表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/48

第五章 02

「わあ……綺麗な月」

夕食を終えるとブレンダたちは屋上へと出た。

この離宮は丘の上にあり周囲には何もない。

王都は汽車が走り人口も多く、空気が悪くなってきているという。

確かに夜が更けても灯りがともるため、夜空を見上げても星が見えづらくなっている。

けれどここでは月は鮮やかで、その月明かりにも負けないくらい星々も輝いていた。


「この屋上テラスは、星の観測が好きな四代前の国王が作らせたそうだ」

クリストフが言った。

「確かによく見えるわ」

「向こうに座れる場所がある」

クリストフはブレンダに手を差し出した。

「行こう」

「……ええ」

ブレンダが手を重ねると、クリストフは歩き出した。


(あれ、そういえば……二人は?)

ベネディクトとクラウディアの姿が見えないことに気づいてブレンダは周囲を見回した。

「どうした?」

「先輩たちがいないなと……」

「あいつらなら、二人きりになりたいと言っていた」

「……ああ」

あの二人は婚約者だけれど恋人でもあると聞いていた。

(満天の星空の下なんて、絶好のデートスポットだものね)

「好きな人と結婚できるのは幸せね」

ベンチに腰を下ろしながらブレンダは言った。


「――本当にそう思うか」

隣に座ったクリストフがブレンダを見た。

「ええ」

家の事情や親の思惑で結婚相手が決まることが多い貴族社会だ。

そうやって決められた相手を互いに好きになることができるならば、それは幸せなことだろう。

「クリストフも、そういうお相手が見つかるといいわね」

「では、君が結婚してくれるのか?」

クリストフはブレンダの手を強く握りしめた。


「……え?」

「私は君がいい。いや、君しかいない」


月明かりに照らされた銀色の髪が眩しいほどに輝いていた。

「一目惚れだった。――ブレンダの夢は知っている。孤児院で子供達に囲まれる君はとても楽しげで、あそこが君の望む場所だとは分かっている」

クリストフはブレンダの手を自分へと引き寄せた。

「それでも、私は君を諦められない。君にとってシスターよりも王妃になることが幸せかは分からない。けれど少なくとも、私は君を誰よりも愛するし、君を守ると誓おう」

そう言うと、クリストフはブレンダの手の甲に唇を押し当てた。


「え……結婚……愛……?」

徐々にクリストフの言葉を理解したブレンダは、急激に顔が熱くなるのを感じた。


「どうして……え……友達だって……」

「最初は友達として親しくなった方がいいと思ったんだ。君がどうして孤児院にいたか、理由を院長から聞いたからな」

クリストフは小さく笑みを浮かべた。

「私が強引に求婚したら、君は修道院へ逃げてしまうかもしれないだろう」

「それは……」

「君の夢は知っている。けれど、私も君を諦められない。だからブレンダ、覚悟してくれ」

そう言うと、クリストフはもう一度ブレンダの手の甲に口付けた。




「クリストフの奴、ちゃんと告白したかな」

ブレンダたちから見えない場所で月を眺めながらベネディクトが言った。

「……夕食前に何の話をしたの?」

クラウディアが尋ねた。

「ブレンダは鈍くてクリストフの気持ちに全く気づいてないんだから、ちゃんと告白しないと弟に取られるぞってな」

「やっぱりレアンドロ殿下もブレンダのこと、好きなのかしら」

「そりゃそうだろう、王子がわざわざ手紙を出すくらいなんだし、それに俺見たんだ」

二人しかいないのにベネディクトは声をひそめた。

「レアンドロ殿下がブレンダのこと、じっと見つめてたんだ。あれは惚れてる目だったな」


「女性の趣味が同じところはやっぱり兄弟ね」

くすりとクラウディアは笑った。

「まあブレンダを気にしてるのはあの二人だけじゃないけどな、クラスの連中にも色々聞かれるよ。美人だし優しくて気取らないし」

「あら、ずいぶんな褒めようね」

口元に笑みを浮かべたまま、クラウディアの眼差しが少し鋭くなった。


「お、俺はもちろん、お前が一番だと思ってるって!」

「ふふ、ありがとう」

焦って答えたベネディクトに、クラウディアは笑みを深めて返した。




どうやって戻ってきたのかよく覚えていないまま、部屋に入るとブレンダはベッドに倒れ込んだ。

(クリストフが……私を?)

頭の中でクリストフの言葉がぐるぐると回っている。

「どうして……一目惚れって……あの時に?」

孤児院で遭遇した時、ブレンダは平民のような格好で、化粧もせずラルフを追いかけていたのに。

(どうして一目惚れなんか……)

あの時のブレンダに、そう思われる要素なんて一つもなかっただろうに。


「クリストフが……私のことを……好き……」

口にすると再び顔が熱くなった。

「好きって……結婚って……そういう意味よね」

全く考えたこともなかった。

いい友人だと、そう思っていたのに。

クリストフはずっとブレンダのことを……。

「……初めて会った時から?」

彼と出会ったのはもう一年半も前のことだ。

それから今日までの間、クリストフはずっと心を隠したまま、友人としてブレンダと接していたというのだろうか。


(突然好きだとか言われても……どうすればいいの?)

クリストフは頼りになる先輩で、いい友人だと思っていた。

そして彼も自分のことを友人として接していると。

けれどあんな告白をされて、これからは友人として接することはできないのではないだろうか。


(明日から……クリストフとどんな顔で会えばいいんだろう)

「ああもう!」

頭の中がショートしそうになるのを感じて、ブレンダは枕に顔を埋めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ