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第四章 08

「ここの計算を見直してみてください」

「……えーと?」

マーガレットの指差した先を、ダミアンは眉根を寄せながら見た。

「あ、こうか?」

「はい」

ダミアンが数字を書き直すとマーガレットは大きく頷いた。

「で、こうか」

「そうです! すごいです」

マーガレットは手を叩いて喜んだ。


「……すごくないわよね?」

ブレンダの隣でドロテーアが呟いた。

「ダミアンにしてはすごいんじゃないかしら」

「マーガレット嬢は教えるのが上手いんだね」

向かいの席に座るレアンドロが笑顔でそう言った。


夏休み前の、七月にある試験勉強を皆でしたいと言い出したのはダミアンだった。

勉強には全く興味がないダミアンだったが、さすがに試験前になると焦ってきたようだ。

最初はブレンダとドロテーアの三人で行う予定だったが、「マーガレットも誘いましょう」とドロテーアの言葉でマーガレットも参加することになった。

さらに「だったら俺も友達を連れていく」と言ったダミアンと共に現れたのがレアンドロだったのだ。


五人は学園内の自習室に集まっていた。



「マーガレットはよくダミアンに教えられるわね」

感心したようにドロテーアが言った。

入学前に三人で集まったときや、ブレンダは去年領地でダミアンに勉強を教えたのだが、どうも集中力が続かないらしく、特に数学は全くといっていいほど続かなかった。

けれどマーガレットの教え方が上手いのか、今のところダミアンは飽きることなく問題を解いていた。


(それにしても……マーガレットとレアンドロは、お互い全く興味がなさそうね)

同じ空間にいるのに、マーガレットはダミアンに教えることにかかりきりになっている。

レアンドロもマーガレットに対して、そう興味はないように見えた。

(まあ、漫画通りにならなくていいんだけど……)


マーガレットは漫画のように嫌がらせを受けたり孤立したりはしていない。

彼女の衿元には自作のレース飾りがついている。

すっかりレース編みにはまったマーガレットはいくつもレース作品を作り、自身を飾っている。

髪にもレースのリボンをつけて、その見た目は可愛らしく他の令嬢たちと見劣りしない。

ブレンダやドロテーアたちとはすっかり友人と呼べるほど親しくなった。


皆から孤立するマーガレットも、レアンドロの婚約者としてマーガレットを虐め破滅するブレンダも、この世界には存在しない。

それでいいのだろう。



「ねえブレンダ、この問題分かる?」

ドロテーアが尋ねてきた。

「……ここは私も分からなくて後回しにしてたのよね」

「どの問題?」

ブレンダがドロテーアのノートを覗き込んでいると、レアンドロの声が聞こえた。


椅子から立ち上がると、レアンドロはブレンダたちの後ろへと回った。

ブレンダの肩に手を乗せて、二人の間からノートを覗き込む。

「あ……この問題です」

「これはね、二つに分けて解くといいんだ」

机の上に置かれていたブレンダのペンを取ると、レアンドロは数式の間に線を引いた。

「こうすると分かりやすいよね」


「……あ」

「確かに……」

ブレンダとドロテーアは頷いた。

「一緒に考えるとややこしくなるんだ」

「そうなんですね」

「さすが殿下ですね」

「僕もこの問題は悩んだからね」

ドロテーアの言葉に、レアンドロは少し照れたように答えた。


(レアンドロ殿下は……マーガレットに興味がない以外は漫画と同じなのね)

漫画のレアンドロは王子という立場を笠に着ることなく、優しい性格で学園での人気も高かった。

(恐れられるだけのクリストフとは違う……って、比較してはだめなんだけど)

内心首を振ると、ブレンダはレアンドロが教えてくれた方法で他の問題を解いていった。



「試験が終われば夏休みだけど、マーガレットはどうするの?」

勉強が終わって休憩しているとドロテーアが尋ねた。

「私は……寮に残るの」

マーガレットは答えた。

「家に帰るにはお金がかかるから……」

何日も汽車を乗り継いで帰らなければならないマーガレットは、漫画でも寮で孤独な夏休みを過ごしていた。


「そうなの? じゃあ家に遊びに来る? 私も今年は領地には帰らないから」

「いいの?」

「ええ、いっぱい遊びましょう」

そう言ってドロテーアはダミアンを見た。

「ダミアンは帰るの?」

「いや、俺は騎士団の訓練に参加できることになったから帰らない」

「騎士団?」

「剣技大会に騎士団長が見に来ていて、騎士になりたいなら参加してもいいって」


「ええ、凄いじゃない」

ブレンダは思わず声を上げた。

「それって、騎士になれる見込みがあるってことよね」

「まあな」

へへっとダミアンは笑った。

「でも帰れないんじゃ、叔父様たち寂しがるわね」

「まあな。ブレンダから言っといてくれよ、元気でやってるって」

「ええ」


「――ブレンダは領地へ帰るの?」

レアンドロが口を開いた。

「はい」

「そうなのか……」

少し残念そうにレアンドロは呟いた。



ブレンダには領地でやることがある。

去年領地へ帰った時に気になった孤児院の現状を変えるべく、クリストフや父親に相談しながらその対策を考えてきた。

そうして、今年から二箇所の孤児院で実際に試してもらっている、その成果を確認しにいくのだ。


今の労働中心の生活から、学問を身につける生活中心へと変える。

それによって自分たちが食べる分を作っていた畑仕事の時間が減ってしまうが、皆で一斉にかかるのではなく交代制にしたり効率を上げたりするなどの工夫をしてもらっている。

生活環境を大きく変えるのは難しいだろうが、少しずつでも勉強時間を増やしていてもらえたらいい。


学問ができた方が将来の進路の幅も広がっていくだろうし、これまでのように農地で働くにしても学力があった方が何かといいはずだ。

その学問を教えられる人材が足りないという問題もあったが、没落した貴族で職に困っていた人物を王都で見つけることができ、侯爵家で教師として雇うこととなった。


このやり方がうまく行けば他の孤児院も変えていくし、クリストフが王都の孤児院などでも取り入れてみようと言っていた。



シスターとなって実際に子供たちの世話をしたい気持ちは、今でも一番大きな夢としてある。

けれどそれだけでなく、ベネディクトたちにも言われたように、孤児院の仕組みそのものを変えていく仕事をしていくのもいいのではという気持ちも芽生えつつあった。


孤児院が抱える問題はたくさんある。

けれど今、それを変えようとする者がいないのが現状なのだ。

(貴族はお金を出すだけで満足しているし……孤児院側はお金のやりくりで精一杯なのよね)

誰かがやらないならば、自分がやればいいのではないだろうか。

そうブレンダは考えるようになっていた。



第四章おわり


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