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第18話:宣告

「人間、よく聞け」


 ぞくり、と背筋を氷でなぞられたような感覚が走った。


 それは、声と呼ぶべきものではなかった。

 喉から紡がれる音でもなければ、耳に届く波でもない。

 空気そのものが振動して、無理やり理解という形を強制的に押し付けてくる。


 暗く濁った、まるで世界の奥底から這い上がってきたような響き。


『悪』としか言いようがない。

 だが意味は――嫌になるほど、明確に理解できる。


 映像の中、異形の存在は転がっていた『おそらく人だったモノ』の一部を無造作に掴み上げる。

 その巨腕に力がこもった瞬間、骨も肉も血も音もなく粉々に砕け散り、画面の赤をさらに濃く染め抜いた。


「この地はこれより、我がセトの支配下となった。王は我である。すべてのモノは我に従え」


 カメラが、ガタガタと震える。

 持ち主の恐怖がそのまま揺れとなって伝わってきていた。


 セトが何やら指先を動かす。

 カメラは命じられるまま、ゆっくりと引き絵へと切り替わった。


 仁の目が、嫌な確信を覚えて見開かれる。

 そこは――見覚えのある場所だった。


 そう、政府の会見場。

 何度もニュースで見た壇上。

 だがその中心に据えられていた台は無惨に倒され、瓦礫と化していた。


 その瓦礫の上で、馬のように四つん這いにされている男がいる。


「あっ……!」


 仁が思い出す。


 その男は、いつもその壇上で軽快に喋っていた政治家の一人だ。

 ニュースキャスターも顔負けの調子で大衆を言いくるめていた――はずの人物。


 セトはその男の背に腰を下ろし、まるで玉座にでも座るかのように顎を上げた。


「おい、人間。お前は悪いやつだな」

「い、いえ! 決してそのような、ぐわああっ!」


 骨が軋む。背骨を無理やり握り潰されるような、耳を塞ぎたくなる音。

 男の顔が真っ赤に染まっていく。


「王を謀るか? すべて知っているのだぞ?」

「も、申し訳ございません! お、横領は事実! 事実です!」

「よかろう」


 セトは立ち上がり、男をひょいと前に立たせた。

 膝が震え、今にも崩れ落ちそうになりながらも、無理やりその姿勢を強制させられている。


「では、貴様は民を裏切ったのだな?」

「いえ、そん……あ、はい……」

 男は拒否の回答を述べようとするが、慌てて言葉を修正した。


 男の回答に、セトは不気味なまでの笑みを浮かべた。

「そうか。では死刑」


 ヒュッ。

 風を切る軽い音。


 次の瞬間には、男の姿は粉塵となって消えていた。

 血の一滴さえ残さない。

 そこにあったはずの肉体が消え去り、まるで最初から存在していなかったかのように虚無だけが残る。


「安心せよ。王は従う民には寛容である。危害を加えることはない……」


 セトがカメラを掴む。画面がぶれる。

 そして、こちらを見据える。


「従うならばな……」


 画面越しであるはずなのに、今にも断頭台に立たされるかのような恐怖が全身を駆け巡る。

 仁は、呼吸をすることがやったとだった。


「では、王からの最初の勅命である」


 仁は知らずにごくりと唾を飲み込む。

 どれほどの残酷な命令が下されるのか。

 胸の奥が冷たくなる。


「天城天音というものがいるだろう。そやつを探して、我の前に連れてこい。必ず生きて連れてくるのだ」


 ――その名が告げられた瞬間。

 場がピリッと凍り付いた。


 全員が、一斉に天音を見た。

 銀髪の少女は、ただ黙って画面を見つめていた。表情ひとつ動かさない。


「ホルス。知っているぞ。待っていろ、貴様も細切れにしてくれる」


 セトがゆっくりとカメラに顔を近づける。

 その瞳は虚無と狂気で満ちていた。


「さあ、ゲーム開始だ」


 ブツッ。

 映像が途切れた。


 重苦しい沈黙。

 心臓の鼓動だけが耳の奥で響く。


 その静寂を最初に破ったのは――予想外の人物だった。


「ちょ、ちょっと! なんなのよ、これ! 聞いてないって!」


 天音だった。

 先ほどまでの冷ややかな姿はどこへ消えたのか。

 透き通る銀髪が毛玉のように乱れ、顔は赤くなり、完全に取り乱している。


「だ、騙したわね! このホルモン!」

「ホルスだ。別に騙したつもりはないよ。聞かれなかっただけさ」

「それを騙したって言うのよ!」


 仁が思わず叫んだ。

「お、おい、それ……顔が……!」


 天音の右半分と左半分が――別々に喋っていた。

 偶々なのか意図してなのか不明だが、天音は器用に顔の角度を変えて片方しか見せないようにしている為、違和感は若干薄れている。


 それでも不気味としか言いようがない光景だった。


「器用ですね」

 クリスが淡々と漏らす。


「笑い事じゃないでしょ! このクソ金髪!」

「く、クソ……!?」


 今までのお嬢様然とした姿は消え失せ、そこにいるのはまるで野犬のように牙をむく少女。

 これが天音の本性か。


 重苦しい空気は吹き飛び、場は奇妙な軽さを帯びる。

 ただし天音本人を除いて、だが。


「あの……」と声をかけたのはタイタスだった。

「なによ! タイタス!」

「天音様、さっさと逃げないとヤバそうです」


 差し出されたタブレットの画面には、屋敷を取り囲む群衆の姿が映し出されていた。

 怒号、悲鳴、そして破壊の音。


 既に塀をよじ登る者、窓ガラスを打ち破る者までいる。


「こいつら! いくらしたと思ってるの! 修繕費誰が払うのよ!」

「ど、どうするんだよ、これ……」


 仁が叫ぶ。


 だが、クリスとホルス(天音)は冷静だった。


 クリスが口を開く。

「仁さん、落ち着いてください。ホルスさん、こうなることは予測済みだったんですよね?」


「ホルスで構わない。神に敬称は不要だ。そして、無論予測済みだ」

 ホルスの声は冷ややかで、だが揺るぎなかった。

「タイタス。タロスで我らを例の場所へ」


「かしこまりました」


 タロス。ギリシャ神話に登場する自動人形。

 これがタイタスの神事なのだろう。


 タイタスが指を鳴らすと、ホールに散らばっていた瓦礫が蠢き、集まり、組み上がり――やがて一隻の巨大な船の形を成した。

 鉄と石が合わさった、異様な移動体。


「さあ、乗ってください。移動しますよ」

 タイタスの声かけに呼応し、仁とクリスは急いでその船へ駆け込んだ。


 天音もまた、冷静に船へと乗り込む。

 ただし、声だけは除く……。


「ねえ、ホル! なんとか言いなさいよ! 謝罪! 謝罪は!?」


 その絶叫が闇夜に木霊する中、一行を乗せた船は浮かび上がり、燃え盛る屋敷を後にした。

 背後で赤々と炎が屋敷を呑み込んでいく。

 混沌の幕開けを告げるかのように――。


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