈られるこの花にもっと一般的になってほしい、とロデソンさんは語っていた。だからこそこうして身近になるように、まずは華やかさに欠けるこのディケイラ城に植えるのだとか。
(領主の城を華やかさに欠けるってそんなにはっきり言っていいのか焦ったけど……ロデソンさんは気にした様子一切なかったな……。前にイレイラさんが女主人がいれば、って言っていたし……十分に仕事ができないっていうのはロデソンさんや他の庭師の方にとっても……ストレスだったりするのかな)
他の庭師の方たちとも少しだけ挨拶はした。皆さん私のことを特別気にした様子もなく、当たり前の様に挨拶を返してくれるいい人たちだった。
「うん、これでいいだろう。よく頑張ったね、お疲れ様」
一息つこう、と木陰に座り込んだロデソンさんが隣をとんとんと叩く。
「お疲れ様です」
同じように木陰に座り込み、ふぅ、と息を吐けばどっと疲れを感じる。空を見れば雲一つない快晴だが、数日後には魔術師が来る。そのことを思えばその魔術師が来るまでに何を聞くべきなのか、考えをまとめないといけない。
(……一番は、帰れるかどうか、かな)
今でも元の世界に帰りたいのかどうか分からない。いつまでもこの城にいられるわけではないけれど、ここでの生活はとても快適だ。それも思えるのも、生活に掛かる金を出してもらっているからこそなのだろうが。
(他の来訪者の人たちはどんな生活をしているかとか、知っているかな……。でもそれはヘドウィンさんに聞くべきかな……)
「エナ」
自分の世界に入り込んでいたところをロデソンさんの柔らかい声が引き戻す。
「……すみません、考え事をしていました」
「構わないよ。ただ、どんどんと前かがみに縮こまっていくものだから深刻な悩みかと思ってね」
「深刻、というほどではありませんけど……悩んでは、いますね」
アウトドアで見るような小さいコンロの様なもので、ポットが小さくカタカタと揺れる。ロデソンさんは片手に持っているカップにお湯を注ぎこみ、少し経ってから私に渡してきた。
「ありがとう、ございます」
受け取ったカップの中で、桃色の花がゆっくりと開いていく。一度は乾燥されただろうその花は、きっと元の色よりも褪せているのだろうけれどお湯をゆっくりと桃色に染め上げていく。
「ポリンだ。これは品種改良されていないものでね。強い味こそしないが、優しい甘みがある」
十分に息を吹きかけてから一口飲む。
「アッチ」
熱さに舌先がヒリヒリとする。けれどほんのりと、優しい甘みが口の中に広がる。砂糖とは違う、自然の甘さというものなのだろう。ほっと、じんわりと暖かさ胸に広がる。
「ははは、エナは猫舌だったか。ゆっくりと飲むといい」
「そう、します」
マナーがいい、とは決して言えないのは分かっているけれど、ふーふーと何度も息を吹きかけ冷ます。おいしい、けれど猫舌である私にとってこの熱さは少し辛いものがある。温かいものをそのまま楽しめるほど強い舌が欲しい。いや、飲み方が下手なだけなのだろうけど……。
「それで、何を悩んでいるんだい?話したくなければそれで構わないが、誰かに話して解決するのなら教えてくれないかい」
柔らかい蜂蜜の様な瞳がゆっくりと細められる。
「その、実は――」




