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第22話:砂上の楼閣

「――消えろ」


 セトの低い呟きと共に、世界が赤く染まった。  

 官邸前広場を埋め尽くしていた砂が、まるで沸騰したかのように泡立ち、無数の形状を取り始める。  それは槍であり、獣であり、兵士であり、津波だった。    

 数千、数万という「死」の具現化が、仁たち四人めがけて殺到する。


「お嬢様! 後ろへ!」


 タイタスが吼えた。  

 彼は懐から出した小さな鉄球を地面に叩きつける。


「『鉄巨人のアイアン・フィスト』!」


 地面の瓦礫がガシャガシャと音を立てて組み上がり、巨大な鉄の壁となって砂の津波を受け止める。  だが、セトの砂はただの物理攻撃ではない。


 鉄の壁に触れた砂が、酸のように鉄を蝕み、瞬く間に「赤い砂」へと変質させていく。

 『定義の上書き』だ。鉄は砂になり、防御壁は崩れ去る。


「おいおい! 俺の神事が侵食されてるぞ! マジかよこの化け物!」

 タイタスが悲鳴を上げる。


「騒ぐな、筋肉ダルマ。私が視ている」


 天音ホルスが冷静に指示を飛ばす。

 左眼『ウジャトの目』が青白く発光し、迫りくる砂の嵐の中に「安全地帯」を見出していた。


「右へ三歩。そこは風の死角だ」


 天音の指示通りにタイタスが飛びのく。

 その直後、彼がいた場所を砂の鮫が食い千切っていった。


「仁さん、出番です!」  

 クリスの声が響く。


「ひぃぃぃ! わかってるよ!」


 仁は半泣きになりながら、クリスに背中を押されて前へ出た。  

 目の前には、壁を食い破った砂の狼たちが群れを成して飛びかかってくる。


「来んな! あっち行け! 『否定』だ!」


 仁が両手を振り回す。

 彼の手が触れた狼、彼が強く「消えろ」と念じた空間にある砂が、次々とパリンッという音を立てて崩壊する。


―――『神事無効化』。


 それは、セトが展開する「この場は砂漠である」というルールそのものを、局所的に「いいや、ここは東京のアスファルトだ」と書き戻す行為だ。


 仁の周囲半径三メートルだけが、赤い砂漠の中で唯一、正常な空間として維持されていた。

 まさに歩く聖域。

 最強の矛を持つセトに対し、最強の盾となる仁。


「なるほど、厄介なネズミだ」  

 セトは玉座のように積み上げた瓦礫の上で、退屈そうに頬杖をついていた。


「だが、所詮は点だ。面で潰せばどうなる?」


 セトが指を一本、クイクイと動かす。  

 すると、広場を取り囲む廃ビル群が轟音を立てて崩れ始めた。  

 コンクリートの塊が空中で砂に変わり、それが巨大な竜巻となって四方八方から仁たちを包囲する。


 逃げ場のない全方位攻撃。


「クリス! これ無理! 俺の手、二本しかないんだぞ!」  

 仁が絶叫する。  


 前は防げても、後ろと横はガラ空きだ。


「大丈夫です。計算通りです」  


 クリスはジャケットのポケットから、数枚のコインを取り出した。

 ただのコインではない。表面に奇妙な幾何学模様が刻まれた、神具の一種だ。


「仁さん、その場に屈んで!」


 クリスがコインを空中に放り投げる。  


「展開――『アリアドネの糸・改』」


 コインから目に見えないほどの細いワイヤーが爆発的に広がり、周囲の瓦礫や街灯に結びついた。  一瞬にして張り巡らされた蜘蛛の巣のような結界。


――ズドドドドドッ!

 砂の竜巻が殺到する。  

 だが、その砂粒の一つ一つが、見えないワイヤーに接触した瞬間、方向を微妙に逸らされた。


 物理法則への干渉。

 クリスの超演算能力が、砂の粒子レベルで弾道を計算し、自分たちに当たらないように気流を操作したのだ。


 砂塵が晴れると、四人は無傷で立っていた。


「……ほう?」


 セトがわずかに目を見開く。  

 仁の無効化だけではない。あの小僧、神の力に対して「物理学」と「小細工」で対抗しているのか。


「仁さんが『理』を消し、僕が『隙』を縫う。言ったでしょう、条件は五分だと」

 クリスは不敵に笑い、指先で髪を払った。


「生意気な……!」  

 セトの怒気が高まる。


 その時、天音が叫んだ。

「今よ! セトの意識が逸れた! タイタス、行って!」


「はいはい、人使いが荒い御人だ!」


 タイタスが瓦礫の影から飛び出した。

 いつの間にか迂回していたのだ。

 セトの死角、真横から肉薄する。


「『鉄巨人の砲弾アイアン・ボーガン』!」


 タイタスの右腕が、周囲の金属片を巻き込んで巨大化する。

 スクラップの塊となった拳が、セトの横顔めがけて叩き込まれた。


 直撃。  

 セトの体が瓦礫の玉座から吹き飛び、砂煙の中に消えた。


「やったか!?」

 仁が声を上げる。


「いいえ……浅い」  

 ホルス(天音)の声は硬い。


 砂煙の中から、低い笑い声が聞こえてきた。


「ククク……。愉快な連中だ」


 風が砂を払うと、そこには傷一つないセトが立っていた。  


 いや、正確には「傷が砂で埋まっていた」。

 顔の半分が崩れていたが、瞬く間に周囲の砂が集まり、元の顔へと再生していく。


「貴様ら、忘れているのではないか?」  

 セトがゆっくりと歩み寄る。


「ここは砂漠だ。そして砂は無限だ。我はこの領域にある全ての砂であり、砂は我そのものだ。――我を殺したくば、この東京中の塵一つ残さず消滅させることだな」


 絶望的な事実。  

 物理攻撃無効。

 無限再生。  


 タイタスの顔色が青ざめる。

「マジかよ……。物理が通じねえなら、強盗団ウチの商売あがったりだぜ……」


「だから言ったでしょう。物理じゃ勝てないと」

 クリスは冷静さを崩さない。

「だからこそ、僕たちは『詐欺ペテン』を仕掛けるんです」


 クリスは仁の肩に手を置いた。


「仁さん。次のターンで決めます。『マアトの審判』……準備はいいですか?」


「……やるしかないんだろ」  

 仁は震える拳を握りしめた。  

 セトの圧倒的な力の前に、足はすくむ。  

 けれど、ここで引けば終わりだ。


「いくぞ、砂野郎。俺が全部、無かったことにしてやる」


 仁の覚悟に呼応するように、彼の周囲の空間が微かに歪み始めた。

 それは、神を否定する人間という名の「特異点」の輝きだった。

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