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前編・追放

勇者パーティ追放ものに挑戦してみました。

前後編の2話完結になります。

「追放……?」

「そうだ、フラスト。お前をこれから先連れていくつもりはない」


 とある旅人向けの宿の一室にて、真剣な表情で数名の男女が話し合いをしていた。

 いや、正確にいえば話し合いではなく、一方的な通達というべきか。


「どうしてだ! 俺たち、今まで一緒に頑張ってきたじゃないか!」

「そうだな……王都で打倒魔王を掲げ、共にここまで来た。だが、もう限界なんだ」

「限界……? 何が、だ?」

「決まっているだろう……キミの弱さがだ!」


 びしりと、一人孤立している男に集団のリーダー的ポジションである整った顔立ちの青年が指を突き付けた。

 彼の名はルクス。通称『勇者』ルクス。卓越した剣の達人として広く知られており、また強力な魔法の使い手としても知られる万能の戦士。その血筋はもはやおとぎ話となっている伝説の勇者の末裔とされるエリート中のエリートであり、ルックス、実力、家柄すべてがパーフェクトの完璧超人である。


 方や、そのルクスに責められている冴えない風貌の青年の名はフラスト。

 肩書は剣士であり、ルクス率いる勇者一行の一員として共に旅をしている男だった。


「弱さって……確かに、俺はお前に比べたら弱いかもしれないけど、それでも頑張ってきたんだぞ!」

「頑張る? 本当に頑張ったなんて言えるのか? 僕たちはおままごとをやっているわけじゃない。国の、民の、世界の命運をかけて、皆の期待を背負って魔王を倒すことが使命なんだ。――そのことをわかっていてそんなことを言っているのか!!」


 ルクスはテーブルを叩いて怒鳴りつけた。

 何故ルクスがフラストを責めているのか。その理由は、偏にフラストの実力不足が故であった。


 勇者ルクスは、国中を巡る旅をしている。その目的は魔王の軍勢によって苦しめられている民を救うことであり、その果てに魔王を討伐することだ。

 国中の豪傑達が魔王軍を必死に抑えているが、雑魚ならばともかく幹部クラスが相手となれば苦戦は必至。最悪の場合、街ごと壊滅するなんてこともありえる。

 そんな強大な戦力に対抗できるのは勇者ルクスのみ。勇者に対し魔王討伐を命じた国王は、集められる限り強力な人材をルクスに仲間として付けて国を救えと旅立たせたのだった。

 しかし、そんな最強チームも所詮は理想論だ。当たり前のことながら、本当に人類最強の戦力を一か所に集めてしまうとそこ以外の守りが壊滅する。条件としてはあくまでも『国防に負担がかからない範囲での最強チームを組め』が限界だったのだ。

 結果として、本来求めていた基準到底満たない戦力しか集めることはできない。完成された強さを持つ名人達人はそれぞれの戦場で奮闘している以上、まだ未熟な戦士のタマゴ達しか招集することはできなかったのだ。

 そんな有様のまま魔王に挑んでも、勝ち目はないと断言できる。そこで、勇者ルクスは魔王に向かって真っすぐ特攻するのではなく、実戦でチーム全体の力を付けていくことにした。苦しむ民を救いつつ、経験を積んで自分も含めて全員の実力を底上げしていこうとしたのだ。


 しかし、未来の成長を期待しての仲間となれば、当然落ちこぼれる者も出てくる。

 思ったよりも実力が身に付かない。そのための努力ができない。努力しても才能の壁に阻まれる。

 そんなものが出てくるのは当たり前のことであり――フラストは、その最初の落ちこぼれなのであった。


「つい先日の戦い、キミはいったい何をしていた?」

「何をって……」

「僕たちが必死に戦っている間、剣を持つべき剣士のキミが何をしていたのかと聞いている」

「それは……」


 先日、ルクス率いる勇者チームは都市を攻める魔王軍に強襲を仕掛けた。

 少人数で活動する勇者チームは大軍を真正面から迎え撃つのではなく、暗殺者のように大将首を直接狙うのがセオリー。少人数だからこその機動力を活かし、敵陣の中央へ一気に攻め入って大将を討ち取ったということである。

 そんな鉄火場にて、フラストは本来最前線に立つべき役割だ。剣も魔法も使えるルクスは隊列の中央で臨機応変に動けるが、剣しか能のないフラストは剣の届く範囲以外に仕事などないのだから。

 しかし、フラストはその役割を果たせなかった。最前線で敵を相手し、後衛を守る剣士でありながら魔王軍の戦士に力負けし、吹き飛ばされて気絶していたのである。

 結局、ルクスが一人で獅子奮迅の活躍を見せることで前線を崩壊させることなく乗り切ったのだが……客観的に見て、実力不足と言われても仕方がない醜態を晒したのだった。


「だけど、俺は俺なりにこのチームに貢献している!」

「貢献? 剣士として使い物にならない以上全て言い訳だ!」


 食い下がるフラストだが、ルクスは聞く耳を持たない。もはや、話を聞くつもりはないという態度だった。


(俺だって、そりゃ実力で他の奴らに遅れているのはわかってるさ。だけど、それでもチームに貢献しようと思って雑用を引き受けたり料理番を担当したり、いろいろやってきたんだぞ?)


 塩対応をされているフラストは、一人考える。剣士としてはあまり役に立っていないとしても、それ以外のところで自分はチームを支えてきたのだと。


(こいつはわかってるのか? 旅の途中、いつも安全に飯を食えたのが誰のおかげなのかを)


 フラストは元々、勇者チームの中でも上位に位置する実力者として皆を引っ張る立場であった。

 最初から勇者として確かな実力を有していたルクスはもちろん、それ以外のメンバーも最前線で戦う豪傑よりは現時点では劣るものの将来有望な才能溢れるエリート候補生の集まりだ。

 そんな中で、フラストは特別な血筋も才能もない凡庸な人間だった。それでも彼が勇者の仲間として招集されたのは、招集された中では経験豊富な旅のベテランだったからだ。


 フラストは元々、街から街へ渡り歩く旅人――冒険者であった。旅先で依頼を引き受け、魔物を討伐する。そんな生活を送ってきたのだ。

 そんな経歴の持ち主なだけあり、旅慣れている。エリートであるが故に雑事には疎い勇者たちの補佐もできると見込まれても人選だ。

 もちろん、雇われる肩書は家政夫ではなく剣士である。経験不足が目立つ他の勇者の仲間達と異なりベテランらしく実力も剣一本で世渡りできるくらいにはあり、今動かせる人材の中では最良と判断されたのだ。


 しかし、やはり現実は非情なものだった。若くして人類屈指の力を持つ勇者ルクスはもちろん、それ以外のメンバーも未熟ながら才能の輝きを持つ天才ばかり。旅の中で階段を何段も飛ばして進むように急成長していき、最初のころこそ実戦経験の差で実力者扱いされていたフラストはあっという間に置いてけぼりにされたのだった。

 結果、フラストは仲間内で疎まれることとなった。何せ、彼らは皆天才。成長速度の異常性を含め、本来異端に属する彼らは同じステージに立つ者こそを仲間として認識し、それができないフラストは別の生き物のような目で見られることになってしまったのだ。


(俺だって、力が不足しているなんてわかってる。だから、俺はそれ以外の部分でサポートできるように頑張ったんだ……)


 フラストは正義感で勇者の仲間になったわけではなく、国王からの命令にて勇者チームに組み込まれている。つまり、仕事だ。

 だからこそ実力不足を感じても自分にできることを探し、旅のベテランとして日々の食事の支度など雑務を引き受けてきたのだった。


(もし俺がいなくなったら、どうなるのかこいつらわかってるのか? 飯の支度、誰がするんだよ。それに回復薬の準備や仕事の下調べ……それを、誰がやるってんだ?)


 旅に必要な道具の準備から、フラストが一手に引き受けてここまできた。

 口には出さないが、チームとして活動を開始して二年の間、ここまで勇者たちが生きてたどり着いたのは自分の功績だとフラストは自負している。

 そんな自分の功績をすべて無視して『弱いから追放』など、いくら勇者でも傲慢だと腹の中から怒りがこみあげてくるのであった。


「本気で俺を追放するつもりなのか……?」

「もちろん。これは決定事項だ。チームメンバーの決定、解任権は国王陛下から一任されている」

「もう、決まったことなんだな?」

「……そうだ」


 そこまでいって、ルクスは椅子から立ち上がりフラストに背を向けた。

 もう、これ以上話すことはないと言わんばかりに。


「……わかったよ、クソッ!」


 フラストはもう耐えられないと、自分の今までの頑張りをすべて否定されたのだとやけになって部屋を飛び出した。

 そうして、残されたルクスたちは……


「これで、よかったのかな?」

「……仕方がないさ。この先、フラストが剣士として通用しないのは間違いない。これから先、敵が強くなることはあっても弱くなることはないんだから」

「ギリギリまであいつの成長を待ったんだ。時には自分の命を危険に晒してでもな。それでも成長することも道を改めることもなかったのはあいつ自身の責任。お前は十分に勇者として、リーダーとしての務めを果たした。……だから、そんな顔をするな」


 そこには、仲間を傷つけた自分への嫌悪感に顔をゆがめつつ、それでも勇者として責任を果たさねばならないと拳を握りしめる男が残されたのだった……。


「……僕たちの活動資金は国民の血税。それを私的な理由で無駄遣いすることは、できないからね……」


 そんな言葉を、最後に残して。



(クソクソクソッ! 馬鹿にしやがって!!)


 勇者たちが己の使命の重さをかみしめていた時、フラストは一人宿の部屋に戻って荷物をかき集めながら荒れていた。

 自分を見限った勇者への怒り、庇ってくれなかった仲間だと思っていた者たちへの怒り。そして――自分の貢献を理解できない勇者一行の愚かしさへの怒りを胸に抱いて。


「ヘ……今に見ていやがれ。俺を失ったこと、絶対に後悔するからな!!」


 荷物を纏め終わったフラストは誰に聞かせるつもりでもない捨て台詞を吐き、勇者一行が滞在している宿を後にした。

 宿賃は払っていないが、それはチームとしての財布から出してもらうことにする。元々団体として宿を取っているのだからそのくらいは許されるだろうと、怒り狂っているように見えてどこか金感情だけは冷静に言い訳しているあたり、彼はベテランの旅人(かねなし)であった……。


 というのはともかく、それからフラストはすぐに別の宿を取ってベッドに転がり込んだ。

 今は深夜だ。急に呼び出されて解雇通知を受けて飛び出してしまったが、まだまだ人は眠るべき時間なのである。


(クソ……まだイラつきが止まらないな。幸いにも金はあったから、宿には当分困らないが……)


 フラストは勇者チームの一員。そして、勇者チームは国家から活動資金が与えられている。

 それは装備や消耗品、生活のための日用品の購入などに使われるのはもちろんのこと、チームメンバーへの給金にも充てられている。

 そう――勇者チームに選ばれた者には、かなり高額な給金が支給されていた。

 勇者という言葉のイメージにはそぐわないかもしれないが、彼らだって人間だ。食わねば死ぬし、命を懸けて報酬が感謝のみではやってられない。魔王討伐という世界一危険な仕事に従事する以上、それ相応の対価というものは当然の権利である。


 それに、それを除いても高レベルの戦闘者というのは金がかかる。

 フラストでいえば、剣や鎧にかかる経費だ。その辺の雑魚魔物を相手にし、数打ち量産品の安物を使う一般冒険者ならばともかく、若手の精鋭を集め強大な魔王軍の幹部クラスと剣を交えるのが目的となれば武器にも防具にもそれなりのものが求められる。

 少なくとも、エンチャントのかかった魔法の武器であることは最低条件。希少な魔法の武器の中でも更に上位の性能を持った一品をもって初めて合格ラインといえるだろう。

 そんな希少で高価な装備を揃えるとなれば当然莫大な費用が掛かる。一級冒険者を超える戦闘力を持つ勇者チームなら自力で稼げるだろうと思うかもしれないが、国としてはそんな金策に走っている暇があれば一秒でも早く力を付けて魔王軍を倒してくれと思うのが当然。国王として、国家として可能な限りの支援を行うのは当然のことであり、勇者チームの一員というだけでその辺の貴族など話もならない大金を使うことができたのだ。

 ……世の中、安物の剣一本買うこともできないようなはした金を渡して魔王を倒してくれと命令するでは回らないのである。


(幸いにというべきか、剣や盾を返せとは言われなかったし、使ってない給金もかなり残ってる。また元の根無し草に戻って適当にやるだけでも生活には困らないが……)


 勇者チームから追放されたからといって、フラストの力がなくなるわけではない。

 勇者経費で買ったフラストの実力には分不相応ともいえる強力な魔法の剣を持っているだけでも一般冒険者よりは格上と名乗れるだろうし、素の実力だって全体で見れば上位であるのは間違いない。勇者一行の力が規格外なだけであり、一般人枠としては最強クラスであるのは確かなことなのだ。

 それに、世界一の高給取りといっても過言ではない勇者チームの一員として二年も在籍していたのだから貯金もたんまりある。当然諸々の必要経費として都度使用していたので満額残っているわけではないが、その残り一部だけでも庶民が質素に残りの人生を過ごすには十分な量だ。


 はっきり言えば、これからフラストが選ぶべき『賢い選択』は『魔王軍の脅威がないところまで戻って悠々自適に暮らす。たまに剣士として活動して最低限の安全を確保していれば誰にも文句は言われない』というところだろう。

 安全な場所に引きこもり、確実に勝てる雑魚相手に名声を稼ぐ。実に悠々自適で幸せな毎日を過ごせることだろう。

 そんな風に過ごしながら、じっと待つのだ。偉大なる勇者様が魔王を倒してくれる、その日を。


「――冗談じゃねぇぞ!!」


 そこまで考えて、フラストは怒りを再燃させて上半身を跳ね上がった。


「誰があんな奴らに期待して『どうか世界を救ってください』なんて祈るかってんだ! そもそも、俺を失ってこれからまともに旅ができなくなる奴らに期待なんてしてたら、最終的には魔王軍に国を滅ぼされて死ぬって未来になるだけじゃねぇか!!」


 フラストの考えでは、これから先勇者チームは行き詰まるはずだ。

 旅のサポート役をこなしていた自分がいなくなったのだから当然だ。きっと、人里離れた魔物の領域で、誰も飯を作ってくれないし消耗品を補充してくれることもない。


「それだけじゃねぇ! チームとしての行動指針に困ったとき、いつも豊富な経験に基づく的確な助言って奴をしてやってきた! 勇者(あいつ)は自分の意見が正しいと妄信して俺の意見を突っぱねることも多かったが、俺の知識なしじゃどうにもならねぇことだって沢山会ったはずだ!」


 そんな戦闘面以外で多大な貢献をしてきた自分(フラスト)がいなくなれば、旅はどこかで頓挫する。そんなことに、勇者達は死ぬ直前に気が付いて後悔することになるのだと一人吠える。

 しかし、そんな愚か者でも勇者御一行様だ。実力だけはフラストも認めるしかない超人集団なのだから、本当に死なれては人類の滅亡……そうなれば、それはフラストの破滅も意味していた。


「クソ……どうすりゃいいんだ?」


 全てを忘れて楽に生きるのが賢い選択ならば、拒絶されてなお世界のために勇者と共に戦わせてくれと頭を下げるのは『辛い選択』というところか。

 しかし、あんな手ひどい私刑のような追放をされてなおも頭を下げて勇者様のために働きますなんて殊勝な考えはフラストにはない。

 だが、自分が補佐してやらないとあいつらは途中で力尽きると確信しているフラストは、結局答えを出せないまま眠りにつく。




 そうして、一晩眠って頭を冷やしたフラストは――


「……こうなったら、あいつらが後悔して頭下げてくるまで待つか」


 フラストは考えた。自分がいなければ旅を続けられない以上、どこかで後悔して頼ってくるはずだと。

 ならば待つ。自分から頭を下げる気など毛頭ないが、向こうが頭を下げるなら許してやらないこともないという寛大な気分で。

 ということで、フラストの行動は昨日寝ながら考えた『賢い選択』と『辛い選択』の折衷案――向こうから頭を下げてくるのを待ってから、好待遇で勇者チームに戻るというものであった。

 これを第三者が聞けば、それはさしずめ『楽な選択』とでも呼ぶだろうか。


 とにかく、フラストはその選択こそが最善と判断し、つまり特に何もせずに待つことにしたわけだ。

 つまり暇だった。だから賢い選択を中途半端に行うことにした。つまり――


「この街は魔王軍を撃退した後だから、まあ残ってても雑魚だけだろ」


 フラストは勇者チームの一員だからこそ手にすることができた武具をフル装備し、一人魔物の領域へと足を踏み入れていた。

 目的は暇つぶしと憂さ晴らし。要はフラストの力でも勝てる程度の魔物しか生き残っていないであろう『勇者に敗れた魔王軍の残党』を狩りに来たわけだ。

 フラストは口では散々愚かだなんだと言っているが、勇者たちの戦闘力は無意識に信じている。自分が努力したところで、実力で追いつくのは不可能だと不貞腐れる程度には。

 だからこそ、街を救い休んでいるという状態まで来たのならば、少なくとも勇者でなければどうにもできないような大物は残っていないと確信しているのだ。


 事実、街を出て魔物の生息域を歩いていても遭遇するのは雑魚ばかりだ。

 普通の冒険者であれば苦戦、あるいは死闘を繰り広げるレベルの強敵がいないわけではないが、勇者チーム基準の装備を持つフラストからすれば攻撃が当たってもさほどダメージにはならないし、そもそも鎧に付与されている魔法の力でまず当たらない。実に気楽な虐殺を繰り返すばかりであった。


「……っと、ちょっと調子に乗りすぎたか?」


 気が付けば、フラストは街から随分と離れたところまでやってきていた。

 ルクスたちと共に旅をしていた時は、人里付近に近づいてきた魔物を偶然見かけたとき狩ることはあっても、積極的にこうして魔物の住処に乗り込むということはなかった。

 なにせ、そんなことをしなくとも魔王軍に襲われている都市はいくらでもあるのだ。明日をも知れぬ命の民を救うために全力で駆け抜けていく勇者にそんな寄り道をしている暇はないのである。

 だが、結果として、勇者チームが戦う相手はいつだって『組織として行動する人間を滅ぼせる強大な魔物』ばかりであり、フラストはそんな戦場では弱者に分類されてしまう。

 こうして強者として力を振るう機会など、ここ一年ほどはさっぱりなかった。チームを組んで最初の一年くらいはまだ他のメンバーが未熟だったこともあり、フラストでも戦力に計算できる……それどころか、主力扱いされる程度の規模の戦いにしか介入していなかったのに。

 ……そんな過去の栄光を引きずり、ため込んでいたストレスの発散にこの弱い者いじめは大層よかったようで、気が付けば予定していた狩場をかなりオーバーした場所まで踏み込んでしまったのだった。


「チッ……今から戻ると日が暮れちまうか?」


 軽く舌打ちをして空を眺めるフラスト。

 既に日は落ち始めており、間もなく夕焼けに染まるだろう。そんな時間から来た道を戻れば、順調にいってもたどり着くころには夜の闇に世界は包まれているのは間違いない。


「野宿……っつっても、なんの準備もしてないからな……」


 今日は日帰りでかるい暇つぶしをするだけのつもりだったため、何の用意もしていなかった。

 自称旅の達人も、道具がなければ野ざらしで横になるくらいしかできることはない。しかし、いくらなんでも魔物が徘徊する場所で見張りも立てずにグースカ眠るのは危険すぎる行いだ。


「しゃあない……できるだけ戻って、日が落ちたら徹夜するか……」


 旅をするならば、完全に太陽が姿を隠した真夜中に移動するのはご法度だ。

 月明りだけで昼間と変わらない視野を維持できる特殊技能か魔法のアイテムでも持っているなら話は別だが、普通の人間ならば視界がほぼゼロになる闇夜では平坦な道ですら危険な罠だらけの死地に早変わりする。それが闇夜の世界だ。

 更に夜行性の魔物に襲われる危険性や道を間違えるリスクまで考慮すれば、夜はおとなしく可能な限り安全な場所で大人しくしているに限る。

 そんな旅人の常識に従い、フラストは来た道を戻りながら少しでも安全に身を隠せる場所がないか辺りを見回す。

 この道で遭遇する魔物はもう討伐した。ならば、危険はほどんどないだろうと楽観的な思考を抱きながら。


 ――おおよそ、人が想像もできないような不幸とは、そういう油断が生み出すのだ。


「ヒャッハー!!」

「は――グアッ!?」


 完全に油断して寝床を探していたフラストは、超スピードで接近してきた何者かに突然頬を殴り飛ばされ、吹き飛ばされた。

 フラストは確かに油断していたが、それでも警戒網を完全になくしていたわけではない。にも関わらず、殴られるまで存在に気が付くことすらできなかった。

 すなわち、フラストが認識できないような距離から一瞬で距離を詰めてきたということ。紛れもなく、勇者が相対すべきクラスの強者(かいぶつ)だ。


「ぐ、う……」

「なんだぁ? 糞雑魚じゃねぇーか!」


 殴られた痛みで地面を転げまわるフラスト。不意打ちとはいえ、本来前衛として敵の攻撃に晒される剣士がたったの一撃で沈められたのだ。

 それを成したのは、二足歩行の魔物。四足獣を人型にゆがめたような魔物であり、特に脚力に優れているのが一目でわかる良質な足を持っていた。

 一言でいうならば――二足歩行するチーター、というところだろうか。


「お前、勇者の仲間なんじゃねぇーのか? 所詮人間だとはいえ、いくらなんでも糞雑魚すぎるだろ!」


 もだえ苦しむフラストを見下しながら、チーターの魔物は嘲笑う。

 その手には、何枚かの写真が握られていた。勇者ルクスとその仲間たちの顔写真だ。


「たっくよぉ……俺は最近目障りな勇者とかいう糞人間がこの辺りを攻めていた将を仕留めたって聞いて飛んできたんだぜ? これ以上人間にいいようにやられちゃあ、魔王様の沽券に関わるからよ。この魔王四天王が一角、神速のチグルダ様がわざわざ潰しに来てやったってのに……糞雑魚とか何やってんだよおい!」


 ゲラゲラと笑う魔物――チグルダは、笑いすぎて腹が立ってきたのか段々声を荒げていく。


「ぐ、うぅ……」

「……マジで一発でお終いかよ。ったく、これじゃ勇者を恨むよりも仲間の無能を責めなきゃいけなくなるじゃねぇか。俺はこれでも仲間思いで通ってるんだぜ? だからよぉ……」


 悶え苦しみ、ついにフラストは意識を失った。殺してくださいと言わんばかりに無防備に転がるフラストにチグルダはゆっくりと近づき、そして――


「人様の将軍殺すなら、最低限の強さは持っていくのがマナーだろうが!!」


 腹部を思いっきり蹴り飛ばすべく、自慢の足を振るった。

 それは、決して技巧を感じさせる蹴りではない。素人が苛立ちとともに繰り出すような、何の工夫もないただの蹴りだ。

 しかし、それを繰り出すのは音を置き去りにする脚力を極めた魔物となれば話は変わる。無造作な蹴りであっても、一撃で城砦すら破壊する凶器となるだろう。

 当然、そんなものを受けたフラストは打撃の常識を無視して爆散する――はずだった。


「あ? どこ行きやがった?」


 蹴りぬいたと思った瞬間、フラストの姿が消えた。蹴るべき相手を見失ったチグルダは自らの蹴りの勢いに態勢を崩して転びかけつつ、きょろきょろ辺りを見渡す。

 チグルダの蹴りはその異名のとおり神速。仮に気絶したフリだったとしても、あの体勢から回避することなど絶対不可能。

 ならば魔法の類かと考えるが、それもない。少なくとも、フラストという人間には魔法力の類は存在しないはずなのだから。


「……やってくれたな」

「あ? てめぇは、ゆ――」

「神速か。なら、一瞬で散ってくれ――」


 ――家伝・影残(かげのこし)

 それがチグルダの耳に入った言葉だった。


「あ、れ?」


 次の瞬間、チグルダの視界が二つに割れた。

 同時に、その身体は神速の異名が冗談に思えるような鈍い動きで地に沈んでいく。そう――僅か一太刀。魔王軍最速として知られるチグルダですら認識することもできない剣技により、身体を左右に断たれたのだった。


「うそ、だろ……?」

「……流石に生命力が高いな。しかし、もう助からない。せめて安らかに逝くといい」


 あまりにも速すぎる一閃によって、刀身に一滴の血もつけていない剣が鞘に収まる。

 突然現われチグルダを真っ二つに切り裂いた男は、いつの間にか男のすぐ近くに寝かされているフラストの方を見ながら死後の安息を祈るのだった。


「……元とはいえ、仲間を傷つけられたんだ。手加減できなくても、文句はないな?」

「へ……へへへ……。さすが、ゆーしゃ、だ、な……」


 一瞬の、攻防とも言えないような交差によって、魔王四天王とやらはその命を散らした。

 ――突如乱入した、勇者ルクスの、その圧倒的力量によって……。

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