表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

ポールさんとエメラルドさん

精霊さんは、初めて森を出て、療養所のこんな狭い部屋に私と二人きりで過ごしていて、ストレスが溜まっているのではないかと、心配だ……。


庭木の世話を始めて良かったと思うけれど……


今までは、森全体を毎日見て回っていたのだから、ここの庭だけでは寂しいだろう……。


落ち着かなくて、ホームシックになるかもしれない。


屋敷を売るのをやめて帰ろうか、とも思った。けれど……




「それは良くないです!」


「え……」


「ここならお医者さんがすぐ側にいます!


お屋敷で、子爵さんの体調が悪くなっても、私はなにもできませんから……。


だから、帰らない方がいいです!」


「森から離れて、君は寂しいだろう。」


精霊さんは、首を振る。


「子爵さんがいれば、寂しくなんかないです。」


「強がらなくていいから。ポールにたのんで、近くの公園にでも、」


「私は、少しの間でも子爵さんと離れるのが、怖いんです……。」


「精霊さん……」




「森は、私がいなくても、困りません。


私はあの森が好きですけど、それは子爵さんとの思い出があるからです……。


私は、あなたがいれば、場所はどこでもいいのです……。


私は、寂しくありません。幸せです。」




「精霊さん……。」




「いつか、子爵さんがいなくなってしまっても、


私は不幸にはなりません。


死がどんなものか、


納得できれば、生きて行けます。


だから、少しの間でも、離れたくないんです。」




私はうなづく。


「そうですね……。精霊さん、私を見ていてください。


そして、私の不在に、納得して、生きて行ってください。」




「はい。子爵さん。……でも、少しは悲しんでもいいですか……?」


すでに涙目だ……。










私が若いころは、まだ魔法使い狩りがあった。


魔法使い狩りとは、魔力のない人たちが、魔法使いを恐れるあまり、魔法を使うと噂されている人物を捕らえて、火あぶりにするという、残酷で野蛮な行いだ。


科学と工業の発達が都市も文化も変えていく時代に、地方ではまだ魔法使いを狩る人たちがいた。


笑えない話なので、魔法学校でも、対策を教わった。


魔法使いの国以外では、杖を使うときは、結界を張った中で使うこと。


夜襲を警戒して、寝るときは結界を張ること。


空を飛んではいけない。などなど。


多感な時期に怖い話を聞かされたせいで、追いかけられたり、捕まって殺される夢を見るようになったので、夢魔法の治療を受けたこともあった。


そんなわけで、習慣的にも、夜、寝室に結界を張ったり、なるべく魔法に頼らず生活したり、魔法薬作りの時、詠唱が部屋の外に漏れないよう、声消しの魔法を使ったりしている。


もう魔法使い狩りに襲われる心配はない時代だけれど、習慣になっている。




しかし……魔法使い狩りはいなくなったけれど……


今でも、精霊狩りはいる……。




精霊狩りとは、精霊を捕獲して闇市で売る魔法使いたちの事だ。


魔法法律のない国外で、主に魔法使いを知らない無防備な精霊を狩る。




魔法使い狩りを恐れて魔法使いの国に隠れていた良心ある人たちは、今は、精霊狩りを撲滅しようと頑張っている。


軍事的で大規模な精霊捕獲が行われているところに精霊団を派遣して阻止したり、貧しくて精霊の売買が行われている国に魔力植物や魔力動物の育て方を広めたり、様々な活動をしている。


魔法界新聞を購読しているので、私はそうした情報を得ている。(新聞は、悪天候以外の日に、鳥の姿でやって来る。)




今日は陽気がいいので、テラスに出て新聞を読んでいる。


「子爵さん!」


新聞から顔をあげて庭を見ると、白猫の姿の精霊さんと、近所の野良の三毛猫がいた。


「猫さんと仲良くなりましたよ!ピチカートさんというお名前です!」


良い名前だ。もとは飼い主がいたのかな。


「そうですか。初めまして、ピチカートさん。子爵と申します。」


彼女は私を一瞥して、後ろ足で首を掻く。


「……時々身体がかゆくなるそうです。子爵さん、ノミに効くお薬ありませんか?」


「そこに植わっているハーブで作れますよ。後で作ってあげましょう。」


特に魔力の必要のない、ノミ除けスプレーだ。部屋に入ってきてくれれば、魔法でしっかり退治できるけれど。


私は新聞の続きを読む。


二匹は楽しそうに遊んでいる。私は精霊さんに言う。


「庭から出ないでくださいね。」


「はい!」


そのうち、ピチカートさんはご飯の時間になったらしく、親切なお宅へ食事に行った。


精霊さんは私のところへやってきて、


「どうですか?猫の姿!」


白猫の精霊さんは得意げに鼻先をあげて、尻尾をS字にくねらせている。


「かわいいよ。」


私はなでてやる。精霊さんは嬉しそうに目を細め、私の膝に乗ってきて、くつろいだ……。


「精霊さんも、自分で身を守れるようにならなくてはいけませんね……。」


「はい?」


私がいなくなっても、精霊狩りに捕まらないように……。










私は庭に出る。


今日も良く晴れていて、日差しが輝いている。


春に植えた苗に、たくさん実がついている。


私は食べ頃の実を収穫して、子爵さんの元へ運ぶ。


「今日はこんなに採れましたよ!」


「どれも大粒ですね……。こんな大きいのは初めてですよ……。」


私は一粒摘んで子爵さんに食べさせてあげる。


「とても美味しいですよ。」


子爵さんは、幸せそうに味わう。


「私も!」


一粒コピーして食べる。


「……味はしませんけど、美味しいです!」


「はは!」


コピーは自分の魔力でできているので、食べても自分の魔力に返るだけ……。でも、形だけでも同じ物を食べた気になれる。




私と子爵さんは、手をつなぐ……。


魔力が温かで……


子爵さんも、私も、


幸福で、微笑む……。




「今日も、夕方に散歩に行きましょう。」


「はい!」


ポールさんから、手袋を借りているし、


スタッフさんが、付き添って車椅子を押してくれるから、安心して外に出られる。


近くの公園から眺める夕日と街が綺麗で、毎日のように通っている。


公園は高台にあるから、少し坂を登るけれど、スタッフさん曰く、


「子爵さんを乗せて押すと、他の方より軽いんですよ。不思議です……。」


私が、子爵さんを少し浮かせているから。




公園の見晴らしの良い場所に来た。


子爵さんは、スタッフさんに話す。


「長く共に暮らしてきた大切な人が、今も側にいてくれているんですよ。」


「……精霊さん、でしたっけ。思い合っているんですね。」


「今も側に。……少し、二人きりにさせてくれますか?」


スタッフさんは、離れた場所に行く。


子爵さんは景色を眺めながら言う。


「精霊さん、あの屋敷では、よく屋根裏の天窓を開けて、こうして森を見渡しながら一緒に夕日を眺めましたね。」


「はい。お日様が山に沈むのも良かったですけど、海に沈むのも綺麗ですね。」


「そうだね……。」


ここは海辺の街で、夕日は海に沈む。


私は、昔、子爵さんに読んでもらった児童書を思い出す。


「あの海に、鯨はいるでしょうか?」


「どうかな。」


「家を丸呑みできるくらい、大きいでしょうか?」


「島だと思ったら、実は鯨だった、っていうくらい大きいかもね。」


「あはは!」


心地よい風を感じながら、たわいない会話をする……。




夕日は、幸せな一日に安心しているように、満足そうに赤く……、暖かい……。








日が暮れて、療養所の部屋に帰って来た。


私は手袋から出てきて言う。


「子爵さん、私、なんとなくわかりましたよ。」


「何が?」




沈む夕日を見ていて、気づいた事がある。




「太陽は沈んで見えなくなっても、


地球の裏側で輝いているし、


森の命は、巡っているし、


なので、


きっと子爵さんもそうなんです。




この先も、


どこかで輝いたり、


巡ったりするんですよ。」




「……そうだね……。」




私は、にっこりする。


「だから、私は一人じゃありません。


子爵さんもです。


隣人の縁は、これから先も続くんですよ。」




人間も、消えたりしない。


太陽のように、森の命のように、


見えなくなっても、どこかで生き続ける。




「……うん……。うん……。


そうだね。ありがとう。」




子爵さんは、


目を潤ませて微笑んで、


私の髪を撫でて、抱いてくれた。






「精霊さん、あなたがいてくれて、私はとても幸せですよ。


これからも、ずっと幸せです。」




「私もです!


ずっと幸せですよ、子爵さん!」






姿が見えなくなっても、


姿が変わっても、


子爵さんは、どこかで元気に生きている。




だから私は私で、


楽しんで暮らしていきます。




























僕は、子爵の友人の死後、彼が住んでいた屋敷を預かっていて、新たな住人を探している。


でも……なかなか難航している……。


魔法使いのコミュニティーから離れた立地だから、嫌がるやつが多い。


それに、精霊さんと仲良くできそうで、金持ちで、ってなると、どうにもいない……。


仕事を辞めて、僕が移住するか……?


うーん……。






「精霊さん、屋敷の次の住人は、魔力のある人とない人、どっちがいい?」


と聞いてみた。


「ない人がいいです。ある人だと、子爵さんと比べてしまうと思うので……。」


「でも、会話できたほうがいいかもよ。」


「……どうでしょう……。歓迎できるかわかりません……。


私にとっては、まだ、お屋敷の主は子爵さんって、どこかで思ってしまっています……。新しい主とうまく仲良くできるかわかりません……。」


精霊さんは生まれた時から、三十年近く、屋敷にいるあいつと仲良く暮らしていたんだ。他人を受け入れられないのは無理もない。けど。


「きっと大丈夫だよ。


まあ、もう少し考えてみて。」


「……はい……。」


精霊さんが興味を持つような、引っ越して来るのを楽しみに思えるような魔法使いを探さないと……。










子爵の友人の亡き後。


僕は時々、彼が住んでいた屋敷の管理を口実に、精霊さんの森へ行く。


そして、道具を持ち込んで、森でキャンプをする。


キャンプは割と好きだ。


エメさんも、一日中森で過ごせて嬉しそうだ。




精霊さんは、毎回、森を案内してくれる。


そして、よく、植物の名前を教えてくれる。子爵のあいつから教わって、自然に覚えたらしい。


「あいつは子供のころから植物が好きだったな。あいつは植物の魔力が見えてたし。


僕は植物より虫のほうが面白かった。どの虫がどの植物にいるか、二人で教えあったな。懐かしい。」


精霊さんが楽しそうに言う。


「そうなのですね。私が子爵さんから教わった虫の名前は、もとはポールさんから教わったものだったのですね!」


「精霊さんは、虫好き?」


「ええと、虫さんとはほとんどお話しできないので、植物や、イタチさん、狐さん、鳥さんのほうが好きです!あ、あの大きい木はフクロウさんのおうちなんですよ!この間、中へ招いてくれました!」


「へえ。仲いいんだね。」


「あっちはイタチさんのお家です。イタチさんと川遊びするのも楽しいんですよ!」


あいつがいなくても、精霊さんには友達がたくさんいるらしい。






夜。


僕はテントの中で横になろうとする。


すると、エメさんが心配そうに言う。


「ポールさん。お手伝いさせてください。」


けれど僕は申し出を断る。


「いいよ。大丈夫だ。」


「ですが、そのまま休まれると、翌朝、身体が痛いとおっしゃるではないですか。」


「うん……。」


落ち葉を敷いてるし、寝袋があるけど、いまいち体に合わない……。若い頃はどこででも寝られたけど、今はそうはいかない……。


だけど、エメさんに寝床の世話までしてもらうわけには……


「お体を心配しているのです。格好つけていないで、任せてください。」


「……。」


調子悪くなって、エメさんに心労をかけてしまいたくないな……。


「…………わかった。任せるよ。」


エメさんが、魔力で僕の体を浮かせる……。


「ああ……快適だ……!ありがとう!」


僕は足を伸ばして寝そべる。


丁度いい柔らかさで、心地いい。


フェアリーエアーマジックマットレスとか名付けて販売したら、売れるだろうな。


エメさんはくすっと笑う。


「手間のかかる人ですね。」


エメさんは、テントの入り口を魔法で閉じ、隙間風が入らないようにする。


そして、僕の隣に横になった。


「……エメさん……?」


彼女は微笑んで言う。


「精霊さんが見張りをしてくれるそうですよ。


たまにはこういうのもいいですね。


ポールさんが小さい頃は、よくせがまれて添い寝していました。」


と、懐かしそうに微笑む。


「……。」


そうだった……。


僕は、母に添い寝してもらうより、


エメさんに寝かしつけてもらう方が、うれしくて、よくせがんだ……。




思いかえせば、あの頃から今まで、ずっと……


エメさんとは、いい思い出ばかりだ……。


僕は幸せだった……。


エメさんがいてくれたから、僕は……




エメさんはこちらを眺めて言う。


「ポールさんは、いくつになってもお綺麗ですね……。」


僕は驚く。たまにエメさんは、突然びっくりするような事を言う。


「え……!?それはこっちのセリフだよ。」


こんな年取った僕を綺麗だなんて、精霊の美意識は分からないな……。まあでも、僕は年をとっても良い男だから。エメさんは見る目あるって事かな。


「私の姿は、ポールさんの無意識の好みも多少反映されています。ポールさんが私の外見に魅力を感じるのは当たり前です。


そうではなくて……


ポールさんの魅力は……魔力は……


ほかの方とは違うんですよ……。」


ああ。外見じゃなくて魔力か。なんか、前にも言われた気がする。




エメさんはうっとりした表情で言う。


「十代後半のポールさんの魔力は……


本当にほれぼれしました……。


契約の約束をしてくださって、本当に嬉しかったです……。


契約後も、美しくお育ちになって、


今も……


愛しています……。」




「エメさん……。」


僕はエメさんの片手に、そっと触れる……。




「ポールさんの魔力のコアを持っていられて、


私は幸せです。」


と、微笑んで胸元に片手を置く……。




「……。」


僕は肘で起きて身を寄せ、エメさんの頬に、そっとキスする……。




「今のは……」


「お礼だよ。」




エメさんの言う、美しい僕でいられたのは、エメさんのおかげだ。


いつも良い方へ進めて、心身も魔力も健康でいられたのは、彼女がいてくれたからだ……。


だからお礼に、頬にキスして、魔力を送ってあげた。


手からあげても、杖からあげても、同じような嬉しそうな表情をするけれど、


心なしか、いつもより夢見心地というか……、


まあ、気のせいかな。




「お休み。」


エメさんは幸せそうに微笑む。


「おやすみなさいませ。」




なんだか僕も……


多幸感で温かい……。


キスなんて久しぶりだし。




外で見張りをしてくれてる精霊さんに、悪いな……。










ドアが静かに閉まる。足音が遠ざかる。


クライアントが帰ったところだ。


「はあ……。」


僕は椅子の背もたれに寄り掛かり、指先で目頭をもむ……。この間仕事で遠出した時の疲れが、なかなか取れない。僕も年だな……。


エメさんがこちらを向く。


「ポールさん。」


「んー。」


「子爵さんのお屋敷に住んでみてはいかがですか?」


「僕が?」


「はい。」


「うーん、考えてはみたけど、仕事があるし……」


「ポールさんは十分社会に貢献なさいました。」


「ううん……。」


「引退を考えてみては?」


「……仕事を辞めたら、やることが何もないよ……。」


二十代で事務所を構え、仕事で飛び回り、アパートには寝に帰るだけ、という生活をしてきたから、仕事を辞めて何をしたらいいのか、さっぱり思いつかない……。


「庭に菜園でも作るか……。いや、しんどそうだな……。


昆虫採集……いや、精霊さんの森だしな……。」


「本を書いてみては?」


「え、何の?」


「書きたいものをです。」


「うーん……。」


あの屋敷は、空気も綺麗だし、風呂は広いし、隠居するのもいいか……。


ただ、僕の財産なんてたかが知れてるから、倹約しなきゃいけない。


料理、洗濯、薪割り、掃除……。全部自分でやる事になる。


今までも自分の世話は自分でしてきたけど、あれだけ広い屋敷だから、魔法に頼ったとしても、一苦労だ……。


「私ももちろんお手伝いしますし、精霊さんも。」


僕はくすっと笑う。


精霊さんが家事できるとは、あいつから聞いたことがない。聞かされたのは、可愛い失敗談ばかりだ。


「やり方教えてあげて。」










引っ越しを手伝ってくれた業者を外で見送った後、僕は大きな扉を開け、広い玄関ホールに入る。


ついに僕は屋敷へ引っ越してきたのだ。


リビングへ入り、荷物の箱に腰掛けて、ため息をつく。


「はあ……やれやれ……。掃除も荷解きも明日にしよう。疲れた……。」


魔法で暖炉に火を起こす。


今日はリビングが寝室だ。


エメさんに寝床を作ってもらってから、僕は荷物の中から日記帳を取り出した。まだまっさらな新しい日記帳だ。


寝床に座って、一ページ目を開く。


そして、万年筆で書き込む。


『僕がお前の屋敷に住むなんてな。


何もない、知り合いもいない土地で、不安はあるけど、まあ、どうにか暮らすさ。


精霊さんのことは、心配するな。僕じゃ役不足だろうが、話し相手にはなれる。


子供のころの、お前との思い出話をたっぷり聞かせてやるさ!


大人になってから、この屋敷で過ごした時の話しもな。』


静まり返った屋敷に響くのは、薪のはぜる音と、僕が万年筆を走らせる音だけ……。






引っ越しは老体にこたえる……。


朝から積み込み作業をして、昼前から、のろい荷馬車に揺られて、夕方にようやく屋敷に着いて、荷下ろしをした。


魔法で移動距離が縮まっているとはいえ、一日がかりだった。


おかげで僕はヘトヘトに疲れていて、日記をつけた後、すぐに寝てしまった……。




翌朝。


「あ、お目覚めです!」


え、精霊さんの声……?


「おはようございます。ポールさん。」


エメさん……。


「おはようございます!ポールさん!」


そうだ。屋敷に引っ越して来たんだった。


「……おはよう二人とも。精霊さん、久しぶり。」


「ポールさん、お屋敷へようこそ!」


引っ越しの話しはエメさんに伝えてもらったから、僕は精霊さんと会うのは去年の秋以来だ。


精霊さんは僕が寝た後やって来たらしい。


エメさんが言う。


「二人でポールさんの寝顔を眺めながら話しをしていました。」


精霊さんも楽しそうに言う。


「歌も歌いましたよ!ポールさんがお好きだと、子爵さんが教えてくれた歌です。」


エメさんが作ってくれたフェアリーマジックマットレスに、精霊さんの子守歌か……。


至れり尽くせりじゃないか……。


「おかげで調子良いよ。」


「何よりです。」


パンとチーズと、精霊さんが持ってきてくれた木の実の朝食を食べた。


お茶を飲み干してから、僕は膝を叩く。


「さて、この屋敷を復活させないと!


終わったら森へ行こう!」


「頑張ります!」


「ポールさんは無理なさらないよう。ほどほどに。」




各自掃除を始めた。


精霊さんがドアから出て来て、


「こちらの部屋は終わりましたよ!」


「え、早いな!」


そうだった。埃を集めるのは精霊さんの得意技だった……。


僕みたいに、箒と塵取りを魔法で操るのとは、わけが違う。


「……床は綺麗になったね!さすがだな!あとは、天井のクモの巣も取ってくれると嬉しいよ!」


「あちらの巣はまだお住まいですけど、他のは片付けておきますね!」




昼には主な部屋の掃除が終わった。


「午後は散歩だ。」




森を散歩しながら、精霊さんが言う。


「ポールさんは新しいお仕事をするそうですね?」


「うん。僕の今までの仕事の経験を本にしようと思って。まあ、専門的で売れないだろうけど、同じような仕事を目指す魔術師には良いかもと思ってね。振り返ってまとめるのは悪くないしね。」


「良いですね!できあがったら、読み聞かせてください!」


自著を読み聞かせ……?


「いや、う〜ん、それは恥ずかしいな……。」


それに、精霊さんには理解できるかどうか……。でも、精霊さんにも分かりやすく書いたら、一般の人にも手に取ってもらえるだろう……。


それは良いかもしれない。






精霊さんは、字が読めない。


「読み聞かせてる?読めるように教えてやらないのか?」


と、子爵のあいつに聞いた事があった。あいつは、


「あの子は、人の社会で生きると決めた時から覚え始めるのでいいと思うんだ。」


と、言っていた。


「いつか、良いパートナーと出会ってからで。」


と。


精霊さんへの伝言は魔法で作れるし、不自由なかったんだろう。




余談だけれど、文字と言えば、


僕は森で文章を読む気にならない。


文字から解放される気分の良さがほしくて、森へ来るのかもしれない……。


都市は文字に溢れてるからな……。


「こんな気持ちの良い森で、本なんて読む気になれないよ!」








からっぽだったお屋敷に、ポールさんとエメラルドさんがやって来た。


ゲストルームが一部屋と、キッチンとリビングの鎧戸が開けられ、私も一緒にお部屋のお掃除をした。


「精霊さん、ありがとう!」


「ポールさんが来てくださってとても嬉しいので、なんでもお手伝いしますよ!」






次の日。


様子を見に行くと、ポールさんは庭の木陰にソファを運んで座り、熱心に書き物をしていた。


エメラルドさんは屋根の上で、魔法で屋根板を直していたので、私はそちらへ行く。


「ポールさん、お仕事はかどっているみたいですね。」


エメラルドさんはニコっとする。


「はい。」


「エメラルドさん、夕食の木の実を一緒に取りに行きませんか?」


「近くですか?」


「はい。川の手前ですよ。」




「では行きましょう。」


エメラルドさんは、キッチンから籠をふたつ持って来た。




チェリーの木には赤い実がたくさんなっている。


「たくさんありますね。ポールさん、喜びますよ。」


「良かったです!……子爵さんは少しで良いといつもおっしゃっていましたけど。」


「子爵さんは、魔法使いである事を隠して生活されていましたからね。


もし、ポールさんと子爵さんのお二人であのお屋敷に暮らしていたら、子爵さんも、精霊さんからのたくさんのプレゼントを素直に喜んだと思いますよ。」




子爵さんとポールさんが、お屋敷で二人暮らし……!


きっとそうできていたら、とても楽しかっただろう……。




子爵さんとポールさんとエメラルドさんと、四人でキャンプやピクニックをしたのを思い出した……。


子爵さんは普段より朗らかで、楽しそうで、私も楽しかった。


毎日があんな感じだっただろう……。


  


「お仕事も大事ですし、子爵として屋敷の主の勤めを果たすのも大切ですけど……


もっと自由に暮らして欲しかったです……。子爵さん……。」


キャンプ好きの子爵さんと、毎日森で暮らせたら良いのにな……と、ちょっと思っていた……。




庭に戻ると、ポールさんが花に話しかけていた。


と、思ったら、花にいる虫に声をかけていた。


「君たちグルメだよねぇ。さぞかし美味いんだろうな。僕も虫になって蜜を吸いたいよ。……ん、ああ、おかえり!」


と、こちらに手を振った。エメラルドさんはクスッと笑う。


「甘党の主は、来世、蝶々かミツバチですね。」




夕食後。


私はポールさんに尋ねる。


「余りはどうしますか?お砂糖で漬けますか?」


「いいや。」


ポールさんはにっこりして


杖を取り出し、果物に魔法をかけた。


「食べ物の保存にはこれが良い。」


と、魔法をかけた果物をキッチンにある水瓶に入れた。


果物は底に沈んでいく。


エメラルドさんが説明する。


「水をはじく魔法です。水上歩行もその一種ですが、この魔法は、かけた物が水に沈みます。水温で冷やされたままなので、テーブルに置いて置くより日持ちしますし、虫も付きません。」


「実家のキッチンには、食料保存用の大きい水槽があったな。野菜もケーキも、水の底で冷えてた。」


魔法使いのお家は、このお屋敷と違うところが多々あるらしい。


「良い魔法ですね!教えてください!」


「もちろん。」






ポールさんとエメラルドさんがお屋敷にいてくれて、毎日楽しい。




「子爵さん、あなたもどこかにいますよね?


私達を見ていますよね?


今でも隣人の縁が続いているのですから……。」








僕は街道沿いに埋めてある魔力探知機や罠のメンテナンスをする。


あいつは晩年言っていた。


「人間と戦う術を、精霊さんに教えなければと、毎日思うんだけど……


教えられないんだ……。」


「気持ちは分かるよ。」


無垢で無邪気な精霊さんが、人と戦う力や防御する力を身に着けて、人を警戒して生きていかなければならなくなるのは、荷が重くて心配なんだろう。


「それに、こんな身体になってしまったから、ちゃんと相手ができない……。」


精霊を捕らえようと襲ってくる精霊狩りの役は、なかなかハードだ。


僕だって難しい。


「エメさんに頼むよ。」


「はい。私が責任を持ってお教えいたします。ご安心ください。」


「ありがとうございます……。」




だから僕は、僕も、あいつと同じに、精霊さんの暮らしを守る役目をしている。


僕とエメさんの二人で戦う術を教える方が、エメさんの負担が少ないだろうと思うけど……


でも彼女は、


「慣れない事をしてお怪我をなさる可能性は、大きいと思います。」


と、心配していた。


「心配はありがたいけど、年々、年寄り扱いが深刻になってきてるな……。」


「……すみません……。」


「いいんだ。今のところ元気だけど、いつ倒れてもおかしくない年ではあるからね。」


エメさんが僕を思う気持ちは、よくわかってる。


精霊さんも、エメさん相手の方が手加減なしに訓練できるだろう……。








村人が週に一度、ロバに引かせた荷車に食材などをのせて来てくれる。


以前、子爵のあいつもそうしてもらっていた。家政婦も雇っていた。


村人が言う。


「お宅は自分で料理するんでしたね。」


「ええ。独身が長いのでね。自分の世話は自分でできますよ。」


「この花もご自分で?」


玄関に花が生けてある。


「庭に咲いていたのでね。僕は花が好きなんです。」


エメさんが生けたものだ。端正で美しい。精霊さんが生けてくれたのはリビングに。そちらは森の野趣が強い。


村人は、僕の服装や花を眺めて言う。


「都会の方は生活スタイルってのが違いますね!では失礼します。」




村人は帰って行った。


僕は、エメさんが生けた花を眺める。


「……。」


屋敷のどこかに、僕と駆け落ちした女性がいるんじゃないかと噂されてるかもな……。


僕はもともと男前だけど、年を重ねた分、魅力が増してるから。噂をたてられても仕方がない。


「ふっ。やれやれ。……さ、風呂でも沸かすかな!」


一階に広い浴室がある。そこの風呂に入るのが、週一度の楽しみだ。


洗濯場兼、風呂焚き部屋で、薪を焚べる。


部屋の端に積んである薪を、杖でちょいと飛ばして窯に入れる。


「ポールさん!」


と、精霊さんが窓をノックする。


「どうぞ入って!」




精霊さんは爆ぜる火を見ながら言う。


「病院のお風呂は、蛇口からお湯が出てきましたけど、お屋敷のお風呂は、かまどなんですよね。女中さんが焚くのを時々外から眺めていました。」


「ふふ。」


洗濯や風呂焚きをする女中さんの井戸端会議も聞いていたんだろう。実際この部屋には井戸があるから文字通りだ。


僕は精霊さんと二人で薪を焚べて湯を温めた。




僕が湯加減を確かめて戻ってくると、精霊さんは薪を手に持って、樹木だった頃の記憶を読んでいた。


「せっかくだし、君、先に入ったら?」


と、手で示す。精霊さんはキョトンとする。


「?かまどにですか?」


「はは!お風呂にだよ。」


精霊は炎の中に入っても平気だけど、ちょっとドキッとする……。




「わあ……綺麗で何もないお部屋……!」


「初めて入るの?」


「はい。あ、これがお風呂、ですね!」


精霊さんは湯船の水面の上に降り立つと、しゃがんでから四つんばいになって、両手で湯をかき混ぜる。


「こんなに広いと、どこに入ろうか迷いますね!」


と、這ってウロウロしたあと、四つんばいのまま湯に沈んでいく。


「独特な入り方だな……。」


でも、あれはたぶん、あいつと風呂に入った時の名残りなんだ……。


「ポールさん、このお風呂、とっても綺麗ですね!」


精霊の声は、水中からでも聞こえる。




外からの光、タイルの艶、たっぷりの湯の揺らめき。


この風呂は詩情があって、好きだ。




「わ!」


びっくりした。


湯船から真っ白な鹿が出てきた。


「良いお湯でした!お次どうぞ!」


鹿の精霊さんは、にっこりして、優雅に歩いて出て行った……。






僕は一人で湯に浸かる……。


「はあ……気持ち良い……。」


あいつと、何度も一緒に入ったな……。


この浴室も、あの時と、何も変わってない……。




あいつが死んで……


「僕一人で入る日が来るとはな……。」




脱衣室から声をかけられる。


「お背中流しましょうか。」


エメさん……。


「いいよ。ありがとう。」




あいつが死んで、もう三年か……。


でも……


精霊さんと一緒に、この屋敷や森にいると、あいつもどこか近くにいるような気がしてくる……。


あいつも僕らも、孤独じゃないと、思えてくる……。


だから僕は、自由に、自然に過ごせている。




「……やっぱり洗ってもらおうかな?エメさん?」


「はい。」


パートナーの僕を構いたい気持ちを、受け取る事にした。




エメさんが頭と背中を洗ってくれた。


いったいどうやってるのか、エメさんが洗うと、頭が軽くなって、髪にコシとツヤが出るし、背中がしっとりスベスベになる……。


エメさんは言う。


「石鹸のポテンシャルを引き出しているだけです。」


石鹸のポテンシャル……。


「エステティシャン、むいてるかもよ。」


フェアリーマジックエステサロンだな。


エメさんは時々魔力マッサージもしてくれる。


魔力の巡りが良くなって気分が良いし、エメさんも嬉しそうだ。


だけど……


「ちょっと人には言えないな……。」


別に、やましい事してるわけじゃない。


大切に心にしまっておきたい事のひとつやふたつ、あるってわけだ。










「……はあ……エメさん……!」


夜に……


ガサガサと、落ち葉を踏んで、


僕は急いで歩いている。


「はあ……はあ……」


杖で辺りを照らし、彼女が飛んで行った方へ向かう。


懐の手袋の中にいる精霊さんが言う。


「ポールさん、落ち着いてください!私たちはお屋敷にいましょう……。」


「うん……そうだよな……でも……」




さっき、夕食後、エメさんが異変を察知した。




緊張した面持ちで、僕に囁いた。


「……ポールさん。」


「どうした?」


「魔力探知に、何か引っ掛かりました。西南の山の向こうです。」


「え……。」


「見て参ります。主と精霊さんはこちらでお待ちください。」


エメさんは壁を突き抜け、山の方へと飛んで行った……。




それからすぐに、僕はコートを羽織り、彼女の後を追った。


「はあ……エメさん……」


西南の山向こうには、人が通る道はない。


もうふたつ山を越えたところに、集落同士をつなぐ細い道があるけれど、精霊さんが暮らす森は、その山々の側を流れる急流の手前までだ……。


つまり、精霊さんの森のほとんどの領域が、人の踏み込めない深い森や山なのだ。




「精霊さんの、森に、魔力を持った誰かがいる……。


僕が確かめなきゃ……。」


「……ポールさん、私を出してください。私がお運びします。」


「いや……精霊さんはそこにいて。」


「あ、その木のところを右です。」


「え、回り道だよ。」


「そうです。でも、そちらの方が安全です。」


「……。」


どっちみち、僕が行ったところで、エメさんが対処した後だろう……。


頑張れば、僕の魔力探知と捕獲魔法が届く距離に行けると思ったけど……


「無理か……。はあ……。」


昼間なら、僕も飛んで行けたけど、夜は暗くて危険だ……。


エメさん、大丈夫だろうか……。


精霊狩りになんか負けない技量はあるし、もし相手が強ければ撤退する。けれど……


心配だ……。




こうなったのは、


子爵のあいつも僕も、険しい山と急流の向こうから精霊狩りがやって来るとは考えなかったからだ……。


けど、やっぱり罠を置いた方がいいのだ……。


空を飛ぶのは、魔力を多く使うから、大抵の魔法使いは嫌がるんだけど、捕まえた精霊の魔力を利用してる奴なら、絶壁も急流も、苦も無くどこへだって飛ぶだろう……。




「あ、エメラルドさん!」


エメさんが戻ってきた。僕はほっとする。良かった……。


「ポールさん……。」


僕は駆け寄る。


「すまん、居ても立ってもいられなくて。どうだった?」


「人じゃありませんでした。」


「え……!?人じゃない?」


「魔法生物のようです。私も初めて見ました。」


「魔法生物!?」


「鳥の姿なので、精霊かとも思いましたが、彼らは集団で行動しますし、あの姿は……」


エメさんはその魔法生物の名前を言う。


「!?伝説の魔法生物と言われているあの!?」


エメさんは魔力で形作って見せる。


「……本当だ……。」


でも……


普通、魔法動物は、魔法使いの国以外では滅多に見られない。


魔力のある魔法植物はこの森にも生えているけど、魔法動物は、魔力スポットと呼ばれる、魔力のある地質の側が主な生息地だから。


そういう土地は魔法使いにとっても便利だから、国が作られてきた。


必然的に、魔法動物との共存が課題だ。


魔法動物の中には、繁殖のために、他の地域へ移動する種がいるらしいけど……


はたしてその伝説の鳥は……?


「見に行きますか?」


「行きたいです!」


「そりゃ行きたいけど、僕が目視できる距離まで近づいて大丈夫かな……。」


「崖にいるので、遠くからでも見えますよ。」




エメさんが僕を結界で包んで


飛ばす。


空を飛んで、山の影までやって来た。


「あそこです。」


僕は魔力探知をする。


「ああ……本当だ……。」


尾の長い大きな鳥らしきものが、崖に止まっているのが、ぼんやりと感じられる……。


手袋から出た精霊さんが言う。


「綺麗ですね!」


「ええ、優美ですよね。」


「僕にはあんまりはっきり見えないけど……。」


「あんなに魔力がある鳥さんは初めてです!」


「どおりで、三十分おきの魔力探知に引っかからない訳です。


空から来たなら、急に現れたのも納得です。


あの長い尾の魔力、見事ですね。」


二人が楽しそうで良かった。


「あ!飛びましたよ!」


大きい鳥が、優雅に飛ぶ……。


そして、宙返りした……。


昼間なら、双眼鏡で見れるのにな……。


それでも美しい鳥だという事は分かった……。


だけど、大きいし、一つ懸念が……。


「こちらに気づいて襲ってきたりは……」


「確か、人から逃げる鳥です。ポールさんの魔力や気配を感じ取れないようにしているので、警戒されていないようです。


どうやら、あの崖の奥が今夜の寝床のようですね。」


人里離れた山奥から山奥へ、移動しつつ、パートナーを探しているのだろうか……。






翌朝。


僕は屋敷のベッドで目を覚ました。


身支度をして階下へ下りると、キッチンにエメさんがいた。


「おはようございます。」


「おはよう。」


伝説の鳥の観察を精霊さんと二人でするよう勧めたんだけど、帰って来たのか。


エメさんはポットに茶葉を入れながら言う。


「あの鳥は夜明けとともに飛び立って行きました。」


「ああ、そう。」


「私と精霊さんの魔力を異性と思ったのか、その他の理由かは分かりませんが、飛び去る前、空中を舞い踊っていました。


とても美しかったです……。」


「それは良かったね。」


「ポールさんにもお見せしたかったです……。」




エメさんのこんな表情が見れるなんて、引っ越して来て良かったな……。


僕たちはずっと都会に暮らしてきたけど、精霊にはストレスが多かっただろう……。


魔法使いの国だったから、精霊の仲間も多くて、それはそれで良かったかもしれないけど……


精霊さんの暮らしを羨む事もあったんじゃないかな……。




長年僕を支えてくれているエメさん。


彼女を労いたいと、思っていた。


ここに引っ越したのは、半分はエメさんのためだ……。


「エメさん、魔法生物、好きだもんね。よく二人で見に行ったね。」


魔法生物の観察は、人気の観光でもある。


保護区を巡るバスツアーは楽しくて、よく参加した。


「はい。ですが、魔力スポット以外の場所で出会うのは初めてです。魔力スポットのような魔力ノイズが少なくて、姿がよく見えて感動しました。」


精霊の目にはそう見えるんだな。


嬉しそうなにっこり笑顔でお茶の入ったカップを差し出してくれた。僕は受け取る。


「ありがとう。また出会えるといいね。」


「はい。」












私は伝える。


「ポールさん、私はあなたに、たくさん感謝を言いたいです。


ポールさんは、私の大恩人ですから!」


彼は良い笑顔で言う。


「何のことか分からないけど、精霊さんのお役に立てたなら良かった。」




あの時、たった一人で療養所にいる子爵さんをポールさんが説得して、私を迎えに来てくれなければ、私は二度と子爵さんに会えなかっただろう……。




「私は一人で旅に出ます。


あなたはあなたで、楽しんで生きて行ってください。」




たったそれだけの、子爵さんからの最後の言葉を、繰り返し思い出しながら、私は子爵さんの帰りを待ち続けていただろう……。


そんな別れは、嫌だった……。




「だから、ポールさんは私の大恩人ですよ!」




おかげで、私は再び子爵さんと暮らせて、


最後まで側にいて、


彼の死にも納得できた……。


彼の思いを引き継ぐ事もできた……。




そうして、今の私がある……、


毎日、子爵さんを思い出しながらも、幸せでいられるのは、ポールさんのおかげ。




ポールさんがお屋敷へ引っ越してきて、嬉しい。


たくさん恩返しができるから……。







僕が爵位を継ぐのを、親は期待していた。


でも、僕は家を出て、伯爵の位を捨てた。


なぜか……?


特権のある、搾取で成り立っている身分なんて、そんな非人間的なものでいたくない。


政治力で国を支える……?


優雅で気高い……?


本物の精神なら、右手団扇で庶民を蔑んでそんな事言わない。


貴族になんて、なりたい奴がなればいい。


僕は嫌だ。


ヨーロッパ諸国が軒並み貴族制度を廃止している時代に、魔法使いの国は時代遅れだ。


今に始まった事じゃないけど、魔力を知らない国々より自分たちは先を行ってると思ってる。


それは魔法学によるもので、政治じゃない。


全然先進国じゃない。




貴族も庶民も関係なく、人間は自由に生きる権利がある。


僕は何より、その権利を全うしたかった。


何の身分も持たない人間になりたかった。


そして誰であれ、どんな服装であれ、同じ人間として、尊敬の念を持って接する。


それが僕のポリシーだ。




エメさんが僕と組んでくれたから、


何も怖いものはなかった。




実際起業してみると、悩みや苦労が多くあったけど、いつもエメさんが、僕の納得のいくまで付き合ってくれたから、やってこれた。




学生の頃、一度、子爵のあいつを誘った事もあった。


「エメさんと三人で事務所を立ち上げないか?」


「子爵の位を放棄して?」


「ああ。」


まあ、でも彼の答えは分かってた。


「ごめん、私は薬学に興味があるんだ。


子爵を継ぐのも、親と約束してしまった。


変わり者なのに、姉兄同様、私にも継がせたいと言ってるんだ。」


優しいあいつは、親の気持ちを捨てられなかった……。


それに、身分が嫌いなのは僕と一致しているけど、立ち向かい方が違った。


自由を求めるより、子爵の箔を利用する方を選んだ。


医学は何かと金がかかる。


恵まれない人たちに、格安で薬を提供するために、子爵の身分を選んだ。


「僕とはえらい違いだ。」


「ポールの方がすごいよ。私には一人暮らしする決心もつかない……。」


「僕は寮生活で慣れたよ。」


「寮は食事が出ただろう。僕は料理できる気がしないよ……。」


「屋敷や寮の大がかりなキッチンしか知らないからだろ。都会の単身用のアパートのキッチンはコンパクトで使いやすいよ。」




彼はこうも言っていた。


「私は一生独身でいるよ。


結婚したいと思った人は、いなくなってしまったしね……。」


彼はフィアンセを亡くしていた。


だから僕は、彼を事業立ち上げに引っ張り込もうと思った。


一人にするのが心配だったから……。




彼は微笑んで言った。


「心配ありがとう。時々、手紙で近況報告し合おう。」




あいつも僕も、筆まめな方で、やりとりは絶えず続いた。






ある時、


仕事の話しと、屋敷の従業員の話しばかりだったあいつの手紙に、変化が起きた。


「ポール。


屋敷のある森に、最近、精霊がいる。


どうやら森から生まれたらしい。」




次の手紙にはこうあった。


「ポール。


森の精霊が、私に興味を持っているらしい。


森で出会うと、屋敷近くまでついてくる。


昨日も会った。


それで気づいたんだけど……


姿が似てるんだ……。


フィアンセの彼女に……。」




その文面を読んだとたん、僕は……


「あ……あ……エメさん……!エメさん……!」


「どうしました?」


「良かった……!あいつが……!あいつも……!」




僕は泣いた……。


新しい精霊の命が、あいつの元にやって来てくれた事に、とても感謝した……。






「精霊さんは、おてんばで、子供で、フィアンセとは似ても似つかない。


でも……


彼女が私を心配して、精霊さんをよこしてくれたように思える……。」




返事を書こうにも、涙が滲んで手元が見えなくて、上手く字が書けず、何度も書き直した……。










僕は精霊さんに言う。


「君と初めて会った時、感動したんだよ。


君は僕を、ほとんど見てなかったけどね。」


初対面で、精霊さんはエメさんに嫉妬して、大揺れしていた。


「すみません……!」


「いいんだ。君が子爵のあいつを、すごく大切に思っているって分かって、安心したから。


……精霊さん、あいつのところに生まれてきてくれて、ありがとう。


あいつを救って、幸せにしてくれて、本当にありがとう。」












「どうぞ。」


「ありがとう。美味しそうだ!」


僕は食卓につき、エメさんが作ってくれた料理を食べる。


「うん、美味しいよ!」


エメさんの料理はちゃんと美味しいし、魔力が込めてあって、力が湧いてくる。


まあ、つまり、エメさんの魔力も一緒に食べているのだ。


精霊の魔力は、食べると魔力源が活性化して、普段は魔力が少ないところまで、体中に満ちる感じがする。


エメさんは、その様子を眺めるのが好きらしい。






一緒に暮らし始めた最初の頃、


「作ってくれるだけでありがたいから、魔力を足さなくてもいいよ。」


と、遠慮した事があった。すると彼女は、


「……。私の魔力が、お嫌ですか……?」


傷つきやすい戸惑いの目で僕を見つめた。


僕はハッとして、


「そうじゃないよ!今まで精霊の魔力を食べた事無かったし、なんだか悪い気がして、遠慮したんだ。でも、君の気持ちももっと考えるべきだった。ごめん、気を悪くしないで。」


「私はポールさんと違って料理が不得意ですし、できる事はそれくらいしかないのです……。」


料理が得意な精霊は少ない。


精霊は味が分からないし、食べる必要がないから当たり前だ。エメさんの料理も、最初は茹ですぎた卵や、味の無い、または塩辛いスープだった。


そこになんとか何かを足そうとして、魔力を少しずつ込めるようになったらしい。


そうすれば、見た目だけでも精霊にとってはマシになるってのもあるだろう。


もし僕が魔力不足になっても、僕の方から魔力をくれなんて絶対言わないし、彼女の方からくれると言っても遠慮するから、普段から料理に込める事にしたんだろう。


そんなに僕を心配に思って……


健気じゃないか……。


「ありがとう。魔力ごと食べさせてもらうよ。」


もうあんな顔は見たくないからね……。


僕がエメさんの魔力を度々遠慮するから、嫌われてるとでも思ってたのかもしれない……。


悲しませてしまって、申し訳なかった……。




今では、エメさんは僕より料理上手いし、外食や自分で作った魔力無しの料理では物足りないくらいだ。


なんて、人にはちょっと話せないけどな……。










「精霊さん、君に見せたいものがあるんだ。」


「ポールさん、なんでしょう?」


「あいつの持ち物だよ。この屋敷にはほとんど残っていないみたいだけど、書物の類は村の教会に寄贈してあるんだ。」


精霊さんは驚く。


「子爵さんの本がですか!?教会にですか!?」


「うん。屋敷を離れる前にそうしたらしい。


自分が他界してから五年以上たったら精霊さんに教えてやってほしいと頼まれてたんだ。」


「子爵さんが……」


「というわけで、夜中にこっそり教会へ忍び込もう!」


「え……!?」








真夜中。


僕と精霊さんは、夏草(と、墓地の壁)の影に隠れるように身を低くして、教会を眺めている。エメさんが戻って来た。


「エメさん。どうだった?」


「はい。牧師さんはよく眠っているようです。」


寝室を覗いてきてもらった。


「じゃあ、僕はこの辺で待ってるから。」


するとエメさんは、


「ポールさん、夜の墓地は苦手なのでは?書庫の窓近くにいたほうがいいのでは?」


「うん……そうだね……。いや、僕を気にせず行ってくれ。」


「……ではまいりましょう、精霊さん。」


「はい!」


エメさんと精霊さんは書庫へ向かった……。まもなく書庫の窓を通り抜けて室内に入るだろう。


「……。」


僕も書庫の方へ移動する。杖で足元を照らし、魔力で探りながら。


「僕は、精霊は見えても亡霊は見えないたちだから、大丈夫、大丈夫……。」


この墓地には、子爵のあいつも眠っている。子爵家の墓地がある大きな教会ではなく、ここにしたのは、精霊さんのためだ。


「……あいつの亡霊なら会ってもいいかな……。いや、それもなんか今は嫌だな……。うう……ゾクゾクする……。」








室内には、多くの書棚が並んでいる。


北向きの窓からは、庭が見える。


「この突き当りのがそうです。」


エメラルドさんが指さす先には、壁を背にして立派な書棚が立っていた。


装飾の施された、扉付きの、しっかりした本棚。


ひと目見て、私は感激する。 




「子爵さんの本棚!」




エメラルドさんが言う。


「本棚ごと、寄贈したのですね。」




模様が彫られた、美しい本棚。


エメラルドさんがカギを開けて扉を開いてくれた。


「わあ……」


子爵さんの本が、ぎっしり詰まっている……。


子爵さんの蔵書はもっとあったはずだけど、ここにあるのは彼との思い出深いものばかり。


難しい薬学の本は無いみたい。


私は一冊の本を見つけた。


「これは……」


その本を取り出す。大きくて分厚い割に軽い。


開くと……


植物の標本になっている。


貼り付けてある、葉っぱや草花を眺めて、私はエメラルドさんに話す。


「これは、子爵さんと一緒に採集した薬草です。森の奥の湖まで一緒に行きました。これも、この薬草も、……懐かしい……。」




私は一つ一つ、書棚の本を指差し、弾む心のままに、エメラルドさんに説明する。


「あの本は、よく調べ物に使っていました!


あれは、薬草図鑑です!


あっちは、精霊学の教科書だそうです!」








精霊さんは夢中になって本を見ている。


私はポールさんが心配になって、窓辺へ見に行った。


彼は窓の下にいて、私に気づき、こちらを見上げてにっこりした。


「精霊さん、嬉しそうだな!」


「ええ。ポールさん、大丈夫ですか?」


「うん。」


と、彼は杖を左手に持ち替えた。また右手に持ち替える。


彼は怖がっている時、そうして平気な素振りをする。


精霊さんが叫ぶように私を呼んだ。


「エメラルドさん……!」


「!」


精霊さんのところへ行くと、子爵さんの本棚から魔力が感じられた。


さっきまでは何の魔力もなかった。


(魔力のある薬草も、年月が経っているから、魔力が抜けてしまっているようだった。)


「この本からですね。」


魔力が濃く感じられる本を手に取ると、それは本ではなく箱だった。


鍵はなく、留め金を外して開けると、中には黒っぽい鉱石が入っていた。


「この石は……」


と、見覚えがあるらしく、精霊さんが触れた。


すると急に石が光り、視界が明るくなった……。




本棚も、書庫も消え……


私たちは……


やさしい雰囲気の部屋にいる……。




小さいテーブルに、座り心地のよさそうな椅子、それからベッド……。


ここは、子爵さんが暮らしていた療養所の部屋……。




少し離れた窓辺に、人がいる。


子爵さんが、立っている。


こちらに半身を向けて、窓の外を眺めているように……。




「子爵さん……!」




精霊さんが呼びかけると、


彼はゆっくりとこちらを向く……。




『精霊さん。』


と、私に微笑む。




生前、子爵さんから聞いていた。


「僕の生きている様子や景色を、石に閉じ込めて、精霊さんあての手紙を作ったんだ。思い出深い本、数十冊と一緒に、教会へ置かせてもらった。」




精霊さんは飛んでいき、彼に触れる。


けれど、うまく触れない。


子爵さんは、鉱石の箱を持っている私を見て言う。


「いつかこの書棚へやってくると思って、その石に、この時間と空間を記録しています。


精霊さん、元気ですか?何年後かな……?」


精霊さんは彼の目の前に浮かんで言う。


「子爵さん……!私は元気ですよ!」


でも、視線が合っていないだろう。私は、


「精霊さん。この石を持ってください。」


涙を流している精霊さんに石を手渡す。




質素な身なりをした子爵さんは、手に銀色の杖を持っている。


杖と石は、同じ拍動でゆっくりと点滅している。




『精霊さん、いつかはあの森も、今とは変わってしまうだろうし、あの屋敷も、もしかしたらなくなってしまう時が来るかもしれない。


だから、君と長く過ごしたそれらの場所を、その石に写して保存しておいた。


いつでも見られるようにね。


どうかな?それなりにリアルに見えているかな?


僕一人では、こんなことはできない。


君が、その石に大量の魔力を込めておいてくれたから、形になったんだ。


……もっとたくさん、保存しておけばよかった……。


君と再会できて以来、悔やむことが多いよ……。


屋敷に籠って薬ばかり作っていないで、君のためにしておけばよかったことが、たくさんある……。」




「子爵さん……」


精霊さんは泣いている……。




『精霊さん、あなたならきっと、たくさんの幸せに出会えているでしょう。


私はこの先も楽しんで過ごすから、


精霊さんも、楽しく暮らしてください。」




精霊さんに良い笑顔を向けた……。




「子爵さん……!はい!私は楽しく暮らしていますよ!」




あたりが白く霞んで……


景色が変わる……。




今度は別の部屋になった。


子爵さんの仕事部屋に。


部屋の中央と窓際にテーブルがある。テーブルには道具や本が置かれている。




子爵さんはソファーに座り、足を組んでいる。


午後の日差しが窓から入ってきていて、穏やかな時間が流れている……。




子爵さんは座ったままでしゃべらないけれど、精霊さんはそばによって話す。


「子爵さん、記録を残しておいてくれて、ありがとうございます。


でも……、石のことも、書棚のことも、なぜ私に話してくれなかったんですか?


書類や本はみんな薬学の研究所に寄贈したと話していたのは、半分嘘だったのですね?


……でも、そんなことはもう、どうでもいいです。


こうして、再会できたのですから……。」


と、ソファの肘掛けに置かれている彼の片手に、大切そうに手を重ねる……。




視線は交わらないけれど、二人は心が通い合っている……。


そう感じられる……。




幸せな一時が流れていく……。




また景色が変わる。




今度は森……。


庭から森へ入ってすぐのところのよう。


振り向くと、屋敷が見える。


どの窓も鎧戸が閉まっている……。


どうやら屋敷を離れる直前のよう。


子爵さんが自分の手のひらに魔法をかけている。


と思うと、掌にある何かを、地面に埋めた。




精霊さんは何かに気づいた。


「……あの花は、……この時植えたものだったんですね……。」




この場所に、毎年花が咲くように……。


自分の代わりに、精霊さんを見守ってほしいと願いを込めて……


植えたのだ……。




子爵さんは精霊さんを見て


微笑んだ……。




「……。」




視線が合い、見つめあっているように見えた……。




私と精霊さん以外の全てが白くなり……


私たちは……


教会の書庫に戻ってきた……。




精霊さんの抱えている石の明かりが消えている……。




私は、泣いている精霊さんに言う。


「……この石を持って帰りましょうか。」


精霊さんは持ち帰って手元に置いておきたいはず……。




けれど精霊さんは書棚を見上げ……首を振る。


「いいえ。……いいです。ここにしまっておきたいです。」


「いいのですか?」


「はい。全部そろえて置いておきたいです。」


「そうですか。」


「子爵さんが、この場所に置いてくれたものですから。」




「……。」


二人で本棚を眺める……。


精霊さんはもう一冊、本を手に取って、嬉しそうに思い出を話しはじめる……。




「……って子爵さんは言っていて、それならポールさんに……あ、そういえば、ポールさんは……」


急に心配になったらしい。


本を片付け、窓辺へ行く。


窓の下にしゃがんでいるポールさんに、精霊さんが声をかける。


「ポールさん!」


「うわあ!!」


だいぶ驚いた様子。


「……ああ、びっくりした……え、もう見終わったのかな?」


「はい!帰りましょう!」


「もっと見ていていいんだよ。」


「また今度、一人で来ます!」


「そう。じゃあ行こうか。」


と、ポールさんはこっそり胸を撫で下ろしている。




教会の敷地を出てから、ランプを灯し、道を照らしながら、屋敷へ戻った。






後日。


ポールさんが言う。


「あの夜、僕が幽霊と一緒に歩いてるところを見たって村人がいるらしいんだ。


はは!たまに偶然、波長が合って精霊が見える人がいるからな!…………。」


「……他にも何か?」


「いや……それが、おかしな事に……、


その幽霊は腰の曲がったハゲ頭の爺さんだったらしくて……なに、見間違えさ!ははは!


ああ、そうそう、僕が夜中に出歩いてた理由は、酔いを覚ますために散歩してたって事にして、謝っといたよ。」


「そうですか。


霊感と魔力は違いますから、私たちに見えないものたちがいてもおかしくないそうですけど。」


「……えっ……エメさん……」


「けれど、私には分かりません。見えるもの、証明されているものを信じていれば良いのでは。私はそう思っています。」


「そうだな。魔法学や科学で証明されてるものを信じていよう。うん!エメさんの言う通りだ!」


と、私に微笑んでみせた。


怖がっているポールさんは魔力も不安定になるので、安心させてあげたい。


「村といえば、もうすぐ村祭りだそうですね。ポールさん、今年は参加なさいますか?」


と、話しを逸らす。


「あいつは運営側で参加してたらしいけど、僕はどうしようかな……。村に何の出資もしてない部外者が行っても歓迎されないだろう。」


「では、歓迎されるよう、品物を持って行ってはどうでしょう。」




村祭り当日。


僕は荷馬車に籠や樽や大鍋を積み込んで村へ向かった。


それらに入っているのは……


庭で採った果物だ。


精霊さんとエメさんも、もちろん手伝ってくれたけど、半分以上僕が採った。


でないと、本当に一人暮らしなのかと疑われるからね。


「こんなにたくさん!」


「どうぞ召し上がってください。僕には食べ切れないですから。」


果物を喜んでもらえて、祭りに参加できて、村人と仲良くなれて、満足だ。


エメさんと精霊さんも遠巻きに祭りを見ていた。


二人も楽しめたらしい。


「子どもたちのダンスが可愛かったですよ!」




村人に、


「子爵さんのお友達なら、ポールさんも魔法使いですか?」


と、聞かれた。


「村人は誰もが知っていますよ。子爵さんは魔法で私たちを救ってくれたんです。」


「……。」


もう、魔法使い狩りを恐れる時代じゃない。


別に隠す必要はない。


けれど……


「残念ながら、僕もあいつも、魔法使いじゃありませんよ。


魔法、使えたらカッコいいんですけどね!はは!」




あいつは隠し通した。


それは、精霊さんのためだ。


魔法使いのいるところに精霊あり、と目星をつけて精霊狩りが寄って来ないようにするために。


契約精霊であろうと無理やり盗るヤツらもいるらしいから、そうでない精霊さんは何重にも守ってやる必要がある。


だから僕も、魔法使いだということをオープンにしない。




そうして嘘をついても、あいつは村人から慕われていた。




「子爵さんも、そうおっしゃって、何かを守っておられました。」


と、村人は微笑んだ。


「またいらしてください。手土産などなくても、いつでも歓迎いたします。」




荷車とロバの一頭でも買うか。


そうすれば自分の食料を受け取りに行けるし。


感じの良いご婦人ともお話しできるし。










年々、ここでの暮らしが大変になってきている……。


「僕も、もう年だからな……。」


魔力も薄まってきている。


冬に、雪で閉ざされてしまうと、もうどうしようもない……。


最初の三年はなんとかしのいだけど……一日中、暖炉を焚いていても、窓辺が凍る……。


僕自身はエメさんの魔法で温かいけど、とにかく、物も屋敷も全部冷たい。


冷気が僕を弱らせようと待ち構えている。


「あいつはよくこんな屋敷に住んでたよな……。人数多いと、ここまで冷え込まないのかもしれないけど……。」


屋敷中の暖炉とストーブを焚けばマシになるかもしれないけど、そうはいかない……。


村から、僕一人のためにソリで物資を運んでもらうのも悪い……。雪道は危険だし。


「そこで、すまないけど、今年から冬は都市で暮らそうと思うんだ……。」


エメさんはうなづく。


「知り合いも多いですし、その方が安心で良いです。精霊さんには、私から話しておきます。」


「僕からも話すよ。」








精霊さんは微笑んで言う。


「ポールさん。


不自由しているの、分かっていました。


寂しいですけど、やっぱりポールさんは頼れる人間がいる都会で生活するのが良いと思います。


私は大丈夫なので、引っ越しなさってください。


今まで隣人でいられて、楽しかったです!


お元気でいてくださいね!」


「精霊さん……。」


「たまに遊びに来てくれたら嬉しいです。」


精霊さん、成長したな……。


あいつの二の舞いになるんじゃないかって、泣いて寂しがるかもって、不安だったけど……。


まあ、僕とあいつは違うしね。


「夏にまた来るよ。キャンプもピクニックもしよう。」


「はい。楽しみにしています!」






エメさんが、物件を見つけてきてくれた。昔住んでいたアパートの近くだ。




「ポールさんは、私がお運びします。よろしいでしょうか?」


馬車も車も考えたけど、しんどそうだ……。


「うん。もうカッコつけずに任せるよ。」


「……。それはそれで、心配になります……。」


「はは!」


エメさんの気持ちは分かる。


全面的に頼られると、僕の老化と残り時間を目の当たりにしたように思えるんだ。


確かに、体力落ちてきたと、年々感じている。


ひとつずつ、できることが減ってきた。




そのうち僕も、いっかは……あいつのように、この世を去る時がくる……。




「ポールさんのコアを持っていられて、私は幸せです。」




僕は、不安そうなエメさんの手を握る。


微笑んで彼女を見つめる。




「何も心配しなくていい。


僕はどこにも行かない。」




「……。」




僕の魔力が、エメさんの手を温めていく……。




僕は笑顔で言う。


「まだまだ、僕は元気だ。そうだろ?」




「……はい……。」




僕は、涙ぐむ彼女の髪を撫で、


抱きしめた……。










「お気をつけて!」


精霊さんに見送られながら、


僕とエメさんは、


秋晴れの綺麗な空を飛んで、


都市へと、


新しい住まいへと、


向かった……。














私は空を飛んで、


子爵さんの屋敷のある森へ、やってきた。




森の上から、遠くのお屋敷を眺める。


お屋敷は、しばらく前から、お金持ちの避暑のための別荘になっている。


今は冬なので全て鎧戸が閉まっている。




森の中を探し、鳥に案内され、精霊さんを見つけた。


「精霊さん。お久しぶりです。」


精霊さんは、輝く笑顔で出迎えてくれた。


「エメラルドさん!わあ!お元気でしたか?!」


「はい。」


「ポールさんも?」


と、精霊さんは嬉しそうにポールさんを探す。


「……精霊さん、ポールさんは、一月前に、亡くなりました。」


「え……!そんな……!」


精霊さんは涙をこぼす。


「老衰です。十分長生きしたんですよ。」


「ポールさん……!」




精霊さんがポールさんの死を受け入れ、泣き止んできた頃に言う。


「ポールさんは、精霊さんに会いたがっていました。


あなたを、子爵さんと過ごした療養所へ連れて行ってあげたいと話していました。」


「手袋に隠れて……。」


と、精霊さんは微笑む。


「精霊さん、今回は私がお連れします。」


「霧を伝って行くのですか?」


「こちらとあちらに霧が出ていないと行けないので、今回は空を通ります。」


「空を?」






まず、私と精霊さんが隠れるくらいの球体の結界を張った。


そのまま、結界ごと、まっすぐに空へと登っていく……。




「こんなに高いところは初めてです!


……世界は、こうなっているんですね……。」


陸の形がよく分かる。


海岸線や、海も見える。


海の向こうの大陸の端っこも、うっすら見える。


たいていの雲は、下にある。


空の青は、暗い色をしている。


「精霊はこの辺りまでしか登れませんが、どの山よりも、人の飛ばす気球よりも、ずっと高いです。


精霊狩りの力も及ばず、安全な、精霊だけの領域です。」


結界を解いた。


「清々しいですね。」


「そうですね。少し降りて、風に乗りましょう。」




私たちは、街の療養所にやって来た。


庭を見て、精霊さんが喜ぶ。


「懐かしいです!あ!子爵さんと一緒に植えた苗が、まだあります!あ、こちらは苗の子供ですね!」


以前、精霊さんが実を大きくしたので、人気らしい。いくつも育てられている。


どれも毎年、多くの実を付けているだろう。


精霊さんは、嬉しそうに微笑んで言う。


「あのテラスで、よく子爵さんと一緒に日向ぼっこしました。」


今は冬で、テラスには誰もいない。




近くの公園にやって来た。


私が作った強固な結界越しに、夕日を眺める。私は話す。


「精霊さん……。私はしばらくお暇をいただきました。ポールさんの家系で、式を必要としている方は、今のところいらっしゃらないので。」


「そうですか。ゆっくりお休みすると良いと思いますよ。良かったら、私の森に来ませんか?」


「はい。ありがとうございます。」


そのつもりだった。


ポールさんが数年前に街道沿いに埋めた魔力探知機や罠はもう使えないから、これからは精霊さんが自力で身を守らなければならない。私はその手助けを頼まれている。


それがポールさんから頼まれた……最後の仕事の一つ……。




精霊さんが、私を見つめて言う。


「エメラルドさん……辛い事、私に話してみませんか……?」




「精霊さん……。……私は……」




私は胸に手を当てる。人間なら、心臓のあるあたり。


「今まで何度も経験してきたのですけれど……魔術師と契約すると、ここにコアができるんです。


けれど……魔術師が亡くなると、コアの半分を形作っていた彼らの魔力が……少しずつ、消えていくんです……。


ポールさんとの契約の結びつきは、


……私にとって……」


涙が溢れてきて、言葉が詰まる……。




今も少しずつ、ポールさんの美しい魔力が散っている……。


あと数日で、契約が消えるだろう……。




優しく明るい彼は、魔力も天性の明るさがあって、


好きだった……。


この胸にある魔力も愛しかった……。


彼の名残が消えていく様子も、美しくて悲しい……。




「……。」


精霊さんは、震えて泣く私を、優しく抱きしめてくれた……。






空を渡って、森へ帰って来た。


イチイの大木の枝に腰掛けて、月を眺めながら話す。


「精霊さんに、いくつか魔法を教えます。


一緒に練習しましょう。」


「エメラルドさん、お疲れなのに、もう少し休まなくて大丈夫ですか……?」


「お気遣いありがとうございます。でも、仕事をしている方が、気が紛れて楽なんです。」




二十年前、


子爵さんが亡くなった時、精霊さんは、毎日泣いていた……。


けれど、一月後には、元気に森で暮らしていた。




でも、私は……ひと月たってもまだ……。




契約していなかった精霊さんの方が、苦しみが少ないように思えて、羨ましくなる……。


でも、きっと、精霊さんは、契約している私とポールさんが羨ましかっただろう……。




子爵さんは、私と一代目の主との関係を考慮して、精霊さんと契約しない選択をしたのかもしれない。


そしたら申し訳ない気持ちになるけれど……、


他にも、子爵さんなりのお考えがあったと思う……。




契約があっても、無くても、ポールさんと私は、素晴らしい関係だった。




この別れの痛みも、もうすぐ軽くなる……。


そして、楽しい思い出ばかりが残る……。




私は微笑む。


「精霊さん、まずは魔力探知機の作り方を教えます。」




それから毎日、精霊さんに、魔法の稽古をつけた。


精霊さんは、魔力探知機や、罠を上手に作れるようになっていった。


精霊さんは、地中から取り出したフォークを持って言う。


「これは魔力探知機だったんですね!おまじないをかけて作るお守りだと思っていました!」


子爵さんから、そう教わったらしい。


「とても実用的なお守りですね。」


「……もし、本当に精霊狩りがやって来たら、子爵さんはどうするつもりだったんでしょう……。」


「罠で拘束して、魔法警察に引き渡したと思いますよ。


でも、万が一のためにも備えていたと思います。


子爵さんも、防衛、戦闘の教育は受けていましたから、いざという時は、精霊さんのために戦う覚悟はあったのではないでしょうか。


ポールさんと会うたび、二人で訓練していたようですし。」


「そんな!


そんなピンチになったら、私が子爵さんを抱えて逃げます!」


私は笑う。


「私もそうします。


ポールさんを抱えて逃げます!」


精霊さんも笑う。


「あはは!仕方のない二人ですね!危なかったら、逃げるのが一番なのに!」


敵前逃亡なんてカッコ悪いからやめてくれ!と、ジタバタするポールさんが目に浮かぶ……。


「ふふふ!


……ですけど、最近は手口が巧妙だったり、強い精霊狩りが増えているそうなので、被害を防げるよう、術をしっかり習得しましょう。」


「はい!」






数日が経ち……


もうすっかり、ポールさんとの契約が消えてしまった……。


消えてしまえば、魔力も気持ちも安定して、落ち着きが出てくる……。


まだ少し、もの寂しさはあるけれど。




私は雪の上に寝転ぶ。


目を閉じて、主の言葉を思い出す……。




「エメさん。


僕はすごく楽しかった。


君は?」




「私も楽しかったですよ。」




「きっとまた、良い出会いがあるよ。


僕の家系であろうと、なかろうと。


誰かとまた契約しても、しなくても良い。


楽しんで生きていって。」




「はい。遺言、受け賜わりました。」




ポールさんはニコニコして、


「そうそう、僕からの最後のプレゼントは、それだよ。」


指さす戸棚から、私は箱を出した。開けると、綺麗なストールが入っていた。


薄く透けていて、軽い……。


「君が着ているドレスはとても素敵だけど、腕と肩が寒そうだなって、ずっと思ってたんだ。良かったら使って。」


「人にとっても防寒には、ならなさそうですけど……。」


「まあ……、でも綺麗だろ?似合うと思ったんだよ。」


私はコピーしたストールを羽織る。


「ああ!よく似合うよ!思った通りだ!」


「……ポールさん、元のストールは、どなたへ……?」


「!今度は誰にもあげないよ!棺に入れてもらうんだ!」


私はクスッと笑う。


「差し上げて構わないんですよ。」


ポールさんは、私に何かプレゼントするのが好きなようで、今までもいろいろ頂いた。靴や、髪飾りや、ケーキや、香水や……。


嬉しかったけれど、毎回、若干困りながら、コピーして受け取った。


ほとんどは、身につけられない物で、消えてしまった。


元の品物は、親戚にあげたり、自分で食べたりしていた。




ポールさんは、ストールを持ち上げて、


「これは天国に持って行くよ。


それで、知り合った人に自慢するんだ。


エメさんって優秀な精霊と契約してたんだ!ってさ!」




ストールを首に巻いて、


満足そうに、幸せそうに、笑った……。






私は思い出し笑いする。


同じストールをなびかせて、あの世で自慢話しをしているポールさんが目に浮かぶ……。




ポールさんは、本当に最後まで、


楽しい人でした……。




そして、私を幸せにしてくれた……。




当たり前のように、私を愛してくれた……。




たくさんの優しさと魔力をいただいて……


ポールさんはもう、私と溶け合っていると思う……。


今も……


彼は笑顔で、私も……。






私はストールの端を持ち上げ、透かして空を見る……。






天から柔らかに……




雪が降り始める……。




雪の舞いに誘われるように、


私と、森と、空の魔力は


優しく溶け合う……、




そして再び、


森は森、空は空、




私は、私になる……。




私は微笑んで言う。


「ポールさん。


新しい事に挑戦しようと思います。


見ていてください。」




いいね!応援してるよ!










エメラルドさんは、たまに来てくれる。


私の様子を見に。


そして、森でくつろぎに。


彼女が生まれた森は、もうとっくにないらしい……。


「ここはいつ来ても、とてもいい森ですね。」


と、褒めてくれる。


「もっと、しょっちゅう来てください。」


エメラルドさんはお仕事が忙しいらしいけど……。


精霊団という、魔法使いの国を守る防衛のお仕事をしているらしい。


なんだか大変そう……。




二人で花畑の上に寝そべって、流れる雲を眺め、話をする……。




エメラルドさんが言う。


『精霊も、人も、生き物も、


きっと同じあたりから来るんだと思います。』




「そうですね……。


生まれる前、もともとは、区別はなかったかもしれませんね。」




生まれる前……


人も、精霊も、


同じものだったかもしれない……。




森の木々も、動物たちも、いとおしく感じるのは、


彼らも、私と同じところから来たからかもしれない……。




そして、


子爵さんも……。




それなら……


もしかしたら、私たちは、


また同じところへ行けるかもしれない……。




いつか、私が精霊の寿命を終えたら……


子爵さんのいるところへ、


行けるのかもしれない……。






エメラルドさんは微笑む。


「きっとそうですね……。」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ