第8話:護送任務②
仁は、自分が何故生きているのか理解できなかった。
確かに、車は突如現れた鉄骨に衝突し、大破した。
今、自分の目にも、間違いなく大破した車が映っている。
(一体……何が……)
仁は、思わず自分の身体を確かめた。腕も、足も、傷一つない。
「ぼーっとしてる場合じゃありませんよ」
耳元で声が弾けた。気づけばクリスがすぐ傍に立っている。
そして、その横に田楽刑事。
「クリス……、お前がやった?」
「ええ、僕が全員を外に引っ張り出しました。あんな鉄骨ごときで死んでたまりますか」
さらりと口にするが、今の出来事をどう説明すればいいのか仁には分からない。車が大破するよりも速い速度で、人間を一瞬で救い出すなんて——。
「来るぞ」
田楽刑事の低い声と同時に、背後から一斉に光が走る。
自動小銃の閃光。炸裂音が闇を震わせる。
だが。
「銃じゃ遅すぎますよ」
クリスが地を蹴る。
人影が消えたかと思えば、次の瞬間には銃を構えた男の喉元に拳がめり込んでいた。
鈍い衝撃音。男が崩れ落ちると同時に、すぐ背後から回り込んだ二人を蹴り飛ばす。
その動きは風そのものだった。
――疾風迅雷。
仁では、その動きを追うことすらできない。
「ぐっ……はやっ!」
「お前はこっちだ」
田楽刑事が反対側から飛び出した。
氷の刃が宙を裂き、銃を構えた男の手を正確に撃ち抜く。
銃が落ちる。そこへ拳が叩き込まれ、男は壁に叩きつけられた。
「まだだ、後ろから——!」
仁の叫びと同時に、別方向から迫る影。
だが、それすらも見透かしていたかのように、クリスが回転し、踵で顎を砕いた。
バタバタと倒れていく武装集団。
息つく間もなく、次の一陣が押し寄せる。
銃弾の雨が降る。
「仁さん、伏せて!」
仁は反射的に頭を抱えた。だが次の瞬間、田楽刑事の氷の壁が前方に展開し、すべての銃弾を弾き返していた。
火花と氷片が散り、世界が白銀に染まる。
「突っ込むぞ!」
「命令はやめてくださいよ」
会話はチグハグだ。
しかし、二人はまるで呼吸を合わせた舞踏のように、敵陣へ突っ込んだ。
氷刃が飛び交い、風の如き蹴撃が響く。
銃声、悲鳴、氷の砕ける音。
戦場は混沌を極めるが、気が付けば仁の目の前に立っているのは田楽とクリスだけだった。
周囲には、倒れ伏す黒装束の男たち。
「終わった……?」
仁が呟いた、その時だった。
ズズズッ……。
地の底から這い上がるような不気味な気配。
次の瞬間、闇の中から巨大な影が姿を現した。
枯れ木のような顔に、異様に肥大化した肉体。
その眼は血走り、狂気に満ちている。
「貴様、スネメアか?」
田楽刑事が、今まで以上に深く身構え、その狂気の名を呼んだ。
その存在だけで、仁の全身に悪寒が走る。
周囲の空気が重く沈み、呼吸すら苦しい。
「王への捧げもの。ただ死ね」




