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GoodLuck

作者: くりといと


大人は子供の頃に比べて一日や一年が短く感じるようになると言う。その原因は日常に刺激を感じなくなることらしい。

新しい体験がないから、毎日同じことの繰り返しだから、

──そう言われてみれば納得できる。


私だってもちろんそれに当てはまる。

でも、それが寂しいとは思わない。

同じことの繰り返し、ルーティーン化された日々……正直私はそれに安心する。一日が延びるとはいえ毎日刺激を感じてばかりなのも、それはそれで大変で疲れるわけで。刺激を感じなくたって、疲れるんだから。


努力して、まあ時には成り行きで手にいれた、安定した毎日に、不満なんてない。


だから。





「先輩、好きです!付き合って下さい!!」


……ごめんなさい。


あ、これは返事のごめんなさいではなくて。


なんて断ろう、とか、いつから、とか、告白されて驚くことよりも一番先に、『アブノーマルなのが来ちゃったな』なんて思ってしまったことに対する、ごめんなさい、なんだけど。


まあ、返事も決まっちゃってるんだけど。



余りある程の勢いで好意を伝えてきた彼は、私にとっては大事な後輩で、仕事仲間の一人だ。いつもにこやかで、元気で、体力に全振りしたような人。よく怒られているけれど、真面目に仕事した結果の失敗が多い人。頼りには、…たまにしてる。



「困らせちゃってるかもしれないんですけど…それでも、先輩が好きなんです!」


うん、困ってる。すごく困ってる。

『それでも』なんてここで熱く語られたら断りにくいもの。


「大介くん」

「はい」

「告白自体はまあ置いといて…今、お仕事中。分かってる?」

「…はい」

「いくら他に人がいないとはいえ、ねえ」

「………はい」


だんだんと彼の返事は小さくなっていく。

でも、事実なんだから仕方ない。

次の会議の資料準備のために二人でやってきた印刷室、コピー機の前で。

さすがに会社帰りに飲みに誘うとか、せめてお昼休みにご飯に行くときに言ってほしかったところだ。


「大介くん、相手のことは考えないと」

「すいません」

「ね?契約先の人にならいつもできてるでしょ」

「…すいません」


彼は少し背を丸めてしゅん、としているからちょっと可哀想だけど、ここは上司として叱るべきところだろう。然るべき対応をせねば。…あ、叱るべきと然るべき…なんてシャレを思いついた私に、彼は爆弾を放つ。


「じゃあ、またお昼休みに告白します」

「…は?」


いやいや、そりゃ口にはしてないけど、今のは脈なしと判断すべきところでしょ。

…なんて思ったけれど、彼は続けて言った。


「先輩のことになると、俺、脳足りなくなるんすよね」


どうやら彼には脈なしと判断する脳はないと言ったところらしい。それだけ好きなんっす、っていつもの白い歯を見せたとびっきりの笑顔で言われれば、さすがに私も返す言葉が見つからない。


「大介くん、なに言って…」

「ほら、それも。大介くんって名前呼び!みんなは俺のこと名字で呼ぶのに、先輩それなのずるいっすよ?」

「…畠山くん」

「ちょ、言ったそばから名字で呼ぶのやめて下さいよ!」


この会話でも身を引かないんだから手強い相手だけれど。でも、それはその分腹を括っているということでもあるみたいで。


「本当ですからね」

「何が」

「なかったことにはさせませんよ」

「…しようとしてないよ」

「本当に先輩が好きですから」

「だから…ここで言わないでってば」


強い意志は感じるけれど、私の話、通じてるのかな。大きな目にまじまじと見つめられると、こっちが焦ってしまいそうになる。


そんな私に手を差しのべるように、コピー機からコピー完了の音が鳴り響いた。二人してコピーされた紙を綺麗に分けて、重ねていく。分けながら、揃えながら、彼はまだ喋る。


「先輩のこと、笑わせますから」

「…そう」

「先輩のこと、楽しませますから」

「…そう」

「あと、先輩の大変なこと、俺も一部だけど分けあえますし」

「…そう」


俺を彼氏にしたら得られるメリット、と彼は熱弁する。付き合うってそういう損得で決めるものじゃないとは思うけど…。



「それから……俺が、先輩の毎日の、刺激になります。」

「………そう。」



…刺激。


タイムリーなことを言ってくるものだ。

返事がワンテンポ遅れてしまった理由だけは、彼に気づかれていないと良い。なんとなくだけど、気づかれてしまったら、その部分を突かれそうだから。


「だから、付き合うか考えてみて下さいよ。」


資料をホチキスで留めながら、手元を見たままの彼は、

私のほうを見ていない。



……だから、きっと彼は今からびっくりした顔をするだろう。




「うん、考えてみる」




その一言に、予想通り彼はホチキスを持つ手を止めた。

一瞬固まって、その後私のほうに上げた顔は。



驚いた顔でもなく、いつものとびっきりの笑顔でもなく。まつげを震わせて、見たことがないくらいの柔らかい顔をしていた。


そのせいで、驚いたのは私のほうで。



「やったーー!!」

「ちょ、声大きい」

「考えてくれるんですか!」

「うん、まあ…」


彼の柔らかい顔は、あのとびっきりの笑顔に戻ったけれど、それでも私の驚きは消えない。


「俺、一生分の運使っちゃったかも…」

「いや、まだ考えてみるだけだけど」

「それでも、です!」




思わず『考えてみる』なんて言ってしまった私は、彼という刺激に、この一瞬で毒されてしまったのだろうか。どんどん短くなっていく日々を少しでも寂しいと思っていたのだろうか。



安定した毎日に、不満なんて。


強すぎるほどの刺激に触れてしまった今の私は、ないと言えるだろうか。


「お昼楽しみだなあ~!」


明るすぎるほどに明るい声色でそう言う彼と作った資料を重ねていけば、途端に見慣れた景色なのに色鮮やかに見えてくるから、決まっていたはずの返事は、綺麗に塗り替えられてしまうのだった。



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