もう一度
米葉が近づき、俺の胸ぐらを掴む。憎しみがこもった目でこちらを見る。荒い鼻息に背中から生えてる触手。牙と肉が混ざり合った一つの異形。明らかに、これはメリットだ。
「お前が言ったせいで俺が何をされたか分かるか?」
俺は首を横に振った。米葉は舌打ちをして口を開く。
「アイツらにボコボコにされたんだよ!!!クソッ、死ねると思ってたのに……思っていたのに死ねなかったんだよ!!!死ねなかったから、アイツらがバカにしてきたんだろ!!あぁ!クソがっ!!!」
こんな米葉は見たことなかった。いつもは優しいのに豹変してしまった。米葉の触手が開き、鋭く尖った骨が俺を睨みつける。
「なぁ、コイツら殺したら気持ちが晴れた気がしたんだよ……あははっ!次はお前だ尾座田!!!」
俺は膝から崩れ落ちる。死ぬ事に悔いは無かった。いや、悔いを持つ勇気が無かっただけ。尖った骨は俺へと一直線に。近づけば近づくほど歪で、気持ち悪い。そして一瞬の揺らぎ。骨はふらつく。死を決意した俺の脳天へ刺さる。深さ13mm。致命症ではなかった。それよりも先に警察が米葉の右肩を撃った。傷を抑えて叫ぶ米葉。こちらも痛むが警察の方へ向かう。一歩、よし。二歩、、よし。三歩……意識が飛んだ。最後に口を開けたはず。「俺が」
目が覚めると病院の中だった。頭がまだ痛む。起きると平凡そうな医師がいた。彼は俺を見るなりメモをしていく。そして俺に話す。
「どうも。私は脳外科医の十合です。貴方は脳に損傷があり、時々記憶に異常が現れる可能性があります。」
「記憶……」
「少し痛む頭痛が起こり、記憶が回復したり、逆に記憶を失ったりします。どっちがいつ起こるかはわかりませんが気をつけてください。」
冷たく、淡々と話す十合に少々苛立ちを覚えた。すると外から十合を呼ぶ声が聞こえた。十合は舌打ちをし、それじゃと言って部屋を出た。数分後、ものすごい頭痛が襲ってくる。
「うっ……い、いてぇ…!?」
ズキズキよりドクドクと痛むような痛み。眩む視界。なにか、大切ななにかが思い出せない。あぁ、記憶がまた消える。そして、眠る。
気がつけば静寂な部屋で寝てた。今は何時だろうか。ここはどこだろうか。俺はなんでここで寝てたのか。
「やぁ。」
「うわぉ!だ、誰だ!?」
「ん〜。君の罪を思い出させる為の付添人かな。」
「お、俺の罪…?」
「うん。君は罪人さ。だから、僕は今すぐ君を殺したい。」
丸眼鏡の付添人の目や声のトーンからは憎しみが感じれなかった。しかし、彼は俺を殺したいと。逆にいつでも殺せるとも言える。だが恐れる事はなかった。彼の見た目が幼すぎる。中学生、もしくは小学生のような見た目だった。しかし、顔立ちが良くて笑顔をみるとこっちも笑えるような感じになる。
「……僕とゲームをしようよ!」
ニヤリと笑った顔は少し怖かった。そんな思いも知らずに話を進める。
「二択だよ。一つは君の罪のヒント。もう一つは僕の正体さ。君はどちらか一つを選べる。さぁ、どっちだい?」
少々考えた。そもそも正体とはなんだ?なぜそんな濁った言い方をするのだろう。考えているその時、扉を開ける音が聞こえた。それと同時に選択する。
「…ヒントをくれ。」
扉が完全に開き、医師が出てくる。
「おい!またか夏生!深夜だから帰れ!」
「ちょっと十合先生!タイミング悪いよ!!」
「…かせい?柴夏生か!?」
「ちぇ、知ってるならいいよもう。」
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柴 夏生 12歳 アブノーマルの確定条件についての論文を公表。若き天才としてscienceCodeに賞賛され、特別会員となって世界で活躍していたが2009年12月8日に行方不明に。今ではもう会員の権利は剥奪された。
(藪鷹新聞社 2011年8月21日『scienceCode特集』の記事より一部抜粋)
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なぜ彼がここにいるのかはわからない。けれどもネットで見た写真より少々細くなっている。まさか……いや、そんなこと無いよな。
「尾座田くん。私を覚えているかい?」
「あぁ……えっと、十合さんでしたっけ?」
「……まさかこんな早く影響するなんてな。」
付添人が深く息を吸って吐く。こっちを見て口を開く。
「じゃあ、明日8時半近くのバス停で。」
そう言って颯爽に去っていった。十合はため息をつき、月を見上げて喋る。
「彼とはあまり関わらない方がいい。」
「えっ!?どうしてですか?」
「彼は不安定なんだよ。六歳の頃、親を殺した影響なのかわからないけど彼は00なんだ。」
「ん、?ぜろ?」
「あぁ……私はアブノーマルだ。」
「は!??」
ベッドで後退り、頭をぶつける。そのおかげか、冷静になった。無駄な恐怖を感じたと考えてしまった自分がいる。十合が慌てていた自分を安心させるように頭を優しく触る。だんだん痛みが引いていき、数呼吸すればもう痛みはなかった。そして十合がゆっくり喋り始めた。
「私のメリットは『治癒』。掌が完全に触れたモノを回復させる力なんだけど、制御できないんだ。だから人間に紛れる際には必ず手袋をしてるんだ。なぜだかわかるかい?尾座田くん。」
「え……わ、わかんないです。」
「回復は人間だけじゃ無い。生きてく中で気が付いたんだ、物にだって適応するんだって。」
「物が回復……?」
「尾座田くんは鉛筆の芯を折ってしまった事があるだろう。誰でも経験する事だ。折ってしまい、削ろうとぐっと握る。鉛筆削りに着いた頃にはもう芯が尖っている。そこで気付いたんだ、人だけではないと。」
なにも言えない。この話こそアブノーマルとなった者の欠点を表した話だ。人間にメリットと呼ばれてる力さえ時にはデメリットとなる。うまく使えなければ実質デメリットが二つ。最悪の場合、意図せずに力を使ってしまって人や環境に危害を与えてしまう。この事例が多くあるからこそ、アブノーマルは嫌われ者なのだ。
「そしてデメリットは『感数』。」
「かんすう?数学ですか?」
「いいや。"感情の数字"と書いて『感数』さ。まぁ自分でこう呼んでるだけだけどね。文字通り、感情が数字となって心臓らへんに表示される。泣けば平均78、怒れば平均57、驚けば平均46とかね。けれど、夏生は01か00。どんな時でも彼は10に達して無いんだ。」
「うっ…!?」
頭が締め付けられるような痛みが俺を襲う。頭の中に流れる轟音。気味の悪い触手。急な痛みと眠気。そのまま眠りについた。
翌朝、9時24分に起床。記憶が朦朧としており、昨日の事さえあまり覚えていない。扉が開き、十合が顔を出す。
「おはよう尾座田くん。体調は?」
「あっ、おはようございます。体調は今のところ元気ですね。」
「それは良かった。ところで夏生が外で待ってるけど大丈夫かい?」
「夏生……あ!?まずい!!」
走って病院を出る。息を切らして近くのバス停に行くが、夏生はいない。すると後ろから肩をトントンと叩かれる。
「ふーん、焦ると前しか見えなくなるんだね。」
「す、すいません……はぁ、はぁ、寝坊しました……」
「タメ口でいいよ。年下だしね。」
「え、じゃあ…柴くん!」
「ただ……付添人だという事を忘れずに。」
笑顔から睨みつける顔に変わった。彼は本当に感情が無いのかもしれない。
「ここじゃなくて別のバス停だからちょっと歩くよ。」
「あぁ……うん。」
少し歩いて気がついた。かなり気まずい。柴くんの方はかなりウキウキなのにこっちが情けない。焦ってる自分を気にせず柴くんが口を開く。
「そういえば、君の勝ちだったね。約束通りヒントをあげるよ。」
そう言って一枚の写真を俺に見せる。
「誰か分かるかい?」
「……いや、わからないや。」
「…それじゃあこう言えば分かるかな。君を殺しかけた人物だ。」
「……あっ、うぐっ、痛い痛い!!」
倒れ込む俺の肩を抑える。頭がぶつかるが、柴くんは気にせず喋る。
「君は力の抜き方が完璧だ。気絶したふりをする為に日に日に上達したんだろう。それはなぜ?前にいじめられていたからだ。」
頭が痛む。目から涙が溢れる。苦しくなる。足に力が入らなくなる。震える。焦る。痛む。気持ち悪い。
「僕は探偵喫茶で働いていて、アブノーマルの相談をよく受けるんだよ。」
やめろ。
「そこに一人の男が来た。背中から骨が食い込んでいる男。」
やめろ。
「彼の名は……」
「やめろ!!」
「いいや、やめない。」
冷静な彼はぐっと拳を握り荒い呼吸の俺の腹を殴る。
「受け止めな。僕の方が年は下だが、経験は天と地。抗うなら君をここで殺す。」
「ぐっ……!」
「……彼の名は米葉拓斗。君の親友だった人間さ。」
涙が土と混ざる。味さえ想像できる液体だった。声が出ない。罪の意識があったのに逃げている。俺はもう生きる資格がない。自分の首に手をかける。怖くて手を離す。
「彼と君だと覚悟がまるで違う。死を超えた彼と未だに恐怖する君だとね。」
なにも言い返せない。むしろ受け止める方がダメージが少なかった。
「全部思い出した事だし、君にはやってもらうことがある。」
「うっ……え?」
彼はにっこり笑って歩き始める。俺はそれについていくしかなかった。バスに乗ってまた話し始める。
「続きからかな。彼は僕に依頼したんだ。いじめたやつと…君を殺してくれってね。」
「……は、?」
「でも君以外全部彼がやっちゃったんだよね。けれど依頼されちゃったし、料金も貰っちゃったから必ず僕が依頼達成しないといけないんだよね〜。」
「え…いやいやいや!死にたくないよ!!」
「いーや!僕は君を殺すよ。」
プシュー!プーー!『宥坂山前』
扉が開いた。柴くんはここで降りた。俺もついていく。降りないと家族も殺すと脅されたからついていくしかなかった。バスが出発し、俺らも登っていく。
「ここは自殺が多い山、『宥坂山』。心霊スポットとしても有名で二時間以内に山頂の宥坂神社にお参りして帰らないと呪われるとかなんとか。」
「はぁ。」
「ここで君を殺す。」
改めて言われるともうどうでもよくなっている。けれど、いざ死ぬってなったら多分また逃げるだろう。そもそも米葉はなんで俺を殺して欲しかったのだろうか。心中して欲しかったのか?まぁもうどうでもいい。米葉はここに居ないのだから。
「ところで、どうやって俺を殺すんだ?」
「……今かな。」
「えっ?」
ガチャン!!どこからか金属がぶつかり合った音がした。それと同時に体の自由が効かなくなった。そのまま倒れてしまう。蝋で固まったような感覚で目が閉じれない。喋ることも出来ず、不思議な感覚だった。
「キーマスターありがとね。」
「お褒めの言葉ありがとうございます。」
「……!?」
物陰から一人の老紳士が出てきた。こちらを冷たい眼差しで見つめる老紳士。その後、柴くんが俺の上に座り話しかける。
「どうせ君はいきなり殺さない限りと逃げちゃうからしっかり固定してから殺そうと考えたんだ。それでウチのキーマスターにロックしてもらったんだ。」
「……!!?」
「あはっ!準備はいい?」
懐からバタフライナイフを取り出す。器用なナイフ捌きで少しかっこよかった。ナイフをグッと握り、突き刺す。一回、二回、三回……何回も何回も刺す。笑いながらぐちゃぐちゃにする。狂ってる。この一言で充分だった。
「はぁはぁ…あ〜!すっきりしたっ!!」
柴は眼鏡を外した。眼鏡を投げ、深く息を吸った。次の瞬間、人型からドロドロの液体になった。そしてまた形が人型に戻る。高い声、大きな目、長い髪、性別さえ異なった姿。柴だと思っていた人は柴になっていた別の人間だった。
「……もう二度と私を巻き込まないでくださいよ。萩乃さん。」
「えへへっ!ごめんじゃーん!でも、暴れたら嫌だからマスターの力が無いといけないじゃん!」
「自分で拘束してください。実力はあるんですから頑張ってくださいよ…」
「えーめんどくさ。」
シュ〜。死体から煙が上がる。ドクッ!ドクッ!と大きな鼓動が響き、体が魚のように跳ねる。
「え〜!?面白い面白い!!」
「……選ばれてしまいましたか。」
温度が上がって下がってを繰り返す。最高温度は86℃。最低温度は2℃。体から煙が絶えず、二分後にようやく落ち着いた。
数十分後、目が覚める。体が重く、気分が悪い。自分が何をしていたのか、ここがどこなのかすらわからない。青いソファ、おしゃれな照明、隠れたカフェのような雰囲気の部屋で寝ていた。辺りを見回すと机に足を置いてアイマスクをつけて寝ている人がいた。物音をたてないように立とうとすると床が軋む。寝てた人が体がピクッと動かした。
「あーだいぶ長かったね〜」
「あっ、起こしてしまってすみません……」
アイマスクを外し、体を起こした。
「ひっ!!?」
顔を見た瞬間に体が彼の存在を否定した。
「十合先生から診断書を貰ったんだ。君の額の穴は完治。記憶障害も治った。だから僕の顔をうっすらと覚えているだろう?」
「……殺す!」
彼に勢いよく拳を突き出した。しかし、軽く躱された。足を引っ掛けて体勢を崩し、カウンターパンチを食らう。
「はぁ……百舌出てこい。」
「あっ、バレちゃったか〜w」
「カフェの仕事サボって様子を見ににくるなよ!」
「え〜だって客が来ないんだもん!」
怯んでる自分を見向きもせずに会話を弾ませる彼らに苛立ってしまう。ようやくひと段落ついたとこで女性の方から話しかけてくる。
「翠くんごめんね〜でも今生きてるからいーよね!」
「さぁ、尾座田翠。本題に入ろうか。」
「……あ?」
「わかっていると思うが、君はアブノーマルとなった。」
わかっている。俺はもう否定してきたアブノーマルとなった。ポジティブに言えばもう一度、人生を始めれる。ネガティブに言えば否定する人生ではなく、否定される人生となった。
「こんなはずでは…って思っているね。そう、君は人間として生きてくはずだった。けどこうなってしまったからにはもう受け入れるしかないよ。」
「くっ……クソがっ!」
握りしめた拳を地面に叩きつける。少し涙目になっている自分を見てニヤリと彼が笑う。
「さぁ。アブノーマルとして生きてく為に、一番必要なことがまず一つあるんだ。わかるかい?」
「……?」
「時間切れ〜!正解は『メリットとデメリットの確認』さ。」
「確かに…」
机の引き出しから黒い何かを取り出す。数秒で全て理解した。
パンッ!!
弾丸が体に数ミリ触れたところで飛び散った血が激しく光り出した。視界は白に染まり、目を反射的に閉じてしまう。光が収まり、目を開くと銃をこちらに向けた柴が驚いている。自分は死んでいない。柴と揉めていた女性も驚いてる。
「弾数は1、撃つ前に戻っている?」
こちらを向き、口を開く。
「君……何度だ?」
「は?」
「いやいや!体温を聞いているんだよ!何度なんだ!」
近づいて手のひらを俺の額に密着させる。
「冷たい……20以下か?」
「え!?」
女性が大きな声で驚いた。自分はなにがなんだかよく分からず、空気を濁す為に笑った。柴はニヤリと笑って呟く。
「…世界が変わるかもしれないな」




