言の葉
一人で生きていくのは、簡単だと思っていた。
誰ともつるまず、誰とも群れず。何か困ることがあるだろうか。何か苦しいことがあるだろうか。
いや、ない。誰かと居るほうが余程辛いのだ。共に過ごせば過ごすほど、離れる瞬間、失う瞬間を連想して恐怖する。頭を強く打ち付けられたように、酷く目眩がして立っていられなくなる。もう二度と失うなんて御免だ。置いていかれるなんて御免だ。もう二度と、立ち直れなくなるような苦しみなんて味わいたくないんだ。
私の光だったあなたを失ったのは、いつだったか。失ってから、どれほどの月日が流れたのだろうか。あなたはいつも笑顔で、いつも咲き誇る花のように、美しかった。
抱きしめれば潰してしまいそうなほど儚く、しかし凛として手折ることの出来ない芯を兼ね備えた人だった。あなたの笑顔を守るためなら、なんだってできたのだ。何日鞭で打たれようと、終の見えない闇の中で奴隷のように虐げられようと、耐えられた。
あなたは目の前から突如消えた。
私はもっと、あなたに伝えなければならないことがあったはずだった。
私は、あなたをこれ以上になく愛していたのに。
失った世界は灰色だ。いや、無色に近い。色がないのだ。食べ物を口に入れても、味がしない。食べる気も起きない。睡眠は数日に一度。眠って見る悪夢が恐ろしいのだ。
すべてが恐ろしい。あなたがいないことが、こんなにも恐ろしい。
私が無色の世界を生きて行く意味があるのだとしたら。
朝日は昇り、日は沈み、日は巡る意味が、一人で越えていく意味があるのだとしたら、一体何だというのだ。
一人で背負ったあなたが、独りで塵となった意味があるのだとしたら。
言葉にならない叫びも、味のしない食事も、匂いのない空間も、輝きを失った世界も。
なにか意味が、あるのだとしたら。
あなたが居なくても巡る季節は、春の木漏れ日も、夏のさざなみも、秋の雲も、冬の足跡も残していく。
ただ、あなたが居ないだけで。
また、明日も巡る。そうして、季節は移ろう。
生きる側の性なのだろうか。
それとも、生き長らえてしまった自分の業なのだろうか。
あなたになんと伝えればいい。
先立つあなたに、追いついたときに。
あなたがいないことを、背中の温度が語る。
一人分の温度では、丸まるしかない。
情けない姿を晒して、醜い思いを晒して。
それでも、生きるのだ。また巡る明日を受け止めて。
あなたがどう生きたか、胸の中で反芻しながら。
あなたへ逢えたときに、届ける言の葉を紡いでは消して、今日もまた夕日を見送る。