何処に行った?
十合は包帯を手に取り、俺の前に立った。そして十合は俺のデメリットを覆い隠す為に鼻の上から額まで俺に包帯を巻いた。
「これでよし、!しばらくは酷い火傷って言えば人から怪しまれないよ。」
「ありがとうございます。」
「ある程度は見えるように隙間は空けとくけど隙間を広げすぎないように。」
「はい、わかりました。…それじゃ俺は帰ります。」
長時間居座ることは出来ないと言われ、一旦『Keychain』に戻ることにした。十合さんから院内の案内図をもらい、柴と考えることにした。柴は助言をしないと思うが、今は彼に頼るしかない。自分には知恵など無いのだから。
『Keychain』の扉の前にはOPENと書かれている。客もそれなりに来ており、全員がカフェモカを嗜んでいる。キーマスターが俺に気付き、扉を開けてこっちに来た。
「夏生に会いたいのでしたら裏口のドアを使って下さい。」
優しい口調で喋るキーマスターに少し気が抜けそうになった。
「そういえば、キーマスターってなんで柴のことを『夏生』って呼んでいるの?」
「……彼は私が初めて苦戦したアブノーマルなんです。」
意外だった。柴とキーマスターは戦っており、キーマスターが苦戦するほど柴は強いってことが。チートメリットのキーマスターが苦戦する…。柴はヤバいやつだと確信した。
「そうですね…案内しながら少し昔の話でもしましょうか。」
「え!聞きたい!」
「私のこの姿がちょうど40歳だった頃、スリに会ってしまいました。人通りの多いところでしたのでメリットは使用出来ませんでした。そこで走って追いかけていると、庭に死体を埋めている少年を見てしまいました。その少年の濁った瞳を見た私は立ち止まってしまいました。」
しゃがんでこっちを見つめる少年の姿は過去の自分を見ているようで胸が苦しくなった。少年は持っていた小さなスコップを落として家の中に入ってしまった。強い風が吹く。その風は彼のところへ誘うかのように私の背中を押す。押された背中は自然と踏み出す力になった。気がつけばドアノブを握っていた。私はこの家に、彼に誘われている。誘惑されている。もう後には引けない。決心し、ドアを引くと簡単に家に入れてしまった。
「……あの子、頭がいいね。電気を全部消して見えなくしてるなんて。ちょっとだけ話がしたいだけなんだけどな。」
靴を脱いで揃える。振り向きながら立ち上がった瞬間だった。
グサッ!!
「ロック!!!」
ガチャッ!!
「くっ……!」
頭にフォークが刺さる。目の前には包丁を持った少年がいた。
「数センチズレてたら目だったな。あっぱれだよ。フォークを投げるのと同時に走り出して避けたら包丁で刺さす作戦。いいセンスしてる。」
「うっ…体動かねぇ……ぐっ!!」
「無理だよ。私は特殊なアブノーマルなんだから。」
「勝手に人の秘密を見て、勝手に人の家に入って、勝手に人を拘束するやべー奴に聞かせる話なんかねぇよばーか!!」
頭のフォークを抜き、少年に刃を向ける。少年は焦ることはなく、むしろ笑った。この子はどこかおかしいが私はこのおかしさに惹かれたのかもしれない。
「二つ質問をしよう。一つ、君は何歳だ?二つ、なぜ親を庭に埋めている?」
「……この体勢辛いんだけど。拘束を解いてくれよ。解いたら答えてやるよ。」
コイツはまだまだ幼稚だと思った。生意気で、上から目線で、主権は自分であるかのような態度。今すぐにでも殺したいくらいムカつくがこの子は運命だ。私の希望になるかもしれないので、仕方なくロックを解除した。
パキンッ!
「じゃあな───」
グサッ!!
ふとした瞬間には私は返り血を浴びていた。なぜだ?やはりおかしい。目の前には首に深い切り傷がある少年が倒れている。無理だと思って自殺した?いざという時に自殺をできる人間なんかいるのか?そもそも自殺を逃げの選択肢に入れてる時点で頭がおかしい。狂ってる。
「…残念だな」
「………ま……だっ…!」
死体から床が溶ける程の熱がふつふつと。体からは煙が上がっている。驚きと共に私は彼の罠に嵌っていた気づいた。しかしもう遅い。玄関から少し離れてしまったこと、彼の近くで立ち尽くしていること、親の死体に血は一滴も無かったこと、彼が自殺したこと。
「…まさかっ!一家心中するつもりだった!?」
「…おせぇよ。サイコアブノーマルが。」
(もう生き返ったのか!?早すぎる!!)
足首を掴まれ、体勢を崩した。倒れた勢いで強い衝撃が体に走り、痺れる。床に手をついた瞬間に二階から煙が見えた。火災でよく見る黒く濁った煙。少し吸っただけで肺が重く、眩暈がする
「あははっ!!!」
俊敏に動く少年に首を絞められ、呼吸が出来ない。
「くっ…ぐがっ……かはっ!………ろ…ロック!」
ガチャッ!!
キーマスターのメリット『ロック』は動きを封じるという単純な力であり、便利である。例えば、殴りかかってきた人をその場で固定することができる。そして能力の腕を上げれば部分固定などが出来るようになったりする。しかし、キーマスターは環境がそこらのアブノーマルとは違い、メリットの練度が高く、概念にまで干渉する。
「………………………」
(……もって二分くらいか?)
すべて固まっている。音も聞こえない。そう、キーマスターがロックしたのは『時間』。すべてのものが一時停止をする。それは粒子の動きさえ止まるということ。例えば光が目に届くのを一時停止するので周りが見えなくなるなど。勿論、キーマスター自身も動けなくなるが、彼だけ考えることが出来る。それは何故なのかわからないがキーマスターはアブノーマルは神の力を得た物であるから
(まず、彼の力について。アブノーマルになったがメリットを使った感じはないし、デメリットを受けている感じもない。…後ででいいか。次に脱出方法。解除した後に彼の意識をロックして玄関……いや、窓のほうが近いか?)
パキンッ!
急に色が見えるようになる感覚はいつまでも慣れない。頭がクラクラし、目に塩水を浸したような痛みを一瞬だけ味わうから嫌いだ。もう時間を止めたくはないと思った。
「…うぐっ……ロッ…ク!!」
ガチャッ!
少年はバタンと倒れた。少年を担ぎ、リビングの窓へ向かう。煙はこっちへ向かってくる。急いで鍵を開ける。少し眩暈がする。
「焦るな……焦るな……」
冷静に窓を開けて外に出た。その時、少年が笑ったような気がした。しかし本当に笑ったのは死神だった。
バァァァンッ!!!
後ろのキッチンが爆破した。あつい爆風に巻き込まれ、気がつけば病院で寝ていた。
「その後、なんとか夏生と仲良くなり、今のような関係になりました。」
「な、なんか……だいぶ変な出会いをしてたんっすね……」
「あーそうそう。そういえば初めはそんな感じだったな。」
「うわぁ!?びっくりした!!」
柴は地下室の扉に寄りかかっていた。よくわからないがすごい怒っているようだった。
「あ、あのー、どうしました…?」
「あ?僕は君の意味がわからない行動に腹が立って仕方ないんだよ。」
「え?」
「君は命が狙われている人を無視して一旦帰るのか?一秒でも目を離せられない状況で?依頼者が死んだら君はどうすんだよ!!」
一歩退いた。確かにそうだ。これはイタズラじゃないと自分が一番分かっていたはずなのに浅はかな考えで動くから叱られた。俺は最低だ。
「まぁ……今は動くべきじゃないからいいや。」
「え…なんで?」
「じゃあ、君が犯人なら先生をどうする?」
「……いきなり襲ったら誰かに見られる可能性があるし、一番安全に動ける日になるまで監視するかな。」
「そう。今はまだ監視、もしくは下準備をしなくちゃいけないだろう。先生は深夜まで忙しい人だから狙うなら先生が休みの日か病院外での仕事の日。」
「なるほど……」
「後は中で話そう。ちょっと寒くなってきた……」
「では、私は仕事に戻ります。」
「ありがとね。キーマス。」
ここに来るのは二回目だ。暖かい空気が俺を包んでくれている。歩く音が吸収される床、にぶい赤を基調とした部屋に少しばかりの白色の光。ここがlockerのアジトだ。
「案内図を広げてくれるかい?」
「あ、はい。」
言われるがままに長い机に案内図を広げた。
「先生の診察室が一階の右奥。そして先生が診ている患者は二階と三階合わせて8部屋の病棟に入院中。一部屋に患者が8名入るとすれば64名。そして事務室。先生と接触する場所はこれくらいかな。」
「でも、監視するなら院内にいれば可能だけど?」
「はぁ…結局、容疑者は院内にいる人全員って訳か……」
完璧に詰んだ。こんなんじゃ絶望的だ。顔に巻いた包帯でクシャクシャになった髪を掻いた。少しだけ冷静になるとある違和感に気づいた。
「……震えてた。」
「………震えてた?どうして?いや。」
柴ははっとした。そして不適な笑みを浮かべた。この笑みの意味が俺には分かる。きっと………………
「自力で解いてくれか?」
「察しがいいね〜!じゃ、よろしく!」
「はぁ〜〜、クソが…。」
柴は鼻歌混じりの軽快なステップでこの部屋を出て行った。一人取り残された部屋。俺は案内図を見ながらじっと考えた。
(十合が俺の包帯を巻くとき、手が震えていた。寒さとか慎重になるときの手の震えではなく、何か怯えてた?恐怖している時の震えに近かった。……でも殺害予告なんてされたら普通は恐怖して震えるか。ん?)
「十合さんって一回死んでね?」
明らかおかしい。彼はアブノーマルなんだ。死を一回経験しているはず。なら殺害予告なんか震えるほど恐怖するか?なんなら、彼には余裕があるはず。相手が普通の人間なら圧倒的にアブノーマルの方が有利だろ?それに、彼のメリットは治癒だ。痛みは伴うが、刺されても回復する。撃たれても回復する。なぜ震えるほど恐れているんだ?
「…そういえば、十合さんってなんでアブノーマルになってしまったんだろう。……犯人はまだ行動はしないだろうから明日聞いてみるか。」
大きなあくびを一つ。身体が疲れている証拠だ。近くの壁掛け時計に目をやると20時34分だった。寝るには少し早かった。しかし、今日は色々あったせいなのか、やけに眠い。だが起きなきゃと頬を叩いた。しかし、眠気には抗えずにソファの上で横になって眠った。
夢を見た気がする。悪夢だったと感じたまま起床した。瞼が上手く開かず、ボーっとしたまま机にあった白いマグカップを持ち上げた。飲むとやけに熱いコーヒーで驚いてしまった。おかげで目が覚めた。
「ふーん。それ、46℃くらいでちょっとあったかいくらいなのに熱いんだ。」
「ゴホッゴホッ、えっと……萩乃さんだっけ?このコーヒー淹れてくれたの?ありがとね。」
「え……今柴くんの姿なのに……な、なんで分かったの!?」
萩乃はどろどろになって本来の綺麗な姿に戻った。
「……?だって、柴は用がなく座るとき足を机の上に置くと思ったから柴じゃないなぁと…」
萩乃は開いた口が閉じなかった。段々と開いた口は微笑みに変わり、面白いと俺に急接近して言った。女子とはあまり話してこなかったから少々ビクッとした。近くで改めて見ると全てが完璧と言えるようにな顔をしており、笑っている顔はこっちも微笑むことができるほど可愛らしい笑顔だ。通りすがりに彼女を見つけたら二度見してしまうほど綺麗だ。そんなことを思っていると彼女はまた話し始める。
「でもさでもさ!足を置かないときもあるじゃん!それはどうなの?」
「………え、えっと、柴の考えるときとか観察するときのポーズ?って口を右手で覆う?隠す?ような感じだけど、さっきの柴は顎を右手で支えるポーズだったから…」
萩乃は目を輝かせた。まるでおもちゃを目の前に運んできた猫のような期待の眼差しだった。
「翠くんって観察力あるね!」
俺はその言葉を聞いてちょっとだけ笑った。
「観察力っていっても癖とかが分かるだけ。ホンモノはもう……」
扉がバァン!と音を響かせて開く。壁にドアノブの跡が残った。直感で分かる。ホンモノが来た。
「おはよ〜。百舌、頼んだのやった?」
「もち!潜入苦労したんだから仕事サボっていい〜?」
「利益が下がるから無理。」
「え〜もう足が動かなーい!」
「影に百舌が影の中で二十四時間耐久したいって言っとくわ」
「精一杯働かせていただきます!」
背筋がぴんと伸び、小走りで階段を登った。
「……潜入って?」
「そのまんまの意味だけど?」
そういえばここはギャングでもあることを忘れていた。黒と白、どっちの顔もあるのはここの利点だと感じた。
「何を盗ってきたんだ?」
「ふふっ、先生の患者のカルテとカレンダーさ。」
「カルテはわかるけどカレンダー?」
「カレンダーってより予定かな。どこが休日か、どこが忙しいのかとかがわかるんだ。」
なんとなく彼の思考がわかった気がする。患者の中に犯人がいると仮定し、軽症で、十合と親密な人間。ソイツが犯人である可能性が高い。
「今日の先生は〜……」
休日だ。一気に青ざめた。明らかに行動が遅い俺ら。警戒し始めてる十合。それと同時に行動するであろう犯人。
「まずい!!」
柴が足を二回、床に強く踏みつけた。床に柴の影が広がった。瞬間、泥沼に沈む様に影に呑まれる。口まで浸かるとわかる。泥よりはどろどろしていないが、水ほどサラサラしてない液体の海に沈んだような感覚。だが、不思議なことに呼吸ができる。が、音が無い。声を発すると3秒ほど遅れて声が聞こえる。全身沈むとこんな気持ち悪い空間にフードを被って丸まって寝ている子供を発見した。柴が肩を叩くと子供が目覚めた。
「ん〜、なに?」
「 十合の影に!」
なぜだ。子供の声は遅れて聞こえない。少し考えてわかった。彼が影だ。そしてここが影の中だ。
「あー、あの人か。……多分、光のない部屋いるな。」
「 なんとかできないか!?」
「ちょっと待ってね、記憶してるかな……」
柴が焦っている。ここでは冷や汗をかけることがわかった。そんなことはどうでもいいんだよと頭の中でツッコミをいれた。案外俺は他人の死に興味がないのかもしれない。
「あ!近くあったよ!」
「 早く!」
上に体が引っ張られ、影の中から追い出された。外の空気と重力に違和感を感じ、ふらつく。柴は慣れているから何事もなく走っていった。クラクラする頭で柴を追いかける。なんとか柴の足を追って行くと柴が窓を割った。ここはリビングだ。必要最低限のものしか置かれていなく、テレビがない。
「…風呂場か。」
柴が走る。風呂場を探し、見つけた。しかし、もう遅かった。逆さで風呂に浸かる十合。足のみ浴槽から出ている状態だ。唖然としていると柴がどけと言い、従うと十合を浴槽から引っ張り出した。
「……生きてくれよ!」
脈拍を確認し、一定のペースで心臓マッサージをする柴。自分は突っ立っているだけ。また俺は何もできないのか。
「……………」
指を折るような強さで握る拳。下を向いてる自分はもういないと思ったのに。意味もなく横を見る。目があった。確かに、目があったはず。血まみれの顔と目があった。普通、一歩退くはずなのに今の俺はソイツに向かって走った。
パァン!パァン!
あ。これか?これが『気』ってやつ?ただでさえ半分無い俺の両目は銃で撃たれ、ついに無くなった。けどなぜだろうか。暗闇でもわかる。周辺のもの。落ちたガラス片。銃を持つ人。飛ぶ鳥。
パァン!
もう一発、撃たれた弾丸の軌道。心臓に向かって。避けるのは無理だ。死を覚悟した。体を貫こうとする一瞬の激痛。眩い光が辺りに広がる。見えないのに視界が白くなる。自分の力だと理解するのに時間はかからなかった。角が見当たらない白い空間。そんな光景だ。空間にヒビが入った。弧を描いたヒビ、だんだんと開いていく。それは目だった。3秒見つめればそれは近づいていき、呑まれていった。
酷い悪夢を見た気がする。視界は暗いままだ。つまり、両目を撃たれたことは事実。すぐ前からはぁはぁと荒い呼吸が聞こえた。すると、走って逃げていった。右側で音が聞こえるから右に逃げたのだろう。追いかけるが、形が捉えられない。気の感覚が掴めたのに、形が無くなった。
「何処に行った?」




