第16話:天音
轟音。閃光。
爆ぜる硝煙。
弾丸が壁を抉り、床を穿ち、シャンデリアを粉砕する。
飛び散った硝子片が光を反射し、まるで星屑のように舞った。
逃げ遅れた者は元より、物陰に隠れた者もその鈍重なガトリング砲によって、遮蔽物ごと破壊される。
誰かが叫び声を上げる。誰かが血を吐いて崩れ落ちる。
わずか数秒で、優雅なホールは戦場へと変貌した。
仁は身を低くして、ブルブルと震えた。
「生きてる?!」
気付けば、仁は立てられたテーブルの裏にいた。
頭上をかすめる弾丸の風圧が髪を揺らし、背筋を凍りつかせる。
テーブルの破片が舞い、仁の頬を掠めて飛ぶ。
「大丈夫ですか?」
「クリスか、あ、ありがとう……」
銃声は止まらない。
鼓膜を突き破るような轟音の連続に、仁の心臓は早鐘を打った。
隣にいるクリスは、そんな混沌の中でも一歩も引かない。
その表情には恐怖の色はなく、むしろ冷静に状況を見極めているかのようだった。
(どうする……? このままじゃ……!)
「じっとしててください」
短く言い残すと、クリスの気配は離れていった。
「おい、どこに……!」
仁の呼び声は、容赦のない銃撃音に掻き消される。
テーブルに身を伏せるしかない。
だが、弾丸は止む気配がなく、まるで鉄槌の雨のように降り注いでいた。
壁に跳弾が走り、空気を裂く甲高い音が鼓膜を突き破る。
仁は耳を押さえ、歯を食いしばった。
――その時。
すぐ背後で「ガチャン」と金属の駆動音が鳴った。
振り向いた仁の視界に、機械装甲を纏った兵士が映る。
赤く光るセンサーが、冷徹に仁を捉えていた。
(終わった……)
仁の心臓が凍りつく。
弾丸を避ける間もなく撃ち抜かれる――そう覚悟した。
だが、兵士は仁を素通りするように向きを変え、別の方角へと去った。
「……え?」
信じられなかった。
まるで自分の存在に気付いていないかのようだ。
ふと、テーブルの天板が目に入った。
見ると、仁が寄りかかっていた箇所だけ、穴ひとつ開いていなかった。
弾丸が集中していたはずなのに……。
「まさか……」
おそるおそる手をテーブルの上へ出す。
瞬間、銃弾の一発が手に直撃する――しかし、弾丸は着弾する直前、光の残像を残して、霧散した。
音もなく、影も残さず、存在そのものが掻き消えた。
「こ、これは……!」
仁の瞳が大きく見開かれる。
「神事の銃か!」
自分の力が、神事のエネルギーを消し飛ばしているのだ。
まるで、田楽刑事の氷の刃を消した時の様に。
仁は、テーブルを蹴飛ばして飛び出した。
「クリス!」
目の前に広がる光景に、息を呑む。
銃弾が雨のように飛び交うホール。
その中を、クリスは疾風のように駆けていた。
軽やかな跳躍、鋭い蹴り、体をひねりながらの回転打撃。
小柄な身体が残像を残し、次々と機械兵を沈黙させていく。
しかし、倒したはずの兵士は黒煙を上げながらも立ち上がり、クリスに襲いかかる。
再生を繰り返す鉄の亡者。
通常の攻撃では終わらない。
「このやろう!」
仁は、嗟に近くの兵士へ体当たりを仕掛けた。
仁の身体が接触した瞬間、兵士の装甲がバリバリと音を立て、内部構造ごと崩壊した。
次の瞬間にはただの鉄屑となって床に散らばる。
「やっぱり……!」
仁は叫ぶ。
「こいつらも神事で動いてる!
なら――俺の力で消せる!」
ネタが分かれば、もう恐れる理由はなかった。
仁が近づき触れるだけで、兵士はガラクタと化す。
「クリス! こっちへ!」
崩れ去ったガラクタを見て察したクリスは、瞬時に動きを変える。
クリスが制圧し、仁が無効化する。
二人の動きは連携し、戦況は一気に傾いた。
火花が散り、鉄と鉄が弾ける音が響く。
クリスの蹴りで宙を舞った兵士に、仁が飛び込み触れる――装甲が分解し、爆ぜる。
それが幾度も繰り返される。
息を荒げながらも、仁は確かな手応えを感じていた。
敵の数は目に見えて減っていく。
銃声も次第に疎らとなり、やがてホールの中央にはクリスと仁、そして壇上のタイタスだけが残っていた。
クリスは跳躍し、壇上に着地した。
冷たい眼差しでタイタスを見据える。
「……覚悟してください」
クリスが拳を構えた、その瞬間。
「そこまでっ!!」
澄んだ声がホールに響き渡った。
殺伐とした戦場に、一筋の氷柱が突き立つような緊張が走る。
タイタスの口元に笑みが浮かぶ。
彼はゆっくりと片手を下ろした。
その合図とともに、残っていた機械兵はすべて糸が切れた操り人形のように倒れ、動きを止めた。
仁は荒い息をつきながら、周囲を見渡した。
立っているのは、自分とクリスだけ。
かつて五十名近くいた傭兵の姿はなく、床に転がるのは残骸と屍ばかりだった。
重い扉が開く。
そこから現れたのは天音だった。
彼女は嬉しそうに微笑みながら二人へ歩み寄る。
「やはり……あなたたちが残りましたね」
その姿を目にした途端、タイタスは膝をつき、頭を垂れた。
まるで忠実な臣下のように。
「お……お前!」
仁の胸に怒りが込み上げた。
仲間でもない傭兵たちとはいえ、ここで無数の命が散った。
それを仕組み、何の痛みも見せない天音の態度が許せなかった。
仁は足を踏み出す。
「何をしたかわかってるのか!」
その声に、天音は答えなかった。
代わりに、低く重い声がホールに響いた。
「そのことについては、私から説明しよう」
仁はその場から動けなくなった。怒りなど、どうでもよくなるほどに重い気配。
声に込められた存在感が、彼を圧倒したのだ。
「う……そだろ……?」
目の前にいるのは、眼帯を外した天音だった。
だが、そこにあった義眼は昨日見たものと違う。
煌めく宝石のような美しさはなく、そこに広がるのは虚無。
無機質で、空虚で、宇宙の黒よりも暗く、夜の海よりも深い。
全てを見通し、全てを拒絶する眼。
重く、暗く、厚く、遠い。
仁は直感した。――目の前にいるのはどうみても少女ではない。
「……神」
口を突いて出た言葉は震えを帯びていた。
その存在は微笑み、静かに告げた。
「はじめまして。私はホルスと言います」
エジプト神話における天空神の名が、少女の口から紡がれた。