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第6話:初仕事


 ジャーンジャーン♪


 どこかで聞いたことあるような、ないような不思議なクラシックが部屋中に流れる。

 それと同時に、カーテンやベッド関連が強制的に稼働し、起床を促す。


「わわわっ」

 今日もまた、大きく傾いたベッドから強制的に叩き起こされた。


 地面は無駄にフワフワしたカーペットが敷かれているから痛くはないものの、気分が悪い。


 仁は、急いで着替え、あの美少年を迎える準備をする。

 この騒音を合図に、あの男はやってくるのだ。


「おはようございます、仁さん。いい朝ですね」

「ああ、おはようクリス。いい朝だね」


 クリスの家で寝泊まりするようになった初日、朝の挨拶をしなかったら、ものすごい怒られた。

 若干12歳の少年とは思えない殺気が、『挨拶をしない』という事で見られるとは思っていなかった。

 無論、パジャマのままでもアウトだ。


(まあ、いい歳をして、こんなことも出来ない俺も俺か……)


 そんなことを思い出しながら、仁はクリスの淹れてくれたコーヒーを啜る。


 機械が良いのか、豆が良いのか。

 コーヒーは安定のうまさだ。


「しかし、こう連日泊っていていいのか?」

「部屋は一杯ありますから、構いませんよ。それに、まだ相手の素性も分かっていませんから、ここの方が守りやすいですし安全です」

「いや、それはそうだが……」


 仁は、周囲を見渡す。

 

 まだ、この家の全貌を把握できていない。

 かなり大きな家だということはわかるのだが……。


「クリスって、本当にまだ12歳だよな?」

「そうですよ? それが何か?」

「いや何かって……。こんな家どうやって」

「ああ、FXで一儲けしています。簡単ですよ」

「え、えふえっくすぅ?!」


 てっきり、親の遺産か何かかと思っていたら、まさかの自己調達である。

 それも、聞きなれた言葉だ。


 仁も無論、FXにはトライしたことはある。

 数十万を一瞬で溶かした記憶ではあるが……。


「ど、どうやればいいんですか?」

 仁は、食い気味に尋ねた。

「あー……、そうですね。今回のお仕事を無事終えたら、教えてあげますよ」

「ほ、ほんとに?!」

「ほらほら、早く食べちゃってください。もう田楽さん来ちゃいますよ」


 仁はクリスに促され、目の前のパンとソーセージを慌てて頬張った。


 今日は、朝から田楽刑事がやってくるそうだ。

 どうやら、先日の連中の素性が判明したらしい。


 クリスは以前から、こうやって田楽刑事の手伝いをしていたらしい。

 

――ピンポン♪


 インターホンがなり、カメラに田楽刑事の姿が映っている。


 仁は、少しだけ身構えると、クリスはただ手を振り『何もしない』ということをアピールしていた。


「おう、おはよう。朝早くから悪いな」

「いえ、で、何だったのですか?」


 田楽刑事は手に持ったカバンから、小さな袋を取り出した。

 袋の中身は、先日の連中から押収した指輪であった。


「あの指輪を調査して痕跡を調べた。結果……」

「ラキア、ですか?」

「ご明察。なんだ、知っていたのか?」

「仁さんの力ですよ。『たいよう』が見えたって」


――太陽の神『ラキア』

 アフリカに伝承する神で、太陽の中にその姿を隠し、人々の目を欺くことが出来る。

 農業や豊穣の神としての側面もあるが、定着化したのが指輪であったことから『ラキアの指輪』として、人間の間で有名になった神だ。


 存在しているという事実さえも欺くことが出来る性能の高さから、この神具の使用は禁忌とされ、レプリカであっても使用すると重い罰則が課せられる。


「ラキアの指輪って、今政府が管理して厳重に保管されているんじゃなかったっけ?」

 

 仁の当たり前な問いに、田楽刑事はバツの悪そうな顔を浮かべた。

「そうなんだがな……、実は半年ほど前に保管庫から強奪された。正確には、協力者が運び出したというほうが正しいかな。残念だけど、神事のもたらす祝福は、人生を変える。金に目が眩んで、手を出すものがいない方が珍しい。それに……」

「それに?」


 田楽刑事は、どこまで言ってもいいのか、と確認しているかのようにクリスの方を見た。

 クリスは、大丈夫ですとばかりに微笑みで返す。


「これは公にはなっていないのだが、オリジナルの神具はその妖力というか引力というか、魅せられる力が強大でな。普通の人間が直視したら、まず抗えない。神具を持った人間の欲望を掻き立てて、自分が望む行動を行うように差し向けるんだ」

「なんか、魔法の御伽噺みたいな話だな……」

「そうだな。だからこそ、わしらみたいな神事課がいるんだ。一人でも神具のマリオネットにされた人間を救えるようにな……」


「で、田楽さん」

 やや感傷に浸り始めた田楽刑事を呼び戻すかのように、クリスが差し込む。

「そのラキアの指輪……。先日の連中が持っていた指輪は、やっぱりレプリカですか?」

「ああ、ご推察通り、レプリカだ。もう能力はないただの指輪だがね。しかし、痕跡は追うことが出来る。レプリカと言えど、神事の力を宿すにはその材質まで本物と酷似している必要がある。よって、どうしても特殊な製法で作ることになるわけだ……」


 田楽刑事は、チラリとクリスを見た。

 

 仁は、なんとなく、嫌な予感がした。


「そこで、先日の指輪を科学分析に回すことになった。無論、移送と言う作業が発生するわけだが、それを君たちに手伝ってもらいたい」


「は?」

 仁にとって、意味が分からなかった。


 ここは、探偵事務所だ。


 なんで警察の手伝いをしないといけないのか。

「そういうのは、警察のしごとじゃ……

「わかりました。お引き受けしますよ。いいですよね、仁さん?」


 仁の言葉を、クリスが遮る。


「ちょっと、おい!」

「仁さん、先日の電車事故の件、一応未解決なのです。仁さんもまだ容疑者には、一応残っているので、ここは解決に協力したほうがいいと思いますよ?」

「どういうことだ?」


「透明化の能力。十中八九、先日の電車で突き落とした奴らは、ラキアの指輪を使っている。わしらも、そう思って今回の事件を捜査している」

「つまり、この事件の犯人を捕まえれば、先日の事件は無事解決。仁さんも、正式に自由の身ってわけです」


「はぁ……、わかったよ」


「……仲良さそうだな」

「刑事さん、これがそう見えますか?」


 田楽刑事は、ご満悦そうに微笑を浮かべた。


「それじゃ、よろしく頼むよ。明日にでも、詳細なスケジュールは連絡する。何か必要なものがあれば、いってくれ」


 田楽刑事はそう言い残すと、タバコに火を点けながら出て行った。


「さて、仁さんの初仕事ですよ。がんばりましょう!」

「はぁ……」


 困り顔の仁をよそに、クリスは鼻歌交じりでコーヒーを淹れにいった。






――某所。


 薄暗い倉庫のような場所に、大勢の男たちが集まっていた。

 その中心に座る一人の女性。


 禍々しい気配の中にもハッキリと伝わる気高さが、その女性が只者ではないことを示していた。


「どういうこと? 姿を見られたって?」

「は、はい……」


 女性に問い詰められている男は、ひどく怯えている。


 女性は、妖美な雰囲気を纏っているも、決して強靭な体躯ではない。

 

 男の方が何倍も大きく、強そうである。


 それにも関わらず、恐怖で男は汗を書き、今にも幼児の様に大泣きする様相であった。


「作ったレプリカも奪われた……。神事課に回収されたなら、私たちに気付くのも時間の問題でしょうね?」

「はい……」

「で、どうするつもりかしら?」


 男はブルブルと震え、必死に訴える。

「た、平良クリスを殺します! 今すぐに!」

「一度、やられたのに?」

「も、もう一度、あなた様の力を頂ければ、必ず! 必ず!」


 女性は、その男の頬に手をそっと置いた。

「私がいけないっていうの? 私の読みが甘かったと?」

「い、いえ! 決して、そのような……」


 スッと男の頬が消える。

「や、やめて! 消さないで! お許しを、おゆる、……さ」


 男の姿はものの数秒で消え去り、その気配すらも無くなった。


「スネメア、そこにいて?」

「はい、おります。我が王よ」

「あの目障りなお子様を殺してしまいなさい。ついでに、神事課に奪われた指輪も取り返してきたら、ご褒美をあげるわ」


 その女性は、スネメアと呼ばれた男の頬にそっと手をあてた。


 スネメアは歓喜に肩を震わせた。

 その顔には、歓喜とも狂気ともつかぬ笑みが張り付いている。

 目はギョロリと大きく、顔は年老いた老人のようだが、体は大きく頑強であり、その違和感がなんとも不気味である。


「光栄の極みでございます、王よ」とスネメアは低く唸るように答えた。


 その声はまるで地の底から響くような低音であり、部屋の空気が震えた。


 王と呼ばれた女性が手をどけると、スネメアは瞬く間にその姿を消した。


 消されたのではない。


 老いた外見からは想像もつかないほどの敏捷さで、移動したのである。

 

 倉庫は、何事もなかったかのような静寂に包まれていた。



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