表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

第16話:天音

 轟音。閃光。

 爆ぜる硝煙。


 弾丸が壁を抉り、床を穿ち、シャンデリアを粉砕する。


 飛び散った硝子片が光を反射し、まるで星屑のように舞った。


 逃げ遅れた者は元より、物陰に隠れた者もその鈍重なガトリング砲によって、遮蔽物ごと破壊される。


 誰かが叫び声を上げる。誰かが血を吐いて崩れ落ちる。

 わずか数秒で、優雅なホールは戦場へと変貌した。


 仁は身を低くして、ブルブルと震えた。


「生きてる?!」

 気付けば、仁は立てられたテーブルの裏にいた。


 頭上をかすめる弾丸の風圧が髪を揺らし、背筋を凍りつかせる。

 テーブルの破片が舞い、仁の頬を掠めて飛ぶ。


「大丈夫ですか?」

「クリスか、あ、ありがとう……」


 銃声は止まらない。

 鼓膜を突き破るような轟音の連続に、仁の心臓は早鐘を打った。


 隣にいるクリスは、そんな混沌の中でも一歩も引かない。

 その表情には恐怖の色はなく、むしろ冷静に状況を見極めているかのようだった。


(どうする……? このままじゃ……!)


「じっとしててください」

 短く言い残すと、クリスの気配は離れていった。


「おい、どこに……!」

 仁の呼び声は、容赦のない銃撃音に掻き消される。


 テーブルに身を伏せるしかない。


 だが、弾丸は止む気配がなく、まるで鉄槌の雨のように降り注いでいた。

 壁に跳弾が走り、空気を裂く甲高い音が鼓膜を突き破る。


 仁は耳を押さえ、歯を食いしばった。


 ――その時。


 すぐ背後で「ガチャン」と金属の駆動音が鳴った。


 振り向いた仁の視界に、機械装甲を纏った兵士が映る。

 赤く光るセンサーが、冷徹に仁を捉えていた。


(終わった……)


 仁の心臓が凍りつく。

 弾丸を避ける間もなく撃ち抜かれる――そう覚悟した。


 だが、兵士は仁を素通りするように向きを変え、別の方角へと去った。


「……え?」


 信じられなかった。

 まるで自分の存在に気付いていないかのようだ。


 ふと、テーブルの天板が目に入った。

 見ると、仁が寄りかかっていた箇所だけ、穴ひとつ開いていなかった。


 弾丸が集中していたはずなのに……。


「まさか……」


 おそるおそる手をテーブルの上へ出す。


 瞬間、銃弾の一発が手に直撃する――しかし、弾丸は着弾する直前、光の残像を残して、霧散した。


 音もなく、影も残さず、存在そのものが掻き消えた。


「こ、これは……!」

 仁の瞳が大きく見開かれる。

「神事の銃か!」


 自分の力が、神事のエネルギーを消し飛ばしているのだ。

 まるで、田楽刑事の氷の刃を消した時の様に。


 仁は、テーブルを蹴飛ばして飛び出した。

「クリス!」


 目の前に広がる光景に、息を呑む。


 銃弾が雨のように飛び交うホール。

 その中を、クリスは疾風のように駆けていた。


 軽やかな跳躍、鋭い蹴り、体をひねりながらの回転打撃。

 小柄な身体が残像を残し、次々と機械兵を沈黙させていく。


 しかし、倒したはずの兵士は黒煙を上げながらも立ち上がり、クリスに襲いかかる。

 再生を繰り返す鉄の亡者。


 通常の攻撃では終わらない。


「このやろう!」

 仁は、嗟に近くの兵士へ体当たりを仕掛けた。


 仁の身体が接触した瞬間、兵士の装甲がバリバリと音を立て、内部構造ごと崩壊した。

 次の瞬間にはただの鉄屑となって床に散らばる。


「やっぱり……!」

 仁は叫ぶ。

「こいつらも神事で動いてる! 


 なら――俺の力で消せる!」


 ネタが分かれば、もう恐れる理由はなかった。

 仁が近づき触れるだけで、兵士はガラクタと化す。


「クリス! こっちへ!」


 崩れ去ったガラクタを見て察したクリスは、瞬時に動きを変える。


 クリスが制圧し、仁が無効化する。

 二人の動きは連携し、戦況は一気に傾いた。


 火花が散り、鉄と鉄が弾ける音が響く。

 クリスの蹴りで宙を舞った兵士に、仁が飛び込み触れる――装甲が分解し、爆ぜる。


 それが幾度も繰り返される。


 息を荒げながらも、仁は確かな手応えを感じていた。


 敵の数は目に見えて減っていく。

 銃声も次第に疎らとなり、やがてホールの中央にはクリスと仁、そして壇上のタイタスだけが残っていた。


 クリスは跳躍し、壇上に着地した。


 冷たい眼差しでタイタスを見据える。

「……覚悟してください」


 クリスが拳を構えた、その瞬間。


「そこまでっ!!」


 澄んだ声がホールに響き渡った。

 殺伐とした戦場に、一筋の氷柱が突き立つような緊張が走る。


 タイタスの口元に笑みが浮かぶ。

 彼はゆっくりと片手を下ろした。


 その合図とともに、残っていた機械兵はすべて糸が切れた操り人形のように倒れ、動きを止めた。


 仁は荒い息をつきながら、周囲を見渡した。


 立っているのは、自分とクリスだけ。

 かつて五十名近くいた傭兵の姿はなく、床に転がるのは残骸と屍ばかりだった。


 重い扉が開く。

 そこから現れたのは天音だった。


 彼女は嬉しそうに微笑みながら二人へ歩み寄る。


「やはり……あなたたちが残りましたね」


 その姿を目にした途端、タイタスは膝をつき、頭を垂れた。

 まるで忠実な臣下のように。


「お……お前!」

 仁の胸に怒りが込み上げた。

 仲間でもない傭兵たちとはいえ、ここで無数の命が散った。


 それを仕組み、何の痛みも見せない天音の態度が許せなかった。


 仁は足を踏み出す。

「何をしたかわかってるのか!」


 その声に、天音は答えなかった。

 代わりに、低く重い声がホールに響いた。


「そのことについては、私から説明しよう」


 仁はその場から動けなくなった。怒りなど、どうでもよくなるほどに重い気配。

 声に込められた存在感が、彼を圧倒したのだ。


「う……そだろ……?」


 目の前にいるのは、眼帯を外した天音だった。

 だが、そこにあった義眼は昨日見たものと違う。


 煌めく宝石のような美しさはなく、そこに広がるのは虚無。


 無機質で、空虚で、宇宙の黒よりも暗く、夜の海よりも深い。

 全てを見通し、全てを拒絶する眼。


 重く、暗く、厚く、遠い。


 仁は直感した。――目の前にいるのはどうみても少女ではない。


「……神」

 口を突いて出た言葉は震えを帯びていた。


 その存在は微笑み、静かに告げた。


「はじめまして。私はホルスと言います」


 エジプト神話における天空神の名が、少女の口から紡がれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ