自分が一番尊い犬
一旦情報整理しよう。相手は一人。子供と考えて間違いなさそうだ。それに対してこちらは二人。俺は戦闘に関しては初心者。いじめてた奴の動きを真似してみたりして一旦は対応したが、弱かった気がする。柴は……未知数だ。
「食らった?」
「…多分。アイツを助けてしまった。無意識に。」
「それが正体かもね。じゃあ、君は正面から。」
俺の読みでは命令系な気がする。対象の優先行動を命令できるメリット。上限は一人だと願いたい。柴が先に動く。俺も合わせて動く。柴は実験している。効果対象は何人が限界か。二人同時にメリットの使用が可能なのかを確認する。
「くそっ…!」
柴と同タイミングで殴りかかる。はずだった。気がつけば俺の拳は柴の頬へ。柴は蹌踉ける。その隙に俺は腹に一発食らう。
「……なるほどね。」
「やるしかないか…っ、」
俺はもう一度少年に近づく。蹴りを入れたい。少しでも削れば上出来だ。
「…っ!しゃがめ尾座田!!」
え?バン─────────
正直、俺は今なにを理由に柴について行っているのか分かんない。認めてくれたのは嬉しかった。俺にまだ居場所があることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。なのに、今は辛い。ちゃんと痛むから辛い。これじゃ奴隷じゃないか。…でも、怖いんだ。米葉のことを思い出すと、孤独が辛いってわかってしまう。アイツは自分の姿を隠して生きていた。俺より先にアブノーマルになり、俺より長く隠れてる。だからこそ裏切られた瞬間の顔がこびりついている。あの瞬間だけが一番醜い。……俺は裏切られないために動いてる。あの瞬間が一番怖い。信用とか、友情とか、全部崩れた。崩したのは自分なくせに。クズだ。俺は自分が一番尊い犬だ。
「はぁ……はぁ…」
腰が抜け、奇跡的に回避。あぁ、死にたかったのに。
「くっ…」
少年はすぐにもう一発撃とうと引き金を引く。だが、空撃ち。柴が蹴り上げ、拘束しようとした。
「……これか。」
柴は両手を挙げるだけ。そのまま俺に近づく。首を小さな両手で絞められる。彼はわかっている。どこに力を入れるべきか。ゆっくり、確実に喉を抑えられる。絞殺でもメリットは発動するのだろうか。何故かワクワクが止まらない。死ぬ事で許される気がした。苦しみが込み上げる。受け入れている自分がいる。
「……契約内容と違うだろ尾座田!!」
もう聞こえないよ。そう頭の中で回答したことも忘れてく。光を放つ体。全部、やり直したい。
場面は警察を殺したところから。そういえば目隠しの包帯を外したままだったなと思い出す。落とした場所を思い出す。歩いて、拾って、冷たさを感じる。次の場面は、影の中。もちろん楽々突破してしまう。あの中で深く沈む方が楽なのかな。現実を見たくないならそういう選択をすべきだと思う。だけども、進まなければ。この人生で嫌なことのひとつは退屈だから。変わった場面を見なくては。選択しなくては。つまらない。なんて欲張りなんだろうか。
「…はぁっ!」
影から出るともう始まっていた。タイミングを見定め、柴の影から出てくる。
「ナイスタイミング…っ!」
三人だけが覚えている前の世界の記憶。故に決着は早い。
「うぶっ…!」
少年の腹にクリーンヒット。影から出る時の勢いも加算され、かなり深く食い込む拳となった。
「…っ、かはっ…!」
血反吐を吐く少年。激しい攻防戦があったんだろう。美味しいとこを貰ってしまった。
「……死ぬよコイツ。」
「え?」
ドサッ。倒れる子供。血は出ていない。メリットの使用しすぎとかか?
「コイツはまだ癌が治ってない。多分デメリットが関係してるのかな。」
「ど、どうして分かったんだ?病院にいるから?」
「それもあるが、もっと前に分かっていたよ。百舌が盗んだのはカレンダーとカルテだから。」
「あ…そっか。カルテには彼の症状が書かれてるから…」
「あとメリットもなんとなく説明できるよ。名付けるなら…『格付け』。」
柴は俺の反応を待たずに饒舌に説明する。
「簡単に言えば、『優先順位を決めるメリット』。そうだな…例えば君が僕を殴ろうとしているとしよう。」
なんか嫌味を言われている気がするが、無視をしよう。
「この場合、行動の優先順位は"殴る"が一位、"その他の行動"が二位となる。だが殴る事の優先順位を下げたらどうなる?」
「……殴らない?」
「そう。もっと言えば、殴りがキャンセルされて"他の行動"を行ってしまう。殴ろうとしたらジャンプしていた…みたいな感じ。まぁ…もうちょっと成長していたら化けてたかもね。」
なるほど。あの時は落ちてくる少年を見捨てることを意識してた。しかし普通に事故の可能性も少しだけ考えていた。この場合、"見捨てる"が一位、"救助"が二位、"その他"が三位となっていたはず。これの一位と二位が入れ替わったとなれば説明がつく。……え?
「どうやって攻略すんだこれ?」
柴は目覚める。頭では『格付け』をだいたい理解していた。ちょうど赤木も目覚める。枕の下に隠した拳銃を持つ。前の倉那宮がいたベッドにいた男、野木童仭から貰ったものだ。彼とは「いい目をしてる」と言われ、仲良くなった。話していくと分かることがある。彼は色々知っていた。愛人や仲間が死ぬ辛さや復讐心。首元のタトゥーの意味など。知らない世界を知っている彼に惹かれている自分がいたのだ。そして十合を殺したいと伝えれば拳銃をくれた。「仲間の印」だという。ただ弾は二発だけ。元々は六発入っていたけれど、試し撃ちでカラスに一発。あの目無しに三発。今考えれば三発はやりすぎだと思うな。
カチャッ。
軽くリロードをする。そのタイミングで敵が来る。
「……十合はアブノーマルだってわかっている。だからアブノーマルの仲間が復讐にくることを怯えていたんだ。」
「あぁ。君の視点からはそう見えるのか。まぁいいよ。契約しちゃったし。」
両方構える。一人は銃を。一人は拳を。合図はまた風の音だった。
パァンッ!───『格付け、回避変動』
「…ふっ。」
柴は扉を勢いよく閉めた。その行為は明らかに回避だ。弾丸は扉を貫通せず、勢いを殺した。
「……は?」
「にひっ。簡単じゃん。」
グシャッ。
柴は飛び膝蹴りを喰らわせる。怯んだところに窓を開けて一緒に飛び降りる。もちろん赤木は下だ。
『格付け、救済変動』
上下は変わらない。本来なら助けようとするはず。なのに柴には効かない。無効化のメリット?にしてはコイツ…生暖かい。
ドサンッ!グニュッ。
「ぐっは…」
痛い。痛い。なんでだよ。なんで…。余力で頬を殴る。距離を離す。背中が痛い。背筋は伸ばせない。何本か砕けたな。血を吐きながらも警戒は解かない。拭っている場合ではない。たぶんアブノーマルとなって肉体が人間よりも機敏で頑丈なのかもしれない。重症で済んでないのはそういう理由だろう。
「君もわかっているはずだ。メリットは意味がないって。君は殺したくはないんだよ。」
「ははっ…。綺麗事言うにはだいぶ遅いな。……どうやって攻略してるのか分かんないけど、お前はムカつくから先に死ね。」
ねぇ宮。もうすぐそっちに行くからさ。
『格付け───
待っていてよ。会ったらいっぱい話そうね。
攻撃───
辛いことが無い世界で。話し合おう。幸せなことを。いつまでも。
「うぶっ…!」
柴がやったことはただ一つ。『考え方の変更』だった。優先順位を決めるならば…考えても無いことにランク付けできるのかと。例えば、回避。ハンドガンを向けられた柴だったが、弾丸を避けれた。それは何故か?単純明確。そもそも柴に回避をするという考えが無かったからだ。それをあえて赤木のメリットを使って強制的に回避を考えさせた。無いものに順位などつけられるはずがないからこそ、あるいは柴がその瞬間に何も考えて無かったかもしれないからこそ起こる強制行動。強制的に一位。否定されない絶対行動と化した。よって、柴は回避に成功したのである。
「なるほど……格付けの対象が『本人が一番されたく無い行動』だからこそ出来る対策方法って訳か…」
「まぁ、これが『僕の一番したく無い行動』だったら僕が死んでたね。」
柴は拳銃を拾う。残り弾数は一発。引き金に指をかける。
「んで。この子、どうすんの?」
足で頭を踏み、拳銃を突きつける。普通の人間ができるようなことでは無いが、柴は軽々とやってしまう。生きている世界が違うと尾座田は改めて感じるだろう。
「君の言った『無力化』は達成。その後は君次第だけど?」
そう言われた尾座田は気づくだろう。
(……俺は、この子に何が言いたかったんだ?)
今更説教をしたところでだし、高校生である俺が何を言う?舌は動かないし、喉も震えない。この期に及んで尾座田の口が動かないのだ。
「……長。」
バンッ───鳥が飛ぶ。微弱に風が吹く。死ぬ時間を早めることに抵抗がなかった柴と、自分を悔いる尾座田のみそこに残った。
帰り道、疲労感がどっと溜まった二人だった。ただ尾座田は虚空を眺めるのみ。目が無いというのに、どこを見つめているのか分かるほど彼は放心状態であった。カランとなる喫茶店に帰ってくれば、キーマスターが出迎えてくれて──
「夏生!!萩乃さんが……宝学に突入を…」
「……焦ることか?キーマス。」
「ニュースを見てないのですかっ!?アブノーマルによる流行をっ!」




