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魔法使いの国

エマスイがニコッとして言う。

「アルシュの体調がいいようだから、調律師の方をお呼びするわね。」

僕は大喜びする。

「ほんとですか!うれしいです!」

サマーも喜んでくれた。

「よかったな!アルシュ!」

サマーはエマスイを見て、

「全部、一日で調律するんですか?」

エマスイ邸には、鍵盤楽器が九台もある。

「いいえ、二日かかるわね。だから一晩泊まっていただくの。準備をお願いできる?」

僕とサマーは元気よく返事する。

『はい!』


僕はエマスイに尋ねる。

「調律師さんとお会いするのは初めてです!

どんな方なんですか?」

「彼はピアノだけでなく、アコースティックな鍵盤楽器、全てに興味があって、若い頃からチェンバロやフォルテピアノの製作や復元を学びに、あちこちの工房へ弟子入りしているの。

作り方を知っているわけだから、できない修理は無いんじゃないかしら。」

「すごい方ですね……!」

調律師って、調律だけじゃなくて、製作も修理もできるんだ……!




当日。

僕はリビングでピアノを弾きながら作曲している。けれど、気もそぞろだ。

もうすぐ調律師さんが来る……!

楽しみすぎて、音符を読んでも音のイメージが飛んでしまうから、曲を作り込めない……。


早くピアノ室に入りたくて、この三ヶ月、体力作りのための散歩を欠かさなかった。

チェンバロ、フォルテピアノ……。

あの綺麗で可愛い楽器たちは、どんな音がするんだろう……!


外に車が止まる音がした。

「いらっしゃった!」

予定通りだ……!

ドアチャイムが鳴る。

すぐにエマスイが出迎える。

僕も、開け放たれているリビングのドアのところへ行く。

玄関先で、調律師の人とエマスイが、楽しそうに話をしている。

エマスイと同い年くらいの、長身の男性が微笑んで言う。

「お元気そうですね。エマスイ先生。」

「ええ、元気よ。あなたも元気そうね、ドクター。いつものお茶をお持ちするわね。リビングでお待ちになって。」

ふたりがこちらを向いて、僕と目が合う。

エマスイが調律師さんに僕を紹介してくれる。

「彼はアルシュ。作曲家で、ピアニストの卵よ。」

「はじめまして。アルシュです。よろしくお願いします。」

調律師さんはこちらへ歩いて来る。

「初めまして。」

僕も進み出る。

「お待ちしてました。お会いできて嬉しいです!」

握手して、リビングへ案内する。

「こちらへどうぞ。お荷物お持ちします。」

「ありがとう。でも重いので自分で運びます。」

仕事道具の入った鞄は、確かに重そうだ。

僕は調律師さんをリビングのソファへ案内した。

それから急いで、二階へ行く。

楽譜室のアップライトを弾いているサマーに、来客を知らせた。

「俺も会ったことない人なんだ。どんな人?」

「背が高くて、ジェントルな職人って感じの人だよ。」

「ふうん。」

長年、エマスイが頼りにしている調律師だと聞いている。

親しい友人でもあるように見受けられた。


僕とサマーは二階の廊下から様子をうかがう。

ここからだと二人の姿は見えないけれど、開いているリビングのドアから、二人の話し声が聞こえてくる。

内容まではわからないけど、楽しそうなエマスイの声。

聞きなれない男性の声。

和やかな大人の雰囲気が伝わってくる。

サマーは忍び足で階段を下りていき、こっそりリビングの中をのぞき見て、また戻ってきた。

彼は、少し眉を寄せて、小声で僕に言う。

「なんだかちょっと妬けるな。」

僕はくすっと笑う。

確かに僕も、少しやきもち焼いてる。

でも、それより僕は、エマスイの気持ちがうれしい。

今回の調律は、半ば僕のためなのだ……。


調律師の人は、いわば僕のために、ピアノ室の鍵盤楽器の状態をチェックしてくれるのだ。


調律が終わったら、これからは毎日、ピアノ室を使っていいと、エマスイは約束してくれた……。


とてもうれしいし、わくわくする。

楽しみで仕方がない。

生の音を聴いた事のない古楽器たちを、ようやく奏でられる……!


サマーは全部弾いたことがあるらしい。

「どんなでしたか?」

と、尋ねてみたら、

「きれいだけど、弾いてると、なんていうか、小鳥と戯れながら刺繍とかレース編みしてる気分になってくる。」

どれもピアノより音が小さくて繊細だから、そう感じたらしい……。

かわいくて笑ってしまった。

『サマー、刺繍やレース編みしたことあるんですか?』

「ない。アルシュは?」

「ふふ!僕もないです。」


編み物をするかしないかは置いといて、僕は、綺麗で可愛いものが好きだ。

サマーの話しを聞いて、ますます楽しみになってきた。


二階の廊下で、サマーとヒソヒソ話していたら、

エマスイがリビングから出て来た。キッチンに何か取りに行こうとしている。

サマーが声をかける。

「あ、運びますよ!」

「あら、ありがとう。」


きちんとしたスーツを着た調律師さんは、十五分ほど紅茶と会話を楽しんでから、ピアノ室へ移動した。

僕が階段を下りていくと、

彼は眼鏡をかけて上着を脱いでいるところだった。

それから大きな鞄を広げ、道具を取り出し、調律を始めた。

ピアノ室のドアのところにエマスイが立っているので、僕も近寄って様子を眺める。

「ここで見ていても大丈夫でしょうか?」

「ええ。あなたのこと、話してあるわ。

アルシュはとても楽しみにしているから、きっといてもたってもいられず、仕事の様子を見に来るだろうって。

中で座って見てて大丈夫だそうよ。」

と、にっこりする。

「ありがとうございます!」

僕は、玄関での二人の会話を思い出す。

「ドクター、なんですね。」

エマスイは、調律師さんの事をそう呼んでいた。

「ええ。なんでも知っていて、修理ができる、ピアノのお医者さん。敬意を込めてドクターと呼んでいるの。」

僕はにっこりして頷く。

「ピアノのドクター!

頼もしいですね!」


僕は、ドクターさんの仕事の邪魔をしないよう、壁際の椅子に座って、調律の作業を見ている。

エマスイがいつも使っているグランドピアノの調律が終わると、チェンバロの状態を見始めた。少ししてから、彼は僕に声をかけた。

「アルシュさん。」

僕はちょっとびっくりする。

「はい。」

「これを弾くなら、調律の仕方を覚えたほうがいいので、こちらへどうぞ。」

「はい!」

僕が駆け寄ると、彼は音叉を取り出して鳴らし、まず一音合わせた。

それを基準にして、和音を鳴らし、次々合わせていく。

弦を張っているチューニングピンを、専用の道具で回して音程を合わせる。

その道具を手渡された。

「次はここ。」

「はい。」

音を出し、ピンを回して合わせる。

「弦が細くて狂いやすいから、毎回できるだけ合わせてから弾いた方がいいです。」

「わかりました。」

こうして調律しているだけで、良い音だ……。

鍵盤の手ごたえもピアノと違っていて、面白い。

もう一台、チェンバロがある。

「あれもですか?」

「あちらは錆が出てるので、まず弦を張り替えます。」


僕は再び、壁際の椅子に腰掛けて眺める。


床に置かれた、布製の道具入れの中で、たくさんの種類の道具たちが、柔らかな秋の光に輝いている。


慣れた手つきでスムーズに作業するドクターさんの姿は、美しいと思う……。


サマーがキッチンで料理を始める物音がする。

ドクターさんの作業を眺めていたかったけれど、僕はサマーを手伝いに行った。



ほどなくして、昼食の準備が整った。

ドクターさんは、テーブルに並べられた料理を眺めてから、

「エマスイ先生の食卓はいつも楽しいですね。」

と、目を輝かせて微笑む。それからサマーを見て、

「これはあなたのお国の料理ですか?」

「そうです!」

サマーは元気よく料理の説明をする。

家庭料理もあれば、行事の時に作る料理もある。

ドクターさんは一口食べ、

「うん、おいしいです。見た目より優しい味ですね。」

「はは!よく言われます!」

僕も最初思ったことだった。

スパイスが効いていそうな見た目だけれど、意外とマイルドなのだ。

僕はドクターさんに言う。

「二階にお部屋をご用意してありますから、食後に一休みできますよ!」

「ありがとうございます。」




今日も森が綺麗だ。

メルツが言う。

「アルシュさん、うきうきしていますね。」

「そうなんだ。とっても楽しみなんだよ!」

散歩の足取りも軽い。

調律の見学は、午前で終わりにした。

だって、やっぱり自分で弾いて音を知りたいから。


あの小ぶりな鍵盤楽器たちは、エマスイの母親が集めたものばかりらしい。

一台だけは、エマスイが知人から引き取ったものらしいけど。

エマスイは、指が狂うから自分は弾かないと話していたけれど、

彼女の母親は、時々自分の楽しみと曲の解釈のために奏でていたらしい。

「メルツは、エマスイのお母さんの演奏も聞いていたんだよね?

チェンバロやフォルテピアノの演奏も?」

「はい。どの楽器の演奏も素敵でしたよ。アルシュさんの演奏も聞きたいです!」

「うん、聞きに来て!」


僕は笑ってメルツと手をつなぐ。

色彩のあるメルツの笑顔は、より、うれしい。




散歩から戻り、自分の部屋でコートを脱ぐ。

すると、ドアがノックされた。

開けるとサマーがいた。彼は楽しそうに言う。

「アルシュ、夕食後にタップダンスしない?二人の前で。」

エマスイとドクターさんの前で、練習の成果をお披露目する……!

「それは良いですね!練習しなきゃ!」

三か月、細々とだけど練習して、ようやく一曲踊れるようになったところだ。



とは言え、まずは一休み。

ベッドの上に、足を投げ出して座って、メレンゲクッキーを食べつつ、リラックスして作曲をして、散歩の疲れを取る。

それからサマーと連絡を取って、玄関から外へ出た。

ドクターさんのいるピアノ室の反対側にある駐車スペースで、サマーと二人でダンスの練習を始めた。

手帳で曲を流し、ステップを踏む。

……最初のころは、足を上げ下げするだけでばてたし、ステップを踏めるようになってきてからも、すぐ貧血みたいになってしまって、なかなか一曲通せなかったけれど、やっとテンポについていけるようになった。

まだ息が上がるし、ばてるけど。

サマーは僕が三つステップを踏む間に、六つ踏める。ソロもある。僕はその間休めるけど、サマーは最後まで踊りっぱなしだ。

さすが!




夕食後。

僕とサマーは、二人そろって、曲に乗ってステップを踏んでいる。

最後、くるっと回ってから、かっこよくポーズを決めた。

曲が終わり、お辞儀する……。

エマスイもドクターさんも、喜んで拍手している。

「二人ともかっこよかったわよ!」

「サマーのソロはさすがですよね!」

と、僕はサマーに拍手を送る。

「アルシュもしっかりステップが決まってたよ!」

サマーも僕に拍手してくれた。

ドクターさんも楽しんでくれたようで、笑顔だ。



キッチンで片付けをしていると、エマスイから声をかけられた。

「サマー、アルシュ、戸締まりよろしくね。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。エマスイ。ドクターさんも、おやすみなさい。」

「楽しかったですよ。ありがとうございます。おやすみなさい。」

エマスイとドクターさんが、それぞれの部屋に休みに行った。

僕とサマーは、片付けのあと、いつものように手分けして、戸締りと火の元を確認する。

それから

「おやすみ!」

「おやすみなさい!」

自分たちの部屋へ入る。

僕は寝る支度をして、ベッドに横になる。


……明日の午後には……

ようやく、ピアノ室の楽器たちを奏でられる……!


楽しみでしかたなくて、目が冴えていたけれど、システムが眠らせてくれた……。



翌日。

ドクターさんにお尋ねした。

「ドクターさんは、古楽器の製作家の工房へよく行くとエマスイ先生からお聞きしました。

やっぱり作者それぞれの特徴を知るために通っているんですか?」


「そうです。古楽器は、たいていおひとりで作り上げていらっしゃるので、

個人個人で特徴や工夫に違いがあるんですよ。私は調律師として、それらを守れるようになるために、学びに行くんです。」

と、工房の様子を端末で見せてくれた。


ドクターさんは、職人さん一人一人の、こだわりの音色を、一緒に守っているのだ……。

プロフェッショナルでカッコいいな……!




昼食後。

ドクターさんがリビングへやってきて、優しい目で僕を見て言う。

「ピアノ室の楽器の調律が終わりましたよ。」

「!弾いてもいいですか!?」

「どうぞ。」



僕は深呼吸して、美しい古楽器のふたを開ける……。


一音、鳴らす……。


和音を、鳴らす……。




「……アルシュ。アルシュ。調律師さんが帰るよ。」

サマーの声に、ハッとする。

夢中で弾いてしまった……。

もう窓の外は日が傾いている。

僕とサマーは玄関へ行き、エマスイと一緒に、ドクターさんをお見送りした。

「ありがとうございました!お気をつけて!」

彼は、渋くてカッコいい車で帰って行った。


玄関の中へ入り、エマスイが言う。

「アルシュ。古楽器はどう?」

「素敵ですよ!」

「そう。」

「ジャズを弾いても古の宮廷の香りになりそう。」

と、サマー。

「はは!」

古楽器でジャズ、面白そう!




僕とサマーは、食器を食洗機に入れる作業をしている。

僕は少し気になっている事をサマーに言う。


「もしかして、ドクターさんは、エマスイの恋人だったりするんでしょうか……?」

「ううん……。さぁ……。」


恋愛というより友情って雰囲気な気がするけど、分からない。絆ははっきり感じられる。


「エマスイに聞いてみよう!」

サマーが驚く。

「え!……アルシュって見かけによらず心臓タフだよね……。さすがっていうか。尊敬するよ。」

「え?」

心臓も体も、サマーのほうがずっとタフに思えるけど……。度胸があるってことかな。

「じゃあ聞いてみますね。」

「う、うん。」

休憩中のエマスイのところへ行く。



「あの、ドクターさんは、もしかしてエマスイの恋人さんなんですか?」

エマスイはくすくす笑う。

「いいえ。お友達よ。音楽活動になくてはならない、大事な人だし、気が合うから一緒にいて楽しいけどね。

彼のパートナーも音楽家よ。ピアニストではなく、チェリストだけど。」

「そうなんですね。素敵ですね!」

僕はくすっと笑う。

「カッコいい方だから、サマーも僕も、ちょっと妬いてたんですよ。」

「まあ。」

エマスイはおかしそうに笑っている。

「それにしても、古楽器の修理もできるって、すごいことじゃないですか?」

「そうなのよ。

古楽器の調律師の人は、製作や複製に携わる人もいるそうよ。」

「そうなんですね。」

そのレベルで楽器を知ってる必要があるんだろうな。

演奏家を支えているのは、ドクターさんのような、力のある職人たちなのだ……。

「エマスイのロマンスもちょっと聞いてみたかったですけど、お二人のご関係、あこがれます。」

ピアニストと相棒の調律師……。

「ご期待に沿えなくてごめんなさいね。

それに、もともとドクターはね、同性が恋愛対象なのよ。」

僕は驚く。

「え……!そうでしたか……!……言われないと見た目ではわかりませんね。じゃあ、チェリストのパートナーって、」

「男性よ。」

「なんか……かっこいいですね……。

男性で、どちらも音楽好きでプロだけれど、扱ってる楽器は違うってところが、かっこよくていいですね!」

「ああ、そう言ってもらえると、彼が喜ぶわ。」

と、エマスイは嬉しそうに言う。




そういえば、ルイス博士もセクシャルマイノリティーだ。

男女どちらも恋愛対象だって言ってた。

今まで僕が知らなかっただけで、実は結構いらっしゃるのかもしれない……。

ルイス博士みたいに、人に話す人ばかりではないだろうから、普通に接する以外、どうしたらいいのかわからないな……。



という僕の悩みと、エマスイとの会話を、サマーに報告した。

僕は自分のセクシャリティをサマーに話す。

「僕はたぶんストレートですけど、サマーは?」

「俺もだよ。女の子が好き。」

僕はうなづく。

「うんうん。エマスイはどうなんでしょう?」

ピアニストの男性と結婚して三年で離婚した話ししか知らない……。

エマスイも、ルイス博士と同じセクシャリティの可能性もある。

知ってるのと、知らないのでは、やっぱり何か違うと思う。

「聞いてみます。」

サマーは驚く。

「え!また!?」

「はい。だって、知らないと大切にできないですから。」

「……そう……だよな。うん。俺も、エマスイ先生がどんな人でも大切に思うよ……。」

「ですよね!」

僕はニコっとする。



僕とサマーは、自分のセクシャリティーをエマスイに話した。

「ふふ。二人とも自分のセクを話してくれてありがとう。

私はね、わからないのよ。恋愛に夢中になるってことがなかったのよね。思いかえしてみれば。

好ましく思う人は多くいるけれど、恋愛としてではなく、人としてだわ。

仕事人間で、一人が気楽なのね。

夫と別れたときは……結構ダメージあったけどね。

彼の音楽が、もうこの家に響かないのだと思うと、悲しかったわ……。

でも、その感情も、曲の解釈に役立ったわ。」

音楽一筋の人生なのだ……。

エマスイが奏でてきた音楽は、本当に宝物だと思う。

長い年月をかけて、丹念に磨き上げてきた、美しい音楽たちだ。

エマスイは、音楽に恋をしてきたんだと思う。

サマーが言う。

「でも、本当に一人で暮らすのが気楽なら、アシスタントや研究生を置いたりしませんよね。」

「あ、確かに。」

それは僕も一度聞きたかったことだ。

アシスタントなら、別に同じ家に居なくても、ネットで打合せすればいいし、食事は家事のプロを雇えばいい。

「エマスイはどうして若い人をアシスタントに雇ってきたんですか?」


「私には子供がいないってこともあるし、それに、私自身若い感性を無くさないようにしたいから、こうして若者と接して、おしゃべりしたいのよ。

アシスタントが短期で入れ替わってしまうのは、確かに効率的ではないけれど、仕事自体は若者にもできるものだから。

音大を出て、アルバイトをしながら音楽を続ける子は結構いて、私は彼らに何かチャンスをあげたいって思っているの。」


チャンスをつかむための、アシスタント業なのだ。

先輩たちの中には、ここで力をつけて、コンクールに受かってプロになった人や、新しい道を見つけた人が数多くいる。

サマーも、僕も、そのための時間と環境を、エマスイからいただいているのだ……。





「はあ……。」

俺は、シンクの縁に両手をついてため息をつく……。


俺はただのアシスタントだけど……

エマスイが渋カッコイイ男性と親しげにしているのを見て、つい、張り合いたくなった……。


タップダンスをしようとアルシュに持ち掛け、披露した。

アルシュにとって、ちょうどいい機会だと思ったし、エマスイと調律師さんに楽しんでもらいたいっていう純粋な気持ちもあったけど……


たんに俺が、エマスイから褒められたかっただけだ……。


上手くいって褒めてもらえて嬉しかったけど……

調律師さんがゲイだと聞いて、ちょっと引いてしまった。


目立つことしたせいで、俺のこと気に入られちゃってたらどうしよう……。

そんな失礼なことを考えてしまった……。


エマスイだって、女性も恋愛対象かもしれないとアルシュに言われて、

俺のエマスイ先生像が壊れるから嫌だ……!

って思ってしまった……。


「はあ……。」

うなだれる。

……俺は以前から、セクマイの人にどう接したらいいのかわからない……。

引いてしまって、近づく勇気が出ない……。


俺は情けない、恥ずかしい、小さい人間だ……。


アルシュの言葉を思い出す。

「知らないと、大切にできないですから。」

アルシュの方が、ずっと立派な良い人間だな……。

……。

……よし、俺も頑張ろう……!うん!ちゃんと人を知る努力をしよう!


きっとそういう姿勢は、将来、彼女ができた時にも役立つはずだ……!





サマーが言う。

「アルシュって、自分の曲をすごくかわいがってるよね。」

「え。」

そうかな……。

「いつもニコニコして弾いてるじゃん。」

ニコニコ……そうなんだ……。

「気づきませんでした……。」

「うらやましいよ。俺も作曲試みてるけど、難しいよ。

アレンジはなんとかできるけど、一から作るのって、いったいどうやってるの?」

「僕は、思いつくから書いてるんです。」

「すごいな……やっぱ才能なんだよな……。」

才能……かな……?

「……作曲は、小さい頃から、一番楽しい事で、だから続いているんです。

僕にはそれしかないので、多才なサマーが羨ましいですよ。

サマーは僕よりずっといろんな事ができて、いろんな事を知ってるし、楽しんでる。

家族もたくさんいて、好きな人もいて、

眩しいですよ。」

と、微笑む……。


健康で朗らかで、幸せな人生を歩んでいるサマー。

それだけ多くを持っていても、僕を羨ましく思うなんて不思議だけど、人ってそういうものかもしれない……。


「アルシュ……」

「サマーに羨ましがられるものを、僕が持ってるなんて、ちょっと嬉しいです。

それだけ僕の曲に価値があるって、思ってくれてるって事ですよね!」


サマーはちょっと泣きそうな顔をする。

それから真面目な顔で、力強く言う


「そうだよ!俺なんか全然敵わない、すごい良いものだよ!」


サマーに熱く肯定されて、僕は驚く。

「あ……ありがとうございます!サマー!

サマーもすごい良いものたくさん持ってますよ!」


サマーの目が潤む……。

彼は笑顔で言う。

「アルシュ!今日も一緒に料理作ろう!」

「はい!」





この一週間、僕は古楽器漬けになっている。

エマスイの練習時間以外は、ピアノ室に入り浸っている。


初めて出版する本に載せる曲の選定、研磨もしなきゃならないけれど、

古楽器の神秘的な音色に魅せられている。


古楽器は、ピアノの重厚な華やかさとはまた違った魅力がある。

チェンバロの制限のある表現も美しくて面白いし、

フォルテピアノの、キラキラとかわいらしくて、少し懐かしい感じのする優しい音色も素敵だ。


僕は、完成してある曲の中から、合うものを探して見つけたし、

書き途中の曲の山の中からも、いくつか拾った。

完成できる気がする。


古楽器のうち二台は、同じ製作家の作品らしい。装飾がシンプルなものだ。

ドクターさんが教えてくれた。

「ここにサインがあるんですよ。」

ギターの胴の中に記されているみたいに、作者の名前と作られた年が書いてあった。

「存命の方で、今も製作を続けていらっしゃいます。

彼の作品は、弦を弾く爪が、鳥の羽の軸でできていて、一本一本、手作業で削って作られています。」

「この小さなパーツを手作業でですか!?すごいです!」

他にも、音作りのための工夫が随所にあると教えてくれた……。

「ピアノやギターと同じように、なるべく毎日弾くと、響くようになりますよ。」


確かに、一週間前より音が鳴るようになって、楽器が目覚めてきた感じがする……。

僕は感動していて、

より、魅力にハマっている……。




夜。

ピアノ室にサマーが入って来た。

「アルシュ、そろそろ休んだ方がいいよ。」

僕はチェンバロの前で作曲している。

「はい、もう少し……。」

「……。」

サマーが近寄ってきて、仁王立ちして睨んでくる。

「……わかりましたよ。休みます。」

僕はタブレット端末を手に持ち、立ち上がる。

「それの電源切って。」

と、サマーが端末を示す。

「……。」

自分の部屋で続きを書こうと思っていたのにな。

曲をメモリースティックに保存し、言われた通り電源を切る。

「よし!戸締りはやっとくから、早く寝ること。」

「はい。」

「体調大丈夫?」

「はい。」

「ほんと?」

「ちょっと運動不足ですね……。」

サマーが再び口をへの字にする。

散歩もさぼりがちだし、タップダンスも、披露して以来練習してない……。そのせいか、電気ひざ掛けしてても足が冷えてくる。

「明日からは、ちゃんと体力作りします。」

彼はうなずく。

「さあ、早く風呂入って寝ろよ!あ、風呂ん中で寝るなよ!」

以前、一度、湯船で眠りそうになった事を話して以来、心配してくれている。

「そうですね。気を付けます!」


無事お風呂から出て、ベッドでぐっすり眠った……。


明日が楽しみって、毎日思ってる……。


すごく……

幸せ……。





手帳が小さく振動する。

サマーが、食事ができたと知らせてくれたのだ。

けど、僕はまだ曲を書いている途中で、切りの良いとこまで仕上げたい。

僕は指先で返事を送る。


僕は今、自分の部屋で、机に向って、紙の五線譜に音符を書き込んでいる。


空気に溶けてしまいそうな音色たちを、

そっと捕まえて、次々と音符にしていく。


……どれくらいたっただろう。

行き詰ったので、昼食を食べることにした。

手帳を見ると、サマーの連絡から三十分近くたっていた。

でも僕は、焦らなくていい。

昼食は、僕もエマスイも、呼ばれてすぐに食べに行くことができないときがあるので、サマーが作っておいてくれた料理を、各自、都合のいい時によそって食べる。ということになっている。


僕が階段を下りていくと、サマーがリビングから顔を出して、

「アルシュ!こっち!」

と手招きした。

いつもはキッチンに料理があるのだけど、今日はリビングにあるのかな。

サマーは僕を待っていたらしい。

遅くなってしまって、悪いことしたな……。


でも、嬉しい。


僕と一緒に食事したくて、待っててくれる人がいる……。


僕がリビングへ入ると、エマスイとサマーが、こちらを向いて立っていた。

そして、二人して、僕に笑顔で拍手した。

「え?」


「アルシュ、十六歳のお誕生日おめでとう!」


「あ……!」

すっかり忘れてた……!


エマスイが花束を手渡してくれた。僕は受け取る。

スイートピーと、淡いピンクの薔薇の花束だ……!

僕の好きな花を覚えててくれたんだ……!

「わあ……!ありがとうございます……!」

驚いたし、

すごくうれしい……!



……僕の両親は……

誕生日を祝ってくれたことなんて、なかった……。

だから、自分に誕生日がある事なんて忘れていた。

入院して、看護師さんや先生がお祝いしてくれて、驚いたし、とても嬉しかった。

いい人たちだな、と思った。



エマスイとサマーが、僕にプレゼントをくれた。

エマスイのは、ハンドクリームだった。

「寝る前によくなじませて。爪にもいいクリームよ。」

これから冬だから、ありがたい。

サマーからのはペンだった。

音符を書く専用のペンで、角度によって、太い線と細い線が書ける。

「寝転んで上向けても書けるペンだよ。これでたくさん作曲して!」


「エマスイ、サマー、どうもありがとうございます!」

誕生日プレゼントを用意してくれてたなんて……!

すごくうれしい。

心が暖かくて、キラキラしてる……。


「今、料理を温めてくるから、座ってて。」

サマーは走ってキッチンへ向かった。

エマスイが、

「座って。」

とほほ笑む。僕も微笑む。

「僕を待っててくれたんですね。遅くなってすみません。」

エマスイはにっこりして首を横に振る。


僕は、普段のように、一人で食べるのも気が楽だけれど、こうしてそろって食べるほうが好きだ……。


サマーの料理は相変わらずおいしくて、

「デザートもあるよ!エマスイと二人で作ったんだ!」

僕のために二人で作ってくれたババロアも、とてもおいしかった。


行き詰った曲の続きを思いついたので、

食後すぐに部屋に戻って、サマーからもらったペンで続きを書いた……。

三人での食事を思い出しながら……。


楽しくて……

温かくて……

まるで、本当の家族みたいで……


僕は二人が大好きだ……!




ローイの誕生日には、

ご両親が来てお祝いしていた。

次の日ローイは、親からもらったゲームを抱えて僕のところへ来て、

「遊ぼうぜ!」

と言った。

「いいの?君がもらったプレゼントでしょ。」

「アルシュと遊びたくて買ってもらったんだ。」

と、生え変わり途中の歯を見せてニヤッと笑った。

「ローイ……!」

優しい。みんな、やさしい……。


ローイは、僕の誕生日にプレゼントをくれた。

手書きの五線譜を、たくさんコピーしたものだった。

ぎこちないト音記号がかわいかった。

僕はそれに曲を書き込んで、彼の誕生日にプレゼントした。

大切な友人、ローイへ送る。と、表紙に書いた。

パソコンの打ち込みで曲を聞かせると、彼は、

「スゲー気に入った!」

と笑った。

余った数枚は、大切に引き出しにしまっておいた。

けれど、ルイスについていくとき、置いてきてしまった……。

薬とメモリースティックだけを持って行こうと決めていたから……。

万が一の時、見知らぬ場所で、周りの人の手間にならないようにと思った……。

だから、あの時僕は、身ひとつで病院を出て、ルイスと共に、ドローンタクシーに乗った……。





食事中、サマーが言う。

「アルシュはさ、その……自分に魔力があるって最近分かったって話してたじゃん?」

「はい。」

「今まで思い当たることはなかったの?

なんか、偶然、魔法っぽいのができたとかは、なかったの……?」


以前、エマスイからも同じ質問をされた。


「たぶんですけど、人の夢に干渉できます。ほかはわかりません。」

「へえ。どうやって干渉するの?」


「眠ってる人のそばでお話しすると、その通りの夢を見るらしいです。

同じように、僕も、眠ってるとき語り掛けられると、お話し通りの夢を見るんです。

それでローイとよく遊んでました。」

面白かったな。


「へえ、面白そうだね!今すぐ眠るから、俺にも話してよ!」

けれど、エマスイが言う。

「それは、やめた方がいい気がするわ。」


「エマスイ?どうしてですか?」

「私は、魔力のことは全くわからないけど、アルシュはちゃんとした教育を受けて、知識と技術を身に着けてから能力を使うべきだと思うわ。

体力もついてきたようだし、そろそろ行ってきたらどうかしら。」





二十二時。

僕は自分の部屋の窓を開け、

窓際の椅子に座っている。

曲集に載せる曲を選んでいる。

明かりは、ベッドサイドと、僕のそばの背の高いスタンドの柔らかな明かりだけ。


カーテンが揺れた気がして、そちらを見ると、

メルツが窓枠に腰掛けて、

僕に微笑んでいた。

「アルシュさん。」

今日も、ふわふわと、髪とスカートが揺れている。


「メルツ。」

僕もにこっとする。


「こんばんは。アルシュさん。」

「こんばんは!メルツを待ってたんだ。頼みがあって。」

僕の向かいにある椅子に座るよう、手で示す。



僕は、エマスイに言われたことをメルツに報告する。

『アルシュはちゃんとした教育を受けてから魔力を使うべきだと思うわ。

体力もついてきたようだし、そろそろ行ってきたらどうかしら。』


メルツは喜ぶ。

「それじゃ、ついにマイザの岬へ行くんですね!」

「うん。来月行こうと思う。サマーも一緒に来てくれるって。

それでね、もしよかったら、メルツも一緒にどうかなと思って。

例えば何かの動物の姿なら、ペットとして電車やバスに乗れるんじゃないかな。」

「……そうですね、……でも、私は動物の姿で電車などの乗り物に乗ったことがないので、何か、ご迷惑をおかけしてしまうと申し訳ないので、精霊の方法で行きたいです。

霧を通って行ったり、風に乗ったりして。

岬の方角と、大体の位置はわかるので。」

「そっか。じゃあ、岬で待ち合わせだね!

メルツがいてくれると心強いよ。今回は長居しない予定だけど。

モーリーさんを知る人や、魔力について知ってる人とお会いするのが目的だから。」


「……ただ……。」

と、メルツは不安げに少しうつむいている。

「うん、何?」


メルツは、あまりこの森から出たことがないらしいから、不安なのかも……。

急な遠出は、やっぱりやめた方がいいかもしれない……。

そう思っていると、メルツはこういった。


「ただ、悪い魔術師の人もいると聞いています。

岬は玄関口で、いろんな人が通るところだそうです。

なので、だれとも契約を交わしていない精霊の私は……

最悪、狩られることがあるそうです……。」


僕は驚く。

「狩られる!?」


「私も言葉でしか知りません。

誰の式でもない精霊は、狩られて、魔術師が魔力を増やすのに使われることがあるそうです。」


僕は青ざめる。

狩られて使われる……?

魔術師が魔力を増やすために……?

どうやって……

そんな恐ろしいこと、考えたくない。


「そうなんだ……ごめん、知らなかった。じゃあ、メルツは行かないほうが」

彼女は首を横に振る。

「安全に行動できる方法はあります。

アルシュさん、私が窓や物を通り抜けられるのを知っていますよね。」

「うん。」

「物の中に、とどまることもできるんです。

物や、生き物の中に。

アルシュさん、あなたの中にも。」

「え、」

「そうすれば、たぶん精霊狩りの人から逃げられます。

私も、アルシュさんも。」

「……。」


僕の中にとどまって……?

どうやって……逃げるんだろう……。

見つからないうちに、人に紛れて逃げるんだろうか。

魔力を隠したり、透明人間になって逃げるんだろうか。


するとメルツは、

「こんな風に逃げます。」

と、チェストの上に畳んで置いてある僕のガウンを手に取り、広げ、頭からかぶった。


そして、窓を開け、

あっという間に、窓の外へ飛んで行った。


「!?」

椅子から立ち上がり、窓へ寄ると、


もう、ガウンを被ったメルツは

森の彼方へ

飛び去っていた……。


「……え!?」




朝……。

目覚めて起き上がると、

メルツが窓の外にいた。僕のガウンを抱えている。

昨夜は彼女が戻ってくるかもしれないと思って、窓を片方、少し開けておいて、

『メルツへ。ガウンは椅子に置いておいて。実演ありがとう。お疲れ様でした。』

とメモ書きを貼っておいた。

僕はいつも通りシステムで眠ってしまって、いつからメルツが窓の外にいたのかわからない……。

うっかりしていた。思えば、メルツが字を読めるかどうかを知らないんだった……。

僕は歩いていき、窓を開けた。

「おはよう。ごめん、一晩中ここにいたの?」

「おはようございます。はい。いました。」

と、彼女は幸せそうに口元をあげる。それから少し心配そうに、

「あの、昨日は、驚かせてしまいましたか?」

というので、僕は笑ってしまった。

あの飛行は、メルツにとって普通の事なのだ……。

ガウンを飛ばしたように、僕を背負って飛ばせるのだ……。

「メルツって、ずいぶん力持ちなんだね!

あんなに早く空を飛ぶのは、僕には怖いんだけどな。」

くすくす笑って彼女を見る。

メルツは少し焦って、申し訳無さそうに言う。

「そうなんですね、すみません……。」


僕は首を横に振る。

「僕らが無防備だってことがよく分かったよ。

万が一の時は、メルツ自身と僕を助けてくれる?飛んでもかまわないから。」


「はい、もちろん!」


僕たちは握手した……。


僕はガウンを受け取ると、広げて頭にかぶる。

「すっごく速かった!

あんなに早く動くメルツを初めて見たよ!」


普段、ふんわりと動いている彼女しか見たことがなかったから、すごくびっくりした。

繊細で儚げな姿のメルツが、計り知れない強さを持っているなんて、

今まで気付かなかったし、思いもしなかった……。


僕が笑うと、メルツも笑った。

「前にある空気を裂いて、後ろへ流して進むんです。」

『へえ!不思議だな!』

まるで空気が見えるみたいだ。

メルツは僕とは違うものを見て、感じているのだと、改めて思う。


「ところで、一つ疑問に思ったんだけど、物の中に隠れるんじゃなくて、僕の中の方が安全なの?」

「物は隠れ場所にならないそうです。むしろ追い詰められてしまうのだと、精霊の友人が話していました。

人の中なら、手出しし難いんだそうです。」

「そうなんだ……。」




精霊を狩る魔法使いがいる……。

狩られた精霊は、人間の魔力を増幅するために利用されるらしい……。

人を矢のように飛ばせるほどの圧倒的な力があるのだから、

精霊は、見た目よりずっと強いのだろう……。

だから、その力を欲しがる人達がいる……。


鮮やかに飛んでいくメルツが、今も目に焼き付いてる……。


でも、僕は不安になる。

「メルツ……。もし、この森に狩人が来たりしたら……」

不意を突かれて、メルツが連れ去られてしまったら……


メルツは微笑んで話す。

「この森に見知らぬ人がやってきたら、風や鳥が教えてくれます。

木々や動物が、私をかくまってくれます。

空へ逃げれば、高いところを吹いている風で、遠くまで行けます。

私は捕まったりしません。

ただ、街中では、アルシュさんの身のうちにいたほうが、安全だと思います。

アルシュさんにとっても。」


「僕にとっても?」

人間には手出しし難いし、

飛んで逃げられるからだろうか。


「人の身のうちにいる精霊を無理に引っ張り出そうとすると、

精霊は霧散してしまうそうです。」


「霧散!?」


「安心してください。大部分が消えても、一部はアルシュさんの中に溶け込んで残ります。

残っていれば、そのうち精霊に戻れます。」


「そう……なんだ……。」

戻れたとして、それは、元と同じ姿と記憶のメルツなのだろうか……。


メルツはにこっとする。

「なので、狩人はアルシュさんに危害を加えません。」


僕は……

メルツを抱きしめたい気持ちになる……。


逃げる方法があるとしても、

メルツには、

敵がいるのだ……。


捕まったりしないと朗らかに笑うメルツ。

僕は泣きそうだ……。




僕はルイスに連絡を取った。

念のため、メルツのことを他言しないでほしいと伝えるためだ。

この森に精霊がいることを、狩人に知られないようにするため。

僕がメルツのことを話したのは、エマスイとサマー以外には、ルイスだけだ。


サマーがユーレイの噂を聞いてたように、村の人たちはなんとなく知っているのだろうから、ルイス一人を口止めしたって無意味だろうけど……、どうしても、メルツが心配で……。


ルイスが言う。

「ふうん、わかった。誰にも話さないよ。

ステファンには言っちゃったから口止めしとくね。彼はどうせ精霊を信じてないし、だれにも話してないだろうけど。」

「ありがとうございます。すみません。」

「謝らないで。不安なんでしょ?」

「はい。」


メルツは、僕の中に居れば安全だと言っていたけど……、

本当に僕はメルツを守れるだろうか……。

こんなに何も知らないのに……。

それを知るためにも、モーリーさんを探すんだ……。

僕の魔力で、防御したり、戦ったりする方法があるはずだ……。


ルイスが言う。

「あ、魔力とシステムが干渉するかどうかは、たぶん大丈夫。」

「え。」

考えてもみなかった……。


「魔力のあるアルシュ君が今までなんともなかったんなら、たぶんね。」

それもそうだな……。


彼は大事な甥っ子に言うように、

「今、岬について少し調べてみたけど、普通の観光地みたいだね。

でも、気を付けて行ってきて。」

と、微笑んだ。

「はい。」




森の中を散歩中、メルツに伝えた。

「メルツはやっぱりここにいて。

マイザの岬へは、サマーと二人で行ってくるよ。」


「アルシュさん……。」


なんにせよ、メルツを連れているより、僕一人のほうが無事に用事を済ませられる気がする。


「分からない事が多いし、やっぱり連れて行くのは不安なんだ。ごめんね。」

精霊狩りに出くわす可能性だってあるのに、初めての土地へ行くのは不安だ……。


メルツは残念そうだ……。

「……そうですか……。」

でも、微笑んで、

「気をつけて行って来てくださいね。」

「うん。ありがとう。」


メルツがここで待っててくれたら、僕は安心して行動出来る。





「ふう……。選定終わった!」

曲集に載せたい曲はたくさんあって迷ったけど、何とか選んだ。

エマスイに見てもらった。

「いいと思うわ。ふふ。アルシュのタイトルネーミングのセンス、かわいいわね。」

リトルサウンドのほか、フローズンストロベリー、スターフォールナイト、ソングインフォレストなど。

またサマーに、メルヘンとかファンタジーとか言われそうだけど、作った曲に合う言葉を考えてたら、こうなった。

「エマスイならどんなタイトルつけますか?」

「そうね……。……でも、これがいいと思うわ。愛されるタイトルなのは大事よ。」



本を出版してお金が入ったら、エマスイに生活費を渡せる。

今まで頼り切ってしまっていて、心苦しかった。

温かく受け入れてくれたけど、僕は、よそ者の居候なわけだから……。

自分で稼いだお金でここにいられるようになったら、

きっともっと、自信を持って、気分良く過ごせるだろう……。

エマスイとサマーと一緒に暮らす事を、もっと楽しめるだろう……。





ドクターからいただいた調律専用のレンチで、音程を合わせ、チェンバロを弾く。

作曲もする。

少しずつ古楽器の曲を書いている。

これらも、いつか本にしてもらえたらうれしいな。

チェンバロ曲集なんて、需要あんまりないかもだけど、ピアノでも弾けるから、技法の違いを楽しめると思う。

編曲すればギターでも弾けるし。


楽しみが次々湧いてくる。






サマーがピアノを弾いている。


曲はクラシックだけど、ところどころでジャズになる。

力強くて、エンターテイメント性があって、

サマーらしい。


何曲かひいていくうちに、完璧にジャズになる。


見事で、思わず僕は、拍手を送る。




エマスイは、演奏旅行のプログラム曲を練習している。

手持ちのレパートリーに、一曲新しい曲を追加して演奏するらしい。

「新しい曲があるほうが、どの曲も緊張感をもって弾けるから。」

僕はよく、階段の手すりに寄りかかって、聴き惚れている……。





「エマスイ、それでは行ってきます。」

「行ってらっしゃい。着いたら連絡ちょうだい。」

「はい。」

僕とサマーはマイザの岬へ出発した。


早起きして、

朝から電車を乗り継ぎ、

岬へ向かう。


昼前には、岬の村の駅に降り立った。

穏やかな天気でよかった。


マイザ村には、お城や要塞跡があり、古くからの建物が残っていて、観光名所になっている。

でも、それも一部で、あとはごく普通の港町だ。


でも、町の中心の通りは観光客向けの、新しくておしゃれな店が並んでいる。

僕とサマーは、

綺麗な通りを進む。

明るくて、雰囲気がいい。

空をカモメが飛んでいる。港町だな……。


「ん、なんだかいい香りがする。」

初めて嗅ぐ香りで、僕は引き寄せられる。

「あっちだ!」

僕は走り、サマーが追いかけてくる。

「アルシュ!?」


路地に入り、ドアの前に立つ。

この中からだ。

ドアの窓から店内を覗き込む。落ち着いた雰囲気のカフェだ。

地元の人が利用する店なのだろう。ドアの周りには、看板もメニューも無い。


「サマー、ここで休みましょう。」

「え?アルシュ?」

サマーはなぜか戸惑っているけど、

僕はドアノブに触れる。


「うわ!?」

サマーが僕の肩をつかむ。


「え?」

振り向いて彼の目を見る。もしかして、

「ドアが見えなかったんですか?」


サマーは何度もうなずく。

ドアから手を離すと、

「うわ!消えた!」

触れると、

「おあ!出た!」

消えたり現れたりして見えるらしい。サマーの反応が面白いけど、

「アルシュ、この店はやめよう。外の席で休める店を探そうよ。」

「そうですね。」

よさそうなお店だと思ったけど、サマーの不安もわかる。


「ここはどうかな。」

と、サマーが手帳を僕に見せる。

オフィシャルガイドで調べてくれた。

海を見渡せる三ツ星レストラン。

テラス席がある。

「ここにしましょう。」


レストランに到着すると、ちょうどテラス席が空いていた。

席に案内され、料理を注文した。


サマーは、運ばれて来た料理を早速ほおばる。

「んー!うまい!」

僕も一口食べる。

海の幸がおいしい。

エマスイの家は内陸だし、普段はこんな新鮮な魚介類は手に入らない。

僕はゆっくり味わって食べる。

電車の移動で疲れたから、食後は、予約してあるホテルへ行って、一休みしてから村を散策しよう。

僕は食べながら、きれいな海を眺める……。


カモメたちが、優雅に飛んでいる。

あんな風に飛べたら気持ち良いだろうな……。


ガウンを被って矢のように飛んで行ったメルツを思い出し、くすっと笑う。

……もしかして、メルツなら、

僕をカモメのように飛ばせるのかも。


メルツ……どうしてるかな。

良い情報を手に入れてメルツに報告できるよう、僕がしっかりしないと。


自分の事も、精霊の事も、知れば、今より大切にできるはずだ。


……やっぱりさっきの喫茶店、行ってみようかな……。確実に情報を聞けそう。

と考えていると、

カモメが一羽やってきた。

そしてなんと、僕のすぐ隣の椅子の背に止まった。

人馴れしてて、料理をねだりに来たのかな?

と、驚いてよく見てみると、

このカモメは、羽もくちばしも、足も、全身真っ白だ……。


まさか!


「アルシュさん!」

と、カモメがしゃべった。


「メルツ!!」

僕はカトラリーを手放し、カモメのメルツを急いで両手でつかみ、抱き抱える。

「きゃ!」

肩にはおっていたカーディガンで、彼女をくるむ。


「メルツ⁉なんで来たの!?

早く僕の体の中に入って、隠れて!」


サマーがせき込む。

メルツが、オレンジがかったベージュ色の瞳で僕を見上げる。

「いいんですか?」

「いいから早く!」

彼女を隠そうとかがみこむ。


「では、失礼します……」

「……。」

カーディガンがしぼむ。


「う……」

ビクッとする。


心臓が……、

くすぐったい……。

「ちょ、メルツ……!」


かなり小さくなっているみたいだけど、どこにいるか、はっきりわかる。

「どのあたりが一番落ち着くでしょうか?人の中に入ったことがないので、わかりません……。」

僕は笑いながら言う。

「はは!えっと、システムと心臓以外のとこで!あはは!」


両手で心臓のあたりを抑える。すごくくすぐったい。


「ア、アルシュ?」

僕の挙動がおかしいから、サマーが心配している。

メルツは一生懸命、僕の身体の中を移動して、僕が大丈夫な場所を探してくれている。


「あははは!……うっ!痛い!……あ!そこは、あはは!く、くるしい……」

ところによって、痛かったり気持ち悪かったりもする。でも、大抵くすぐったい。


「……うん、そこなら大丈夫みたい。」

「わかりました。」

お互いほっとする。

メルツは肩甲骨の中にいることになった。


僕は握りしめていた手をほどき、涙をぬぐい、顔をあげる。

「ふう……」

「アルシュ。顔真っ赤だよ……。」

僕は笑いすぎたせいで息が上がっている。

「はあ……サマー、内臓って触覚あるんですね……!ふふ!はあ……知りませんでした。」

水を飲む。まだあちこちに感覚が残っていて、くすくす笑う。

「……なんか、アルシュって……」

「はい?」

「何でもない。」

「?」

サマーはなぜか、恥ずかしそうにそわそわしている。




ホテルのベッドで昼寝から目覚め、

起き上がって伸びをしていると、

サマーがやってきて、近くで仁王立ちした。


両手を腰に当て、僕を見下ろして言う。

「アルシュもメルツさんも危なっかしいから、俺一人でモーリーさんを探してくる!」


「え?」

「じゃあ、行ってくる!」


「え!?ちょっと待ってくださ、あれ!僕の服は!?」

ベッドサイドの椅子に引っ掛けておいたズボンとシャツがない……。


「勝手に出かけないよう、俺がもっとく!」

と、自分のカバンと僕のカバンを背負う。

「え、ちょっと!サマー!」


彼は部屋を出て行った。


「なんで……」

首の左側がふわふわすると思ったら、リスのメルツが肩に乗っていた。

僕はため息をつく。



僕は、メルツを、僕の中に閉じ込めて、


サマーは、僕を、ホテルの部屋に閉じ込めた……。


心配で……。


仕方ない……。

「はあ……。……お留守番してようか。メルツ。」

と、微笑む。

「はい。」



俺は村人に尋ねる。

「人探しをしてるんですけれど、モーリーさんという女性の方をご存じですか?」

「私は外から来たものなのでちょっと。」


どうやら、村人みんなが魔法使いなわけではなさそうだ。


でも、三人目の親切そうな人が、

「モーリーさんのことなら、薬局に行けばわかりますよ。」

「ありがとうございます!」


薬局で訪ねてみた。

「モーリーは私の親戚です。今は出かけているそうですけど、どういったご用件ですか?」

「友人が昔、彼女と出会った時、この岬を覚えていて、と言われたそうです。」

店員の男性は、にこやかに、

「そうですか。それなら本人に連絡しますね。」


薬局を出た後、俺はアルシュに報告する。彼の手帳は部屋に置いてきたから。

すぐにアルシュが出る。

「サマー、どうですか?」

「アルシュ。モーリーさんの親戚の人と会えたよ!モーリーさんと連絡着いたら、俺の手帳に知らせてくれるって!」




僕はバスローブ姿で、サマーを出迎える。

「おかえりなさい!ありがとうございます!」

「すぐに繋がってよかったよ。」

僕のカバンを返してくれた。

僕は服を取り出して着替える。

「メルツさんは?」

「今は鎖骨の中にいます。やっぱり骨の中なら平気みたいです。

さっきも試してみましたけど、内臓や神経にいると、ちょっと痛かったり、くすぐったかったりするみたいです。」


「……へえ。そう。

……あのね、アルシュ、俺にそんな、ラブラブなイチャイチャを、話してくれなくていいからさ!」

と、サマーは恥ずかしそうに顔を片手で隠す。


僕は驚いて彼を見つめる。

「ラ……ラブラブ……!?

イチャイチャ……!?」


メルツを身のうちにかくまう行為が……

サマーからは、そう見えてるのか……。

それで妙に恥ずかしがってるのか……。

全くそんなつもりは無いんだけど……。


サマーは、目をつぶって、指先で眉間をさすりながら言う。

「いや、うん、ごめん、メルツさんを守るためなんだよね!」


「……そうです。僕の中にいてくれれば、安心でうれしいんです。」


「そうだよね。うん。ごめんな!うおい!」

サマーの手帳が振動して、スチールパンのメロディーが鳴る。



電話を切ったサマーが、

「明日ならモーリーさんと会えるって!」

「え!よかった!」

「そうだ、うまそうなのを買ってきたよ!」

と、レモンケーキをくれた。この岬はレモンが特産らしい。

ふわふわな生地の中に、レモンクリームが入っている。

「わあ、いい香り!メルツ、ほら。」

リスのメルツが、僕の肩から、ヒョイッと出てくる。

「いい香りです!」

「ふふ!」

サマーは、そっぽ向いてケーキをほおばっている。飲み込んでから、

「そういやメルツさんは、どうして来たんだって?」

「どうしても、僕の事が気になって、しょうがなかったんだそうですよ。」

「うん……。そんな気はしてたよ。」

と、降参のポーズ……。




アルシュが自分の肩に向かって、心配そうに小声で話しかけている。



「メルツ、森から遠く離れてて大丈夫?」

「はい、大丈夫です。」

「僕の中にいて調子は?窮屈じゃない?」

「私は小さくなろうと思えば、かなり小さくなれるので、平気です。居心地良いですよ。」

「そう……。

ふふ!

メルツは不思議だな!

……メルツ、この部屋の外では、出てこないようにしてほしい。」

「はい。」

「約束だよ。」

「約束します。アルシュさん。」



何話してるか知らないけど、二人の世界に入っちゃってるのはわかる。

アルシュは時々、幸せそうにくすくす笑ってる。


あー!部屋変えたい!俺も彼女ほしい!イチャイチャしたい!

「はあ……。」




以前、メルツと一緒に、ギターに触れたときのことを思い出した。

その時僕らは、樹木の一生を体験した。


「メルツ。もしかして、僕に触れたり入ったりしてる時、僕の人生が見えてたりするの……?」


「いえ。植物は細胞一つ一つに記憶がありますけど、動物や人は、頭をのぞいてみないとわかりません。」

「そっか。」

ちょっとほっとする。

メルツの居場所探し、首から上は、まだ試してないから、僕の記憶は見られてない。


「……僕の人生はあんまり楽しいものじゃないから、見なくていいよ。」


見ないでほしい。優しいメルツは、きっと心を痛めて同情するだろう……。僕の過去に傷つく君を、見たくない……。


すると、メルツは心配そうに言う。

「……今も、楽しくないですか?」


ハッとする。


「今はすごく楽しいよ!エマスイの家に来てからは、毎日が楽しいよ!

メルツとも出会えて、とっても嬉しく思ってるよ!」


メルツはほっとしたらしく、

「それは良かったです!」


僕は、こんなにも幸せだ……。


音楽以外、生きる意味を見い出せなかった日々も……

どうして僕は、病気になってしまったのだろうと、泣いた日々も、

もう、昔だ……。


「僕が幸せなのは、メルツのおかげだよ!」


「私も、アルシュさんのおかげで、毎日幸せで楽しいです!」


僕はメルツが大好きだ……!




夜中……。

ふと、目が覚めた。

話し声が聞こえた気がした。

肩の中でメルツが言う。

「あ、アルシュさん。目が覚めましたか。お客さんです。」

「え!?」


起き上がると、窓に人影が……。

一瞬、ゾクッとする。

でも、すぐに気付く。


「精霊……!」


「モーリーさんの式だそうですよ。」

「!」

僕はベッドから降り、窓に近づく。


精霊が一人、窓の外に浮いている。

メルツとはまた違った顔立ちと雰囲気の女性だ……。

やっぱり白くて、ドレス姿で、髪が長くて、半透明だ……。

メルツより目が細く、凛々しくて物静かな印象。


ここの窓は少ししか開かないけど、開ける。


彼女は丁寧にあいさつする。


「初めまして。アルシュさん。

私はモーリーの式をしているサザハと申します。

主は明日の朝、お会いになるそうです。岬の林で。」

「林……?」

「はい。ここからですと、中央通りへ出て、駅へ向かい、駅の手前の郵便局で右折して……」

と、待ち合わせ場所を詳しく伝えてくれた。


「そうですか。わざわざ伝えに来てくださって、ありがとうございます。」


僕は質問する。

「あの、モーリーさんは僕のことを覚えているんでしょうか?」

「はい。覚えていますよ。私も覚えています。あの時、マントの中から見ていましたから。だからこうして、アルシュさんを見つけられました。」


思い出した……。

「そういえば……何かいるように思えました……。あなただったんですね。」

あの時は、魔法をかけてもらったり、不思議が多くて、モーリーさんの懐の小さな気配のことは、気にしていなかった。


僕は気になっていたことを尋ねる。

「あの手鏡は、未来が見えていたんでしょうか?」


あの時モーリーさんは、何かに驚いているようだった。何に驚いていたのだろう。

あの時は不安に思った。


「いえ、あれは魔力の強さや、大きく育つかどうかを見ていたんです。

子供の魔力は見えづらいですから。」

「魔力が育つんですか?」

「そうです。体と同じく、魔力も育つのです。

十代で強くなって、二十代がピークだそうです。」


え、じゃあ、僕の場合はどうなんだろう……。

身体が成長しないのと同じように、

十代半ばの魔力のままなんだろうか……。


「モーリーさんが僕だけに岬のことを話したのは、ローイより僕のほうが魔力があって、大きく育つからですか?」

「そういうことです。アルシュさんの魔力はなかなか濃いので、モーリーも驚いていました。」


「そうですか……。

僕は、何も知らないんです……。

魔力のことも、魔法使いのことも、精霊のことも。

僕に魔力があるのなら、ちゃんと知っておきたいんです。

どうしたらいいか、それをモーリーさんにおたずねしたくてまいりました。」


サザハさんはうなづく。

「はい、では、主にそう伝えておきます。

それでは、私はこれで。おやすみなさいませ。」


彼女は、屋根の上へと、ふわりと飛んで行った……。


どうやらサザハさんは、なぜ僕が、モーリーさんと会いたがっているのか、理由を聞きに来たようだ……。




「そうだ。僕が起きる前、メルツはサザハさんと何を話していたの?」

「アルシュさんの中にいるのはなぜ、ときかれたので、理由を話しました。」

「サザハさんはなんて?」

「今のところ、目立つ気配は無いけれど、用心するに越したことはない、と。」

「そう……。」

やはり、精霊狩りを警戒したほうがいいのか……。

「でも、何か月もそうしていると、骨がもろくなると教えてくれました。」

「そうなのか……。」

「あと、宿っている人を起こす方法を教えてもらいました。」

「へえ。それでさっき、僕は目が覚めたのか。どんな方法なの?」

「アルシュさんの頭へ向かっている魔力の流れを、揺さぶるんです。」

「僕の身体には、魔力の流れがあるの?」

「はい。」

知らなかった。魔力は身体中を巡っているのか……。



翌日の、朝食後。

サマーの手帳に、モーリーさんの親戚から連絡が来た。

「薬局へお越しください。」

と。


けれど。

「昨夜、モーリーさんの式のサザハさんは、薬局じゃなくて、違う場所へ来るよう言っていました……。」

岬の林で待っていると言っていた。


サマーが戸惑う。

「え、どっちに行ったら……」


薬局は街中で、林は僕ら以外、人がいない場所だろう……。

僕は、サザハさんの言葉を思い出す。

僕が魔力や魔法、精霊について知りたいと言ったら、彼女はうなづいて、

「主にそう伝えておきます。」

と、微笑んだ。

二人とも、僕が何の用でやって来たか、気づいているようだった。

それに、僕のような人間に慣れているようだった……。



僕たちは、村はずれの崖にある林にやってきた。

サザハさんが伝えてくれた待ち合わせ場所だ。

山道のような道を上ると、海が見渡せる開けた場所に出た。


そこに、一人の女性がいた。

「モーリーさん……!」


マントを着ていない、普段着の彼女だ。

五年前と変わらない、濃いめの赤毛の巻き毛が、海風に柔らかくなびいている。彼女は微笑んで言う。

「アルシュさん、大きくなりましたね。」


「はい。十六になりました。」

彼女は片手を差し出す。

「よく、いらっしゃいました。マイザへようこそ。」

僕らは握手する。


「ここに……。」

と、彼女は微笑んで僕の肩を見つめて、自分の肩の同じ位置に触れる。

「はい。メルツと言います。僕の友人です。」

「メルツさん。はじめまして。」

メルツは肩の中から言う。

「はじめまして!」

モーリーさんは、僕に微笑んで、

「精霊と出会えて良かったですね。」

「はい!」

それから僕は振り返って、

「彼はサマー。先輩で、友達です。」

モーリーさんは、サマーとも握手する。

それから僕は、手帳の画面を彼女に見せる。

「僕たちがお世話になっている、エマスイ先生です。」

「エマスイです。よろしくお願いいたします。」

「初めまして。モーリーです。よろしくお願いします。」

僕は言う。

「あの、薬局のほうは……」

モーリーさんは困ったように言う。

「彼は親せきですけど、何かにつけ、私に薬を売りつけようとしてくるんですよ。」

そういうことか……。

「こちらへ来てくださって助かりました。

ここなら、知り合いに話しかけられる事もなく、ゆっくりお話ができます。

座ってお話ししましょうか。」

ちょうどいい岩があるので、向かい合って座った。


僕は聞きたいことを質問する。

「モーリーさんはあの時、

僕にはいつか、この岬へ来るべき時が来ると思って、教えてくれたんですか?」


「そうです。私は魔力のある子供を探してサポートする仕事をしているので、魔力の強い子を見つけたら、岬の存在を教えるようにしているんです。

ちょうど、今のアルシュさんくらいの年に、魔力があると気づき始める子が多いです。

この村の人は、私の活動を知っているので、アルシュさんのような子が来たら連絡をくれるんですよ。」

「そうですか。」

モーリーさんは名刺をくれた。

「NPO……」

「はい。島の外の魔力持ちの方を支援する団体です。」

「島……?」

「アルシュさん、あの島が見えますか?」

と、海のほうを指さす。

「はい。」

岬の沖に、島が一つある。

「見た目より大きい島なんですよ。

あそこに、魔法使いの国があります。

この岬は、入り口です。」


メルツが教えてくれた通りだ……。

サマーも島を眺めている。実在している島なのだ。


「あの島に、魔法使いの社会も、学校も、大学も、町も、魔法生物の暮らす地域もあります。

魔力のある人は、無償で教習所や学校に通え、魔力や魔術についての知識を得られます。

未成年は、住む場所も、食事も与えられます。

アルシュさんも、魔力検査と入国の手続きをすれば、住めますし、手厚いサポートを受けられますよ。」


「精霊もですか?安全に暮らせますか?」

「法律と防壁で守られるので、こちら側より安全です。」

「そうですか……。」

ホッとする。

メルツを敵から守ってもらえるのは、すごく安心する。


「アルシュさん、元気になられたようで、よかったですね。

相性のいい精霊と出会えて、回復できたんですね。

アルシュさんは、魔力が抜けやすい体質のようなので、病気もいくらかはそのせいだったでしょう。」


びっくりした。

「病気が、魔力のせい……?」


「身近な大人の魔力に乱されて病気になることもありますけど、魔力のコントロール方法を知らない子供は、もともと体が弱いんです。

私は病院でそういう子を見つけて、魔力をコントロールする力添えをしているんです。」


もしかしたら、両方かも……。親が、魔力のある人だったかも……。


「じゃあ、あの時の魔法は……」


モーリーかんの杖から出た煌めく光の粉が、僕の手のひらに集まって消えた。

ローイも同じ魔法をかけてもらっていた。

あの時は、夢見が良くなる魔法だと、モーリーさんは言っていたけど……、


「五年、魔力を安定させる魔法です。」


「そうだったんですね……。」

それって結構、すごい魔法かもしれない。

確かにあれから、病気の進行が緩やかになった。


「あの、僕が治ったのは、メルツと出会ったからじゃありません。彼女と出会ったのは、治療の後です。」

「そうですか。それじゃあ、治療法が見つかったんですね。」

「はい。システムってご存じですか?ダルシアン博士が発明した。」

「……ニュースで見ました。え、じゃあ、」

「僕はシステムで病気が治りました。」

目を見開いている。

「……驚きました……。」

「なので……、僕は治療を受けた十五歳の時の見た目のままらしいんですが、魔力の強さも同じく、発達途中のままってことなんでしょうか。」

「……前例がないのでわかりません……。そうかもしれません。」

「そうですか。」

質問しようとしたら、モーリーさんは言った。


「……アルシュさん、私は去年、あなたに会いに行ったんですよ。」

「え!」


「五年経つ前に、様子を見に行ったんですけど、転院したと言われました。

どこへ転院したかは教えてもらえませんでした。

その頃アルシュさんは、システムでの治療を受けていたんですね。」

「そうなんです。」



午後に、島を見学しに行くことになった。


「手帳やお金は使えますか?」

「普通に使えますよ。撮影はご遠慮願いますが。」

「わかりました。サマーも一緒に行けますか?」

モーリーさんは手鏡を取り出して、サマーにかざす。

あの時と同じ鏡だ……。裏面に、二羽の鳥の模様。懐かしい……。

「それはどんなふうに見えているんですか?」

「見てみますか?」

覗かせてもらった。

サマーにかざしているけれど、鏡面全体が真っ黒で何も見えない。

試しに僕の手を映してみる。


「わ!」

青白く燃える炎のようだ。


手の形をしていて、対流している様子がよく分かる。

これが魔力の流れか……。

輪郭はところどころ蜃気楼のように揺らいでいる。

魔力が抜けてるって事か……。

モーリーさんの言うように、精霊のメルツが僕の魔力を安定させてくれているのなら、メルツと出会う前は、もっと大量に魔力が抜けてしまっていたって事だ……。

確かに具合悪くなりそうだ……。


モーリーさんはサマーに言う。

「申し訳ないのですが、魔力のある方のみ入国を許されているので、サマーさんはゲートでお待ちいただくことになります。」

僕もサマーも驚く。

「え!?」

サマーは心配そうに、僕とモーリーさんを見る。

モーリーさんは小さくため息をついて、

「まあ、でも表向きですが。」

「是非、同行させてください!俺はそのために来たんです!

アルシュと一緒に行動して、見守るために来たんです!」

「分かりました。ご一緒にご案内致します。」




いろいろお話しできてよかった。


僕とサマーは、ひとまずホテルへ帰ってきた。

買ってきた昼食を食べ、一休みする。

それから島へ渡る準備をして、午後にモーリーさんと待ち合わせの予定だ。


サマーが興奮気味に言う。

「魔法使いの国か……!

きっとすっごく込み入った古い町並みで、チェーン店のピザ屋なんてないんだ!

何百年も昔みたいなファッションで、魔法生物を散歩させてるんだ……!」

「でも手帳も使えるって言ってましたし、モーリーさんも現代のファッションでしたよ。」

「きっと、島に着いたら魔法で服装を変えるんだよ!」

と、くるっと回ってポーズを決める。

サマーは、にわかにテンションが上がっている。

ちょっと心配になる。

「サマー?」

「わかってるよ。遊びで行くんじゃないんだ。

……でも、ワクワクするじゃん?」

子供みたいな笑顔。

僕はくすっと笑う。

「確かに、そうですね!」

初めての事ばかりだし、メルツを連れているしで、緊張が続いていたけど、サマーのおかげで、少しほぐれた。





再びモーリーさんと待ち合わせしたのは、灯台の前だった。

「では、島へ向かいましょう。」

と、彼女は灯台の中へ入っていくので、僕たちもついていく。

割と新しい、大きな灯台で、中は吹き抜けになっていて、展望台へ登れる螺旋状の階段と、その中央にエレベーターがある。


ここが、魔法使いの島への入口……?


手前に受付があって、切符のようなチケットを購入した。

僕らはそれをもってエレベーターへ入る。

この灯台も観光名所になっていて、さっき、ちらほら観光客がエレベーターで上っていた。

僕達一行だけを乗せて、エレベーターが動き出す……。


灯台の展望台から、どうやって島へ行くんだろう。

そんな高くて、人がいる場所から……。

瞬間移動できる装置があるんだろうか……。

何か空飛ぶ乗り物があるんだろうか……。

まさか、モーリーさんの懐にいるサザハさんに運んでもらうんだろうか……。メルツがガウンを運んだように……?

他の人達がいる所で、どうやって……


と思っていたら、

エレベーターが止まって、

ドアが開いた。


エレベーターの外は、薄暗くて広い場所……。

あれ!?展望台じゃない……!

改札の機械があり、その先に駅のホームがある。

どう見ても……


「地下鉄!?」

「そうです。」


エレベーターは下に動いていたのだ……。

モーリーさんは切符を改札に通す。

僕とサマーも続く。

エレベーター付近は新しめだったけど、駅のホームは、古めかしくて、誰もいない。

僕はホームの端に立って、線路を見下ろす。

「何か光って泳いでる!」

モノレールの線路は水に浸っていて、水路に沈んだようになっている。

小さい魚のようなものが群れで泳いでいる。よく見ると、青白く発光しているのは、ヒレの骨とエラだ。

魚の泳ぎ方から、緩やかな水の流れがあると分かる。

サマーが隣でかがんで言う。

「アルシュにはあの魚が光って見えんの?」

「はい。」

鎖骨の中からメルツが言う。

「きれいですね……。」

僕は気づく。

「何か来る。」

真っ暗なトンネルの奥から、何か大きなものがやって来る。


電車とは思えない。

走行音が聞こえない……。

ザバザバと、水音だけが反響して聞こえてくる。


トンネルの暗がりから、

ライトがひとつ、近づいてきた。


白っぽい車体が一両だけやってきて、

僕らの目の前に止まった。


電車の形に、僕は驚く。

「モーリーさん!これって……生きてるんですか!?」

僕にはそう思える。どんな見た目かというと、

「でかいイモムシみてえ!」


丸みのあるフォルムに、四角い窓と金属のドアがはめ込まれている。

大人しく見えるけど、モーリーさんに聞いてみた。

「この電車……触っても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。」

恐る恐る、車体に触れてみた。

硬い、ゴムみたいな質感だ……。

ドアは手動で、モーリーさんが開けてくれた。

僕たちは、イモムシの電車に乗り込む……。

中は明るく、内装はレトロな雰囲気だ。

ドアを閉めると、静かに走り始めた……。

とてもスムーズだ。

座席に着いて、モーリーさんが言う。

「静かでしょう。少し線路から浮いて走っているんです。」

足はどうなっているんだろう。イモムシの足なんだろうか……。結構スピード出てるけど……。

カーブを曲がると車体全体も曲がる……。


「この電車も元は魔法生物だったんです。

昔の人たちが改造して、乗り物にしました。

今では魔法生物の改造は禁じられていますけど、

この生物はもともと、とても長生きだったので、今でもこうして役立ってもらっているんです。」


「……。」

身体を中空にされ、レールの上を走らされ、駅で止まるようにさせられ、

それでも生きている……。

長年、人に都合よく使われている……。


随分、残酷だ……。

僕は同情して、壁をなでた……。

涙が滲んでくる……。

抱きしめたいくらいだ……。


「あの、この生き物は何か食べるんですか?」

「もともと魔力と水だけで生きていたので、口もありませんよ。魔力が溶け込んだ水に接しているから、走り続けられるのです。」


次の駅に着き、電車が止まった。

僕らは下りる。

魔法生物の電車は先へと走っていった。

確かに車輪がない……。

水に浸っていて分かりづらいけど、足もないように見える……。


モーリーさんは線路の先を指さし、

「この先に、魔法生物の住む、大きな地底湖があるんですよ。」


「地底湖……。」

どんな生き物がいるんだろう……。

クジラや竜みたいな大型のもいたりして……。

見たい気もするけど、怖いな……。


僕たちはエレベーターに乗り、地上へ向かった。


岬から見た島には、街があるようには見えなかった。

きっと、魔法でカモフラージュしてあるんだ。

エレベーターのランプは、地下から一階に向かって動いている。


この上には、一体どんな景色があるんだろう……。



一階につき、エレベーターから降りると……

眩しく美しい、

色彩の光が降り注いでいた……。


見上げると、ドーム型の天井があり、ステンドグラスでできている……。

「わあ……!」

人や、生き物や、植物が、細密に描かれている。

優美でとても美しい……。

ガラスの絵の人たちは、何か話しているようで、小さなささやき声が反響して聞こえる。

でも、ガラス質の声で、なんて言っているのかはわからない……。

動物や、鳥の声も聞こえる。


色彩のシャワーを横切って、歩いて進むと、再び改札があり、その先は外だ。晴れた空が見える。

切符を改札に入れて通る。


けれど。

サマーはゲートが閉じて通れなくなってしまった。

「やっぱりな。俺だけ切符の色が変わってなかったもんな。」

「サマー……。」

モーリーさんが、窓口のインターホンで駅員さんと話をして、ゲートを開けてくれた。


「お約束通り、サマーさんにも町をご案内します。」

「ありがとうございます!」


駅前は普通だ。

花壇があって、背の高い時計があって、無人タクシーが止まっている。


ただ……

ぐるっと見回しても海がない……。


原っぱと、農地と、町と、川が見えるだけで。

なだらかで穏やかな景色だ。見晴らしが良くて、とても広い。

こんなに広いとは思わなかった。

「別世界だ……。」

岬から見えていたのと同じ場所とは思えない……。

「なんだか緊張してきた。」

と、サマー。でも笑顔で目が輝いている。

モーリーさんは、

「一番近い海は四キロ先です。」

と、方角を手で示した。

「四キロ……。」

岬から見えていた島は、

直径四キロほどだった……。


僕たちはタクシーに乗り込み、町の中心へ向かう。

「このタクシーは普通に見えますけど。」

「普通のタクシーですよ。町も割と普通です。

魔力にも限りがあるから、無駄には使わずにいるんです。

魔力で動く乗り物もありますけど、外から仕入れた物のほうが、誰にとっても使いやすくて種類も豊富ですしね。」


そういうものなのかもしれない……。

でも、なんでもそうすると、廃れる魔術があるように思える。


「魔力で動く乗り物ってどんなのがあるんですか?」

「魔力のある石をエンジンにした改造車や飛行機は、昔からありました。

魔力のある植物は、そのままでも加工しても乗り物になるので、歩く樹木や、空飛ぶ家具や、箒に乗って、職場や学校へ行く人もいますよ。」

「へえ!」

歩く樹木!

空飛ぶ家具!

なんて楽しい出勤、通学風景……!



賑わいのある街道についた。

建物は古そうだけど、確かに普通の街並みだ。見慣れた看板も見つけた。

「あ、チェーン店がある!」

「マジ……?」

サマーはショックらしい。


僕はエマスイと連絡を取ろうと、手帳を開く。

「あれ、何かダウンロードしてる……。」

覚えのないアプリだ……。

「ほんとだ、俺のも。」

と、サマー。モーリーさんが教えてくれる。

「島にくると、島の情報にアクセスできるアプリが、自動的に送られてくるんです。

島を出ると消えてしまいますけど。」

どうやら、この島だけのネットワークを、なんでも見れて、使えるらしい。


エマスイに電話する。

「島に着きましたよ!これから街の役所へ行って、魔力検査と、魔力証明書をもらうための手続きをするそうです。」

と、報告した。するとエマスイは、

「実はね、ルイスにも協力してもらっているの。システムと通信する電波が弱まったら、アルシュはその先へ行かないように指示をするつもりなの。」

そうだったのか……。

ルイスも心配して見守ってくれてるんだ…。



「モーリーさん、この島の人口は何人くらいですか?」

「時期によって違います。

この島は、周辺地域のいくつかの魔力スポットをつなげて作られた島なんです。

さっき魔法生物の住む地底湖があると話しましたが、それが、あの岬から見えていた島の魔力スポットです。

地底湖は魔力の変動が少なく安定しているんですが、他の地域は、地上に育つ植物などの関係で、魔力の強さに波があって、この島と繋がったり離れたりするんです。

それらの地域に住む方たちとのアクセスも同様です。今は離れている時期です。

この町の人口は、十万人ほどですよ。」

「そうなんですか……。」


僕たちは、街中を歩いて進む。

街道には、雑貨屋さんや、八百屋さん、喫茶店、宝飾店もある。それらの上の階は、アパートになっていて、四階や五階建てが多い。建物はどれも整然と建ち並んでいて、古風な都市の雰囲気だ。

「あとでお土産を買ってもいいですか?」

「今どうぞ。」

というので、お店に入ってみる事にした。

サマーへのプレゼントも買いたいので、彼には外で待っててもらう。

宝飾店には、綺麗なアクセサリーが並んでいる。よく見ると、透明な石の中に、不思議なきらめきが入っている。

「きれいだな……。どう?メルツ。」

「海の色ですね。綺麗です……!」

手に取ってみた。魔力はほとんどないように思えるけど。どういうものなんだろう。

すると、店員さんに声をかけられた。

「そちらは月光魚のうろこが入っていますよ。」

子供みたいにかわいい高い声だ。そちらを見て驚いた。


まるでぬいぐるみのような、二足歩行の小さな生き物……。


「月光魚は幸運のお守りです。身に付けていると、幸せが降ってきますよ!

イヤリングもありますよ!」


ミミズクのようなフォルムで、

小動物みたいな顔立ちの店員さんは、

狐のようなふさふさした尻尾を立てて、

華奢な二本足で、すばしっこく跳ねるように棚の上を走って、イヤリングを持ってきて見せてくれた。


「今、お耳につけてらっしゃるのと似た感じだと、こちらですね。」

リスのような手だ。


「……ありがとうございます。」

動作もしゃべり方も、生きているようにしか見えない。

可愛らしい目も、猫のような鼻先も、潤って見える。

尻尾と似たような形の耳をピクッと振るわせて、

「あ、もしかしてお客さん、この国は初めてですか?」

「え、ええ。はい。初めて来ました。」

「ようこそ魔法の国へ!私のこと、ぬいぐるみがしゃべってるって思っています?」

僕は慌てる。失礼だっただろう。

「あ、あの、」

「皆さんそうですよ。私は気にしません。愛らしいってことですもんね!」

と、にっこりする。

「私たちは、もともとれっきとした哺乳類なんですよ。でも、いろいろあって、外では絶滅しています。

魔法使いの方達との共存を選んだので、こうしてこの国で生活しているんです。」

「そうでしたか。」

ピンと立てた尻尾に、ブレスレットのようなアクセサリーをはめている。

「そのアクセサリー、素敵ですね!」

「これですか?ふふ。ありがとうございます!

もともとご先祖は、二足歩行するために、しっぽにリースの重りをつけてバランスをとっていたらしいんですけど、今では私たちのアイデンティティーです。」


僕は、イヤリングとブローチとブレスレットを選んで、小さな店員さんに渡した。

「プレゼントですか?」

「はい。」

「おつつみしますね。」


店を出た後、モーリーさんが教えてくれた。

ここのアクセサリーの素材は、宝石ではなく、ガラスだそう。

月光魚とは、魔力の弱い魔法生物で、綺麗なうろこが細工や装飾に向いているらしい。


身に着けていると、本当に幸運が降ってくるかどうかは……

気持ち次第なんだとか……。


どのアクセサリーも、パーツや細工が細かかった。

「お店の商品は、あの店員さんが作っているんでしょうか?」

「そうみたいね。彼らは手工芸が得意なの。」

「へえ!」

「封じ込める材料によっては、魔力があるのよ。

強い魔力のあるアクセサリーは、厳重に保管されていて、常連客にしか見せてくれないんです。」


どんな店員さんだったか、サマーに話した。

「えええ!」

彼は振り返ったけれど、お店はもう遠い……。



すれ違う人達は、普通な感じの人が多いけれど、独特な風情の方もいる……。

と、思ってしまうのは先入観かもしれないけど……。

「わ!」

宙に浮かんだ乗り物でサイクリングする人とすれ違った。木製の自転車のような、スリムな木馬のような乗り物だった。

「浮いてたよ!」

「浮いてましたね!」

サマーがドキドキするのもわかる。



僕たちは、町の役所へ向かっている。モーリーさんが言う。

「アルシュさんの戸籍と照らし合わせて、魔力保持者の登録と、魔力証明書の発行をしてもらいます。何か身分証は持っていますか?」

持って来るよう言われていた。

「手帳に保険証が入っています。」

「では、それで手続きできますね。」

大きな建物につき、中へはいる。

歴史が感じられる、落ち着いた雰囲気の空間だ。

高い天井から円柱形の明かりが吊るさせてる……。

と、思ったら、どの明かりも宙に浮いている事に気付いた。

受付で案内された通り、螺旋階段で上の階へ上る。

石材でできた普通の階段に見えるけれど、不思議な事に、数段登っただけで次の階に着いた。

「なにこれ!?」

サマーは面白がって、後ろ向きに登ったり、降りると見せかけて登ったりする。

「あはは!」

すごい速さで登り降りしているように見える。

モーリーさんが、サマーを見下ろして言う。

「階段で遊んでいると、異次元の穴に落ちますよ。」

「え……」

サマーがピタッと止まる。

「……」

石化したように動きが止まっているけど、表情は刻々と変わり、泣きそうになっていく……。

モーリーさんはクスッと笑い、

「そう言って、子供のころに、叱られました。」

サマーは脱力して、肩で息をして、袖で額を拭う。

こっそり僕に言う。

「魔法使いの圧、めっちゃ怖かった……!」

「はは!きっと、これも良い思い出ですよ!」

と、サマーの肩を擦る。


窓口で、モーリーさんが、

「彼は初めての入国です。」

と、僕を見る。受付の人は、

「初入国ですね。ではこちらにご記入ください。それから、身分証の提示をお願いします。」

僕は保険証を見せ、書類に記入する。

氏名や住所を記入する欄の下は、魔力に関するアンケートになっている。

魔力があると自覚した年齢や、魔力を使った仕事をしているかどうか、精霊や魔法生物に関する質問もあり、僕はメルツのことを書いた。

備考欄には、システムのことを書いた。


書き終わり、窓口に提出した後、少し待たされた。

モーリーさんが、自分の魔力証明書を見せてくれた。魔力のさまざまな資格の証明書も、一緒になっているらしい。

それは、手帳の画面ではなく、実物のカードなのだ。

「これは落としたり無くしたりできないようになっているんですよ。」

一定時間、持ち主から離れていると、手元に戻ってくるらしい。

いったんバラバラになり、一部でも戻ってこれれば復元されるのだと、話してくれた。


職員の男性がやってきて、

「アルシュさん、魔力検査をいたしますので、あちらへご移動お願いします。」

サマーも付き添う。


部屋に入り、びっくりした。

「うわ!」


案内された小部屋の中央に、

大きな透明な何かがそびえていた。

形は水晶の結晶そっくりだ……。


高さは三メートル近くあるだろう。

幅は、僕が両腕を広げたくらいある。


「向こう側に立ってください。」

と言われた。

「あの、精霊はどうしたらいいですか?」

メルツが肩の中にいる。

「そのままで結構です。」

指示の通り、水晶に背中をつき、数秒間息を止めてじっとする。

すると、水晶の中に僕の姿が白く映し出された。

モーリーさんの手鏡で見えたのとは、また違う。

手鏡では、僕の魔力が炎のように映っていたけれど、

これはまるで、血管か神経のようだ……。

僕の形がはっきりわかるくらい、びっしり張り巡らされている……。

メルツも映っている。

でも彼女は僕と違って、ぼんやりとした丸だ。

水晶を、今度は何かの機械でスキャンする。

すると、水晶の中の僕とメルツは薄くなって消えた。


モーリーさんと一緒に窓口前で待っていると、呼ばれた。

検査結果を紙にプリントした物を手渡してくれた。

僕の魔力は十段階で六らしい。

十六歳でその値は濃いほうなんだとか。

けど、魔力が抜けやすい体質で常にギリギリらしい。

「魔術の習得の前に、まずは魔力のコントロールが必要かと思います。」

と、説明を受けた。

魔術の初歩を学べる教習所があるらしい。

魔力のコントロール方法から始まり、簡単な魔術や、魔法道具の使い方を学べるそう。

免許をもらうと、杖を持つ資格がついてくる。


杖!

免許を取れば、僕も魔法の杖を持てるんだ……!


「こちらが魔力証明書です。」

僕の魔力証明書をいただいた。

真鍮色のカードに、僕の名前や魔力の種類が印刷されている。

手に取ると、確かに魔力がこめられている感じがする。

文字の背後に、何かの紋章がある。

「それはこの国の国旗です。魔力保持者の自由と責任を表しています。」

魔法生物らしきシルエットや、鍵や本が描かれている。

裏面は何も書いてないけれど、

資格を取るたび、印字されるらしい。


無事、今回の目的を達成して、ちょっとほっとして、役所を出た。


僕たちは来た道を引き返し、喫茶店に入った。

三人ともケーキセットを注文して一息つく。

「お会計は全て僕が。」

と、モーリーさんに言う。

「エマスイ先生が、ごちそうしたいそうです。一日付き添ってくださってありがとうございました。」

「いいえ。これも私の仕事ですから。」

モーリーさんはこの町の、NPO職員で、主にこの国の外で活動している。

病気の子に優しい魔女の役を演じて。

そして、魔力のある人を探し出し、この島へ導き、面倒を見るのが、仕事らしい。

彼女はティーカップを持ち上げ、

「これも経費ですから。お気持ちだけ、いただきます。」

と、微笑んだ。

「そうですか……。」

……そうだ、レジ横にマフィンがあったから、後で買ってプレゼントしよう。

「モーリーさん、僕も人の役に立ちたいです。

もし僕が魔力持ちの人を見つけたら、どうしたらいいですか?」

「アルシュさんのように、本人に知らせたほうがいい場合と、知らせなくてもいい場合があります。

魔力が原因で困っている様子なら、まずは私に知らせてください。」

「わかりました。」

岬特産の、レモンのシロップ漬けが乗ったパウンドケーキと紅茶を味わう。とても美味しい。

僕は尋ねる。

「岬からここへの物の運搬も、あの電車を使うんですか?」

「いえ、船で運びます。」

「え、海の上を、岬から島まで運ぶんですか?」

「そうです。クルーズ船にカモフラージュした運搬船が、マイザの岬を含め、いくつかの港を経由して、島へやって来ます。」

「岬から見えてる島って、どうなっているんですか?」

岩と草木ばかりに見えた。

「この国の施設があって、表向きは個人の敷地と邸宅になっています。」

『へえ……。』

サマーは隣のテーブルで行われているボードゲームに興味津々だ。

楽しそうだし、良い人たちに見える。魔力を使うゲームでもなさそう。僕はサマーに言う。

「参加させてもらったらいいですよ。」

「え、」

僕は彼らに声をかける。

「すみません、彼も混ぜてもらえませんか?」

「いいですよ!」

快くサマーを招き入れてくれた。


「モーリーさん、質問いくつかいいですか?」

わからない事だらけだから、質問タイムが欲しかった。

「どうぞ。」

「興味本位でもいいですか?」

「はい。」

僕はドキドキしながら尋ねる。

「魔法の道具があるってことは、もしかして、魔法の楽器もあるんですか……?」

「ありますよ。この国でしか作られていない、演奏されていない楽器が。」

「わぁ!どんな音色なんですか?」

すごく興味がある!

「いくつかありますが、どれも何かに似ているとは言えない音色なんですよね……。」

「それは是非聞きたいです!次に来た時、どこで聞けるか教えていただけますか?」

「はい。では次回に。」

魔法の楽器……!

どんな音色なのかな……!

楽しみだ!


「あの、モーリーさんとサザハさんは、公式なパートナーなんですか?」

「はい。そうですよ。」

「僕とメルツも、そうなりたいと考えているんです。そのための手続きや届け出も、あの役所で行うんですか?」

「届け出はあの役所で行いますが、契約自体は、専門の魔術師立ち会いのもとで行われます。

まれに、お互いの魔力の質が釣り合わず、破綻してダメージを受ける事があるので、もし方法を知っていても、独断で契約の儀式を行うのは危ないんです。」

「そうなんですね……。僕はそういう事も含めて、精霊についても、ちゃんと知りたいんです。教習所で習えますか?」

「教習所は、魔法学や歴史、杖で魔術を使う方法を学ぶ場所なんです。

精霊のパートナーがいる人向けのコースはありますが、精霊についての知識を学ぶ授業はありません。

島に生まれ育つと自然と知識が身に付きますが、そうですね、アルシュさんには本が良いでしょう。

精霊について、分かりやすく書かれている本をお送りしますね。」

「ありがとうございます!」


それからモーリーさんは、簡単に出来る、魔力のコントロール法を教えてくれた。


「精霊と頻繁に会っていれば、自然と魔力は安定しますけれど、そうでない時は、一日一回でいいので、ツボに触れてください。」

「触れればいいんですか?」

「そうです。」

ツボは、頭と腰にあるらしい。

魔力の流れの乱れが、スムーズになるそう。

島専用のアプリでも、図解と動画が見れた。

「流れが乱れると、魔力が身体から押し出されて霧散してしまうんです。それを鎮めて魔力を留める効果があります。

でも、この方法は、いわば即席で、一時しのぎにしかならないので、根本的な改善方法は、教習所で学んでください。」


「メルツも質問ある?」

『はい。私は音楽が好きですが、サザハさんもお好きですか?』

モーリーさんの懐にいるサザハさんが答える。

「好きですよ。時々モーリーと一緒にコンサートへ行きます。」

「コンサート!オーケストラも聞いたことありますか?」

「ありますよ。」

「私はまだないです!」

「オーケストラ、とてもいいですよ。」

「わあ!アルシュさん、今度連れて行ってください!」

「うん。行こう。」

なんだか僕は恥ずかしくなってきた。

お互い身のうちにいる精霊同士が会話するって……こんな感じなんだ……。

モーリーさんは慣れているらしく、涼しい顔をして、お茶を飲んでいる……。



僕は、メルツから聞いた話を、モーリーさんに訊ねてみる。

「モーリーさん、精霊は、魔力のある人間の身の内にいれば、狩られる心配がないって本当ですか?」

『はい。そうです。

精霊は、人の中にいるとき、身体の外側が、人の魔力と溶け合っているんです。

人の中にいる精霊を無理に取り出そうとすると、精霊を形づくっている膜のような外側から、内側を引き出すことになってしまいます。

形を失った中身は、自然エネルギーに返って、霧散してしまいます。

そうなると、魔力に変換するのは、今のところ無理なので、取り出しても無意味です。

なので、精霊は人間の身の内にいるのが、一番安全とされています。

精霊は、外側だった膜が人の中に残っていれば、また少しずつ内側に魔力や自然エネルギーをためて、再生していきます。」

『それって、元と同じ精霊なんですか?』

「自我は保たれると聞いています。

ですが、記憶はなくしてしまうそうです。」

「そんな……」


もし、メルツがそんなことになったら、

僕のことも、僕と出会う前のことも、

みんな忘れてしまうのだ……。


「メルツを守りたいです……。」

今のままのメルツを……。

どうやったら守れるのだろう……。

明日、何事もなく帰れるだろうか……。


僕がメルツを思う気持ちが伝わったのか、モーリーさんは、

「……アルシュさんは、ずいぶん緊張してここへ来られたんですね……。

帰りが安全なように、防御魔法をかけてあげます。」

「お願いします!」


モーリーさんは杖を取り出し、

空中に図形を描きながら、魔術を唱える……。

メルツのいる鎖骨回りに、光の粉がまぶされる……。


モーリーさんは、杖を降ろす。

「これで、三日間は、誰も手出しできません。

外からの術は、全て跳ね返します。

メルツさんが出たければ、術が解けるようになっています。」

魔力でテーピングされている感じだ。

「ありがとうございます!」

これで、安心して帰れる……。



いろんな質問ができて、ためになった。

それに、メルツを守る魔法までかけてくれた……。

モーリーさんが言う。

「ラインでいつでも質問ください。

契約や、教習所の申し込みも、お手伝いします。」

頼れる魔法使いがいるのは、安心で心強い。



サマーのいるテーブルから、歓声が上がる。

どうやらサマーが勝ったらしい。彼は気分良さそうにこちらへきて、

「そろそろ帰らないと。暗くなるし。」

日が傾いて、あたりが暗くなり始めている。


サマーは、仲良くなった人たちに陽気に手を振ってお店を出た。

僕たちは、タクシーで駅へ向かう。


街は楽しかった。

でも、また……

あの電車に乗ると思うと、気分が沈む……。

人に使役されている、魔法生物……。


駅に着くと、ステンドグラスの天井が輝いていた。夕闇に映えて綺麗だ……。

中に入っても照明が見当たらないから、ステンドグラス自体が光っているらしい。

ステンドグラスに描かれた景色も日が暮れかけている。


駅のホームへ下りると、大昔から生きている、虫のような電車が、まるで僕らを待っていたかのように停車していた。

同じ見た目だけど、さっきとは違う内装だ。


次で降り、改札を出て、エレベーターで地上へ登り、灯台の外へ出る。

岬へ帰って来た。緊張が緩んで、ほっとする。

初めての事がたくさんあって、いろんな感情を経験して、疲れた……。

早くベッドに横になりたい……。


「……ん?あれ……?」

と、サマーが首をかしげる。

「どうしたんですか?忘れ物?」

するとサマーは、


「……行って……来たんだよな?」


と、ライトアップされている灯台を振り返る。


「え……」

まさか……


「あ……俺、もしかして、島での事、忘れちゃった……?」


「サマー……!?」


僕は驚いてモーリーさんを見る。

彼女は寂しそうに目を伏せ、

「最初に伝えた方がよかったでしょうか。

それとも島にいる時、話すべきだったでしょうか。

……毎回悩むんです……。」

と、ため息をつく。

サマーは思い出そうと試みている。

「んー……あ!……あー?えっと……うーん……。」

「法律で決められているんです。

魔力の無い人が、島に入って来ないようにするために。」


切符や改札に仕掛けがあったんだろうか……。

それとも……、モーリーさんが魔法を使って……。


僕は、傷付いていて、言葉が出ない……。

ショックで涙が滲んでくる。


魔力のない人は、

魔法使いの国での記憶を消される……。


「……ではアルシュさん。私はここで。また何かありましたら、ご連絡ください。」

「……ありがとうございました。」

お互い微笑んで、握手した。

サマーも彼女と握手して、

「覚えてないですけど、ありがとうございました!」

と、良い笑顔でお礼を言った。



僕とメルツとサマーは、ホテルの部屋についた。

サマーは首を傾げている。

「やっぱ思い出せないみたいだな。

なんか楽しかったのは、覚えてんだけど……。」


僕はサマーを正面から抱きしめる。


「おわ!何!なに!?アルシュ!?」


僕は涙している。


「どした!?」


何かを一つ得ると……

何かを一つ失う……。


僕は魔力証明書をもらい、あの島の一員になれたのに……

サマーは、ついさっき見たもの、仲良くなった人、みんな思い出を消されてしまった……。


僕と一緒に感じた事、思った事も、みんな……。


「悲しい……。」


サマーは僕の頭をなでる。

「はは!アルシュ。俺は大丈夫だから。

まぁ、俺には魔力がないからしょうがないよな。

でも、一緒に行かせてもらえてよかったよ。

ここで待たされてたら、心配でしょうがなかっただろうからさ。

楽しかったってことは、いい島だったってことだろ?安心したよ。」


サマーは明るいけど、

僕は、悲しみに震えてくる。


「……人の……記憶を勝手に消す魔法……!?

そんなの嫌だ!

返してほしい……!

サマーは何も悪くないのに……!


国を守るためだろうが、なんだろうが、

だれかれ構わず記憶を消すんなら、

僕のだって消せばいい!


こんなの……

……差別だ……!


一緒に行って来たのに……!

一緒に色んなものを見て、会話したのに……!

島の人と仲良くなったのに……!

その記憶を強引に奪い取る資格は、誰にもない……!

僕は手厚い支援なんていらないから……

サマーの記憶を返して……!」


僕は過呼吸気味になる。

「アルシュ!?」


サマーは差別され、排除された……。

冷たく人権を無視された……。

僕も、された事がある……。


僕を嫌い、押し退けて……、

僕を捨てて出て行った母……。


母と……

モーリーさんが重なる……。


いや、違う!

モーリーさんと母は違う!


苦しくて、床に膝を付く。

サマーが僕の腕を掴む。

「アルシュ!落ち着いて!」

メルツも心配している。

「アルシュさん!?」


モーリーさんは、そうせざるを得なくて黙っていたんだ……。

彼女にも、どうする事もできないんだ……。

だけど……それでも僕は……!

信頼を裏切られたと思えて……!


僕はサマーの目を見る。

『サマーも悔しがって怒ってください!』


「……アルシュ、落ち着いて。もうそんな泣くなよ。

そりゃ、俺だって忘れたくないけど……

うーん、でも、しょうがないんじゃないかな?」

明るい声……。


何を失ったのかわからなければ、憤りも湧いて来ないのか……。


サマーも床に膝をつき、僕と目線を合わせて言う。

「彼らなりに一生懸命な結果なんだと思うよ?」

「……。

そうだろうけど……。仕方なくしている事なんでしょうけど……。」


あらかじめ、記憶を失うと伝えられていたら、どうだっただろう……。

多分、僕は、怖くなって、島へ行くのを諦めていただろう……。

島にいる時、言われていたら、

どうにかして記憶を失わずにすむ方法は無いのかと、泣きながらモーリーさんに詰め寄っただろう。

彼女にも、誰にもどうする事も出来ないから、モーリーさんは、サマーが記憶を無くした後に話したのだろう……。

「……。」


サマーは心配そうに微笑む。

「大丈夫だよ。モーリーさんも島の人達も、悪い人じゃないよ。大切な人達を守りたいだけなんだよ。」


彼は自分の袖で、僕の涙を拭ってくれた……。

「……。」


「いろいろあって疲れてんだろ?早く休もう?な?んで、明日、島の話を聞かせてくれよな!」


犬を撫でるみたいに頭をなでられた……。


「……。……はい……。」


サマーの優しさが切なくて……

やるせない……。

サマーは、僕のために犠牲になったんだ……。


僕の魔力証明書を返上したら、記憶を返してもらえないだろうか……。

……無理だろう……。

その法律を無くさない限り……。



寝る仕度をして、ベッドに横になる。

ため息をつく。

「はぁ……。」

悲しいし、疲れたし、早く眠ってしまおう……。

肩の中からメルツが言う。

「……アルシュさん。」

「……なに……?メルツ……。」

「良い人たちでしたね。」

「……。……そうだね……。」


出会った人たちの顔を思い浮かべる。

……良い人たちだったから、よけいに寂しいし、悲しいんだ……。

彼らが魔力の無い人を、サマーを、排除してるって事が……。


どうしても記憶を消さなきゃならない理由があるんだろうけど……。

彼らだって、そのせいで悲しい思いをした事あるだろうに……。


「アルシュさん。」

「なに?メルツ。」


「あの電車は、人を乗せて走るのが好きみたいでしたよ。」


一つ目ライトの、大きなイモムシ……。


「…………そっか……。」


長年、人に使役されているなんて、残酷だと、僕は思っていたけれど、

彼らは、自分たちへの人間の仕業に、

絶望しているわけでも、悲しんでいるわけでもないのかも……。

電車の役割が、好きなのかも……。


メルツがそう言うんなら……、


……きっとそうだ……。


もしかしたら、自分たちから望んで電車になった可能性もある……。


涙で枕を汚さないように、袖で目を拭う。


「ありがとう。メルツ。……おやすみ。」

「おやすみなさい。アルシュさん。」


メルツのおかげで、

心がいくらか和らいで……

眠りについた……。




翌朝。

ホテルの部屋で。

僕が手渡したカードを楽しそうに眺めるサマー。

「へえー!これが、魔力証明書!ただの真鍮の板に見えるけど……。」

「……。」

僕はまだ、気持ちが沈んでいる。

サマーは、今度は魔力測定結果のプリントを手に取る。

「でも、こっちは読めるよ!あ、やっぱり夢を操る素質があるんだな!魔法道具も、大抵の市販品は使えるって!すごいな!」

僕は街で買った物をサマーに渡す。

「これ、プレゼントです。」

小動物の店員さんのいるお店で買った、イヤリングを渡した。

「魔力は入ってないそうですけど、綺麗だったので。」

「おお!ありがとう!」

サマーは早速、着けて見せる。

「どう?」

イエローとシルバーの、左右で違う繊細なデザイン。

僕は微笑む。

「似合ってます!」

すると、満面の笑顔でハグされた。

「わ!」

「すっごく嬉しい!ありがとうな!」

バシバシ背中を叩かれた。

「……サマー、そんな叩くとメルツがそっちに飛び込んじゃいますよ。」

「え!」

慌てて離れたサマーの目をじっと見る。

くすっと笑ってしまう。

「嘘です。」

「あ、なんだ……。」

と、彼はほっとする。

「はは!」

サマーは本当に……正直で良い人だ……。

それがかわいくて、嬉しくて、切ない……。

あと、彼の驚く表情は面白くて、僕はどうしても笑ってしまう。

「ふふ!」

まだ悲しいし、憤りが燻っているのだけれど……。

すると彼は、

「……。……俺もくすぐろっかなー?」

笑われた仕返しをしようと、大げさなポーズでにじり寄ってくる。

僕は逃げる。鞄を盾にする。

「はは!やめてくださいよ、サマーには敵いませんよ!あはは!」

でも彼になら、くすぐられてもいい。と、ちょっと思った。



僕はサマーに、島での出来事を一通り話した。

「……本当に覚えてないんですか?」

サマーはキラキラした目をして言う。

「うん。夢みたいに、印象しか残ってない。」

……魔力ゼロのサマーは、魔法使いの国へ行って来たという事実だけで、十分高揚するらしい……。


「魔力を持つ人がいるのは、誰でも知ってる事だし、どうして記憶を消す必要があるんでしょう……。」

「知ってるって言っても、だいぶオカルトで、信じてる人少ないんじゃないかな。」

「でも、隠すのが良い事だとは思えません。」

「そうやって守んないと、壊れる物があるんじやないかな。」

「……そうかもしれませんけど……。」


「昨日、アルシュは差別だって言ってたけどさ、少数なのは彼らの方なんだし、長年そうやって、安心して暮らせる国を作って来たなら、その方が良いのかもよ。」


僕はため息をつく。

「……モーリーさんに聞いてみます。」


モーリーさんにアポを取ろうとしたら、

彼女はもう、岬にも島にもいなかった。

「なぜ魔力のない人は、島での記憶を消されてしまうんですか?」

と、ラインを送ったら、

「教習所で、島の歴史を学んでください。」

とだけ、返事が来た。


ちょっと冷たいな……。


一言でいいから、理由を教えてほしかった。

一言でいいから、島の人間として、申し訳ない気持ちを表してほしかった。


一言では言えないし、忙しいのだろうけど……。

僕は落ち込んだまま、エマスイ邸への帰路に着いた……。



島の大人達もモーリーさんも、もうちょっと、どうにかならないんだろうか……。



サマーが言う。

「アルシュ。そんな顔してないでさ。」

「……。」


「傷付いてるのはよく分かるよ……。

でも、俺はモーリーさんの立場にも同情するよ。

信頼を失うってわかってて、不安な俺たちのために、俺を連れて行ってくれたんだ。

憎まれ役を厭わずこなしたんだ。

アルシュのために、最善を尽くしてくれたんだと思うよ?」


「……。それは確かに……そうなんでしょうけど……。」


「握手して別れた時、申し訳なさそうな顔してたよ。優しい魔女なんだと思うよ?」

「……。」


「嫌うのは、まだ早いんじゃない?」


サマーにそう言われると、仕方なく彼女を許す気持ちになってくる……。

本当にサマーは良い人だ……。


モーリーさんは、信頼を失くして憎まれるとわかっていながら、僕のために、尽くしてくれた……。

でも、それはそういう仕事だから……。


僕は、自分の手のひらを見る……。

五年前も、綺麗な光の粉が、ここに吸い込まれていった……。今日は、肩にも……。


モーリーさんは、どうしてその仕事を選んだんだろう……。



「メルツ、調子はどう?」

「大丈夫ですよ。」

メルツは僕の肩の骨となじんでいるらしい。


メルツの記憶は消えてなくて、ほっとする……。



電車を乗り継ぎ、

タクシーに乗って、エマスイ邸へ帰ってきた。

エマスイが玄関から出てきて、出迎えてくれた。

「おかえりなさい。」

「ただいま!」

と、サマー。

「ただいまです。」

と、僕。

「疲れた顔してるわ。アルシュ。」

と、エマスイが僕の荷物を持ってくれた。

「メルツ、着いたよ。お疲れ様。どうもありがとう。」

と労うと、彼女は、

「私は大丈夫です。アルシュさんの方がお疲れですね。

では、森へ戻りますね。」

と、鳩の姿になって出てきて肩に止まり、飛んで行った。

モーリーさんが作ってくれた結界は、綺麗に消えた。

「……あ……」

僕は急に視界が暗くなる。

「アルシュ!?」


しゃがみこんでしまった。

サマーが僕の片腕を肩に担いで、

「寄りかかって。大丈夫だから。」

「……。」

体重を預けてサマーの胸に寄り掛かると、彼は僕の背中と両足を抱えて抱き上げた。

「ゆっくり運ぶね。」


「アルシュさん!」

メルツの心配そうな声。

「君のせいじゃないよ……。疲れてたんだ……。」

僕はメルツのほうが心配だけど、目が見えない……。


「アルシュさん!」

もう一度僕の肩へ入ろうと試みている気配。

回復するかもしれないけど、そもそも人の中に精霊がいる状態は、お互い不自然な状態なのだし、出入りにエネルギーを使うと分かったから、断る事にした。

「メルツ、いいよ……。大丈夫……。ありがとう……。」


結界が破れるのはなんともなかった。

馴染んでいたお互いの魔力が剥がれるのが、ダメージになるみたいだ……。

そもそも、だいぶ疲れているのが原因だ……。


リビングのソファーに寝かせてもらう頃には、冷や汗をかいて、震えていた。

エマスイとサマーが、あんかと毛布を用意してくれて、額や首の汗を拭いてくれた。

落ち着くまで、エマスイが僕の手を握っててくれた……。



……ようやく視界の戻った目でエマスイを見る。

彼女は微笑んで、

「落ち着いたかしら。」

「メ……ルツは……」

「窓の外でこちらを見ているわ。」

木の枝に、白い鳩が見えた。

「……よかった……。」


僕は、眠りに落ちていった……。




「へえ!スゲーな!ここが魔法使いの国か!」

ローイが楽しそうに笑っている。

僕も楽しい。


ローイは、コールドスリープから目覚めて元気になったら、魔力がついていた。

だから僕は、この魔法使いの国へ誘ったのだ。


僕は言う。

「ねえ、この町で一緒に暮らそうよ!

一緒に教習所で教わって、魔法を使えるようになって、病気の子たちに元気になる魔法をかけて笑顔にしよう。」


「いいなそれ!よし!魔法使いになろう!」

と、彼はこぶしを突き上げる。


「なろう!」

僕も笑ってこぶしを突き上げる。

「あはは!」




……僕は目が覚めた。


だるい。シャツが汗で湿っていて気持ち悪い。

リビングには誰もいない。

窓のほうを見たけど、メルツもいない……。


「……魔法使いに……」


僕はこぶしを作ったけど、力なくほどけた……。


たぶん、システムがなかったら、熱が出てる……。




しばらくしてから起き上がった。

毛布をまとったまま立ち上がり、歩いて自分の部屋へ行き、着替えた。

髪も汗で湿ってるから洗いたいけど、お風呂に入る元気がない……。

椅子の上に、僕の荷物が運んであった。

僕は島で買ったエマスイへのプレゼントの箱を取り出し、カーディガンのポケットに入れて、再び毛布をかぶって階下へ向かう。

キッチンでサマーが忙しく夕食を作っている。気づかれないよう、そっと通り過ぎる。


あんかを抱えてソファーに座る。

目をつぶって額の画面で作曲をしていると、エマスイがやってきた。僕に微笑む。

「ホットミルクは飲める?」

わからない。食欲がない。

「湯冷ましがいいです。」


エマスイは、とろみがあって甘くて暖かい飲み物を作ってきてくれた。

「おいしいです……。」

気持ちが解けてほっとして、ため息をつく。


……たぶん、エマスイはサマーから聞いてる。

サマーが島での記憶をなくしたことも、僕が悲しみと憤りを感じていることも。


僕はエマスイに伝える。

「島の人たちは良い人たちでしたよ。

さっき夢を見たんですけど、

魔力の付いたローイと二人であの島に行って、

それで、一緒に魔法使いになろうって約束したんです。」

エマスイはくすっと笑い。

「かなうといいわね。」

僕もそう思う……。

「そうだ、これ。どうぞ。」

プレゼントを手渡した。

エマスイは箱を開け、

「まあ。葡萄のモチーフのブローチ……。素敵ね。どうもありがとう。」

玄関の鏡の前で、服につけて、見せに来てくれた。

「どうかしら。」

僕も微笑む。

「綺麗ですよ。」


サマーがリビングに顔を出す。

「あ、起きてる!夕飯出来たよ!野菜と卵のリゾット、食べれそう?」

「はい。」

「昔、俺が風邪引いて熱出した時、ばあちゃんが作ってくれたんだ!」

僕は笑う。

「万年健康のサマーも、風邪引く事あるんですね!」




ローイと一緒に取り組めば、島の現状を変えられる気がする……。

ローイに魔力があっても無くても……。

人を傷つける法律を、政治を、無くせる……。

きっと……。


ああ……そうか……。

ルイスも、そうなんだ……。

ダルシアン博士と一緒なら、どんな病も治せると……思ってる……。


でも、ダルシアン博士はもう居なくて……

ルイスは、残された課題を頑張って解こうとしている……。

だけど……、彼だって、一人じゃない。

チームメイトがいるし、他にも多くの研究者が同じ課題に取り組んでいる。


僕も、ローイが眠ったままでも、同じ意見の人を見つけていって、法律を変えるための波を作ればいい……。

悔しさを忘れず、声を上げ続けていれば、いつかはきっと……。


僕はカーテンを開けたまま、ベッドで眠った……。


朝。

散歩しながらメルツに言う。

「モーリーさんも、きっと苦しいんだと思う。

僕を魔法使いの仲間に出来て、仕事の成果があって嬉しく思ってるみたいだったけど、

魔力の無い人には、どうする事も出来ないのは、排除せざるを得ないのは、苦しいんだと思う……。

たとえ印象しか残らないとしても、サマーを街まで連れて行ってくれたし、サマーが、記憶を無くしたって気付いた時も、寂しそうな顔をしてた……。」


あれはモーリーさんなりの優しさだった……。


「……島の人間として申し訳ない気持ちを言葉で表してほしいって思ったけど、記憶を消して、僕を傷つけたのは、モーリーさんじゃなくて、法律なんだ。

だから、彼女から謝られたって、僕の気持ちはすっきりしないんだ。

まずは、彼女に言われた通り、教習所で島の歴史を習うよ。」


メルツが言う。

「私も一緒に行っても良いですか?」


「ありがとう!一緒に行こう!」


「はい!……あの、もし、長く滞在するなら、この森の木を一本、生きたまま持って行ってください。」

「木を?」

「はい。小さいので良いので。」

「分かった。」

植木鉢を買ってこよう。


「……アルシュさんが元気になって良かったです。」

「……メルツ……心配かけてごめん。僕はもう大丈夫だよ。」

と、僕が微笑むと、メルツはほっとしたらしく、嬉しそうに微笑んだ……。




私はルイスに伝えた。

今日、アルシュが魔法使いに会いに行ったと。

すると、

「アルシュ君から聞いています。丁度今、アルシュ君のシステムが発している電波を追いかけているところですよ。」


岬での、アルシュとモーリーさんとの会話を聞いて、ルイスが心配そうに言う。

「うーん……。証拠と確証が欲しいですね……。


モーリーさんが悪人で無いという証拠と、

島が安全な場所だという確証。」


当然、ネットで調べても、モーリーさんについても、彼女が務めているNPO団体の事も、出てこない……。


「そうなの。会いに行かせたのは私だけれど、隔絶された土地へ誘われるのは想定外だったわ。」

「魔法使い詐欺かもしれない。メルツさん目当てとか。」

「そうね。止めた方が良いでしょうね。」

「分からない事が多いですからね。

でも、もし行くとしたら、サポートします。

どんな土地であれ、ネットが使えないはずがないと思うから、アルシュ君のシステムを使って、体調と脳波をリアルタイムで確認します。

ご存知かもしれませんが、脳波から、かなりの事が分かりますから。

視覚、会話内容はもちろん、本人が気付いていない、小さな体調の変化まで。

電波の届かない地下深くとかだと、お手上げだけど。」




僕は画面越しに言う。

「ルイス。先日はありがとうございました。

見守っててくれたんですね。」

僕の脳波などのデータを見ていてくれたのだとエマスイから聞いている。

「うん。僕もアルシュ君の目というか、脳波を通して島の様子を見てたよ。」

僕は驚いて心配になる。

「え!記憶は大丈夫ですか!?」

「うん。映像データも残ってるし、僕の記憶も消えてない。

恐らく、カメラの画像データじゃなかったお陰で、島のセキュリティに引っかからなかったんだと思う。」

「そうなんですか……。」


システムの、脳波を感知するセンサーは、もちろん治療目的の物だし、ルイス(とダルシアン博士)しかアクセス出来ないと聞いている。

説明の時、ルイス博士が言っていた事を思い出す。

『AIを使って、視覚データを映像化する事もできるけど、まず使う事は無いと思うし、覗き見なんて絶対しないから、安心して!

恋人以外から手錠をかけられたくないしね!』

途端に僕の頭の中でドラマが展開した。

復讐を果たしたせいで、恋人である刑事さんに逮捕されるルイス……。

『君にだけは気づかれたくなかったのに……。これでお別れだね……。』

『ルイス……!あなたは終わりじゃない!人生も、私とも!待ってるからね!』

涙するルイス。

『…………ありがとう……。』

涙のにじんだ笑顔。

……ドラマやアニメの見すぎだろうか……。


僕は言う。

「脳波から起こした映像って、AIが補正したものですよね。どんなでしたか?」

「ちゃんとくっきり見えてたよ。可愛いぬいぐるみみたいな店員さんとか。僕もびっくりしたよ。」

あの小動物の店員さん、ルイスも見てたんだ……。

「ルイスにもお土産買いましたよ。今度町へ買い物に行く時、郵便で送ります!」

「はは!ありがとう!僕は島の様子が見学できただけで十分楽しかったよ!

……映像のデータ、送りたいけど、アルシュ君が持ってて何か面倒な事になったりするといけないから、そのうち会った時に見せるね。

クリスマスは、またそちらにおじゃまするつもりだから。」

「はい!ぜひいらしてください!お会いできるの楽しみにしてます!」


来月十一月がエマスイ先生の演奏旅行で、十二月には、またルイスと会える……!

楽しみがたくさんある……!


時々、嫌な事もあるけど、楽しい事の方が多い。

健康と未来を手に入れたのだから、悩んだり悲観してばかりいたら、もったいない。


そうだよね、ローイ……。



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